日和

 色々あって緊迫状態のSUPAYAだが、まだ寒い日が続く中に突然降って沸いた、春のような陽気に、ちょっと気が緩んでしまう。
「遊びじゃねぇんだ、気を引き締めろ」
 ルッチの怒号が飛ぶ中、それでもどこかダラダラ感の否めなSUPAYA一同。またとびきり天気もよくて、過ごしやすいものだから欠伸の一つも出てしまうというものだ。

 「体を動かしていれば眠気も飛ぶだろう…。今日は全体清掃を行う」
 恐らくはルッチだって、この暖かさでぼんやりなっているのだろう。自分を戒める為にもそんな提案をして、さっそく店の外まで掃除するよう言い出した。
「ルッチの思いつきもだんだんチーフに似てきたのう…」
 欠伸を隠しもせずにして、カクは嫌味を一つ。
「ワハハ、体を動かすのはいい事だぞ! な、ファンクフリード!」
「ぱぉー」
 象の背中でごろごろしながらスパンダムが言う。まるで説得力がないが、もうみんな慣れたものだ。
「邪魔するぞ」
「チャパパー」
「よよい、あ、お邪魔しまぁぁす〜」
 騒々しくSUPAYAにやってきたのは、エニエス・ロビーの三人組。短期任務がないものだから、彼らはちょくちょくウォーターセブンにやってきては、例のバロックオフについて探りを入れているのだ。
「…また来たのか、野良犬」
「あァ? わざわざ来てやったぜ、化け猫!」
「本当に仲が悪いんだから…。おやめなさい」
「おー、お前ら、よく来たな! せっかくだから大掃除手伝っていけ! ワハハ!」
「シャウ! じゃあ俺、屋根の上を掃除してくるっしょ!」
 ネロは箒とちりとりを持って元気よく外に飛び出して行った。
「カリファ、ブルーノ、お前らはお茶の準備を」
「ええ、わかったわ」
「ジャブラ、貴様らは外回りの掃除と不要な箱の撤去だ」
「命令すんな、ルッチ!」
「命令されたくねぇなら毎回いらない木箱を送って寄越すな!」
「ああ、ああ、やかましいのう…。わしも外の掃除に行ってくるわい。店番はルッチに任せるからのう」
 カクはジャブラとルッチの言い合いに肩を竦めて、そそくさと外に行ってしまった。
「行くぞ、フクロウ、クマドリ!」
「チャパパーまたいらない木箱を送ってしまったー」
「黙ってろ、フクロウ!」
「あ、面目ねぇぇえ〜、ここぁ…おいらがぁ腹ぁ切って〜!」
「さっさと死ねっ!!」
 ギャーギャー騒ぎながらジャブラ達もいらない木箱の運び出しと、外回りの清掃にかかった。店内にはルッチとスパンダムと、ファンクフリードが残る。
「な〜ルッチ〜、俺も何かしようかなぁ」
「…ファンクフリードを綺麗にしてやってはどうです?」
「お! お前、いい事言うなぁ! よし、ファンクフリード! 水浴びするか! ワハハ」
 スパンダムはそう言ってファンクフリードに乗ったまま、店を出ていった。店内にはルッチだけ。おっと、彼の肩にはハットリがいる。ルッチはため息をついて、新しいCDを流した。何か音がしていないと、本当に立ったまま眠ってしまいそうな陽気である。

 近くの住人が数人立ち寄っただけで、この時間は客足が延びない。
「終わったわい」
「お茶をどうぞ」
「おお、すまんのう」
「見ろ! ワハハ! 綺麗になっただろう、ファンクフリード!」
 ずぶ濡れになったスパンダムが店内に入ってきて、ブルーノが慌ててスパンダムにタオルをかけた。
「ぶっ」
「店内を汚さないで下さい…チーフ…」
「ワハハ! 見てくれ、ブルーノ、ファンクフリードな」
「はい…」
 聞いちゃいねぇスパンダムは、綺麗に洗った愛象を見せたくて仕方ないようだ。律儀に付き合ってやるブルーノのなんと優しい事か。
「こっちも終わったぜ」
「あら、ジャブラ、お茶はいかが?」
「チャパパー、コーヒーがいいのだー」
「あ、おいらはぁ、渋めのお茶でぇえ〜」
「用意してあるわ、ブルーノ、お願い」
「さすがじゃのう、カリファ…」
「お前ら、二人で店やれるんじゃねぇか? CD屋より向いてるかもな!」
「あら…それもいいかも知れないわね」
 掃除を終えたSUPAYA一同が戻ってきて、途端に店内は騒がしくなる。店番をしていたルッチにもコーヒーが振る舞われて、しばしのティータイム。

 …あれ、誰か、いない…?

 最初にそれに気が付いたのは、スパンダムだった。
「ルッチ! ルッチ! ネロはどこだ?」
「…そう言えば、見ていませんね…」
「確か一番に出て行った筈じゃが」
「屋根の清掃に行くと言っていましたが」
「チャパパーきっとどこかでサボッているのだー」
「仕方ねぇな!! よし、俺が探してきてやる!」
 スパンダムはせっかくカリファが淹れてくれたコーヒーをこぼしてしまった悲しみを乗り越え、意気揚揚とネロ探索に出かけていった。
「…チーフが屋根に登れるか?」
 出て行くスパンダムを横目で見てルッチが呟く。みんな、その言葉に手を止めた。思う言葉は同じだ。

 無理。絶対無理。

 「仕方ないのう、わしがお守りに行くわい」
 そう言って、スパンダムの後を追うカク。カクなら身も軽いし、屋根の上など普段の通勤経路だから慣れたものだ。

 ところが、カクとスパンダムが出て行ってからいくらか時間が経っても…二人は戻って来ない。
「…遅いわね」
「さすがに時間がかかりすぎだ…。俺が行こう」
「お願い、ブルーノ」
 今度はブルーノが出て行った。ブルーノなら、どこで彼らが道草を食っていてもドアドアの実の能力で素早く帰還出来るから安心だ。

 さらに十数分が経過。

 「…ブルーノまで…どうしたのかしら」
 カリファの表情に焦りが浮かぶ。ルッチも顔を顰めた。
「チャパパー俺が見てきてやるのだー」
「あ、おいらもぉ、行くぜぇえ〜!」
 大柄はフクロウとクマドリも剃でもって出撃だ。騒がしかった店の中は、ルッチとジャブラと、カリファの三人になっていた。

 さらに、数十分が経ち、やはり誰も戻ってこない。少し不穏な空気が流れてくる。お天気は相変わらずいいし、ぽかぽかとした陽気だ。だが店内の空気は少し重い。
「…ミイラ取りがミイラになったか」
「ウォーターセブンは道草食うところも多いしなぁ」
 ルッチとジャブラはまだそんなに事態を重くは見ていないようだ。だがカリファはそわそわしていて、気が気じゃない。
「…私も様子を見てくるわ」
「…気を付けろ」
「ええ、大丈夫よルッチ。何かあったら…これに」
 そう言ってカリファは子電伝虫を胸元に挟んだ。ここにスパンダムがいれば、すかさず言っただろう。子電伝虫になりてぇよ!と。セクハラです。

 カリファが出ていって、店の中にはジャブラとルッチの、犬猫険悪コンビだけ。ルッチはカウンターに立ち、ジャブラは少し離れた場所でCDを物色していた。かけていたCDも止まり、時計の音だけで静かに響く。こんな時に限って客足も途絶えてしまい、口を開けばケンカしかする事のない二人には最悪の時間が訪れていた。しかし、いまだ、誰一人として帰ってくる者もなく…。ルッチはため息をついて電伝虫に向かい、カリファの子電伝虫を鳴らした。
「…」
 だが、ずっと呼び出しているのに出ない。さすがにルッチにも焦りの色が見える。イライラしている主人を案じて、ハットリがおろおろしている。その後姿に、ジャブラは声をかけた。
「…よォ、ルッチ…」
「なんだ」
「…、これってよぉ…、戦力分散されてるって展開じゃ…ねぇよなぁ?」
「…貴様らの報告ではまだバロックオフはウォーターセブン入りしてねぇ筈だろうが」
「じゃあ…なんだよ、これは…。…カリファ、出ねぇのか?」
「…ああ」
 ルッチは受話器を置いて、ジャブラと向き直った。
「最初は四式坊や…それからチーフ…」
「カク、ブルーノ、クマドリとフクロウ」
「最後に、カリファだ…」
「…」
「…」
「残ったのは、てめぇと」
「貴様だけ」
「…そして誰もいなくなった…ってか?」
 ジャブラは冷や汗を浮かべながら、微妙に笑ってみせた。その顔が不快で、そして得体の知れないこの状況にも苛立っていたので、ルッチは思わずジャブラを殴る。
「あで!」
「いいから貴様も探しに行け! 鼻は俺より利くんだろうが、野良犬」
「チクショー! 化けて出てやるからな、この薄情化け猫!」
 ジャブラも本気でみんなが攫われたと思っている訳ではないのだろうが、確かに今の状態は気持ちが悪い。ジャブラも店を出て、戻らない仲間達を探しに行った。

 そして、やはりジャブラも戻らない。カリファの子電伝虫も鳴ってはいるが繋がらない。さすがにこれはもう尋常ではない。戦力を分散させれば、一人ずつならかどわかす事も出来ないはないだろう。道力2000オーバーのカクとジャブラに関しては、附に落ちないが…。カクはチーフのお守りだったし、ジャブラは能力者なのでそれなりの方法を使えばもしかしたら…。同じ能力者であるルッチも、道力だけで言えば4000とずば抜けているが相手の出方がわからない以上、油断は出来ない。ルッチもついに心を決めて、店の外に出る事にした。

 ネロ探索開始から、どのくらい時間が経っていたのだろう…。

 さて、場面は変わって、ジャブラはSUPAYAの屋上である光景を目の当たりにしていた。
「なるほど…こういう訳か」
 ジャブラは持っていた徳利の中身を呷ると、そのままごろりと寝そべってしまった。そしていきなり、ガーガーといびきをかいて寝てしまったのだ。

 その現場に、今まさにルッチが足を踏み入れようとしていた。ハットリは肩から離れて飛び立ち、ルッチは建物の横についている梯子は使わず、月歩で屋根に飛び上がった、そして、そこで見えた光景に思わず目を丸くしてしまい、着地点を見誤り…。
「ぎゃはは! そうはいくかぁ!」
 横になっているジャブラの腹目掛けて着地しようとしたルッチの足を、ジャブラはがっちりキャッチして笑った。さっきまで本気で寝ていたのだが、ルッチの殺気でぎりぎり目を覚ましたようだ。
「…チッ」
「ぎゃはは! てめぇの考えそうな事だ、陰険化け猫!」
「…で、貴様はここで何をしている、バカヤロウ!」
「見ての通りだよ!」
 ジャブラはばっと手を広げてこの光景を見るよう、ルッチに促した。SUPAYAの黄色い建物の屋根の上に広がっていた、その光景とは…。

 暖かな日差しに包まれて、幸せそうに重なり合って眠るSUPAYAの面々。いや、CP9達だ。その中央にいるのがネロ。ネロの寝顔ときたら、なんというかこう…睡眠導入剤のような効果でもあるのか、寝息でそよぐ髭とか、糸目とか、ふにゅふにゅとした口元とか、なんだかふらふらと眠くなってしまう。
「シャウ…、…むにゃむにゃ…っしょ…」
 おまけに間抜けな寝言まで言っている。みんなこれにつられて、ついつい眠ってしまったようだ。
 ネロを囲んで、もたれあって寝ているカクとスパンダム。その近くにブルーノ。フクロウはクマドリの枕のようになっている。ブルーノの膝を枕にしてカリファも眠っていた。そして、一番端っこで寝ていたのがジャブラだった訳だ。



「お前も寝るか、ルッチ。今日は絶好の昼寝日和だ」
 ジャブラが欠伸をしてそう言うと…ルッチは、ぐっと拳を握り、鬼の形相で顔を上げた。

 「遊びじゃねぇんだ、気を引き締めろぉっ!!」

 「シャウ?!」
 ネロが飛び起きて、まるで眠りの魔法が解けたようにぞろぞろと起き出す一同。
「うあ〜…なんだよルッチ…もうちょっと寝かせろよな、ワハハ…。いい夢見てた…」
「なんじゃチーフ…、あんまりもたれんでくれんかのう…」
「チャパパー眠ってしまったー」
「あ、おいらもぉ、思わず眠ってしまってぇ、切腹、鉄塊!」
「…カリファ、起きれるか…」
「…ん…ブルーノ、膝を借りてごめんなさいね、…あら、ルッチ…」
「子電伝虫に気付かないくらい熟睡とは何事だ、カリファ!」
「仕方ないじゃない…、とても可愛い寝顔なのよ、ネロ」
「そうじゃよ、ネロの寝顔を見とると、ついのう」
「そーなんだよな! ワハハ! 思わず寝ちまった! いやー、昼寝したのなんて久々だ!」
「…チーフ、エニエス・ロビーは昼島ですが…」
 口々に勝手な事を喋り出す一同に、ルッチは更に鬼の形相だ。だが寝癖のついた髭を一生懸命直しているネロを見ると、本当にもうなんだかどうでもよくなってきてしまった。

 「もうちょっとここでひなたぼっこしてぇな! な、ルッチ!」
 スパンダムがそう言うと、みんな、それに賛同したように頷く。どうやら立場が悪いのはルッチの方らしい。
「…店は閉めていいんですか」
「ワハハ! どうせこの時間はあんま人こねぇしな! よし、なんか食い物とか持って来てひなたぼっこだ!」

 あんまり陽気な一日だったものだから、SUPAYAはへんてこな札を下げて、スタッフ総出で屋根の上でひなたぼっこだ。

 「御用の方は、屋根までどうぞ」

 つづく

 


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