2026年1月4日(日) 降誕節第2主日
礼拝順序

黙  祷
招  詞   詩編124:8
賛  美   368
主の祈り
交読詩編  詩編37:23~29
祈  祷   
賛  美   278
使徒信条
聖  書   ヨハネによる福音書第13章34~38節
子ども説教
説  教  「人の心を知り尽くす神」
賛  美   444
感謝祈祷
頌 栄(讃美歌) 24
祝 祷 (コリント二13:13)

〔説教要旨〕

 「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(34節)。主イエスの御言葉を、2026年も西川口教会の御言葉として掲げることにしました。私たちは、イエスがどのようなときにこの言葉を語られたのかを心に留めて、御言葉を聴きたいと思います。ヨハネ福音書第13章はイエスと弟子たちの食事の席の出来事です。イエスはユダの裏切りを示され、ユダは食事の席から出て行きました(ヨハネ13:30)。イエスとユダだけが裏切りを知っており、他の弟子たちは分かっていませんでした。ユダが出ていくと、イエスは、人の子であるご自分が栄光を受けたこと、ご自分が行くところに弟子たちは来ることができないと語られました。そして弟子たちに「互いに愛し合いなさい」と言われ、新しい掟を与えられました。
 その言葉を聞いて、ペトロがイエスに言いました(たいてい、こういうとき、すぐに発言するのがペトロですが)。「主よ、どこへ行かれるのですか」(36節)。「互いに愛し合いなさい」という新しい掟は、ペトロの耳には入っていなかったのかもしれません。師であるイエスが自分たちから離れてどこかへ行こうとしている、なぜそんなことをおっしゃるのか、と不安に駆られたのかもしれません。仕事も家族も捨てて、イエスにずっと従ってきた他の弟子たちもペトロと同じ思いだったでしょう。
 イエスがペトロに「わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる」と言われました。ペトロは「なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます」と言いました。ペトロは、師のためなら自分の命も惜しくなかったのです。イエスはペトロに「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう」。イエスは、今夜のうち、夜が明ける前に、ペトロがご自分を否認する、と予告されました。ヨハネ福音書の読者である私たちは、イエスの言葉が実現したことを知っています。
 イエスはユダが出て行ったとき、「今や、人の子は栄光を受けた」と言われました。なんと不思議なお言葉でしょうか。ヨハネ福音書では、人の子であるイエスの栄光は、十字架の出来事に示されたのです。神の独り子である方が、私たちが滅びないで永遠の命を受けるため、十字架にご自分の命を捨ててくださいます。その十字架の救いを果たされるのは、主イエスのみです。人はだれもイエスについてくることはできません。ですから「わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできない」と言われました。
 イエスは「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」と言われました。ユダの裏切りとペトロの否認の予告の間に、この新しい掟が語られています。それは、イエスが、ユダの罪もペトロの罪も負われ、私たち人間の罪を負って、十字架に向かわれるということです。このことは、神の独り子であるイエスにしか成し得ない救いです。ここに、罪を覆って余りある神の愛が示されているのです。
 イエスはペトロに「後でついて来ることになる」とも言われました(36節)。イエスの言葉どおりイエスを三度知らないと言ってしまい、打ち砕かれたペトロ。ペトロはイエスの十字架と復活の出来事を経て、聖霊を受けて、新しく立ち上がることができました。イエスは、そのペトロが死において神の栄光を現わす、と予告されました(ヨハネ21:19)。私たちもペトロのように「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」(ヨハネ21:15、16、17)と、イエスを信頼して生きていきます。