面接

 コンコン

 「入れ!」
「…失礼致します…」
 ノックをして、ドアを開けて…チーフルームに足を踏み入れたルッチは、すでに猛烈に後悔していた。
「お前、ロブ・ルッチな!」
 名前を問うと見せかけて、断定されたのは初めてだ。それも、ルッチをルッチとわかった上ではなく、どうやら適当に決め付けているらしい。たまたま合っていたからいいようなものの…。ルッチはますます後悔していたが、ここへ来るように命じたのは世界政府の指令。任務の一環では断るわけにはいかない。
「座れ」
 横柄な物言いで、顔にいかつい矯正具をつけている怪しい男は、優秀な諜報部員であるルッチにそう命じた。
 向い合うように腰を下ろし、ルッチはさっそく居心地の悪さを感じていた。目の前の食えない男、彼こそがこの度新設されるCP9の長官、スパンダムその人である事は察しがつく。今日、この得体の知れない場所に呼び出されたのは、長官との最終面談があるからだった。
「他の奴らから話は聞いてるか?」
 机の上には無造作に履歴書がいくつか広げられている。他の奴、というのは自分より先にCP9入りが確定したメンバーの事だろう。
「…いえ…、CP9は極秘事項ですので」
「ふぅ〜ん…、まぁ…なんだ、今までの諜報機関とは一味も二味も違うわけだ、CP9は…。ああ、名乗ったか? 俺…」
「いえ…まだです」
「俺はスパンダムだ、CP9の長官になった。…で、てめぇは誰だ?」
「…ロブ・ルッチです…」
「ロブ・ルッチ…っと、これか」
 スパンダムは履歴書を床に落としながらルッチの書類を探し出した。
「ほー…、大した経歴だな。実はお前は政府からの強い推薦でよ…。まぁ、俺はお前の事なんか知らねぇんだけどな」
 随分と無礼な物言いだがルッチは黙って耐えていた。はっきり言って、諜報部員としての格ならルッチの方が上だ。しかしスパンダムは政府への貢献度が高く、そこを買われてこの度の人事となった。
「で、CP9の最終選考って事で、俺が直々に面談してるんだが…」
 そこまで言ってスパンダムはルッチの履歴書から手を離した。そして辛辣な眼差しで彼を射抜いた。
「正直、がっかりだ…。今のてめぇじゃ他のメンバーの足元にも及ばねぇ」
「…!」
 ルッチは驚いた。政府が推薦する自分よりも優れたメンバーで構成されているというCP9という組織。そしてそのトップがこの謎のスパンダムである事。そのどちらにもルッチは非常に驚いていた。

 ルッチが来る少し前…、スパンダムは最終選考に残った他の3人を面談していた。最初に来たのはブルーノという大柄な男だ。聞けば、悪魔の実の能力者だという。ドアドアの実を体験してみたが、これはとても面白く、スパンダムは採用を決めた。
 次に来たのはカク。老人のような口調ながら、まだ23歳だという。スパンダムから見れば小童だが、山風とも呼ばれるその身の軽さは一級品。ポイントはやはり口調の面白さで、採用となった。
 最後に来たのは、唯一残った女性の諜報部員、カリファ。ハレンチ極まりない黒タイトスカートにスリット。さらにガーターベルトの網タイツだ。知的な印象の眼鏡と、結った髪が高得点。セクハラ丸出しの理由で即時採用となった。

 「って訳でな…お前以外のメンバーはみんな、これっ!って特徴がある。だが見たとこ、お前には特徴らしい特徴もねぇ! だめだだめだ! そんな事じゃCP9は務まらねぇ」
 スパンダムの無茶苦茶な理論を聞く内、ルッチは何度か意識を遠くのお花畑に飛ばしかけた。幾度となく修羅場を、死線を潜り抜けてきたルッチだったが、たかがおっさんの言動で渡ってはいけない川を越えてしまうところだ。一芸審査があるなどと政府からの通達にはなかったが、そこまで言われてはルッチも見せない訳にはいかない。
「…では…能力をお見せしましょう」
 ルッチはそう言うとふぅっと息をついた。見る間に彼の体は大きくなり、長い尻尾が現れた。
「ネコネコの実…モデル豹…!」
 ルッチは巨大な豹人間になっていた。肉食のゾオン系は凶暴性を増す。さらに攻撃力が純粋に強化されるのもこの種類の特徴だ。合わせて、六式を体得したルッチは諜報部員の中でも驚異的な戦闘能力を持っていた。
「…どうです、これでも…」
「だーかーらー! 悪魔の実の能力者はいるんだ! 何聞いてたんだ、お前?! そりゃお前、でかいネコはいいけどよ、俺は動物好きだしな…特にいいよな、でかい動物は…。いやでかい動物はファンクフリードで十分だ」
 何が言いたいのかいまいちわからないが、どうやらこの能力だけでは認めてもらえないらしい。ルッチは元に戻ると、深い深いため息をついた。

 その時だ。ルッチの肩に白いハトが止まった。外に置いてきたルッチの相棒、ハトのハットリだ。見ると、近くの窓が開いていた。主人の帰りが遅いので迎えにきたのだろう。



 「?」
 スパンダムは興味深そうにハトを見ている。だがルッチはそれには気付かず、ただ黙っていた。
「おい、そのハト、お前のペットか?」
 でかい動物がいいと言ったにも関わらず、ハトのハットリが気になるらしい。ルッチはもうどうでもよくなっていた。
「ポッポー、俺はハトのハットリ! お初にお目にかかります、長官」
「ほあっ?!」
 スパンダムは思わず仰け反り、椅子からダイナミックに転がり落ちた。
「ちょ…長…」
 ルッチが慌てて手を伸ばそうとすると、スパンダムはびっくり箱の中の人形のように机の下から飛び出してきた。
「す、すげえ!! お前のハト、すげぇじゃねぇか! よし、お前辞めて、そいつを採用しよう!」
「…あの、今のは腹話術なんですが…」
「すげぇな、喋るハトか!」
「…クルッポー…これは腹話術です、長官」
「?」
「…ですから、俺が喋ってるんです…」
「…!」
「…」
 きらきらしていたスパンダムは一転、項垂れるように俯いた。感情の起伏が激しい忙しい人だ。これで長官なのだからこの組織の行く末が心配になる。
「…俺を騙したのか」
 スパンダムはゆっくり顔を上げたかと思うと、血走った目でルッチを睨みつけた。騙される方がどうかしている。喜ぶのはせいぜい子供くらいのものだ。
「いえ、そういうつもりでは…」
 ここまでくると、ルッチもCP9に入ろうという気持ちはなくなっていた。この変な長官を上司に持つくらいなら、今まで通りの地位でいい。任務が過酷になるどころか、上司との関係が過酷過ぎる。

 だが、スパンダムはルッチを気に入ってしまった。
「なんだよ、そういうの出来るなら、先に言えよ! でかいネコに喋る…喋ってるように見えるハトだろ? よし、お前採用だ! 喜べ、ルッチ! お前は特別にこの俺の補佐にしてやる!」
「…いや…あの…」
 拒もうと思ったがもう遅い。こういう時だけは素早いスパンダムは、メンバー決定の連絡を政府に入れていた。電伝虫に向かうスパンダムの後姿を見て、ルッチはなぜか視界が霞んだような気がした。

 「ああ、そうそう、それでな、お前らCP9には世を忍んでもらう事になるから、明日からここで勤務してもらうぞ」
「ここ…で、ですか」
「一応バイト代も出るそうだ。俺がチーフで、お前がチーフ補佐だ! 店の名前はSUPAYA! いいだろ! CDの入荷とかはお前らに任せるからな、上手くやれよ」
「…ちょっと待って下さい、ここ、CD屋なんですか」
「おう、そうだ。そういう風にしとけよ、じゃあまた明日な! 遅刻すんなよ」
 スパンダムは言うだけ言って出て行ってしまった。残されたルッチの肩でハットリが心配そうに顔を覗き込む。だがルッチは動けなかった。

 無理もない。この建物は、外見が真っ黄色のプレハブのような簡易な作りのもので、中にはからっぽのでかい棚が無造作に並んでいるだけなのだ。ルッチはただの廃屋だと思っていたのだが、まさか自分がここで働く事になろうとは…。

 「…お先真っ暗だな…クルッポー…」
 腹話術でもないのに思わず呟いて、ルッチはますます立ち上がれなくなるのだった。

つづく


もどる