2025年12月28日(日) 降誕節第1主日
礼拝順序

黙  祷
招  詞   詩編124:8
賛  美   18
主の祈り
交読詩編  詩編30:1~6
祈  祷   
賛  美   271
使徒信条
聖  書   コロサイの信徒への手紙第3章1~11節
説  教  「永遠の命を信じます」
        〔使徒信条による説教〕
賛  美   273
感謝祈祷
頌 栄(讃美歌) 28
祝 祷 (コリント二13:13)

〔説教要旨〕

 使徒信条は、父なる神・子なる神・聖霊の神の三位一体の神への信仰を告白する3部構成となっています。使徒信条の第3部は「我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体のよみがへり、永遠の生命を信ず」であり、聖霊の神への信仰告白に続いて、聖霊の神の御業への信仰告白となっています。
 使徒信条の第3部から、教会とは罪の赦しをいただいた人々の集まりであると分かります。教会は、神に罪を赦された感謝と喜びをもって集まっている人々の群れであり、その群れが聖なる公同の教会なのです。イエス・キリストの十字架と復活の救いによる罪の赦しは無条件、無制限に与えられています。その神の赦しを豊かに受け、神の子とされていることを知るとき、互いに赦し合う、赦す愛の共同体としての教会を形作ることができます。
 説教の学びで、使徒信条は神への賛美と知りました。三位一体の神へ信仰告白を一つ一つなすとき、「感謝します。あなたをほめたたえます」と賛美できます。使徒信条によって、私たちは自分が何者であるかを知ります。私たちは、神に造られた者、イエス・キリストによって救われた者なのです。さらに、罪の赦しが与えられているからこそ、私たちの将来が開かれています。今、既に与えられている永遠の命が、やがて、身体の復活によって、イエス・キリストと同じ復活の体に生かされ、完全なものとなるという希望を与えられています。使徒信条によって、私たちは神の眼差しで、この世界と歴史を見ることができるのです。
 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)。ここに神のご意志があります。神の独り子イエス・キリストを信じて永遠の命を与えられ、なお、地上の生涯を、信仰者はどのように生きるのか、それが、本日の聖書箇所コロサイの信徒への手紙第3章に記されています。
 「さて、あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます」(1節)。キリストを信じて洗礼を受けた私たちは、キリストと共に復活させられて、永遠の命を生き始めています。その命は「あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されている」(3節)のです。まことに不思議なことで、信じるほかありません。私たちの命は、神の右の座におられるキリストのもとにあるのですから、私たちは「上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないように」して生きます(2節)。それはどういう生き方でしょうか。勧めの言葉が続きます。「だから、地上的なもの、すなわち、みだらな行い、不潔な行い、情欲、悪い欲望、および貪欲を捨て去りなさい。」(5節)。「怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉を捨てなさい。互いにうそをついてはなりません」(8~9節前半)。「古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです」(9節後半~10節)。ここでは「造り主」も「真の知識」もキリストを指していると受け止めて良いと思います。キリストがすべてです。年が改まるから、私たちは新しくなるのではなく、地上で働くイエスの霊・聖霊のお働きによって、日ごと新たにされて、キリストに似た者となり、キリストに向かって成長していきます。
 さらに続きます。「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい…」(12~13節)。