| 研修 念願だったはずの新SUPAYAメンバーは、うざいテンションのイタチだった。呆然とするルッチ達をよそに、新入りのネロは店頭のCDを自分好みにカスタマイズしている。だがその棚は、ルッチ達がきちんと担当を分けて責任を持って受け持っているものだ。勝手にCDを移動されては困る。 「おい新入り…、勝手な真似をするな…」 日頃のストレスも相まって、爆発寸前のルッチは低い声で飛び回るように動くネロを牽制した。だがネロは聞こえていない。 「俺に任せるっしょ! 客がネギ背負ってやってくる店にしてやるぜ! やっぱアイドルコーナー充実っしょ! シャウ!」 おまけにスパンダムと趣味が似通っているようだ。ルッチが担当するポップスとロックの棚に、アイドルのCDが侵食してくる。 「ワハハ! 話のわかる新人だな! あとは任せるぞ! 俺は少し奥で休んでくるからな! ルッチ! 新人研修しとけ!」 「はい、チーフ…」 ルッチは俯いたまま返事をしてスパンダムを見送った。意外に大人しくしているルッチに、カク達は何か言葉をかけようと思うのだが、うまく口が動かない。微妙なテンションで店を荒らし回るイタチ一匹、うまくあしらえないわけはないのだが、如何せん、強靭な精神にも限界はくる。 「指銃!」 「ぎゃああっ!!」 やっぱりだ! カク達の不安は的中した。スパンダムの姿が見えなくなった途端に、ルッチはその鋭い指をネロに向けたのだ。ついにどこか一線を越えてしまったルッチは、SUPAYAの黄色いエプロンをつけたまま任務に徹する冷徹な表情を見せていた。幸い、ネロは四式使いとは言え、剃が使えたので辛うじて避ける事が出来た。だがルッチの体を包む殺気はまだ消えていない。 「な、な、何すんだアンタッ?! 危ないっしょ?!」 「…研修だ…新入り…」 「こえ〜! 先輩、おっかねぇっしょ!!」 ネロは青ざめて、ルッチを見上げた。肩にハトを乗せ、仁王立ちで立ちはだかる黄色いエプロンのルッチは、間抜けだが迫力満点だ。 「…! け、研修お願いするっしょ…、先輩…」 「いい心がけだ…。さぁ立て新入り…。お前にはこの俺が直々にSUPAYAのノウハウを叩き込んでやる。…カリファ! 頃合を見てチーフにコーヒーをお持ちしろ。ブルーノ! 掃除をしてシャッターを開けて来い。カクはこれからCDの陳列だ…。このイタチ野郎が調子に乗っちまった後始末だ…」 「了解!」 誰もルッチに逆らわなかった。他の指示に関して言えば通常通りのものばかりだ。だが今そこにいる彼、ロブ・ルッチはハトのハットリで腹話術をする恥ずかしがり屋のバイトではなく、CP9を長官に代わって束ねる諜報部員であった。 「やれやれ…余計な仕事を増やしてくれたもんじゃ…。お前さん、名前はなんじゃったかのう」 「お…お、俺はネロ! 戦闘の天才と呼ばれた男だぜ!」 気を取り直してネロはカッコかわいいポーズをして優しそうなカクにアピールしてみた。少なくとも真っ暗闇のオーラを背負っているルッチよりは穏やかで取っ付きやすそうに見えたのだ。 「ほう、大したもんじゃな。戦闘の天才とは。のう、ルッチ、そうは思わんか」 「…ああ…大したものだ…。その程度で天才とは…」 ルッチはそう言ってふっと息をついた。そして続けた。 「笑わせてくれるな…坊や。ハッハッハ…」 ネロは背筋が凍りつくのを感じた。ルッチの笑顔は、それはもうとんでもなく恐ろしかったのである。見れば、カクの口元にも笑みが浮かんでいる。どうやらルッチのこの怖い顔をネロに見せようとしたらしい。 とんでもねぇ先輩達!! CP9コエーッしょ!! ![]() ネロは心の中で叫んだ。しかしそれで事態が改善する筈もなく、重たい空気に包まれて大人しくCDの陳列を始めるのだった。 「それはブルーノの担当じゃ、ああ、そっちはカリファのじゃよ。わからん奴じゃな、四式使い」 「バカヤロウ…その棚は俺の担当だ…。勝手に触るなと…イヤもういい。3秒やるから…さっさと逃げろ」 「?!は?! 逃げるって…誰から…」 「3…2…」 「え…ちょっと! ウソだろ!! やめろバカなマネ!!」 「1」 ルッチの右手が指銃の形をとっている。冗談だと思いたいが、さっきの例もある。ネロは慌てた。 「剃!!」 逃げたところでルッチから逃れられる訳はない。ネロ、早くも絶体絶命の大ピンチ!! 「うるせーな! おちおち寝てもいられねぇよ…。おいルッチ! 静かに研修しろよな! わかったか?!」 奥からスパンダムが出てきて、不機嫌モードで怒鳴り散らす。ネロは呆然と立ち尽くしていた。背後でルッチとカクが舌打ちしたのが聞こえて、ネロはぶるぶると身震いした。 「命拾いしたのう、四式イタチ」 「まぁいい…ここは俺とカクでやる…お前はファンクフリードの餌やりだ、新入り」 「ちゃんとネロって名前があるっしょ…」 「ああ…? 名前で呼ばれたきゃ…それ相応の働きをしてみせろ、新入り」 そう言ったかと思うとルッチは豹人間と化して、今にもネロをガブリといきそうだった。ネロはカクも真っ青の素早さでファンクフリードの餌やりに向かった。 「おお、やれば出来る奴じゃな、四式使い」 「甘やかすんじゃねぞ、カク」 「わかっとるよ…」 案外、この二人はSUPAYAで一番の腹黒コンビなのかも知れない…と心密かに思うネロには、命の恩人スパンダムが眩しく見えているのだった。 いつの間にか、SUPAYAは開店時間を迎えていた。途中で起きてしまったスパンダムを再び寝かしつけ、店は通常通りの営業を始めている。 「また来てやったぜ」 「…また試聴か、ポッポー」 「なんだよ、別にいいだろ? それより早く買取始めろよな。今、金ねぇんだよ…」 パウリーはそう言って店のあちこちに設置してある試聴機を片っ端から聞いて回る。会員証は持っているものの、彼はもっぱら試聴専門なのだ。しかしここの評判をあちこちで触れ回ってくれるので店としてはマイナスでもない。 「お! 渋いな! この曲いいよなー! お前の趣味だろ、ルッチ!」 ヘッドホンをつけたままのパウリーは一際大きな声で叫ぶ。ルッチは顔を顰めたが、頷いて見せた。 「来とったのか、パウリー。わしの選曲した浪曲も聞いてくれんかのう」 「相変わらずじいさんみたいな奴だな…カクは…。わかった、後でな」 「あら、パウリー…来ていたのね、いらっしゃい」 「ぶっ! カリファ! また性懲りもなくそんな短いスカートを…! ハレンチだぞ! やめろ!」 パウリーはカリファを見るなり顔を赤らめ、後ずさりする。これもいつもの事だが、その反応にカリファは面白がっているようだった。無理もない。スパンダムにスカートをより短くタイトにしろなどとセクハラされる事はあっても、ハレンチだからやめろという男は今までいなかったのだから。 「仕方ないでしょう、制服だもの…」 「お前らもそう思うだろ?!」 「…さぁ…クルッポー」 「わはは、カリファはハレンチでなんぼじゃろ」 「セクハラです」 「わはは、痛いわい、カリファ、すまん、許してくれ」 カリファに耳を引っ張られて、カクは笑っていた。パウリーはまだカリファの格好が気になるらしく、注意したそうにうろうろしていたが、視界に入るとロクな言葉にならないようだった。 「まったく、見なければいいだろう…ポッポー」 パウリーを押さえてルッチは呆れたようにため息をついた。 「外の空気でも吸って落ち着け…パウリー」 「そ、そうだな、サンキュー、ルッチ…」 ルッチに支えられながら、よろよろと外に出たパウリー。だがそんな彼の前に現れたのは…。 「ぎゃー!」 「ぱおー」 「痛いっしょ! シャウ! 潰れるっしょー!!」 「ぱお」 もすもす。どしどし。 「ぐあぁ! 俺は餌じゃねぇ! あっち、あっちだ、ファンクフリード!!」 「…ポッポー、何事だ…ブルーノ」 「ん…、ああ、ルッチ…」 ブルーノは掃除道具を持って、象と格闘するネロを見ていた。ルッチもパウリーも突然の事で何が起こったのか理解出来ないでいる。 「新人が…ファンクフリードに餌をやろうとしたんだ…。そうしたら…」 「ぎゃー! 中身が出るっしょー! だ、誰か助けてー!」 「…このありさまで…」 「…本当に使えない新入りだな、ポッポー…」 「何を悠長な事言ってんだ! 待ってろ、ロープアクション!」 パウリーは立ち直るや否や、ファンクフリードにロープを投げた。 「ぱお」 長い鼻にロープは巻きつき、ファンクフリードは興味津々だ。 「ぬんっ!」 「ぱおー」 引っ張られるままに素直にファンクフリードはパウリーの方へとやってきて、踏み潰されていたネロはなんとか中身を出さずにすんだようだった。 「ブルーノ! 餌!」 「ああ…」 ブルーノがまったり寛ぎながらパウリーに餌を渡す。パウリーはファンクフリードを誘導しながら、ちょっと芸など仕込むつもりなのか、少しずつ餌を与えて楽しそうにしていた。 「賢いなーお前! よーし、いい子だ」 「はぁ、はぁ…あ…あんたは命の恩人っしょ…シャウ!」 地面と一体化しかけていたネロが涙を浮かべて言うと、パウリーは照れたように笑った。だが、その笑顔にも悪魔が宿る…。 「いやぁ…大した事はしてねぇよ。…! …礼なら金で寄越せ」 「はぁ?!」 「ポッポー、やめろパウリー…。こいつは新入りで金などないぞ」 「んだよ、ついてねぇな!」 パウリーは拗ねたように唇を尖らせると、最後の餌をファンクフリードに投げた。これがルッチだったら、きっと自分の方に投げただろうとネロは考えて、ぞっとした。 象の餌やりを終えたネロは、今度はレジにカリファと一緒に入る事になった。カクはチャーミングな顔をして腹黒で、ブルーノはまったりゴーイングマイウェイ。ルッチに至ってはシゴキのスペシャリストだ。でもカリファは違う。綺麗なお姉さんと共にいるだけでネロは御機嫌。極楽気分だ。 「そう、大変だったのね」 「そーなんすよ! シャウ! なんてったって、象っしょ。デカイの重いのって!」 「あなた、四式使いなんですって?」 「へ? ああ、そうなんすよ。まだ指銃とか使えねぇんで、そこは小道具使わせてもらうっしょ! 任務の成功率はかなりのモンなんで、心配ねぇっしょ! シャウ!」 「ふふ…、あなたって…ちょっとウザかわいいわね」 「いやぁそれほどでも…へ?」 「なんでもないわ。…いらっしゃいませ、会員証はお持ちですか?」 「あ、いらっしゃいっしょ! シャウ!」 釈然としないままネロはレジ打ちをカリファに習い、少しはSUPAYAの業務がわかるようになっていた。どうやらここでは、勝手に棚の商品を並べ替えてはいけないらしい。それぞれが得意分野を生かして担当を決めているそうだ。 「今帰ったぞ、ポッポー」 「お疲れ様、どうだった?」 「商品は全部着いとったよ…。四式イタチ、これを並べておいてくれんかのう」 「は、はい! お任せっしょ! シャウ!」 怖い先輩達だが、きっと期待してくれてるに違いない! いいように解釈するのがネロの得意技。ネロは意気揚揚とブルーノからCDの入った木箱を受け取った。 「ぐふっ!」 「ああ、重たいから腰を壊さんようにのう。…遅かったかのう…」 「だ、だ、大丈夫…しょ…」 「それでこそCP9だ…せいぜい頑張るんだな…」 がくがく震えるネロの耳元で、ルッチが地声で囁き、にやり…と笑った。こわ! こわいっしょ! 先輩の笑顔に身震いして、ヒゲまで垂れてしまうネロだった。 研修はまだまだ続いた。CDの入った重たい木箱を運んだ後は昼食だ。最悪な事に、カクとルッチに挟まれて食べる事になったネロは死ぬほど緊張して何を食べたかわからないほどだった。ちょっと溢すとすぐにネチネチ説教されるのだ。それも両サイドから。スパンダムによって与えられる日々のストレスがこういう形で現れたのはいい事ではないが、彼らにとってネロは使える新人ではなかったものの、いい新入りと言えそうだった。 ネロの研修一日目が無事に終わり、ブルーノがシャッターを下ろした。ネロはくたくたのへろへろだったが、とりあえず明日も来るようルッチに言われて、すっかり元気になっていた。こういう辺りが、ウザかわいい。 「…そういえば、チーフはどうした…」 「奥でお休みになっているわ…」 「それにしては昼も見かけなかったのう」 「…」 「…様子を見て来よう」 ルッチが仕方なく奥へ向かい、スパンダムが篭っている事務所のドアをノックする。だが返事はない。 「チーフ、そろそろ海列車の時間ですよ…チーフ」 やはり返事はない。だが耳をすますと、なにやら話し声が聞こえた。 「チーフ、失礼します…」 そう言って、ドアを開けたルッチが見たもの、それは…。 「チャパパ」 「ワハハ!」 笑うスパンダムの向いには、デカイ体で足を組む、口にチャックのついた謎の物体が。 「…」 ルッチもハットリも目が点だ。まさにハトが豆鉄砲を食らったよう。むしろ、豆が鳩鉄砲を食らったような、意味不明な衝撃だ。 「チャパパパ」 つづく |