納涼

 突如SUPAYAに現れた謎の物体。それはスパンダムと親しげに談笑していた。ルッチもハットリもその異様な光景に硬直している。
「ワハハ!」
「チャパパパ」
 スパンダムに向かい合う形で座っているそれは、口についているチャックを開けて笑っている。
「…チ…チーフ、これ…は一体…?」
 ルッチが辛うじて声を絞り出すと、スパンダムはどうやら自分で淹れたらしいインスタントのコーヒーをひっくり返した。
「うぉわっ! あっちぃー!! ば、バカヤロー! ルッチ! お前が声かけるから…溢しちまったじゃねぇか!」
「すみません…」
 全然悪くなくともルッチは謝りながら、さっさとテーブルを拭いてしまう。その間、謎の物体は口のチャックを閉めて黙っていた。

 その時だ。

 「嵐脚ぅっ!」
 どかーん!!

 突然、事務所の壁が外から破壊され、建材が中に吹き飛ばされてくる。ルッチは素早くスパンダムの首根っこを掴み、引きずり倒してテーブルの下に押し込み、謎の襲撃に備えた。いくら恨み言を言っても咄嗟の時は長官であるスパンダムを守る…それはルッチの諜報部員としての本能で、悲しい習性でもあった。



 「フクロウ! てめぇ…何のんびり寛いでやがんだ!」
 壁を破壊してやってきた侵入者は、どうやらお口にチャックの物体と面識があるらしい。侵入者は、平然と座って黙っているそれに、吹き飛んだ瓦礫を踏んでずかずかと近付いていった。
「何の為に地図渡したと思ってんだ! 何とか言え!」
「…」
「この野郎…こんな時だけチャック閉めやがって…!」
「よよよいっ!! フクロウを責めねぇでくれ、その責任はおいらが…!」
「クマドリは黙ってろ! おい、聞いてんのか、フクロウ!」
 侵入者は二人いた。一人は、恐らく壁をぶっ壊したと思われる人物。もう一人は、クマドリと呼ばれていた。
「…盛り上がっているところ、悪いが…」
 混戦模様の侵入者達を制して、ルッチは咳払いをした。三人はぴたりと動きを止め、それからルッチを見た。
「…ロブ・ルッチだな、てめぇは」
「…貴様は?」
「ああ、俺はジャブラ。こいつはクマドリで、こっちはフクロウ…。聞き及んでるとは思うが、俺達は六式使いのCP9だ」
「!!」
 ルッチは目を見開いた。思えば、壁は嵐脚で破壊され、室内にいたフクロウは鉄塊で瓦礫をもろともしなかった。だがCP9の新入りは中途半端な四式使いのウザかわいいネロの筈だ。
「…そんな話は聞いていないな…」
 ルッチは警戒して、自称CP9達に指銃の指先を向けた。瞬間、彼らも身構える。その様を見れば一目瞭然だ。彼らは戦闘に長けている。それもネロのような訓練生とはわけが違う。すでに他の諜報機関でそれなりに仕事をしてきた、そういう者にだけ出せる貫禄が備わっている。六式使いというのも嘘ではないだろう。ルッチはすっと腕を下ろして警戒を解いた。
「…すまない、長官はああいう方なので…お前達の連絡は受けていなかった…」
「よよい! 長官を責めねぇでくれ、全ておいらの責任でぇ!」
「やめろクマドリ! 男が簡単に頭下げんじゃねぇよ! ああ、いいんだいいんだ、急な召集だったしな…。ここがSUPAYAで間違いねぇんだろ? 俺達は長官に呼ばれてはるばるエニエス・ロビーから来た。ここにCD送ってんのが俺達だ」
「ぶはぁあ! 一体、何事だぁぁ?!」
 ルッチにテーブルの下に投げ込まれていたスパンダムが瓦礫を蹴散らして顔を出した。そこには荒れ果てた事務所と、エニエス・ロビーから呼び寄せたCP9の面々の姿があった。
「お、おお? やっと来たか、お前ら! ワハハ! これでCP9全員が揃ったというわけだ!」
 スパンダムは突然上機嫌になり、大声で笑い出した。
「…長官、どういう事でしょう…」
「ん? ああ、言ってなかったか? こいつら、お前らをメンバーに決めた後で見つけたんだ。ほら、お前らはこの町に長期潜入すんのが任務だろ? シフトもあるしよぉ、なかなか短期とか突発とか…そういう指令には対応しきれねぇだろーが…。だからよぉ、そういうのと、あとCDのな! 発送…そう、それだよ、してんだよ…、こいつらが!」
 言い方はウザイものの、ルッチは感動を覚えていた。まったく考えていないように見えて、スパンダムは誰よりもSUPAYAを、そしてCP9の事を考えていたのだ。ルッチは涙が出そうなくらいに感動し、スパンダムへの今までの非礼を詫びようとさえ思ったほどだ。
「…でしたら長官、なぜあの四式イタチが新入りなんです…。彼らのうち、誰か一人を入れて下されば…」
「甘いな、ルッチ…。よく見てみろ、あいつらを」
 言われて、ルッチは彼らを見た。

 「でかい穴開けちまったな…、フクロウ! てめぇが地図持って行方くらませたからだ!」
「よよいっ! も〜ぉおおしわけありあせん〜! 長官! 全ておいらの責任でぇ! よよいよい! おいらぁ…腹切って責任を!」
「バカ言うな! これから俺が成り行きを長官に話すから座ってろ! 長官、フクロウの奴がSUPAYAの地図持ったまま勝手に行っちまったんだ。俺とクマドリはフクロウを探しながらSUPAYAを探して…それでこの建物の裏に着いた時にフクロウの笑い声が聞こえてよ、だから思わず突入しちまったんだ」
「迷ってしまったーチャパパ」
「何ぃ?! 地図持っててなんで迷うんだ、フクロウ!」
「迷ってしまったーチャパパパ」
「そしてその態度はいつ治るんだ!」
「よよよいっ! フクロウを責めねぇでくれ、切腹! 鉄塊! 無念、死ねぬ〜!」
「さっさと死ねっ!」

 「…な、わかるだろ、ルッチ…」
 スパンダムはちょっと気取って顔をきらきら輝かせていた。まるで青春物に出てくる教師みたいな雰囲気だ。一方のルッチはさきほどのスパンダムの考えに対する感動も一気に薄れ、げんなりしている。
「…なにがでしょう…」
「あいつらは…スリーマンセル…、安田大サーカスで、チャンバラトリオなんだ…! そんなあいつらを切り離す訳にはいかねぇ! 俺にはできねー! ダブルボケを一人にするのもダメだしよー、ジャブラのツッコミは外せねーしよー! そんな酷な真似、お前に出来るか?! ルッチ!」
「…わかりました、聞いた私が愚かでした…」
「わかってくれたか! ワハハ!」
 勿論、ルッチがスパンダムの意見を理解したわけではなかった。だがジャブラ達がのはちゃめちゃぶりは登場の仕方でわかっているので、まだ四式使いという中途半端なウザイ奴でもネロの方がマシ…だと思う事でルッチは自分の精神を保とうとしていた。

 「なんじゃ、何の騒ぎじゃ?」
 事務所で一騒動あってからしばらく経っているというのに、ようやくカクが顔を覗かせた。愛嬌ある顔とは対照的に薄情なところがあるカクの事だ。こうして様子を窺いに来たのも、カリファやブルーノに行けと言われたか、純粋に面白い事になっておらんかのうと興味を持っての事だろうとルッチにはわかっていた。
「ちょうどいいとこに来たな! カク! 事務所の修繕しなきゃならねぇからよ、あの…なんだ、あそこ行って来い!」
「どこじゃ、わからんのう、チーフ」
「あそこだ…ほら! なんつったかなー! ここまで出てんだよ…、げほっ」
 スパンダムは首を捻り、顔を顰め、喉の辺りをどすどすと自らチョップをしてむせ返っていた。
「さっぱりじゃのう…どれ、そこまで出とるのなら覗いてみるかの」
 カクがにっこり笑ってスパンダムの口を引っ張る。
「あいででで! バカ! 見えるわけねーだろ!」
「いや、見えたぞ? 造船所に行って内装の担当者を呼んでくるんじゃろ? 見積もりもしてもらわんとのう」
「おー! すげぇカク! そうだよそれだよ、俺はそう言いたかったんだ!」
 スパンダムはきらきらと目を輝かせているが、カクはうんうんと頷いて口元に嫌な笑みを浮かべていた。ルッチはそれを見て何とも言えない表情になる。すると、ジャブラがルッチの横にそっと移動してきて呟いた。
「大変だな…曲者ばっかり束ねてよぉ…」
「…お互い様だ…」
 ルッチとジャブラはお互いの苦労を分かり合い、ちょっとした友情のようなものさえ芽生えていた。だがルッチは、まだジャブラもノリがあの連中と同じなだけ幸せだと思っていた。そう思っている以上、もっと仲良くはなれないのが現状。しっかり握手なんぞしながらも、ルッチはジャブラが羨ましかったり、なかったりした。

 カクがガレーラカンパニーから呼んできた内装専門の船大工は、スパンダムの注文を受けて見積もりを出し、すぐに職人を引き連れてやってきた。壁を直せばいいだけのはずが、いつの間にか大工事になっている。その間、ルッチ達は通常通りSUPAYAの営業を続けていて、ジャブラ達はウォーターセブンを回って観光していた。

 「おい、お前ら! 来てみろ!!」
 スパンダムが満面の笑みで店内に転がり込んでくる。ルッチ達はうんざりだ。いや、ネロだけはテンション高く飛び跳ねているが。ちょうどそこにジャブラ達も戻ってきて、仕方なく全員で事務所を見に行く事になった。それまでの事務所…元々はチーフルームなのだが、少々手狭で、会議などするのも体が密着する嫌な対人空間だった。これを機にスパンダムは勝手にリフォームを依頼したらしい。壊れたのは壁だけ、壁だけなのだ。そしてその費用は当然、経費として世界政府に請求される。政府の財源が税金だったら、新聞などにすっぱ抜かれて失脚間違いなしだ。
 事務所は、驚くほど広く重厚な作りに改装されていた。あの短時間でここまで出来たのが不思議なくらいだ。さすが世界一の船大工のいる町、ウォーターセブン。
 元々高かった天井を生かし、外観のプレハブ作りが信じられないくらい、中はがっちり石造り。壊された壁のあった辺りに大きな窓まで出来ている。窮屈だったテーブル周りも思い切って改善されて、長く大きなソファーがあり、恐らくスパンダムのものだろう、これまた石造りのテーブルと背もたれのある椅子が用意されていた。
「ワハハハ! どーだ、すごいだろう? これならファンクフリードも余裕だしな! お前ら全員入ってもまだこの余裕! すごいだろ?!」
 スパンダムは上機嫌、このテンションについていけるのは、当然このイタチっこだけだ。
「すごいっしょ、長官! シャウ! まるでエニエス・ロビーみたいっしょ!」
「こらこら、ここではチーフだぞ、ネロ! ワハハ、まぁいいか。よく気づいたな! これはエニエス・ロビーの俺の部屋と同じなんだ! ここも、ほら、これもな! な!」
「本当っしょ!! すげー!! シャウ! チーフ、ナイスっしょ! かっこい〜!」
「そうか? やっぱりそうか?!」
「お店の事務所とは思えないっしょ!」
「ワハハハ!」
 他のメンバーが白けていようとお構いなし。まさに二人の世界。お花畑で手でも繋いで、あははうふふと回転してればいい。そんな感じのスパンダムとネロだった。どうやらスパンダムはエニエス・ロビーにある自室をそっくりそのまま再現させたようだ。これまでの狭い事務所より使い勝手はいいが…。なんだか釈然としないのはしょうがない。
「ワハハハ…、…あ〜、うんっ! ところでだな…」
 スパンダムは早速、新しく出来た自分の机の前に立ち、指でちょうちょいとルッチ達を呼んだ。促されるまま近付くと、長いソファーに座るよう指示され、腰を下ろした。
「せっかくCP9が全員結集したんだ。まぁこんな機会はそうあるまい。任務の違いはあっても俺達はCP9なわけだ。つー事でな、SUPAYAで何かイベントをやろうと思う。そろそろ買取も始めるっつー話だし、なんてのかな…派手にな! オープンの時みてぇに!」
 スパンダムには具体的な案はないようで、手を空中で奇妙に動かしながら熱意をアピールしていた。
「そうですね…確かにこのメンバーが顔を会わせる事は今度あるとも思えない…」
 ルッチが珍しくスパンダムの意見に賛成した。
「ほぉ、珍しいのうルッチ…」
「ああ…どこぞの中途半端なイタチ坊やの為にもな」
「ああ、そうじゃな。次に全員集まる時は8名じゃろうしな」
 カクまで賛同してにやり。やはり二人は腹黒コンビだ。不気味な笑顔でネロを見ている。見られたネロは気が気じゃない。
「シャウ?! 俺、来たばっかりっしょ?! もうお別れ?! そりゃねぇーっしょ、ルッチさん!」
「うるせぇ」
「ウザイんじゃよ、四式イタチ」
「長官〜! 先輩達が苛めるっしょ〜!!」
「あーうるさいうるさい! 俺はそれどころじゃねぇんだよ!」
 イベントの事に思いを馳せていたらしいスパンダムは、唯一ノリの合う可愛いネロを見捨ててしまった。ネロはヒゲを垂らしてぐすん。それを見てますます黒い笑みを浮かべる腹黒ーズ。愛憎渦巻くSUPAYA…。

 「何をするか知らないが…、開店の時には化け物被って練り歩いたんでしょう。そう聞いてる。だったらまたその化け物使ってなんかすりゃいんじゃねぇか」
 そう言ったのはジャブラだった。ジャブラはエニエス・ロビーそっくりの部屋の隅に詰まれていたガイコツやらリアル牛やらを足で指していた。
「化け物…。…! よし! 決めたぞ! 納涼肝試し大会だ! SUPAYAの中をお化け屋敷にするぞ! 決めた決めた! ワハハ! おい、カリファ!」
「はい、すぐに手配します」
「ああ、それとな!」
「ちらしですね、それもすぐに」
「おお、すげぇなカリファ! 伊達にスカート短くねぇな…」
「セクハラです」
 カリファは怒りながらちらしとイベントに必要なものの手配に向かった。スパンダムは揚々とあの可愛くない被り物をルッチ達に手渡した。
「いーなー先輩達! 羨ましいっしょ!」
「…黙れ…」
「体の真ん中に大きなピアス穴を開けて欲しいのかのう」
「ひぃっ!!」
 またまた腹黒ーズに怒られてしまったネロ。だが今度はスパンダムが助けてくれた。
「こら、新人苛めるんじゃねぇぞ! ネロは…そうだな、隠れて物音とか立ててよぅ、驚かせろ! あれだよ、あれ、ラップ音とかだ!」
「ラップ音?! シャウ! 俺、ラップ得意っしょ!」
 今にも歌いだしそうなネロはラップ音の意味があまりわかっていないようだった。
「ジャブラ達もなんかやれ!」
「よよい! 驚かせるってぇのは…面白そうだぁ!」
「…」
「まぁなんとかなるだろ。準備するぞ、クマドリ! フクロウ!」
 賑やかなジャブラ達一行は、結構そのままで化け物の被り物に近い雰囲気があり、準備も早く済みそうだ。一方のルッチ達は被り物はあるものの、店舗の飾りつけと買取業務の開始に伴う処務があり、少々厄介な事になりそうだった。まったく、スパンダムの思いつきには頭が痛い。ルッチ達は被り物を手にしてがっくりと項垂れた。

 カリファが手配したお化け屋敷の装飾を店内につけて回るには、やはり六式…と四式の能力が役に立った。
「月歩くらいは出来るのか」
「シャウ! 当然っしょ! 月歩!」
 宙を蹴って空に浮き、ネロは天井から長い布を吊るした。得意な顔が気に入らず、ルッチはまたダークな空気を放つ。
「当然というのは…六式を体得してから言う言葉だ、この四式坊やが」
「ひでぇっしょ…」
 しょんぼりしながらそれでも立ち直りの早いネロはびょんびょんと店内を駆けて飾り付けをこなしていた。正直、この時はルッチもネロがいて助かったなぁくらいは思ったものだ。…髪の毛一本くらいは、思った筈。
 買取開始と開始イベントとして行われる納涼肝試し大会の告知を刷ったちらしは、夜のうちに撒かれる事になった。カクとブルーノが手分けして配る作戦だ。カクは空から、ブルーノは一応地道に地上から。いつも元気色の黄色いSUPAYAも、ちょっと赴きが違う。この日は準備だけで終わったので、イベントは明日行われる事になり、ジャブラ達はスパンダムと一緒の海列車で一時エニエス・ロビーへと帰って行った。

 翌日、ただでさえ買取の開始を待ち望んでいたウォーターセブンの人々は、この暑い中行われる肝試しに大喜びだ。仕事の合間に覗こうと思う者もあれば、盛り上げる為に夜に出向く者もいて、SUPAYAにはとにかくたくさんの人が朝から押しかけていた。
 今日はジャブラ達と一緒だった為、スパンダムは遅刻せずにSUPAYAに来ていた。
「おはよう! さぁ今日は肝試しだ!」
「今日はエプロンしてねぇんだな」
 ジャブラが隣でリアル牛になっているルッチに尋ねた。勿論、悪気があって言ったわけではない。思った事をそのまま言っただけのこと。しかしエプロンは彼らにとって禁句である…。
「そんな間抜けな真似が出来るか…!」
 憎悪さえ滲ませてルッチがリアル牛のまま凄むと、ジャブラは少し驚いたようだったが、なんとなく、察してくれたようで。
「…色々、あるよな」
 ちょっと俯くような角度でそう言った。あまり頭を下げる事を好まないジャブラなりの謝罪の現れだろう。ルッチもそれ以上は何も言わずおとなしくリアルな牛に徹していた。

 SUPAYA開店時間に一番乗りしてきたのは、パウリーだった。本当にお金がなくて困っているのか、にこにこしながら大量のCDを抱えている。カウンターを仕切るのは女性仮面をつけたカリファととぼけたくまのブルーノだ。そこで買取などの対応をして、奥のCD棚が建ち並ぶ辺りが今日はお化け屋敷仕様になっている。
「よう、さっそく頼むぜ、買取!」
「へへ…ああ、いらっしゃい…」
 とぼけたくまさんがCDを受け取り、早速査定を始める。パウリーの趣味はルッチの得意分野に近いので、ブルーノにはわからないところもあるが、前以て高額な物や買い取れない物などの諸注意や、平均的な買取価格の一覧表をカリファが用意していたので、滞りなく査定は完了した。
「CD30枚で…1万べりー。ポイント加算が…5%だ」
「それでいいぜ! 1万ベリーあれば週末のヤガラレースが出来るからな!」
「ギャンブルは大概になさい、パウリー」
「固い事言うなよ、当たったらお前らにも奢ってやるって! …それにしても今日はまた随分とイメチェンしたもんだな。暗くねぇか?」
 店内は明かりも絞ってあり、あちこちに遮光の布を下げたので薄暗くなっている。おどろおどろしさを出す為の効果音を流しているので、いつもの明るいSUPAYAとは大違いだ。
「肝試し大会も是非どうぞ。悲鳴を上げずに店の奥にある象のスタンプが押せたら、賞品があるわよ」
「賞品?! やるやる!」
「じゃあ行ってらっしゃい、気をつけて」
「こんなもん子供騙しだろ? 賞品、ちゃんと用意しとけよー!」
 パウリーは意気揚揚と肝試しエリアに進んで行った。

 一歩入ると、そこは見事にお化け屋敷と化していた。時々、何かがびゅんっ!と横切る風がして、シャウ!とか叫ぶ声がする。パウリーはきょろきょろと辺りを見渡している。特に背後には注意していたので、そう悲鳴を上げる事はない筈だ。

 ぽん

 さっき振り返って確認したのに、誰かが後ろから肩に手を置いている。パウリーは飛び退くように振り返った。
「ばぁっ」
 そこにいたのはデカイ頭をがくがくさせているガイコツだった。それは以前にも見た事のあるもので、パウリーは悲鳴を上げる事はなかった。
「なんだ、カクか…。驚かすなよ」
「なんじゃ、驚いてもらわんと困るのう」
「そんなんじゃ驚きようがねぇよ」
 パウリーが笑うと、また背後からぽん…。パウリーはまた驚いて飛び退いた。
「おばけ牛だぞ、ポッポー」
「なんだ、ルッチじゃねぇか、おかしいな、さっきまでいなかったよな、お前ら…」
 パウリーはどこか納得出来ないようだったが、リアル牛ルッチとがくがくがいこつカクに見送られて更に奥へと進んでいった。

 実は彼らが自在に出現できるのは、カウンターにいるブルーノの能力によるものだった。ドアドアの実の真骨頂、大気の壁にドアを作るという空気開扉により、ブルーノはカウンターから瞬時に移動してルッチやカクをターゲットに急接近させているのだ。そういう意味では、お化け屋敷向けの能力とも言えそうだが、ファンクフリードに体を壊されそうになった例の事件以降、必死に努力し編み出した技なのでそんな風に言ってはブルーノも気を悪くするだろう…。

 パウリーがどんどん進んで行くと、巨大な象にもすもすされながら、顔の下からライトを当ててべろべろばーっとしている変なおっさんがいて、



それを無視してどんどん行くと、今度は顔にすごいメイクをした男が現れた。
「…? なんだ?」
「…よよいっ! もぉーしわけ、ねぇぇ! 悲鳴の一つも上げさせられねぇ…ああ不甲斐なしぃ! 全ておいらの責任でぇ!」
「え、いや、そんな事ねぇけどよ…」
「あんたぁ…優しい人だぁ…! 申し訳ねぇえ! よよいよい! 腹ぁ切って…、あ、お詫びをぉ〜!」
 驚かせようとしたのかどうかもわからないが、とにかく突然腹を切ろうとする男を放っておくわけにもいかない。だがパウリーがいくら宥めても男は聞く耳持たず。すると…。
「やめろクマドリ! お客が引いちまってんじゃねぇかぁ!」
 腹を切ろうとする男の後ろから、額に札をぶら下げてキョンシーに扮した男が飛び出してきた。キョンシーというのは、両足を揃えてぴょんぴょんと飛び、手は真っ直ぐ前にならえ!をするのが基本である。だが飛び出してきたそのキョンシーは、ダイナミックに動いていた。
「ジャブラ…すまねぇぇええ〜よよいっ! 全ておいらの責任でぇええ」
「わかった、わかった! だから簡単に頭下げるんじゃねぇ!」



 切腹男と暴れるキョンシーは見ていて面白かったのだが、まだこのやり取りは続きそうだったので、パウリーはいよいよスタンプのありかへと進んでいった。

 そこには、小さな机とスタンプがあり、そばには大きな体の男が黙って座っていた。
「…」
「…」
 男は目を合わそうともしない。パウリーは警戒しながら近付き、机にあった紙にスタンプを押そうとした。

 ジー…

 パウリーのすぐ側で何かが噛み合うような音がした。側にいるのは謎の大柄な男だけだ。パウリーがそっちに目をやると、男はいつの間にかパウリーの方を見ていた。口が、少し…開いている。
「なん…」
「チャパパパ」
「…」
「チャパパパパ」
「…!」
「チャパパ」
「うぉー!」

 「はい、残念でした」
 またしても空気開扉によって突然現れたカリファがパウリーに言った。カリファに目をやった瞬間に、さっきまでどんどん近付いてきて、どんどん大きく開いていった笑う口のおばけは沈黙して座っている。やはり目を合わそうとはしない。パウリーはいつの間にか滲んでいた汗を拭った。
「…残念賞、ねぇのかよ?」
「レンタル半額券です」
「マジか?!」
「ええ」
 怖い思いはしたが、レンタル半額券を貰ってパウリーは御機嫌になって帰って行った。

 その後も、肝試しの挑戦者達はことごとくフクロウに撃破されていった。人形か置物のように思って油断していると、すぐ側で口を開けて笑う様は心臓が飛び出すほど恐ろしい。警戒はしていても、あのチャパパという独特の音と無表情具合がかなり恐怖を掻き立てるのだ。ルッチの笑顔がぞくぞくっと背筋を凍らす恐怖なら、フクロウのチャパパは精神を揺るがし不安にさせる恐怖。どちらも遠慮したい…。

 この日のウォーターセブンはとても暑かった。そして夜になっても悲鳴と奇怪な笑い声が途絶える事はなかった。

 「チャパパ」
「んおお?! スーパー?!」
「チャパパパ」
「怖いだわいなー!」
「チャパパパー」
「ンマー?!」

つづく


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