談山神社(奈良県桜井市多武峯)
神さまが下さった「古事記のものがたり」の仕事
談山神社の社報「かたらい」に『古事記』についての一文を書いてくださいという連絡を頂いたとき、さて、何を書けばいいものかと逡巡しました。

私は、『古事記』の研究者でもなく学者でもないので、由緒ある談山神社の社友や氏子の皆さまに満足して頂ける文章が書けるだろうかと心配したのです。

私は作家志望のフリーライターで同業の小林晴明と共著で「古事記のものがたり」という本を三年前に自費出版しています。本書は談山神社の社頭でも頒布して下さっていますので、そのご縁で今回、『古事記』についての寄稿をおおせつかったのだと思うのです。

そこでまず始めに、なぜ私たちが『古事記』」を書こうとしたのかをお話させて頂くことにしました。

夢に現れた稗田阿礼

1998年4月、インターネットの中で電子マガジンを発信している会社から、若い人に向けて日本神話『古事記』を判りやすく書いて連載する仕事が入りました。当時私は古神道に興味を持ち、古事記の勉強会に出席してはいましたが、正直言って最後まで『古事記』を読んだことがありませんでした。

戦後に生まれた私たちは、日本の神話をほとんど知らずに育ちました。『古事記』と聞いただけで、難しい本というレッテルを貼り、軍国教育時代の悪いイメージが浮かび何かと敬遠しがちだったのです。

ところが、もう一度じっくり『古事記』を読み直してみると、内容が意外に面白くて楽しいことに気がつきました。世界の神話との共通性や、断片的に知っていた「大国様と白兎」や「海幸山幸」などの昔話も『古事記』の中に書かれていた話だということを始めて知りました。

その上、日本の神々の人間臭いエピソードが一杯盛り込まれて、ついつい仕事を忘れて読みふけることもたびたびでした。ご近所の氏神さまやお正月に初詣に行く神社のご祭神のこと、観光で訪れた神社などの神様たちの逸話も『古事記』を読んで始めて知り、いろいろな神社に行くのが一層楽しくなりました。

しばらく連載を続けていたある日、不思議なことが起こりました。夢に「稗田阿礼」が現れ、私に向かってせつせつと「神話を忘れた民族は滅びます。お願いだから子どもたちに古事記を伝えていってください」と頼んだのです。

『古事記』を本にして広めたい

それまでは、単に仕事として半ば義務的に半年間書き続けていたのですが、その夢を見たことで「この連載をまとめて本にして広めなくては!」という思いが強く沸いてきました。

そして出版用に書き直した原稿を持って何社もの出版社に掛け合ったのですが、結局どこからもいい返事をもらえませんでした。しかしあきらめずに、なんとかして本にならないものかと試行錯誤を繰り返し、最後の手段として自宅で一冊ずつ手作りの本を作って知人に見せて歩いておりました。

ちょうどその頃、偶然立ち寄った和歌山県の伊太祁曾神社の宮司様との出会いがありました。宮司様は私たちの窮状を見かねて、息子さんである伊勢神宮崇敬会の事務局長さんに紹介して下さいました。それからは、なにもかも神さまが用意して下さったレールの上を歩くかのようにスムーズに物事が運びました。

我欲を捨てて神さまのお導きのままにすべてを委ねた時、運命が大きく転換していくのをまざまざと実感しました。結局、自分たちの手で小さな出版社を作り、1999年10月に初版本を自費出版することができました。それから3年経った今、おかげさまで「古事記のものがたり」は判りやすくて面白いと好評を博し、『古事記』を知らなかった世代に少しずつですが広がっています。

初心者だからこそできたこと。

いま、日本人のアイデンティティが失われつつあると、あちらこちらで囁かれ嘆かれています。しかし、サッカーワールドカップ日本戦の盛り上がりを見ても判るように、それは決して失われてはいないのです。若い人たちは単に日本の神話を知らないだけなのです。

彼らは、自分たちの歴史がどんなに深くてすばらしいものであるかを誰にも教えられていないのです。富と利潤だけを追求してきた物質文明が崩壊しつつある今こそ、日本人がいかに精神性の深い文明を持っているかを若者に気づかせるチャンスなのではないでしょうか。その第一歩が日本の神話『古事記』にふれることだと思っています。

私たちのような初心者だからこそ難解な『古事記』をやさしく判りやすく書けたのかも知れないと古事記学会のある先生に言われました。そう言われてみれば、パソコンの解説書もなまじ知っている人より、初心者が書いた本の方が判り易いという話です。

ふりかえってみれば、この仕事は神さまが下さったとしか思えないような不思議なご神縁をこれまでたくさん頂きました。これからもライフワークとして、一人でも多くの若い人たちに大切な日本の神話『古事記』を広める努力をしていこうと決心しています。

宮崎みどり
神さまが下さった「古事記のものがたり」の仕事。続編
郷土や国を愛する心

今年の3月に中央教育審議会から教育基本法改正の最終答申案が提出されました。新たに付け加えられた八項目の中の一つに「郷土や国を愛する心」と言う理念が盛り込まれているそうです。

昭和22年、占領軍の干渉の下に制定された教育基本法に沿って教科書から神話教育が消え、戦後生まれの私たちは日本人としてのアイデンティティをすっかり失ってしまいました。

50数年ぶりに教育基本法が改正され、もう一度教育の現場で正しい意味での愛国心を子どもたちに教えていくことは日本の神さまたちの悲願だったとも言えるのではないかと思っています。

古事記の研究者でもなく学者でもない私たちが神道の聖典ともいえる『古事記』を本にして出版し、自分たちの手で広めて歩けるようになったのも、八百万の神さまたちが微力な私たちに力を貸してくださって応援してくださったからに違いありません。

神さまのお導き

「古事記のものがたり」の本を出版してから知ったのですが、古事記や日本書紀を読んで日本の神さまや神社のご祭神のことを学びたいという人々がずいぶんたくさんおられることが判りました。

時代の流れが大きく変わり、目の色を変えて海外ブランドを追い求めていた人々が、もう一度自分たちの足元を見つめ直し、日本のことを勉強したいと思い始めているようです。活字離れ、本離れの叫ばれている昨今、それらの年代の人々が気軽に手にとって面白く読める古事記の本が残念ながら少なかったような気がしています。

私たちは、神さまのお導きもあって、名前だけの小さな出版社を作り、自費出版で自分たちの本を世に送り出しました。しかし神宮会館の元館長、奥重視氏の推薦文を持って、各地の神社に本のことをお願いに出向くにしても、何社もの神社をお尋ねするのには交通費、宿泊費など経費がバカになりなりません。

どうしたものかと思って悩んでおりましたら、本を印刷に最終出稿した次の日に、思いもかけない仕事が舞い込んできたのです。それは、全国の神社に取材に行って、そこのご祭神の紹介記事を書くという仕事でした。もちろん原稿料がもらえて、宿泊費、交通費も出るのです。

棚からボタモチ

その話を聞いた時は、一瞬目の前が真っ白になり、すぐには信じられませんでした。余りにも物事が都合よく運びすぎて、夢ではないかと思ったのです。何事も一生懸命やっていれば神様がいいように取り計らってくださると信じていましたが、そのタイミングのよさに私たちは本当に心から驚きました。

おかげさまで、その後取材で何社かの神社をお尋ねして、「古事記のものがたり」の本のことも宮司様にお願いすることができ、その仕事は大成功でした。

あれから三年半が経ちましたが、若い方々から「こんな古事記をずーっと探していた」とか、「難しい神さまの名前がよくわかった」とか「古典としてではなく生きたものがたりとして読めるので面白かった」などの感想文を送って頂き、心から感謝しています。

また、高校生の方からは、この本を持って神話の里やいろいろな神社を訪ねて歩くのが楽しみになったというメールを頂き感激しています。これからも、古事記を一人でも多くの人々に伝えるためにがんばりたいと思っております。応援してくださいね。

宮崎みどり
もどる