筑波大学名誉教授/村上和雄先生/2003年3月取材




科学と宗教の接点を求めて

村上和雄教授は1983年夏、世界に先駆けてヒト・レニン遺伝子の解読に成功し一躍その名を世界に轟かせた。

当時、遺伝子工学の分野ではフランスのパスツール研究所や米国のハーバード大学などがヒト・レニン遺伝子の暗号解読にしのぎをけずっていた。村上先生は創立10年ほどだった筑波大学の学生たちと「朝起き!正直!働き!」を合言葉に食事時間はおろか睡眠時間までも削って、まさに命がけで日夜研究に没頭しみごとに金字塔を打ち立てたのである。

「私は、学生たちが世界に勝った喜びで抱き合いながら躍り上っている姿を見ながら、遺伝子の暗号というのはいったいなんなんだという思いが胸のうちに湧きあがっていました」

村上先生はこのとき、遺伝子の奥の奥にある『サムシンググレート』の存在をはっきりと感じたという。

「遺伝子には人間が生まれてから死ぬまでの間のすべての情報が前もって書き込まれているのです。こんなに大量の情報がどこからどうして集まってきて、どのような仕組みでいったい誰が書き込んだのか? それを思うと震えるような感動が私の体を貫きました。」

以来、村上先生は生命の神秘と謎の世界のとりこになってしまった。遺伝子の暗号を一番初めに書いたものの正体を一生かけて追い求め探り当ててみたいという衝動にとり付かれてしまったのだ。

「人間の生命についてはまだ判らないことだらけです。それでも私たちはこうして生きているわけです。これは『生きている』というようなものではなくて『生かされている』というしかないことだとおもうのです」

私たちは普段、自分で意識して遺伝子に指令をだしているわけではない。しかし朝目覚めて、毎日スイッチを入れなくても心臓が動き、消化や新陳代謝が行われている。それはすべて遺伝子が規則正しく指令をだしているからなのだ。そうだとすればいったい誰がその遺伝子に指令を与えているのか?

「これは、ただごとではありませんよ。人間にはまだわからない『未知の何者か』が遺伝子をコントロールしているとしか思えません。例えて言えば神や仏と呼ぶ存在かもしれないし、大自然の摂理といったものかも知れません」

先生はその存在を『サムシンググレート』と名づけることにした。

ところで、村上先生が今一番大きな関心があるのは人の遺伝子の多くは眠っているが、それがいろいろな刺激でスイッチをオンにすることができるのではないかということである。

「良い遺伝子のスイッチをオンにすることができれば、私たちの可能性は飛躍的に向上します。40年近い研究生活の結論として『人の思いが遺伝子の働き(オン・オフ)を変えることができる。』と私は確信するようになりました」

つまり、感動、喜び、笑い、などによっていきいきワクワクすれば、眠っている遺伝子の目を覚まさせることができると先生は確信し、これが証明できれば、心と身体の関係が遺伝子のオンとオフによって説明できる突破口が開けるのだという。

このことを科学的に完璧に証明するために先生は「心と遺伝子研究会」を立ち上げ、お笑いの吉本興業の協力を得て糖尿病の患者21人を被験者にして1月につくば大学で公開実験をおこなった。その結果、漫才を聞かせた後に21人の血糖値が大きく下がった。

「笑い」が糖尿病患者らの遺伝子に何らかの作用をして良いスイッチが入り血糖値が下がった可能性があるのだ。先生は今後も吉本興業と協力して実験とデーターを積み重ねていくとのことだ。ノーベル賞もうわさされるほどの最先端の遺伝子工学博士と大阪が誇るお笑いの吉本興業のパートナーシップの行く末を見守りたいものだ。

取材/宮崎みどり

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この人の話

眠れる良い遺伝子を目覚めさせよう!

人が生きているということはただ事ではありません。母親の胎内で38週間すごす間に我々は38億年の進化のドラマを再現しながら人間になっていきます。つまり、妊娠中の母親の一日が約1000万年以上にあたるのです。その間、一日たりとも遺伝子の指令がなければ生命は成長することはできません。

かつてプラス思考をすると脳にいいホルモンがでる「脳内革命」という本がブームになりましたが、私の説からいうと、ホルモンが出る前にまず遺伝子のスイッチが入らないといけないのです。遺伝子がすごいのは、どこでどれだけの分量のホルモンを作るかの細かいパーセンテージの指令からそのタイミングまでも指示していることです。まさに遺伝子は体の中の司令官だといえます。デタラメだけでは人間は生まれないのです。

人間の細胞は何十兆もありますが、そのすべての元はたった一つの受精卵からできています。その一つが細胞分裂しコピーを繰り返して何十兆にも増殖します。細胞はすべて同じ遺伝子を持っているということです。

ではどうして同じ情報をもった遺伝子が髪の毛になったり心臓になったりするかというと、頭の毛の細胞の遺伝子は頭の毛が生えるためだけのスイッチがオンになり、心臓は心臓になるためだけのスイッチがオンになっているからなのです。

「よく心臓に毛のはえたやつ、といわれますが、心臓にも毛のはえる遺伝子はあるのです。ただスイッチがオフになって眠っているだけなのです(笑)」

人間の遺伝子は一人ひとり全部違っています。親子や兄弟でも顔や身長、髪の毛の色などが異なるのも遺伝子が違うからです。一人ひとりの人間すべてに個性があり無限の可能性を秘めています。

今わかっている限りでは、私たちのゲノムのうちで実際に働いているのは5%ぐらいで、後の95%は何をしているかわかりません。

しかし、心の持ち方によって眠れる良い遺伝子を目覚めさせることができれば、将来の教育や生き方に新しい視点が導入できます。

日本には「おかげさまで…」という言葉があるように「サムシンググレート」の存在を認識する深い精神性と高い科学技術を持った国なのです。私は21世紀は必ず日本の出番がくると確信しています。

「心と遺伝子の研究会」を皆さんと一緒になってぜひ成功させたいと思っています。どうかご支援ください。

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取材メモ

世界に先駆けてヒト・レニン遺伝子を解読したえら〜い学者さん。という先入観があったのですが、素顔の村上先生はとても気さくでお隣に住んでいるやさしいおじさん見たいな方でした。

私たちが「古事記のものがたり」を出版していると知って「古事記の中に稲の神様に関するお話が載っていますか?」なんて逆に質問されたので

「はい、ニニギ命が天孫降臨するときにアマテラスさまが手渡した勾玉のネックレス『八尺瓊の玉』が稲の神霊が宿っている大切な宝(三種の神器)のひとつだということです。」

とお教えしたら本を一冊買いたいと言われたので恐縮してしまいました。

いま稲の遺伝子の解読にも挑戦されているそうです。村上先生がノーベル賞を受賞されるのを心待ちにしていまぁ〜す。(みどり)
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村上和雄(生命の暗号)