観光

 「当船はサンディアイランド、アラバスタ王国へ向かっております。まず港町ナノハナにて手続きの後、サンドラ河を渡り、レインベースへ到着となります。何か不都合などは…」
「ない。…ああ、長官が船酔いなさっているようだ。薬を」
「はい!」
 船を任されている政府の役人はルッチ達CP9一行を乗せているので緊張しているようだ。CP9の面々は、ある者は船室で、ある者は甲板でのんびりと船旅を楽しんでいた。それというのも、スパンダムがひどい船酔いで船室に篭ってしまったからだ。なんと海は静かなのだろう。偉大なる航路の海の神に感謝したいほどだ。海列車に乗りなれているスパンダムには船旅はキツイのかも知れないが、そんなお坊ちゃん育ちみたいな事でよくも長官なんて地位になれたものだ。…と思っても口には出さず、にやりと含み笑いをするルッチだった。

 だが勿論、それは船の上だけの話…。アラバスタ王国の港町、ナノハナに船を寄せた途端、スパンダムはいつもの調子を取り戻してしまった。
「ワハハ! 着いたな! しっかし暑いな、ここはぁ!!」
「途端にやかましいのう」
「船で静かだったが」
「チーフ、ここでは入国の手続きをするだけですからあまり遠くへはいかないで下さい」
「わかったわかった! お、あれなんだ?! おい、誰かついてこい!」
 ルッチの言葉に耳を貸さず、スパンダムはどたばたと大騒ぎ。SUPAYA本店組はネロを除いて動こうとしないので、ジャブラ達がお供についていってくれた。
「そういえば…、カジノは政府関係者立ち入り禁止の筈じゃないのかしら」
「正装して入れば問題ない…。予定通り、ブルーノとカクは内部を探れ。俺とカリファは店内を調べる…」
「了解」
「じゃが、長官…いやチーフはどうするんじゃ? ああ、ややこしいのう、今日はSUPAYAの社員旅行じゃから、チーフでいいのかのう?」
「最もな疑問だ…」
「チーフでいいだろう…。チーフの面倒は四式坊やとジャブラ達に任せる。ここでの俺達の目的はあくまでクロコダイルの動向調査だ。忘れるな」
「カジノで身代潰すのはバカらしいからな…」
「そうね、体を休めるなら温泉の方がいいわ」
「混浴かの、一人じゃ寂しいじゃろ、カリファ」
「背中でも流して欲しいのかしら? セクハラよ、カク」
 カリファはカクににっこり笑ってそう言った。怒っているのかどうか判断つかない笑顔だ。カクも飄々と慣れた様子で、二人のこういう応酬は世間話のようなものだった。だがどこで間違って揉め事になるとも知れないので、ルッチは二人を制止した。
「やめろ、ちゃんと男女に分かれているそうだ。そうでなければカリファを連れてくる訳にいかないだろう…」
「優しいんじゃな、ルッチは」
 ルッチは答えなかったが、カリファの心配をしたというよりは、カリファに極度のセクハラを働いて再起不能になる諜報部員、もしくは長官を、同じ組織の中から出したくなかったのが本音だった。そんな問題の多い組織に属している事はルッチの輝かしい経歴に傷をつける。今もギリギリ、ヤバイくらいだ。

 手続きが終わってもスパンダムは戻ってくる気配がなかった。もちろん、そんな事は想定の範囲内。ルッチ達も慣れたものだ。ネロに持たせてあった子電伝虫に連絡をいれた。
「はい、ネロっしょ! シャウ!」
 耳がキーンっとするくらいの大きなハイテンションボイスに、思わず電伝虫の受話器を握り潰しそうになるルッチ。慌ててカリファが代わろうと手を出すが、それでもルッチはなかなか受話器を離せなかった。色々とネロに対して憤りがあるようだ…。おそろしや。
「カリファよ。今、チーフと一緒よね? どこにいるのかしら」
「あ、カリファさぁん! え〜っと、チーフはちゃんといるっしょ! シャウ! チーフ〜、カリファさんが呼んでるっしょ、船に戻りましょうよぉ〜」
「四式坊やは電伝虫マナーもなっちゃいねぇ…」
「どうどう、カツオブシでもやろうか、ルッチ」
「カク…」
 怒り心頭のルッチに対して怖いもの知らずなカク。傍から見ているブルーノは冷や汗ものだ。
「すぐに戻られるそうよ…。何かアラバスタ土産を買っていたみたい…」
「着いていきなりか…」
 きっとあのスパンダムの事だから、山盛りわけのわからん土産を買い込んでるんだろうなぁと思うと、今から対面が憂鬱になるルッチ達だった。

 だが予想に反して、スパンダムも、そのお供達も至って身軽だ。
「ワハハ! 待たせたな! じゃあレイン…なんだっけ? なんだか言うカジノに向かおう! な!」
「何か買われたんじゃなかったんですか、チーフ…」
 ルッチが言うと、スパンダムは声を殺すように笑った。何か企んでいる顔だ。ロクな事しやしない…。
「まぁまぁ、それはな、船ん中で見せてやるよ!」
 どうせ酔ってそれどころじゃないくせに、スパンダムは意気揚揚と船に戻って行った。仕方なくルッチ達も船に乗った。

 船はサンドラ河を行き、夢の町、レインベースを目指す。海よりは穏やかなのでスパンダムもそれほど船酔いせずに済んだようで、それはそれでうざかったり面倒だったりするのだが…。とにかく買ったばかりのアラバスタ土産を披露すると言って騒いでいた。
「…で、何を買ってこられたんですか」
「ほら、お前、あれだよ、カジノってよぉ、正装だろ? お前ら正装するのに服持ってきてるか?」
「持ってます」
「そうか! でな、そうじゃねぇかとは思ったんだけどよ。カリファ! ちょっと来い!」
「…私ですか?」
「そうだよ、ちょっと、来い!」
 渋々カリファが近付くと、お供だったジャブラ達が微妙な表情をした。それを見逃すルッチ達ではない。ネロとスパンダムはきらきら輝いているし、どんどん嫌な予感がする。
「…ジャブラ、チーフは何を買った」
 小声でジャブラに問い掛けると、ジャブラは顔を顰めた。
「見てりゃわかるだろ…」
「服だーチャパパ」
「おいフクロウ! てめぇまた勝手に…」
「よよぃ、フクロウを責めねぇでやってくれぇ、おいらが腹ぁ切って…」
「お前はもういいから死ね!」
「服…だと?」
 それならそんなに心配する事も…と思った矢先だ。スパンダムがカリファに差し出したそれに、ルッチ達は絶句した。

 「どうだ?! 気に入ったか、ワハハ! これ着てカジノに行くといいぞ!」
「…お前らがいて、なぜこんな事態になったんだ…。なぜ止めなかった」
 ルッチが真っ直ぐ硬直したまま言う。同じくジャブラも硬直していた。
「止めても聞きゃしねぇだろ、チーフは…」
「それで済むと思っているのか」
「じゃあ俺にどうしろってんだ、ええ、ルッチ?」
 同じリーダー同士、互いの苦労を理解し合って仲良くなったりもしたルッチとジャブラだったが、色々言いたい事もあるようだ。こっちも一触即発の雰囲気。だが、あっちはもっと…。

 「チーフ…」
「ん? なんだ、カリファ!」
「セクハラです」
 眼鏡をくいっと押し上げたかと思うと、カリファはイバラのついた鞭を振るった。いくらあんな上司でも、いくら踊り子の衣装をナチュラルにプレゼントするような上司でも、それに刃向かう事は許されない。瞬時に飛び出して、イバラの鞭を掴んだのはブルーノだった。だがやはり凶運の男スパンダム。ちゃっかり鞭は当たっていて、痛い思いをしていた。
「ぎいやぁぁ!!」
「…怪我は」
 ルッチが冷静に尋ねる。カリファを引き離してブルーノがスパンダムの様子を見た。イバラが少し掠ったようだ。
「…いつもの程度だろう」
「問題ない。…カリファ」
「失礼…取り乱しました」
 乱れた髪を整えてカリファはそう言うと、鞭を振るうと同時に引っ手繰っていた露出度の高い踊り子の衣装を投げ捨てた。

 怒ってる…めっちゃ怒ってる…。

 「カリファさんの踊り子姿、見たかったっしょ…。チーフ、チーフ、やっぱり俺のオススメの衣装の方がカリファさん気に入ってくれたっしょ、シャウ!」
「ああ〜…そうかぁ…色が気に入らなくてカリファは怒ってたのか…じゃあ仕方ねぇな…」
 船酔いと痛みで意識朦朧としているのか、スパンダムは妙な納得の仕方をしていた。まぁ本人はそれで片付くかも知れないが、怒りのカリファをどう鎮めるかという難問が残ってしまい、ルッチ達は深くため息をつくのだった。

 ようやくレインベースにたどり着き、SUPAYAの一行は町で一番大きなカジノ、レインディナーズへと向かった。湖に囲まれた建物で、巨大なワニが目印だ。
「すげぇなー! SUPAYAもこんな風にすりゃよかったな! な!」
 誰が賛同すると思ったのか、スパンダムは目をきらきら輝かしてそう言った。正装して黙ってりゃそれなりの人に見えるのに、さっきからこの人の口は開きっぱなしだ。
「…で、何を勘違いしてそんな格好なんだ、四式坊や」
「シャウ! これ俺の一張羅っしょ?!」
 ネロはいつもと同じような格好をしていた。どうやら生地にこだわりがあるらしい。だがいちいち、あなたの服の生地触ってチェックします、なんて事があるわけない。
「正装の意味も知らんようじゃな」
 そう言うカクはきちんと黒いジャケットを羽織っていたが、あまり気に入っていないようで、着心地悪そうにしている。アラバスタにおいて正装というと、暑い砂漠の国特有の装いがあるのだが、観光客はもっぱらスーツかパーティー着が主流のようだ。カクもそうだが、ブルーノとフクロウも仕立てのいい黒いスーツを着ている。ルッチとスパンダムは燕尾服というのか、モーニングというのか、タキシードというのか…ともかく、完璧な出で立ちで決めている。しかしさすがスパンダム。溢れる気品というのか、滲み出るセンスというのか…、ド派手なシャツが印象的だ。
「なんだ、ネロの服、それじゃマズイのか? カリファが着なかった踊り子の衣装ならあるぞ、ワハハ!」
「チーフ、冗談やめるっしょ〜」
 また踊り子の話が出て、ルッチ達は肝を冷やしたが、黒いロングドレスを着て綺麗に髪を結い上げているカリファは、豪華なカンフー着でバッチリ決めているジャブラと話していてスパンダムの言葉は聞き流していたようだ。
「惜しいな…なんでおさげ髪にしねぇんだ、カリファ…」
「セクハラよ、ジャブラ…」
 …こっちはこっちで、ややこしい事になっていた…。

 政府関係者は立ち入り禁止がカジノの方針だが、正装していて、その上、存在を知られていない闇の機関ならば問題ない。
「よーし、行くぞ、お前ら!」
 先頭きってカジノに入ったのはスパンダム。続いてジャブラ達で、最後がルッチ達だ。ルッチ達はジャブラ達に言わなかったが、このカジノを調査するつもりでいる。無言で合図を送り合い、スパンダムの解散の号令を聞いてすぐに予定通りの持ち場についた。ブルーノとカクは人ごみに紛れて監視の隙をつき、ドアドアの実の能力を使って内部に潜入する。ルッチとカリファは客達の話を聞き、情報を収集する役割だ。
「ルッチ、ハットリは…?」
「不本意だがチーフのそばに置いていく…。いざという時の目印にもなる…」
 ルッチから離れるのがよほど嫌なのか、それともチーフの側が嫌なのか、ハットリは小刻みに震えていた。しかしハットリもCP9の一員である。心を決めてスパンダム…の側のクマドリの頭に止まった。どうやら居心地がいいらしい。

 煌びやかなカジノには、スパンダムが興味を持ちそうなものがてんこ盛りだ。
「あー俺カジノって初めてなんだよなー!」
「俺は麻雀くらいなら…」
「おいらはぁ、花札がぁ」
「チャパパー、俺はスロットが強いぞー」
「なにぃ?! そいつは初耳だぞ、フクロウ!」
「チャパパー黙っていたーチャパパパ」
「自分の事は黙ってやがって、この野郎!」
「まぁいい、じゃあそのスロットってやつから始めるか!」
「ああ、その前に、ベリーを賭け金に換えねぇと」
「なんだぁ? このままじゃダメなのか?」
「みんな持ってるでしょう、あのコインが賭け金すよ…」
「あー後でまたベリーに換金すんのか、よし、じゃあ早速やるぞ! ん? ネロはどこいった?」
「そういえば…」
「いなくなってしまったーチャパパー」
「面目ねぇ、ここはぁおいらが腹ぁ切って…!」
 羽織袴で正装していたクマドリが懐から小刀を取り出そうとした。クマドリの頭に止まっていたハットリもパニックだ。
「やめろ、クマドリ! ここで刀なんか出したらつまみ出されるだろうが!」
「ジャブラ…すまねぇ、おいらはぁ…っ」
「だからネロはどこなんだ、ネロー!」
「チーフ〜、探したっしょ〜!」
「探したのはこっちだ!!ったく、どこに行ってたんだ、お前…」
「聞いて欲しいっしょ! 俺だけボディーチェックがあったっしょ、シャウ! 銃二丁とも取り上げられたっしょ…」
 残念そうにひげを垂らしてしょぼくれるネロ。だが誰もそれには構わずにベリーを賭け金に換えに行ってしまった。
「ちょ、冷たいっしょ!! 油断もスキもねぇっ!」
 ネロは慌ててばたばたと彼らを追った。なんだかんだで、寂しがり屋のイタチっこなのだ。

 賭け事に興じているスパンダム組とは別に、ルッチ達はCP9の仕事を始めていた。
「…別段、不審なところはないようね…ルッチ」
「…」
 ルッチは目を細めた。聞こえてくるのはオーナーであるクロコダイルに対する賞賛の声ばかり。七武海は英雄とはいえ、ここまで一つの土地に根付いているのは珍しい。やはり気になる。
「…カク達の連絡待ち…ね」
 カリファが言うとルッチは無言で頷き、一度、スパンダム達に視線をやってから別のテーブルへと移動した。

 その頃、カジノ内部を探っていたカクとブルーノは、この建物の見取り図を手に入れていた。
「やはりブルーノの能力は潜入には重宝じゃな」
「その為の能力だ…象を店に入れる為じゃない…」
「まだ根に持っておるのか、案外しつこいのう」
「当たり前だ…。…カク、これが普通のカジノだとは思えんな…」
「そうじゃな…、不要な物が多すぎるのう。湖に囲まれたこの建物で、地下に巨大な空間があるようじゃし…。それに、金庫にあったあの金の山…まさに金が唸っておるわ」
「もう少し探りをいれよう…」
 身の軽いカクとどこにでもドアを作れるブルーノは、誰にも気付かれる事なくカジノの中を移動していた。

 カク達が気にしていた、その地下にある巨大な空間…そこはこのカジノのオーナーであり、王下七武海の一人であるクロコダイルの私的な部屋だった。周りをバナナワニが悠々と泳いでいる。
 大きな椅子に腰掛けている男の前に、凛とした顔つきの女性が立った。男は彼女を横目で見やる。
「…サー・クロコダイル…」
「…どうした、ニコ・ロビン」
「その名は呼ばない約束では…? …カジノに不審な客がいるそうよ」
「不審…? クハハ、どこぞの海賊か…?」
「いいえ…警備の話では…政府の役人じゃないかと…」
「政府の?…そりゃねぇだろう…政府は俺を信用している…。わざわざ役人を寄越すとは思えねぇ」
「そうかしら…、別にあなたの計画に気付いてきたとは限らないわ…。それに、気になる物を持っていたそうよ…」
 クロコダイルのそばにロビンの手が現れる。その指先には、黄色いカードがあった。クロコダイルはそれを摘み上げて顔を顰めた。
「…SUPAYA…、ネロ…か。こいつを持っていた奴は…?」
「スロットでお仲間と遊んでいるわ…。それから、物腰の違う男女が一組…」
 電伝虫の画像送信機能を使って送られてきたそれには、ルッチとカリファが映っている。自然な動作ではあるが、確かに周りを警戒している。クロコダイルはしばらく考えて、それから写真を破り捨てた。
「どうするの、サー・クロコダイル」
「クハハ、スロットの小僧にはミリオンズを差し向けろ…」
「…この二人は?」
「VIPルームに迎えてやれ…俺が遊んでやる」
「わかりました、サー・クロコダイル…」
 不敵な笑みを浮かべるクロコダイル。そして、彼に従うロビン…。やはり何やら裏がありそうな気配。そして今まさに、彼らの魔手がルッチ達に伸びようとしていた。

 一方その頃、スパンダムは…。

 「あー!! 惜しい! なぁ、見たかジャブラ、クマドリ、フクロウ! なぁ、ネロ!」
「惜しいってチーフ…揃わねぇんじゃ意味ないでしょう…」
「ジャブラさんの言う通りっしょ、シャウ! 俺なんかもうこんなに!」
 ジャラジャラとコインを見せるネロに、スパンダムは悔しさが隠せない。みんなで並んで始めたスロット。それもスパンダムは各自に台を振り分けたのにどうした事か、自分だけはすっからかんなのだ。
「ええい、こんなの陰謀に決まってる! いいか、カジノなんてのはなぁ、最後には店が勝つように出来てんだよぉ!」
 そう捨て台詞を吐くと、スパンダムは席を立った。他の面々はじゃらじゃらばんばんコインが溢れ出ているので席を立てない。
「チーフ、どこ行くっしょ」
「うるせぇ! 換金してくんだよ!」
 スパンダムはずかずかと店の奥に消えていった。実はこれより前にも一度、換金した金を全てスッてしまっているのだが…。ここまでくるとヤケだ。
「ありゃあ…ギャンブルで持ち崩すタイプだな…」
「申し訳ねぇ、チーフ…おいらの責任でぇ…」
「チャパパー、チーフは運がないんだー」
「そりゃひでぇっしょ、フクロウさん…」
 のんきに哀愁漂う背中を見送り、それでもスロットに興じる四人。そこへ店の警備と思しき屈強な男達が近付いてきた。一番に気付いたのはジャブラ。他の面々も表立って警戒はしないものの、一応の体勢は整えている。こう見えても、暗躍機関のメンバーなのである。
「…お客様、ちょっと表に出ていただけますか…」
「シャウ、俺?」
 どうやらネロに用があるらしい。せっかく勝っているところで席を立つのは惜しいが、仕方ない。ネロは立ち上がった。
「先輩方、ちょっと行ってくるっしょ」
「ああ…行って来い…」
 ジャブラはまるで気にしてない様子だったが、勿論不穏なものを感じていた。考えてみれば、クマドリの頭にハットリを残して姿が見えないルッチも気になるし、スパンダムをこちらに任せて消えている面々の動向が知れない。ネロに注意を促すまではしなかったが、それがわからないネロではないだろう。聞いた話によれば、あの四式使いは訓練所ではなかなかのやり手で、殺しが好きな男と呼ばれていたそうだ。この匂いに気付かない訳がない。

 「お客様…、恐れ入りますが、こちらに…」
「どういう事かしら」
 副支配人と名乗った男がルッチとカリファに近付いてきた。丁寧な対応ではあるが、目をつけられたのが気になる。
「当カジノのオーナーがお二人をVIPルームに招待したいと申しておりまして」
「…サー・クロコダイルが?」
「…」
 思わずルッチの指示を仰ぐようにカリファは視線を送った。ルッチは顔を顰めたが、小さく合図を送る。向こうから呼んでくれるならいい機会だ。腹の中まで突き進むのも手だろう。
「案内して下さるかしら」
「どうぞ、こちらでございます」
 花びらの舞う中、豪華な絨毯の上を通ってルッチとカリファは扉の向こうに消えた。

 「ようこそ…レインディナーズへ…。観光かね」
 葉巻の煙を揺らして、深く椅子に腰掛けるその男は実にふてぶてしく映った。その貫禄こそ王下七武海の一角、クロコダイルに相応しい。
「…お招きにあずかり、光栄です、サー・クロコダイル…」
 挨拶をするのはカリファだけ。ルッチは無愛想なままでクロコダイルを凝視していた。クロコダイルはカリファに微笑を漏らし、彼らに椅子と酒を進めた。
「どうした…勤務中という訳ではないんだろう…? 政府の役人もたまにはハメを外したいモンだ…クハハ」
「…どうも。けれど…私も彼も…アルコールは受け付けませんので…結構です」
「そうか…、それは残念だ。ところで、どうだね、この砂の国は…」
「ええ…豊かな美しい国ですね…それに、あなたがいらしてから平和だわ」
「ほう、知っていてくれたとは…。まぁ国王軍よりは海賊と対峙する確率は高いだろう…。カジノはどうだったかね? 何かラッキーな事でも…あったか?」
 クロコダイルの意図は定かではないが、政府の役人である事は露見しているようだ。最初、この豪華なVIPルームに通された時にはカクとブルーノが見つかったのだと思って覚悟を決めていた。しかしそれは違ったようだ。見つかったのはむしろ自分達の方。しかしそれはルッチ達も計算の上だった。
「サー・クロコダイル…、この国でこれだけの財をなし、これから何か…なさるおつもりですか…」
 突然、ルッチがそう言うと、クロコダイルは眉間に皺を寄せた。空気が変わるのがわかる。カリファも平静を装ってはいたが、内心はこの空気に当てられて苦しかった。
「…クハハ…どうやら…カジノがお気に召さねぇようだな…」
「これだけの財力、余生を悠々自適に…という訳ではないでしょう…。財をなせば、次は…力だ。身に余る富は…身を滅ぼしますよ、サー・クロコダイル…」
「フン…面白い事を言うな…。だが生憎と俺は富も名声も…力も持っている…」



「…ならば、その先にあるものをお教え願いたい」
「…そんなに知りたいか…」
 双方が完全に臨戦体勢に入っている。どちらが先にかかってもおかしくない。緊迫した状況だ。

 その状況を打破したのは、一本の連絡だった。

 プルプルプル…

 「…失礼する」
「どうぞ」
 クロコダイルはルッチ達に背を向けて離れた場所で電伝虫の受話器を取った。そして何やら話している。ふいに彼は振り返り、にやりと笑った。
「このカードの持ち主は…君達の仲間、かね…」
 彼の手にはSUPAYAの黄色い会員証が。そして汚いスパンダムの字でネロと書かれている。ルッチ達は答えなかったし、顔色も変えなかった。任務は常に非情なものである…。
 ネロが捕まったのか、それともすでに消されてしまったのか定かではないが、ネロの口からCP9の存在が明るみ出る事は避けたい。一刻も早くここを離れなくては。だがVIPルームのドアは重厚で、さらに周りは水。悪魔の実の能力者であるルッチは泳ぐ事が出来ない。一か八か、嵐脚でドアをブチ破って逃亡するしかなさそうだ。騒ぎになるだろうがそれも仕方ない。ルッチ達は無言で頷き合い、そう覚悟を決めた。

 「どういう事っしょ…、ここの従業員ってのはこんなにガラが悪いのかい?」
「社長の命令さ、あんたにはここで死んでもらう」
 ネロはガラの悪い連中にぐるり囲まれていた。四式使いであるが故、常に所持していた銃は二丁とも没収されている。まさに大ピンチ! 相手は飛び道具やら何やらわんさか持っているのだ。だがネロはニヒルな笑みを浮かべると、月歩で空中に飛び上がった。
「撃てー!」
 同士討ちも構わず銃弾が飛び交う。その中をネロも華麗に飛んで跳ねる。
「俺は天才なんだぜ、覚悟するっしょ、シャウ!」
 空中で軽やかに回転し、ネロは素早く移動する。そして…
「嵐脚!」
「ぐわあ!」
「おっと、いただきっしょ!」
 倒れた奴から武器を奪い、また月歩で飛んで逃げる。いかに四式使いで、あのメンバーの中では弱いとはいえ、並の人間がかなう相手ではない。さすが戦闘の天才! 正義の殺し屋、海イタチ! …四式坊や。

 そんなこんなで、ネロは簡単にミリオンズをやっつけてしまい、ぱんぱんと手を叩くとまたカジノの中に戻っていった。
「こいつら、妙な言いがかりつけて…なんだったんだろ、シャウ!」
 状況の怪しさには気付いても、そこから洞察する事は苦手なネロだった…。CP9への道のりはまだまだ厳しそうだ。

 「なんだと…! ミリオンズが全滅?! 何があった…!」
 電伝虫で話していたクロコダイルの態度が豹変した。それまでは優位に立っている余裕からか、笑みさえたたえていたのに、突然ブチ切れモードだ。ギロリとルッチ達を睨むその視線は殺意に満ちていた。
「…ミイラになるか…」
 低く地面を揺るがすような声と同時に、クロコダイルの手が砂になる。どうやらネロは事態を打開したらしい。あとはここを抜けるだけだ。

 ごぉっとクロコダイルの手から砂嵐が生まれてルッチ達に襲い掛かる。二人でクロコダイルに飛び掛ろうとしたまさにその時。ルッチ達の背後でドアの開く音がした。ブルーノの空気開扉だ。中からブルーノとカクの手が伸び、二人を掴むと中に引き込んでドアは閉まった。後には砂嵐しか残らない。
「…?! どこに消えた…!」
「…サー・クロコダイル」
「?! オールサンデー、連中は何者だ…!」
「調べてみたわ…SUPAYAというのは…ウォーターセブンに出来たCD屋の事よ…。あのネロとかいう子と一緒にいた…顔に矯正具をつけた男…彼はかつてサイファーポールbTで主管を務めていたようよ」
「サイファーポールだと…? なるほど、只者じゃねぇとは思ったが…」
「…お客様はお帰りのようね…。どうするの?」
「ミリオンズは?」
「全滅よ…。一応、掃除はしておいたわ…店の前を散らかすのは好きじゃないの」
「上出来だ、オールサンデー…。連中の事はいい、それよりもすぐに計画を実行に移そう」
「…ユートピア作戦ね」
「そうだ、カジノでなしたこの財力! これで『バロックオフ』を展開する…! ゆくゆくはフランチャイズ化し、どこの島に行ってもバロックオフがあるというまさに理想郷だ…クハハ! CDもいずれは扱うつもりだったが…先を越されたか…」
「まずは首都アルバーナに出店するわ…」
「それでいい…そして王族に取り入り、お前と俺の望むもの…ポーネグリフを手に入れる…。お前は情報を、俺は…兵器だ」
「財力で世界を買えてしまうんじゃないかしら…」
「クハハ…、それじゃあ金はいくらあっても足りねぇだろう…。金も力もあって困るものじゃねぇ…。理想国家の建国ってのは…骨の折れる仕事だ…」
 やはりルッチ達が睨んでいた通り、クロコダイルは恐ろしい企みを持っていた。ポーネグリフも狙っているようだが、どうやらSUPAYAの商売敵、バロックオフが真の姿らしい。…でも『バロックオフ』って?

 「助かったわ、ブルーノ」
「すぐにチーフを連れて船に戻るぞ」
「了解!」
 ブルーノの空気開扉を通ってスロットの近くに出たルッチ達は、その場ですぐにジャブラ達と合流した。能力を使って出現した彼らにピンときたジャブラは、すぐ様、撤退を決めて席を立った。そこにネロが戻ってきて、さっきまで自分が座っていた席のコインがなくなっている事に気付いた。



「俺のコイン、ないっしょー!! シャウ! ひどいっしょ、ジャブラさん!」
「俺じゃねぇよ! それどころじゃねぇ、すぐに出るぞ!」
「へ、何かあったんすか?」
「のんきなもんだな、四式坊や…」
「で、でもルッチさん! 俺、さっき店の前で怪しい連中を千切っては投げ千切っては投げ…、やっつけたっしょ! シャウ!」
「ほう…そりゃ大したもんじゃ。本当ならのう」
「本当っしょ! まだ倒れてる筈だから、見に行くっしょ!」
 ネロは証拠を見せたくて慌てて店の外へと駆けて行った。追っ手が来るとも思えないが早々に立ち去りたい事に変わりはない。だが、スパンダムの姿がない。
「…チーフはどこだ、ジャブラ」
「あ〜、それがよ、さっき換金してくるって言ったまま、戻らねぇんだ」
「…何の為の貴様らだ」
「ああ? ルッチ…てめぇらが勝手に起こしたイザコザじゃねぇのか、俺達に一言あってもいいんじゃねぇのか?」
「やめなさい二人共、それどころじゃないわ!」
 カリファに止められても二人は睨みあったまま。その時、クマドリの頭からハットリが飛び立ち、そのまま飛んでいくと何かを突きながら戻ってきた。

 「いて! 何すんだ、ハットリ! いてて、やめろ、やーめろー!」
「チーフ!」
「あ? おお、お前ら、どうした?」
「ど、どうしたって…」

 『あんたがどうした!』
 思わず全員が突っ込んでしまった。ハットリに突かれながら戻ってきたスパンダムは、見るも無残に身包み剥がされていたのだ。
「ワハハ、実はな、さっきそこでルーレット見ててよぉ、せっかくだからやってみたんだ! 最初は当たるんだけどなー、やっぱ最後は店が勝つんだよなー!」
 それをわかっててなんだってアンタ…。みんなの心中はこんな感じ。苦労していた潜入組のルッチ達なんかもっとがっくりだ。
 だがそんな暇はない。とにかくスパンダムを見つけた事だし、すぐにここを出て次の目的地である温泉島に向かわねば。温泉島へのトンネルはオアシスであるユバにある。レインベースから歩いて一日のところだが、サンドラ河を渡ればもっと近くまで行けるようだ。

 「説明は後です、とにかくここを離れましょう」
「ああ?!」
「ブルーノ!」
「わかった」
 ブルーノはスパンダムを抱え上げた。人ごみに紛れてさっさと店を出る彼らを、物陰から見ている女性が一人…。彼女こそ、世界政府が20年追い続けている、世界で一人、ポーネグリフが読める女。ニコ・ロビンであった。だがこの時、彼らはクロコダイルの陰に彼女がいる事を知らなかった…。

 店を出ると、そこでネロが挙動不審にしていた。
「なんじゃ四式イタチ」
「シャウ! ここでやっつけた連中、いなくなってるっしょ!」
「どうせ夢でも見ていたんだろう…坊や」
「違うっしょ〜! シャウ!」
「どうだかな…会員証を盗られた事にも気付かないような奴が…」
「会員証?! シャウ! 本当だ、ねぇっしょ!!」
「ともかく早く船に戻るのが先決じゃ、わしは裸の上司なんぞ嫌じゃよ」
「イッキシ!!…グス…」
「チーフ、風邪をひいてしまいます…。これをどうぞ」
「あ〜カリファ、気がきく…、…あの」
「はい?」
「そんなに気に入らなかったのか、これ…」
「何の事でしょう…」
 カリファがにっこり笑って差し出したのは、スパンダムが買って寄越した踊り子の衣装だった。スパンダムとて、カリファが憎くてこんな事をしているのではない。むしろ、可愛がっているつもりなのだ。この仕打ちは結構、スパンダムにはショックだったようだ。まぁ、今は身包み剥がれていて更に追い討ちだからかも知れないが…。
「やめろ、カリファ。チーフをいびるのは後にしろ」
「後?!」
「わかったわ、ルッチ」
「わかったのか?!」

 こうして、温泉に行く前のアラバスタカジノ観光は混乱の内に終了した。事の顛末をスパンダムが知るのは、船内での事だったが、やはり軽く船酔いをしていて何がなんだか結局よくわからないままだった。

つづく


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