開店

 ついにこの日がやってきた。CP9の面々は営業時間である9時の一時間前にはSUPAYAに集まっていた。当然というか、スパンダムは来ていない。大事なオープン当日にも遅れてくるのが大物の風格を思わせる…が、彼がなにものなのかはここにいる全員がよくわかっていた。

 「ついにこれを着ける時が来たんじゃなぁ…」
 カクの呟きに誰も答えないが、誰もが悲しげに目を細め、ため息をついていた。彼らの手にはSUPAYAの黄色いエプロンが。この店で働く以上、避けては通れない制服である。

 「いつまでそうしているつもりだ…」
 まだ踏ん切りがつかない彼らを叱咤激励するのは、リーダー格であるルッチの役目だ。ルッチは率先して、豹人間と化してエプロンを裂いてしまいたい気持ちを押さえて、エプロンをつけた。彼の勇気にカク達も続く。ルッチは安心して、ハトのハットリにも小さなエプロンをつけようと手を伸ばした。ハットリは、どうしてこんな仕打ちを…と言わんばかりにルッチを見上げたが、ルッチは涙を飲んできゅっとエプロンのリボンを結んだ。
「なんじゃ、意外にみんなで着れば恥ずかしくないのう」
「恥ずかしいわ…」
「花柄の方がいいと思わないか?」
「済んだ事だ…。それよりも今日はこの店の開店日だ。チーフはまだおいでにならないが、今の内に宣伝の準備を整えておこう」
「そうね、一応、新聞社に頼んで広告を載せてもらえる事にはなっているのだけど…」
「もう少し何かイベントが必要だな」
「例えばどんなじゃ?」
「そうだな…会員になった人に飲み物でもサービスするとか…」
「会員の情報を集めるのも任務の内じゃ…。会費は当然無料にせんとな」
「ビラでも作って配って歩くか…」
「そうじゃなぁ、せっかく象もいる事じゃしな」
「ではちらしを作るわ」
 カリファとカクがちらしを作り、その間に最終点検をブルーノとルッチが行った。店の細部まで点検し、曲がったままのシフト票も貼り直し、いよいよ開店の時刻である。

 「開けるぞ」
 ブルーノがシャッターを開けた。ウォーターセブンの朝日がさんさんと降り注ぐ。ドアには営業中を知らせる看板が下げられ、黄色いエプロンを着た怪しい店員のいる真っ黄色のCD屋、SUPAYAは、チーフであるスパンダム抜きで無事に開店を果たした。

 …開店はしたものの、いきなり人が来るわけもなく…客がこないまま時間は過ぎて、スパンダムがのんびりと出勤してきた。
「おう、お前ら、やってるか! なんだぁ? 客いねぇーのか!」
「ええ…」
「お待たせ、ようやくちらしが出来たわ」
「それじゃあ店はチーフに任せて、ビラ配りに行くかのう」
「お、それがいいぞ! じゃあお前ら、ファンクフリード連れていけ! 目立つぞー、ワハハ!」
「ええ…そのつもりです…」
 ルッチは不安だった。象を連れて歩く事も、スパンダムに店番を任せる事も不安でたまらない。だが自分が彼とここに残るのも嫌だ。
「ああ、それからな、ビラ配りに行くなら被り物していけ! ちゃんと用意してやったぞ」
「被り物…ですか?」
「そりゃいい案じゃ。うさぎとかくまとかならかわいいじゃろ」
 いつも遅れてくるものの、さすがは長官、いや、チーフ。ちゃんと店の宣伝の事も考えてくれていたのだ。ルッチ達は少しスパンダムを見直した。それに着ぐるみなら顔を晒して歩かずに済むし、黄色いエプロンで歩くのは恥ずかし過ぎる。

 だが、それは考えが甘かった。

 わかっていたはずだ。スパンダムの思考が常人とは違う事を。それなのに信じてしまった自分が憎い。ルッチはもちろんの事、全員がそう思っていた。彼らに用意された被り物は、とても可愛いと呼べるものではなかったからだ。
「くまはブルーノな! で、カリファはこれだ! ルッチは牛にしろ! カクはガイコツだ! ワハハ、どうだ、お前らに似合うのを用意してやったぞ! それにファンクフリードも派手にしておいたからな!」
 豪快に笑うスパンダムを無我の境地で眺めながら、ルッチ達は体から染み出しそうになる殺意を堪えていた。辛うじて、ブルーノのくまはとぼけた顔で愛嬌があるが、ルッチの牛は超リアルだし、カリファの女性仮面は角張っていて冷たい印象だ。カクのガイコツはでかくて、怖い。
「店番は俺に任せとけ! ワハハ、たくさん客呼んで来いよー!! 行け、ファンクフリード!」
「ぱぉー」
「さ〜ビラ撒くかのう〜」
 やる気のないカクの声に合わせて、不気味でデカイガイコツががくがく揺れる。たくさんの黄色い風船をつけた大きな象を連れて歩く謎の化け物集団は、お祭りの時期から大きく外れているのがなおさら痛い。しかしこれも組織の掟。上司の用意したものを拒否する権限などありはしないのだった。ああ無情。

 案の定、町の人々は突如現れた化け物軍団に怯えている。これでは店の宣伝どころではない。
「少しばかりおどけて見せるかのう」
 大きなガイコツ頭を揺らしてカクが牛ルッチに言う。牛ルッチから見てもガイコツカクは相当不気味だった。
「ますます化け物じみるだけだろう」
「そうかのう…」
「クルッポー」
 ハットリは頑張って陽気に鳴いて飛び回り、人々の気を引こうとしている。そこまでやられては彼らも何かしない訳にはいかない。
「仕方ないのう…、カリファ、どうじゃ?」
「ええ、いいわよ、カク」
 カクとカリファは何やら合図し合うと、月歩でファンクフリードの背中に飛び乗った。
「皆さん、こんにちは! 怪しい者ではありません。本日オープンしましたCDのお店、SUPAYAがご挨拶に参りました!」
 カリファのよく通る綺麗な声が響くと、町の人々も少し興味を持ってくれたようだ。カクの身の軽さとカリファのスマートな動きが、まるで曲芸のように象の背中を舞台に繰り広げられる。人間離れした動きに人々は次第に惹きつけられて、いつの間にか周囲には人垣が出来ていた。
「ブルーノ、ファンクフリードをお願い」
「任せろ」
 ブルーノも月歩でファンクフリードの背中に乗り、ファンクフリードを上手く進ませてやる。カクとカリファはファンクフリードの背中から風船を取ると、建物の窓から見ている子供や、水路に隔たれた反対側にいる子供に風船を配って回った。大きな象に乗ったとぼけたくまさんと、風船を配って回る不思議な二人、そしてその先頭を行くリアルな牛は、可愛いハトを肩に乗せてビラを撒いていた。
「SUPAYAは本日オープンだ、クルッポー! 会費は無料、今日はドリンクのサービスもあるぞ、ポッポー! CDのプレゼントもあるぞ、クルッポー」
 牛は怖いが、喋るハトは大変愛らしく、人々はビラを持った手を彼らに振って惜しみない歓声を送ってくれた。

 「ンマー、随分賑やかだな」
 彼らの行く先に現れたのは、このウォーターセブンの市長、アイスバーグだった。彼の後ろには船大工のパウリーがいた。
「…お初にお目にかかります…、SUPAYAの開店イベントをさせていただいてます、クルッポー」
 ルッチは腹話術でアイスバーグにそう説明した。アイスバーグはリアルな牛であるルッチを見ても恐れる事はなかった。



「SUPAYA…CD屋か。珍しいな」
「ジャンルは多岐に渡り、レンタルもあります、是非いらして下さい、会費は無料です、ポッポー」
「ンマー…面白そうだな。しかし…随分、個性的な店だな…さながら黄色い化け物屋敷と言ったところだ」
 アイスバーグはちらしに載っているSUPAYAの黄色い店舗の写真と、飛び回るカク達を見てそう言って笑った。
「ん? お前、もしかして、ルッチか?」
 それまで象を見ていたパウリーが突然、ルッチの前に体を乗り出してきた。どうやらハットリを見て気が付いたらしい。
「知り合いか、パウリー」
「ええ、こいつら、うちに買出しに来たんすよ。なんだよ、今日オープンなのか? 水臭ぇな、ビラ、寄越せよ」
「?」
 不思議に思って一枚ビラを差し出すと、パウリーはルッチの手からごっそりビラを奪い取った。
「何するんだ、ポッポー!」
「ドックの連中に配ってやるよ! その代わり、なんか礼くれよ」
「図々しくて礼儀を知らない、がめつい男だな、クルッポー」
「なんだと、この野郎」
「おお、パウリーじゃな」
 突然、空からガイコツ頭が出現してパウリーは驚いて退き、アイスバーグを守るように身構えた。
「だ、誰だ、てめぇ!」
「ん? なんじゃ忘れたのか? 冷たいのう」
 そう言ってガイコツはがくがくぐらぐら揺れている。どうやら面白がってカクはわざと揺らしているようだ。本人は面白いかも知れないが、見ている方はかなり怖い。
「その喋り方…カクか?」
「わはは、思い出したようじゃな? あとで店に来てくれ、待っとるぞ」
 カクはそう言うとまた軽やかに象の背中に飛び乗り、風船を取るとカリファと共に配って回った。
「…お騒がせしてすみません…ポッポー…」
 ルッチが深々とアイスバーグに向けて牛頭を下げると、アイスバーグは柔らかく笑った。
「活気があって結構な事だ…。ンマー、その内寄らせてもらおう」
「じゃあな、ルッチ! 後で行くからな!」
 アイスバーグの後を追うようにパウリーは駆けて行った。風格のある立派な市長、アイスバーグ。直接会うのはこれが初めてだが、ルッチは不思議な気持ちだった。因縁めいたものを感じたのだ。だがそれは気のせいかも知れない。あんな素敵な上司を持ったパウリーが羨ましくて、あのとんでもない上司のスパンダムが大人しく店でじっとしているか、不安になっただけだ。そう考えると、ルッチはますます不安になってしまうのだった。

 ビラを配り終わってSUPAYAに戻ると、まだ客はきていないようだった。ほとんどの人がルッチ達の後をついて回っていたので、来るとしてもこれからだろう。スパンダムに接客させずにすんだのは幸いだ。
「ふぅ…頭がくらくらするわい…」
 ようやく被り物をとったカクがそう言って汗を拭った。
「お前が勝手に頭を振っていたせいだろう、自業自得だ」
「冷たいのう、ルッチは…」
「あまりのんびりする時間もなさそうだ、これでも飲んでくれ」
 いつの間にはブルーノが冷たい飲み物を用意して運んできてくれた。ブルーノの飲み物はいつもとても美味しい。今日のも格別の味だ。
「美味いのう」
「これをお客さんにサービスする予定なのよ」
「大したもんじゃ」
「バーでもした方が向いてるんじゃねぇか、ブルーノ」
「それもいいな…。だがここでお前らとやると決めたんだ」
 ブルーノはきっぱりそう言い放つと、そそくさと店の中に入っていった。
「…大したもんじゃ」
「そうね…」
「…」
 ブルーノの潔さに触れて、ルッチ達は被り物の屈辱や疲れも吹っ飛んでしまった。この清々しい気持ちのまま、接客すれば店も繁盛する事間違いないだろう。ルッチ達はさっそくやってきた人々に笑顔を振り撒いた。
「いらっしゃい、ポッポー、さぁこのCDはプレゼントだ」
 配られているのは当然、スパンダムが海列車一車両分も注文した○護ちゃんのCDである。
「ルッチー!! カク、カリファー! ブルーノ!! 本気で俺の★護ちゃんを配りやがっ…」
「カリファ」
「任せて」
「な、なんだ?! んぐぐっ!!」
「すみません、チーフ…。少し休憩なさってはいかがですか?」
 カリファは笑顔でスパンダムの口を塞ぎ、そのままずるずると奥へと運び入れた。
「さぁ、さぁ、いっぱいあるぞ、アイドルのCDプレゼント中だ。会員になると、中で美味しいドリンクがもらえるぞ、ポッポ〜!」
 ルッチは相変わらず腹話術で無表情のままCDを配り、ハットリは愛嬌を振りまいていた。このコンビはなかなか評判がいいようで、CDは飛ぶように貰われていった。

 店の中では、会員登録のカウンターとレンタル、販売のレジが大混乱だ。カリファがレジを担当し、ブルーノは会員になった人にドリンクを配っている。カクは会員に情報の登録用紙を書かせて、スパンダムは会員証の発行を行っていた。
「めんどくせーなー、名前なんざ本人に書かせりゃいいんだ…なぁ、ファンクフリード」
「ぱぉ」
「すげー、象がいる!」
 子供が目を輝かせてファンクフリードに近づくと、スパンダムは目を見開いた。
「触るんじゃねぇ!! 俺のファンクフリードだぞ!!」
「わー、なんだ、あのおっさん!」
「おっさんゆーな、バーカ、ガキ!」
 どっちがガキだかわからない有様だが、カクはあえて突っ込む事はせずに次々に登録用紙をスパンダムに回した。
「マ…イケ…ル…っと。ほら、出来たぞカク」
「次はこっちじゃ、チーフ」
「まだあんのか…、ホイ…ケ…、うわっ、間違えた! ええい、めんどくせぇっ!!」
「何してるんじゃ、チーフ…」
「な、なんでもねーよ! ほら、出来たぞ」
 そう言ってスパンダムが差し出した会員証の名前の部分は、すっかり汚れて読めなくなっていた。
「…やり直しじゃ、チーフ」
「お前、人使い荒いぞ、カク…」
「わはは、ルッチよりマシじゃわい。ほれ、まだまだこんなにあるんじゃ、手を休めとる暇はないぞ、チーフ」
 カクはにこにこ笑いながらスパンダムに仕事を押し付けていった。その笑顔に騙されてスパンダムは懸命に、会員証の名前書きをこなすのだった。

 夕方になると、客足も遠のいて店は閑散としていた。開店当日にしては十分な販売実績と会員数は確保出来たので、上々の滑り出しといえるだろう。
「あ、ルッチ! そういや、☆護ちゃんはどのくらい残ってるんだ!?」
「…全て配りましたよ、チーフ」
「そうか! じゃあ追加…」
「したら噛み付きますよ…」
 ルッチは豹人間になってスパンダムを牽制した。牙を見せれば効果は抜群。スパンダムはぶつぶつ言いながら大人しくなった。
「おっ、暇そうにしてんじゃねぇか!」
 明るい声と共にどやどやと店内に入ってきたのは、パウリーと船大工の一行だった。本当に宣伝してくれていたようだ。
「でかいドアだな。お陰でタイルストンも通れるぜ」
「うぉー!! 本当だなー!!」
「うるせぇって!!」
「…何しにきたんだ、ポッポー」
「ひでぇ言い草じゃねぇか、ルッチ!」
「なんだ、こいつ、ハトが喋ってるぞ」
「うはは、そうなんだよ、こいつ、人とまともに口がきけねぇ変人なんだ!」
「皆さん、ドリンクをどうぞ」
「あー、どうも…って、うぉぉぉっ?!」
 笑いながらカリファに向き直ったパウリーは顔を真っ赤にして飛び退いた。カリファは訳がわからず、首を傾げてパウリーに歩み寄る。
「どうかしましたか?」
「な、な、なんて格好してやがんだ! ハレンチな…っ!!」
「は…?」
「あ…足! 出しすぎだっ!! おい、ルッチ! しっかり教育しとけよ!」
 カリファを直視できないパウリーを、ルッチは冷たい目で見ていた。
「変人はお前だ、クルッポー…」

 船大工の一行も全員会員になってくれて、おまけにたくさんのCDを買っていってくれた。海賊でよければ客も紹介すると言ってくれた。
「礼は大した事はできんぞ」
「いいって! そうだな…、たまに飲みに行くくらいでいいぜ」
「…奢らせる気じゃな」
「どーも最近、当たりが来なくてな!」
 パウリーはギャンブルが好きらしく、いつも金に困っているそうだ。しかし悪い奴ではないので、ルッチもカクも了承した。

 ようやく今日の営業時間が終わろうとしている。随分と長い時間に感じられて、ルッチ達はかなり疲れていた。そんな中、スパンダムは一人元気にファンクフリードと遊んでいた。
「チーフ、そろそろシャッターを閉めましょうか」
「ん? ああ、そうだな! ご苦労、諸君! 今日という日を無事に迎えられた事に、私は感謝しているぞ!」
 いつになく長官らしい演説をするスパンダムに、ルッチは嫌な予感を覚えた。ここで、気を許してはならない。そう伝えるようにカク達に目をやると、彼らもすでにその事は承知していた。

 「こほん…、ところで、お前達…今日は…どういう日か、知っているか?」
 来た…! と全員は心の中で同時に叫んだ。何かとんでもない事を言い出しそうな気がする。

 そして残念な事に、これからのスパンダムの発言によって、彼らは初日の疲れを癒す間もなく、恐ろしい体験をする事になるのだった。

つづく


もどる