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2002年10月1日発行 No.412
巻頭言より

人生の秋
                                         島  隆三

“前略、化学科32期卒業40年記念文集を御恵送頂き有難うございました。時の経過の速いのに驚きます。最早停年で悠々自適の生活をして居られる方が多いのですね。中には外国で生活を楽しんで居られる方、好きな油絵に熱中して居られる方、又牧師さんになられた方等々、それぞれの生き方で余生を有意義に送られて居られることに感服いたしました。また夫々の過去40年間の御生活を書かれ大変嬉しく拝読致しました。取りあえず御礼まで。尚私は間もなく満九五歳になりますがお蔭様で恙無く消光。油絵を描いたり、篆刻をしたり、読書をしたりして居ります。今住んで居ります所は娘の家で静かな林の中の住宅地です。皆様に宜しく。早々”
 以上は私たちが学生だった頃、有機化学を教えてくださった教授の友人宛の手紙を勝手に引用させていただいたものである。95歳になられて、かくしゃくとして余生を楽しんでおられる様子が文面から伝わってくる。我々が学生の頃は、先生は五十代だったのだと逆算して分かったが、その頃から飄々として学問を楽しんでおられる方という印象であった。40年後の今日も、メールで見る限り近影も昔と左程変わらず、もう一度お目にかかって、その人生談義を聞かせて頂きたい思いに駆られた。
 最近、私たちの中で話題になっているのは、委員会に定年制を設けようということである。もっと若い人たちに委員になってもらって、ばりばり働いてもらいたい。そのためには、いつまでも年寄りがのさばっていては、彼らにチャンスを与えることができない、という意見である。これに対しては猛反発もあった。八十でも九十でも元気でしっかりしている人はたくさんいる、簡単に七十歳定年制を敷いて被選挙権を奪うことはできないというのが反対の理由である。
 どちらの主張にも一理あって、この論議は容易に決着を見ることはできないようだ。
 若い頃、私たちの牧師がよく洩らしておられたのは、「人間はその歳になってみなければ、分からない事がある」ということだった。また、「八十歳を過ぎてみて、一日一日を生きることは容易でないことがよく分かった」とも言っておられた。
 日本は超高齢化社会を迎えようとしているが、高齢者がどのように生きるかは重大な課題であり、また若い人たちにとっても、高齢者と共にどう生きるかが避けて通れない課題となっている。
 私の所属する川口市民合唱団は、今年創立50周年を迎え、記念コンサートをリリア音楽ホールで10月に開くことになっている。合唱団の最古参は殆ど創立時から50年近く歌い続けており、合唱団で歌うことが生きがいだと言っておられる。また、最近男子高校生が数人加わって、歌声も若返った。若い人はいいなあと素直に思う。50年歌ってきた人も、最近入団した高校生も一緒に歌うことが出来るのが市民合唱団のすばらしいところだ。これは教会も同じだと思った。
 10月末には郷里の北海道で、大学卒業40年の同期会が開かれる。今年は思いきって参加してみようと思っている。冒頭の手紙は、卒業40年の記念文集が出来て、恩師たちにも送ったのに対し、幹事の一人に送られてきた礼状である。同期生30人のうち、3人はすでに他界したが、今度の同期会には20人ほどが集まるらしい。40年間、一度も会ってない友人も何人かいる。私も顔を出して、「牧師になってね」と言うだけでも、何か意味があるような気がする。

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