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         第3話*諒介

 

 俺には、十数年来の友達がいる。
  そいつの名前は、黒須勲(くろす・いさお)という。出会いのきっかけは、そいつが俺の家の隣に引っ越してきたから。偶然なことに同学年であったため、なんとなく一緒に行動することが多く、気づいたらいつでも一番近くにいた。
  家が隣同士であれば、小中学校は公立ならば同じで当然。さらに高校も同じ県立に進み、この春からは同じ自宅から通える私立大学に進学した。今では学部こそは違うが、それでも一般教養の履修の多い一年次であるから、大学構内でも頻繁に顔を合わせている。
  奴は、俺より少しだけ顔が良くて、少しだけ身長が高い。加えて、少しだけ頭が良く、少しだけ運動神経に優れている。そして――ほんの少しだけ、俺より女にモテる。
  ここまで言えば、わかるだろう。ようするに、黒須勲という男は俺にとって、かなり鼻につく相手なのだ。
  しかも、さらに胸くそ悪いのが、当の本人がそのことをまったくわかっていないという点である。テストでクラス最高得点を取っても「それがどうした」という顔であっさりしてるし、バレンタインチョコが机からはみ出そうになっているのを見てもなんとも感じてないようだ。そしてそんな性格であるくせに、なぜかどこへ行っても友達が多く、やたらと持ち上げられる。
  だから、俺はかねがね思っていた。
  コイツを一度でいいから、腰が抜けて動けなくなるほど驚かせてやりたいと。さもなくば、絶望に打ちひしがれて見る影もないほどうなだれさせてやりたいと。
  しかし、それが何故か上手くいかない。
  どういうわけか、勲にはコレ、という弱点が見つからないのだ。たとえば、椎茸を見ただけで全身に蕁麻疹ができるとか、実はかなづちで全然泳げないとか、そういう人間なら誰でもひとつやふたつは持ち合わせているであろう「何か」が見あたらない。
  これは、ゆゆしき問題である。だから俺はここまで、あれこれと思案に思案を重ね、策を練り続けていた。
  もちろん、奴と俺とは表面上はとても仲の良い、親友と呼べるレベルの関係である。奴本人はもちろん、周囲の誰もがそう思って疑わないだろう。実は一部の輩からは「友情を超えたアヤシイ仲にあるのでは!?」という疑惑まで生まれているらしいが、そんな気色悪いことだけはできれば考えないでほしい。

 そんなわけで、今、勲が俺の前を歩いている。
  俺と同じで、二コマ目からの講義に出るつもりでいるのだろう。時間的にはまだまだ余裕があるから、その歩みものんびりしたものだ。……あ、今あくびをしたな。昨日もバイトで遅かったのだろうか。
  奴は今、駅前のスポーツジムでバイトをしている。あそこの施設はお世辞にもオシャレな雰囲気じゃないし、どちらかというと「中高年御用達」。どうせなら若い女がたくさん集まる店を仕事先に選べばいいのに、よくわからない奴だ。聞くところによると、バイト料が飛び抜けていいって訳でもないらしいし。
  なにしろ、あいつは俺よりも「少しだけ」顔がいいのだ。ということは、世間一般で言えば十分「イケメン」と呼ばれるレベルになる。日頃から鍛えているだけあって、ガタイもいい。
  と言うことは――ちょっと頑張れば、イイカンジな女子をいとも簡単に落とせるってことになる。
  そしてこれもやはり世間一般の常識であるが、イイカンジな女子は同じくイイカンジな友人とつるんでいるものだ。ようするに、勲がイイカンジの女をモノにすれば、もれなく俺もイイカンジの女の友人とお近づきになれる。なんという効率の良さ、やはり友情は大切だ。
  だが、しかし。
  悲しいかな、勲にはイイカンジの女子をゲットしたいという野望がまったくない。表面上はスカしていても内心実は……という訳でもないらしい。実際、奴狙いであのスポーツジムの会員になる若い女もちらほらいる。そして彼女たちから直接聞いた愚痴をまとめて考察すると、勲が半端なく鈍感で融通の利かない馬鹿な男だということがしみじみわかる。
  ……というか。
  どうして俺が、奴狙いの女たちの愚痴聞き係になる必要があるんだ。本当にお人好しにも程がある。自分自身が悲しくなって、枕を濡らす夜だってあった。
  だが、俺のそんな悲しみも苦労も、あいつは全然わかってない。あんな友達甲斐のない奴なんて早々に切り捨ててしまえばいいのに、どうしてもそれができないとは。俺はどこまで善良な人間なんだ。
「オッス、勲! 元気してるか〜?」
  それでも俺は、どこまでも爽やかに朝の挨拶をする。小学校の頃は玄関先まで迎えに行って一緒に登校したものだが、中学からは別々の部活に入ったためそういう習慣も消えた。だから今ではこうして偶然一緒になればそのまま連れだってしゃべりながら歩くし、半月くらい言葉も交わさずに過ごす時期もある。
  まあ、それでもいいのだ。俺たちが積み重ねてきた歴史はそう簡単に変わることはない、これからもこんな風に年を重ねていくことになるのだろう。
「おう、諒介」
  奴は俺の存在に初めて気づいたようで、覇気のない挨拶を返してきた。やっぱり眠いらしい、こんなで真面目に講義が受けられるのか、他人ごとながら心配になる。
「なんだよ、お前。それじゃまるで、仕事に疲れた中年サラリーマンの朝みたいだぞ。俺たちはようやく灰色の受験地獄から解放されて、今や人生の春を満喫している最中じゃないか。しゃっきりしろよ、しゃっきり!」
  景気づけに、背中をバーンと叩いてやったが、そこにいくらかの憎しみを込めていたことは秘密だ。
  しかし、勲は俺の心優しい言葉に、しらっとした眼差しを向ける。
「別に……去年が灰色だったとも思わねえし、今年が人生の春とも思えねえけど」
  ほらほらほら、出たぞー。この、「のれんに腕押し」な反応。本当にコイツは省エネ家電だ、無駄な電力を極力消費せずに生きている。
「何だよー、心にもないことを言いやがって!」
  わざと明るく返してやったが、それに対しての反応もどうしようもなく鈍い。
  ……けっ、本当に付き合いづらい奴だ。だが、ここで腹を立ててる暇はない。今日の俺には、コイツを奮い立たせなくてはならない使命があるのだ。
「ところでーっ。お前、今日はバイトないよな? 夜は暇か?」
  ふふふ、あのスポーツジムは水曜が定休日だ。それくらいはわかっている、俺はリサーチには抜け目のない男なのである。
「……あ、俺、パス。わりいけど、他を当たって」
  おいおい、待て。何だ、それは。
  俺はまだ、何も言ってないぞ。どうして、そんな風に返してくるんだ。
「また、合コンの人数合わせ、とかだろ? お前も暇だなあ、よくそんなのにばっか出られるな」
  何だよ、その言い方。それじゃ、こっちが馬鹿みたいじゃないか。
  しかも半分くらいしか当たってないし! 実は今日の飲み会は「勲くんを絶対に連れてきてね!」と懇願する女たちにせがまれてセッティングしたものだ。だから、なんとしてでもコイツには出てもらわねばならない。何しろ「本日の主役」なんだから。
「ふうん、そんな言い方するんだ。……じゃ、仕方ないな。今回は諦めるよ」
  珍しくあっさりと引き下がると、勲は「おや?」という顔になる。この辺も最初から計算済み、なんて抜け目のない俺だ。
  思わず、にやっと笑いそうになったが、あわててかみ殺した。そして、努めて何気なさを装って話題を変える。
「ところで〜。お前、ウチの千花とはその後、ど〜なってんだ? あいつ、言ってたぞ。また振られた〜って」
  ええと、ここでちょっと解説。
  いきなり出てきた「千花」というのは、お察しの通り女性名。正確には、俺の三歳下の妹の名だ。
  そして、この妹がどうしようもない馬鹿。とにかく絶望的すぎる馬鹿、全人類が号泣するくらいの馬鹿な奴なのだ。
  何しろ、妹は三歳の春からずっと、ここにいる黒須勲に毎月の初日に告白し続け、そして振られ続けること148回。それでも懲りずに来月149回目に果敢に挑もうとしている。
  そりゃ、勲は俺よりも少しだけいい男だ。だが、いくらなんでもこれはひどい。相手に脈がないと思ったらすぐに諦めるということも、長い人生を生き抜くためには大切な処世術だ。だが、妹は馬鹿だから、未だにそれに気づかない。
「……ああ、千花? そういや、このところ会ってないな」
  それがどうしたと言わんばかりのコメント。おお、妹よ。お前は本当に哀れな奴だ。兄ちゃんまで悲しくなってしまうよ。
「ふうん、そうか」
  俺はなおもこみ上げそうになる笑いを必死に抑えながら続ける。
「そういや、あいつは最近『勝負下着』とやらを購入したらしいぞ。何でも、いつそんな事態になってもいいように気をつけるようにしたらしい」
  その瞬間、勲がぴくっと反応した。奴は上手くごまかしたつもりらしいが、こっちには丸わかりだ。
「だけどなあ、あいつの制服、スカート短いし。あれ、絶対に駅の階段で下から見えてるよな……」
  勲は俺から視線をそらす。でも動揺しているのは明らか、さあもう一息だ。
「だがなあ、さすがにコレはないだろう。いくら疲れてるからって、リビングのソファーだぞ。あまりの醜態に思わず写メってしまった」
  そして、取り出す携帯。すぐに画像フォルダを開くが、わざと奴からは見えないポジションを取る。
「これ笑えるから、今夜のネタにしてやろうかと思ってるんだ。見ろよ、モロ見えだぞ〜!」
  あはは、笑えるし。こんな短時間の間に、冷や汗までかいてるぞ。
「おっ、おい! ちょっと待てっ、諒介っ。お前、それは犯罪じゃないか……!」
  そして、ものすごい勢いで俺から携帯を取り上げようとする勲。身を翻して逃げる振りをしながら、実は絶妙なタイミングで携帯を手渡した。
 
  しばしの、沈黙。

 顔面蒼白になった奴は、その呆然とした眼差しを静かに俺に向けた。
「これが……勝負下着?」
  チェックするのはそこかい!? ……とは思ったものの、予想通りの反応にほくそ笑む俺。
「らしいな、あいつの美的センスはよくわからん。まあ、千花としてはそれで男を悩殺できると信じているんだろうな」
  ばーんと大股開きでソファーに横たわっている妹。その絶望的なほどに色気のない姿にはコメントのつけようがない。しかもっ、丸見えになっている「イチゴぱんつ」……。
  その後もしばらく、勲は何も言わずに歩き続けていた。いったい何を考えているんだろう、でもそろそろその携帯は返してほしい。
「おい、勲――」
  そこまで言いかけたら、奴はぽんと俺の手に待ち受け画面に戻した携帯を渡してきた。そして、先を歩きながら言う。
「……今夜、何時集合?」
  見上げれば七月の空。真っ青なそのスクリーンに、いつの間にか一筋の飛行機雲が描かれていた。

 

おわり(110612)

……で、このあと問題の合コン写メが撮られるという訳です。遊ばれてますね、勲くん(笑

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