| 親睦 「…なんだ、誰も知らないのか? ルッチ!」 開店初日の閉店直後、スパンダムは彼らを一列に並ばせて、その前を行ったり来たりしていた。今日という日がどういう日なのかを彼らに詰問しているのだが、SUPAYA開店の日としかいいようがない。 「は…、いえ、わかりませんが…」 「情けねぇな! それでもCP9のリーダーか、お前は!」 いつになくテンション高いスパンダムは怒り心頭。血走った目で今度はカクに狙いを定めた。 「カク!」 「知らんのう」 「ブルーノ!」 「…知りません」 「カリファ!!」 最後の希望のようにスパンダムが叫ぶ。だが答えは同じだ。 「…わかりません…」 「バ、バッカヤロー! 今日という最良の日をお前らと分かち合おうという俺の心遣いを無駄にしやがって…! てめぇら、俺の誕生日も知らねぇのか!!」 知るわけねぇーだろ! と心で突っ込み、ルッチ達はひたすら押し黙る。スパンダムはヒートアップして喚き出した。 「諜報部員なんだから上司の誕生日くらい調べておけ! 何の為にオープンを今日にしたと思ってやがるんだ!!」 そういう計画だけはきちんとできるからタチが悪いんだ、アンタ! と全員の突っ込みは心で響きあう。 「まぁいい…。これから親睦を深める為に、俺の誕生日会をやるぞ! ワハハ、カリファ! 店の手配だ!」 いつもならここで、もう済ませてありますと答えるのがカリファなのだが、こればかりは…やりたくありませんと言いたくもなる。親睦を深める為にスパンダムの誕生日会をするというのはどういう事なのか。いい歳して、誕生会を要求する上司に不安は増すばかりだ。 仕方なく、本当に断腸の思いで、スパンダムの誕生会をやる事になったルッチ達は、スパンダムの希望で嫌な予感しまくり、いや、嫌な予感以外しないカラオケ屋に行く事になってしまった。 裏町のカラオケ屋は今流行の個室タイプで、満室でありますようにとのルッチ達の願いも虚しく、VIPルームなる豪勢な部屋へと案内されるハメになっていた。 「おい、お前ら!」 スパンダムに呼ばれてルッチ達が受付カウンターに近づくと、スパンダムはずいっと掌を差し出した。 「会費、一人3000ベリーな」 会費って!!と全員が無言で突っ込んだ。しかしここは黙って払うしかない。悲しいがこれが上下関係、逆らえない立場は辛い…。 「あ、領収書くれ! 世界政府宛な!」 経費扱いかよ!!とまた全員が無言で突っ込む。じゃあ会費とったのって…。堂々と部下の前で横領を働こうとするスパンダム。本当にCP9は正義の機関なのか、それすらこんな下らない事で揺らいでしまう。自分たちだけはしっかりと、強く生きて行こうと誓うルッチ達だった。 「何時間くらいで解放してくれるんじゃろな」 カクが小声でルッチに呟く。ルッチは答える気力もなくし、聞こえない振りだ。 「考えても無駄よ…、フリータイムで飲み放題ですって…」 「これも任務だと思えば…」 「そうじゃ、ブルーノのドアドアの実の能力で、皆で外に逃げ出さんか。長官は六式使いじゃないんじゃ、追ってこれんじゃろ」 「…無駄だ、やめておけ」 「なんじゃ、ルッチ」 「…どうせ明日も顔を合わせる相手だ…、機嫌を損ねてネチネチ文句言われるくらいなら、徹夜覚悟の方がマシだ…」 「それもそうじゃな…」 「…ところで、思ったんだけれど」 カリファの神妙な面持ちに、ルッチは立ち止まった。スパンダムは上機嫌で先に部屋に入って早速選曲中だ。 「長官は今日、誕生日なのよね…。それで、親睦を深めるという名目の誕生日会を催した…」 「それがどうした、自分勝手な理屈を押し通す、実にあの人らしい結果だ」 半ばヤケになってルッチはそう答えた。 「…誕生日といえば…プレゼントじゃない?」 「…! まさか…俺たちが誕生日を知らなかった事はあの人も承知だろう…それに、たった今、会費をとられたばかりだ」 「ええ、でも…相手はあの長官よ…? 不測の事態に備えて対応できるのが諜報部員だ、上司の誕生日も知らねぇ、誕生日プレゼントもねぇなんて弛んでる!!…なんて、言い出さないかしら…」 カリファのスパンダム物真似は似てはいないが、言っている事はツボを押さえていて気持ちが悪いくらいにスパンダムだった。ルッチは険しく顔を顰めた。 「…ハットリの豆くらいしか持っていないが」 ハットリはちょっとショックを受けたように短く鳴いた。豆をスパンダムに奪われる妄想がハットリの小さな頭の中で繰り広げられたようだ。ルッチは安心させるようにハットリをそっと抱いた。 「大丈夫だ、そんな事はしない…」 「参ったのう…、個室に軟禁状態じゃし、プレゼントといっても買いにも行けんぞ」 「…仕方ない、大きなケーキでも手配して我々からの連名でプレゼントしよう…。海列車の最終便で長官を帰らせる為にも、プレゼントは生ものがいいだろう」 「悪知恵じゃな、ルッチ」 「じゃあ手配するわ…海列車に間に合うように、ここに持ってこさせればいいのね」 「おい、お前ら! 何やってんだ、早く来い!!」 なかなか入ってこない彼らに痺れを切らして、スパンダムが叫んでいる。ドアから顔を出して、マイクを持った腕を振り回しているその姿はとても政府の諜報部員を束ねる長官とは思えなかった。 「まずは俺の◇護ちゃんメドレーだ! ワハハ! ブルーノ、配れ!」 ルッチ達が部屋の外で話をしている間、状況を察してスパンダムの相手をしていたブルーノは、申し訳なさそうな顔をしてルッチ達に、俗に言う鳴り物などのパーティーグッズを差し出した。この手の店では迷惑な事に無料で借りる事が出来るらしい。 「早くつけろ! それから、ちゃんと合いの手入れるんだぞ!」 「…了解…」 対照的にどんどんテンションが下がっていくルッチ達をよそに、スパンダムのリサイタルが始まった。はっちゃけて踊り狂うスパンダム。タンバリンやマラカス、間抜けな音がする笛などを鳴らして、三角のパーティー帽を被ったルッチ達はグダグダな合いの手を入れてやるが、スパンダムはノリノリだ。 ![]() 「ふぅー!! やっぱり☆護ちゃんだよなー! おい、ルッチ! 次々に曲入れとけよ!」 「上から順番でいいですか…」 アイドルの曲に興味のないルッチには、どれがどういう曲なのか検討もつかない。 「おお、全部歌えるからな! ワハハ!」 「上手じゃのう、長官…」 「さすがですね、長官…」 「飲み物の追加はどうですか、長官…」 開店初日の疲れに追い討ちをかけるスパンダムリサイタルは終わりなどないように思えた。 部屋の電伝虫が鳴り、カリファが応対すると、彼女はぱぁっと晴れやかな表情になった。それを見てルッチ達も、ケーキが届いたのだと気付き、この拷問にも近いリサイタルから解放される時が来たのだと確信した。ルッチは曲を入力しかけていた手を止めた。歌っていた曲が終わり、次の曲が入っていないとわかると、スパンダムは飲み物を一気に呷ってルッチににじり寄った。 「おいルッチ! てめぇ、なんで曲入れておかねぇんだよぉ! これじゃ興醒めだろーがっ!」 「すみません、長官…ですが、我々から長官に心ばかりのお祝いがありまして…」 ルッチが言い終わらないうちに、カクが部屋の電気を落とした。ケーキを受け取ったブルーノが、そっと部屋に入ってくる。カリファが素早くロウソクに火を点した。 「お誕生日おめでとうございます、長官」 突然のサプライズプレゼントに、スパンダムはぽかんとしていたが、次第にその目は涙で潤み、彼は腕で顔を覆った。 「くぅっ…! お前ら…いい奴だなぁ! 俺は誕生日プレゼントなんてもう…何年ぶりだ? ええ? 今までも部下と誕生会してきたが、ここまでしてくれたのはお前らが初めてだ…! 俺はいい部下を持って幸せだ!」 スパンダムが感極まった様子でそう言うのを聞いて、さっさと海列車に乗せて帰してしまおうという魂胆がなんだか恥ずかしいものに思えたルッチ達。しかし明日も店を開けなくてはならないのだ。ここは気分良くお帰り頂くのが得策だろう。 「さぁ、長官。ロウソクを吹き消して下さい…」 「ああ、そうだな! じゃあ行くぞ!」 ふぅーっ!!! と思い切り吹いてケーキに突撃しかけるのはルッチも予想済み。こけそうになった長官の服を引っ張ってなんとか回避させた。ケーキを台無しにされては困る。生ものだから、早く持って帰ってもらいたいのだから。 拍手の後、巨大なケーキは綺麗な箱に収められてスパンダムに手渡された。 「生ものですので、お早くお召し上がり下さい…カリファ」 「ええ。長官、海列車のお時間ですよ」 「あ〜そうか、もうそんな時間か…。寂しいな、寂しいようなぁ?」 誰に同意を求めているのかわからないが、どうやら帰りたくないらしい。ここで仏心を出しては元も子もない。 「駅までお送り致しましょう…。明日も店を開けなくてはなりませんし」 「そうだよなぁ…、…でも寂しくねぇか? 寂しいだろ? …俺、泊まって行こうかな〜。お前らとさぁ〜、みんなでケーキ食ったら楽しくねぇか? 楽しいだろうな〜」 さすがにこれはウザイ。ルッチ達の顔も引きつっている。スパンダムは体をうねうねさせていた。よりウザイ。 「せっかくですが…長官、お泊り頂ける部屋は用意できていませんし…。それに、長官への贈り物を我々が御相伴に預かる訳にもいきません。ブルーノ!」 「ああ。…失礼します、長官」 「おわっ!!」 ブルーノはスパンダムを担ぎ上げた。ケーキはカクが受け取り、カリファがドアを開けた。 「全員で駅までお送りいたします、長官。海列車の発車までそう時間がない。急ぐぞ!」 「了解!」 彼らの団結力はスパンダムのお陰で確実に強くなっていた。素早く店から飛び出すと、彼らは六式使いである利点を生かして、屋根の上をショートカットしてブルーステーションへと向かった。 「間に合うんじゃろか?」 「少々手間取った…。スピードを上げるぞ」 「ええ」 「ワハハ! すげぇ眺めだな! お、ブルーノ! 止まれ! あれなんだ?」 「長官…海列車に遅れます」 「なんだよ、ケチだな! …んん?」 スパンダムはブルーノに担がれていながら、器用に体を捩って何かを見ようとしていた。 「長官、動かないで下さ…」 そうブルーノが言った瞬間だった。今まで、担いだ相手を落とした事など一度もないブルーノの手が緩んだ。本当に有り得ない話だ。もはやスパンダムの凶運の成せる技としか言いようもない。 「どわー!!」 ひゅるるる…、軽やかに落ちていくスパンダム。 「長官!!」 どかっ! 血相変えたルッチが間一髪受け止めたものの、屋根で頭を強打するスパンダム。 「へぐっ!」 そのまま白目を向いて大人しくなるスパンダム…。こうなれば動かないだけ好都合だ。ルッチはスパンダムを抱えて怒鳴った。 「ブルーノ!」 「す…すまん…」 「カク、先に行って海列車を止めて来い!」 「わかった」 カクはこのメンバーの中で一番、ウォーターセブンを飛び回っている。彼が最短距離でブルーステーションに向かえば海列車を止める事が出来るだろう。ルッチは再びブルーノにスパンダムを押し付けた。 「すまない…」 「いいや…、お前のせいじゃない…」 ルッチもスパンダムの凶運には気付いていた。究極のトラブルメーカー、それがスパンダムだ。 しかし、凶運はルッチ達をも巻き込んでいくのだった…。 「すまん…、どうやら波が高かったようでな…、海列車が一足先に出てしまったんじゃ…」 ブルーステーションに到着した彼らを待ち受けていたのは、カクの衝撃の告白だった。 「ん…? なんだぁ…? ここはどこだぁ…?」 最悪のタイミングで目覚めるのも、またスパンダム。ルッチ達は呆然と立ち尽くしていた。 「…長官…、海列車が出てしまったようです…」 震えるようにルッチがそう通達すると、スパンダムは嬉しそうに笑った。 「なんだよ、じゃあ仕方ねぇなぁ。泊まっていくかぁ、な、ルッチ!」 …え? その後、すぐにスパンダム誕生会は解散となった。しかし… 「お前の家、狭いなー! おい、なんか食い物ねぇのか? …お、この豆イケルな」 「クルッポー!!」 「うぉっ! ルッチ! ハットリ止めろ! ルッチー!!」 「…少し静かにして頂けませんか…」 ルッチはスパンダムの為にベッドを整えているところだった。ブルーノはバーの二階を間借りしているし、カリファは女性だ。カクはにっこり笑って木箱にでも詰め込んでしまえばいいなどと言うので、ルッチがスパンダムを部屋に泊める事となった。リーダーゆえに仕方のない事だ。こんなに疲れているのに、ソファで寝るハメになるとは。ルッチは大きなため息をついた。 「なんだよ、お前もここで寝ろよ。朝まで喋ろうぜ! ワハハ!」 「すみません…疲れていますので…」 「いいだろ、な、ルッチ! お前さぁ、あのメンバーの中で誰が好みだ?」 「…女はカリファしかいませんが…」 「そうなんだよなー! 女もっと入れたかったんだけどなー、海軍には結構いるんだが、諜報部員となると男社会でよぉ…」 スパンダムの語りは終わらない。ハットリは離れた場所でお休みモードだ。今なら誰も見ていない…。ルッチは今にもスパンダムを亡き者にしてしまいたい気持ちでいっぱいだった。 「それでな、ワハハ…! …スゥ…」 「…長官…?」 どうやら眠ってくれたようだ。これで上司を消した諜報部員にはならずにすんだ。ルッチは部屋の明かりを消すと、自分はリビングのソファで横になった。だがそこまで聞こえてくるスパンダムの大きな寝言とイビキのせいで、ルッチは眠れぬ夜を過ごすのだった…。 つづく |