集合

 昨日は散々な一日だった。ルッチは憂鬱なまま、またあの黄色い建物の前に立っていた。今日もまた散々な一日になるだろう事は容易に想像できる。出来ればこのまま逃げ出したいくらいだが、これは正義の任務。新しく作られるCP9という組織は、今までのサイファーポールとは大きく違う。その辺りの詳しい事は、長官であるスパンダムの最終面談から帰った後、自宅の電伝虫にかかってきた世界政府からの連絡で知った。

 「まったく…、まさかCD屋でバイトする事になるとはな…」
 ルッチは起きてから何度目になるかわからないため息をこぼした。彼の肩にとまっているハットリは、心配そうに小さく鳴いた。それも何度目になるかわからない。
 ルッチが諦めて店のドアを開けると、店内にはもう明かりがついていた。スパンダムが自分より早く出勤しているとは思えず、ルッチは注意深く気配を探りながら、そうとは悟らせない歩みで店内を進んだ。
「…あ…、おはようございます」
 立ち止まったルッチに気付いて、それまで掃除をしていたカリファは手を止めた。ルッチがCP9のリーダーとなった事は、政府からの連絡で他のメンバーに伝えられていた。そうでなくとも、ロブ・ルッチの名は諜報部員や政府の役人達の間では有名だ。
「…お前がカリファだな」
「ええ…、あなたはロブ・ルッチね…。すぐにわかったわ」
「ああ、俺もすぐにわかった…」
 スパンダムに散々カリファのハレンチ加減を聞かされていたので、スリットの入ったミニスカートが見えた時にすぐ彼女だとわかった。勿論、彼女も優秀な諜報部員だ。名前はルッチも知っていた。
「CP9では紅一点らしいな…だが俺は差別も区別もしねぇぞ」
「ええ…心得てるわ」
 カリファはそう答えると掃除を続けた。昨日見た時よりは幾分か棚も整理されていて、少しは見られるようになっている。だが相変わらず商品はカラのままだ。
「…長官は、何時にこられる?」
「…それが…」
 カリファは困ったように眉を寄せた。彼女の視線の先には、いつの間に貼られたのか、シフト表があった。乱雑な書き文字と歪んだ適当な貼り方から察して、スパンダムが作ったものだろう。ルッチの欄には、ハトとかネコとか落書きされている。他のメンバーの名前にも、備考なのか、スパンダムの落書きが見られた。
「何の為のシフト表だ…」
 ルッチは落胆した。シフト表には、今日の日付で全員出勤と書き殴られてはいるが、スパンダムの欄には「テキトー」と書かれていたのだ。
「商品の入荷については任せるとは言われたが…」
「他のメンバーが集まってから相談しましょう…。長官には報告だけで十分だと思うわ…」
 カリファはあまりスパンダムに会いたくないようだった。無理もない。ルッチは黙って頷くと、その場をカリファに任せて、改めて店内を点検して回った。

 広さはかなりのもので、奥には更衣室らしいロッカールームと、チーフルーム、こじんまりした給湯室があった。倉庫はないが、在庫はすべて店頭に並べられるだろう。店の天井は高く、棚はそこまで届きそうなほどのゆったりしすぎビッグサイズだ。
「ほぉ…、こりゃCDを並べるだけでも大変じゃ」
「…誰だ、お前は」
 ルッチが見上げる棚の上に、一人の男が腰掛けていた。男は愛嬌のある瞳でルッチを見下ろしたかと思うと、軽やかな身のこなしで降り立った。

「挨拶が遅れたな、わしはカクじゃ」
「…俺はロブ・ルッチだ…」
「暗い顔じゃなぁ…客商売には向いとらんぞ?」
「余計なお世話だ…。俺たちはCP9、政府の暗躍機関だ」
「こっちの鳥の方がよほど客受けしそうじゃ」
「ハトのハットリだぞ、クルッポー」
 ハットリが言うとカクは丸い目を更に丸くし、それから驚いたようにルッチを見た。ルッチは変わらずに難しい顔をしていた。
「…よろしくな、ルッチ、…ハットリ」
「…よろしく」
 馴れ合うのを好まないルッチだったが、これから長く苦楽を共にするだろう彼らとの交流は大事だと考えていた。時には上司の恨みつらみを話せる仲であった方がいい。らしくない考えだとは自分でも思うものの、任務の自分とここでの自分は切り離すのが妥当な気もした。

 「ブルーノが来たわ。これで全員よ」
 ちょうどカリファが呼びに来た時、ルッチとカクは握手を交わしているところだった。少々気まずかったが、カクは自然に手を離すと、その手をカリファに向けて上げた。
「おお、カリファ、久しぶりじゃな」
「カク…! ええ、本当ね、また一緒に仕事が出来て…嬉しいわ」
 どうやら二人は顔見知りだったようだ。カリファの後ろに大男が見えて、ルッチは軽く咳払いをした。
「全員揃ったな…。さっそく始めるぞ」
「了解」
 こうして、CP9初めての会合は長官のスパンダム抜きで行われる事となった。

 「まずこの店を運営するのに必要な物はなんだ」
「CDじゃろの」
「長官は、販売、レンタル、買取の事業展開を狙っているようだけど…」
「いきなりそれはリスクが高いな」
「だが後から新事業を追加する暇があるかも疑わしい…。我々の本職を忘れるな。まず買取以外の事業から始めよう。それぞれ得意な分野で入荷の担当を分ける。人気の上がったものから棚を広げていき…人気のないものは棚を減らす」
「なるほど、後からレンタルと販売のエリアに分けるのは大変じゃしな」
「そうと決まればすぐに始めよう」
「待って、他にもいる物があると思うわ…」
「なんじゃ?」
「まず、看板よ。店の名前はSUPAYAだと聞いたけれど…それを示す看板がないわ。それから、私達が店頭に立つ時の制服も。今日はそれぞれ動きやすい格好だけれど、いつもそれというわけには…」
 言われて自分達の格好を見て、彼らはカリファの意見に納得した。それぞれ、今日は汚れるだろうし力仕事もあるだろうと動きやすい格好できていた。カクは色鮮やかな服装だし、ルッチに至ってはタンクトップにサスペンダーでズボンだ。確かにまとまりがなさすぎる。
「それは必要じゃな」
「…政府からどのくらいの資金が?」
「まだ詳しい事は何も…。それに、店には店頭に立つ人間の他に、事務や経理も必要なんじゃないかしら…」
「女の仕事じゃろ」
「セクハラよ、カク」
「だが実際、そういう事が出来るのはカリファしかおらん」
「やめろ、カク…。…どうだ、カリファ」
「…ええ、引き受けます」
「頼むぞ。長官がお見えになる前にここを片付けてしまおう。カク、ブルーノ、棚の移動を始めるぞ」
 そう言ってルッチが立ち上がると、カクとブルーノもすぐに腰を上げた。
「ルッチ」
 ルッチの手にカリファの指がそっと触れた。まるでたしなめるようなその仕草に、ルッチは困惑したように目を細めた。
「…?」
「それもセクハラね、私もやります」
「…そうか、すまない」
 差別も区別もしないとは言ったが、事務仕事を押し付けてしまった気持ちもあり、ルッチはあえてカリファを力仕事から外していた。だが無用の心配りだったようだ。
「いいえ、ありがとう」
 カリファはそう言って笑うと、カクとブルーノの後を追っていった。ルッチはため息をこぼすと、肩にいるハットリに目をやった。
「…少し、騒がしくなる。離れていていいぞ」
 だがハットリはふるふると体を捩り、しっかりとルッチの肩に掴まっていた。

 作業が始まると、彼らは今日集められたばかりとは思えないほど、協調し合い、団結していた。選抜されて選ばれたメンバーだ。意識も能力もそれぞれ高い。しかし、正義の任務と、面倒な長官という共通の楔を持った事で、彼らは語らずとも組織になっていた。
 そしてルッチが一番驚いたのは、自分以外のメンバーも全員六式を体得していた事だ。
「六式の能力がこんなところで役に立つとはのう」
「まったくだ…」
「しかしブルーノ、お前さんのエプロンは便利そうじゃ」
「そうだろう、今日は力仕事になると思ったからな」
 ブルーノはそう言ってエプロンをカクに見せるよう広げた。かわいい花のついたエプロンはでかい体のブルーノを、優しい牛さんのように見せかけてくれる。
「みんな、そろそろお昼にしましょう」
 力仕事をこなしながら、昼食の準備までしていたカリファにルッチ達は驚いた。もう片付けはほとんど終わったし、そろそろ休憩してもバチは当たらないだろう。
「俺がお茶を用意しよう」
「ありがとう、ブルーノ…素敵なエプロンね」
「ああ、美味いお茶を入れてやるぞ」
 ブルーノはそう言ってカリファと入れ違いに給湯室に入っていった。


 カリファの作ったサンドイッチと、ブルーノの入れた美味しい紅茶で休憩し、彼らはしばし談笑した。主な内容はこれからの店の事と、あの奇妙な長官の事だ。
「まったく、最初に見た時は何事かと思うたわ」
「あれで長官だというんだから…」
「本当ね、すごいセクハラぶりだったわ…」
「…しかしこれから先、彼とやっていかなくてはならないんだ。我々がしっかりしないと…」
 ルッチが締めるようにそう言うと、彼らは少し押し黙り、それからすっと顔を上げてルッチを見た。
「…なんだ」
 ルッチはカリファが用意してくれたとうもろこしをばらして、ハットリに与えていた。
「…いや」
「いいリーダーだ」
「ええ…さすがね、ロブ・ルッチ」
「…やめろ、仰々しい」
 ルッチは急に恥ずかしくなって顔を背けた。だが彼らとは長くやっていける気がする。ルッチは紅茶を飲み干した。

 「あー! あっついな! なんだ、ここはぁ! おい、ルッチ! ルッチー!!」
 突然、騒がしくなって、ルッチ達はため息をついた。昼になってようやくスパンダムが出勤してきたようだ。
「お呼びだぞ、ルッチ」
「ああ…まったく騒がしい人だ…。なんですか、長官」
「バカ野郎! ここではチーフと呼べ!」
「すみません、チーフ…」
 ルッチは軽くめまいがしたが、なんとかスパンダムの元へかけつけた。
「おう、全員揃ったか? 店もずいぶん片付いたな!」
「そうですね…」
「それでな! 店の看板とかいると思ってよ、俺が用意してきたぞ、全員表に出せ!」
「はい…、おい、全員表へ出ろ。長…、チーフが看板をご用意下さったそうだ」
「了解」
 言われるままに外へ出て、彼らはさらなる絶望を味わった。

 そこには、店の外観と同じような黄色のでかい看板が設置されていた。「SUPAYA」の文字と共に、この店のロゴマークだろう謎のマークが書き殴られている。
「…あれは…なんじゃろうな…」
「…チーフ、あれはもしかして…」
「いいだろ?! 昨夜寝ずに考えたんだ、SUPAYAのマークだ! 俺の顔をモチーフにして…」
 それからのスパンダムの熱弁は正直、彼らの耳には入っていなかった。ただ、彼の顔を模したマークの上部にさりげなく入っている、「CP9」の文字に釘付けになった。
 長官であるスパンダムから説明はなかったが、CP9は暗躍諜報機関である。正義の任務ではあるが、非協力的な市民への殺しが許可されている闇の機関だ。それなのに、その名が堂々と真っ黄色な看板に書かれているのだ。
「…あの、CP9の文字は…」
 勇気を出してルッチが問うと、スパンダムは目を輝かせた。気付いてくれて嬉しいようだ。ルッチの顔は硬直し、引きまくっている。しかしスパンダムは気にしない。
「そこだよそこ! さすがだな、ルッチ! あれをいかにさりげなくいれるかが…」
 もう止めても無駄だ。ルッチはそう理解した。見れば他のメンバーも諦め顔だ。あとはただ、スパンダムが黙るのを待つだけだ。なかなか終わりそうにはなかったが。

 「お、ブルーノ! お前、いいエプロンしてるな」
 突然、スパンダムはそう言ってブルーノのエプロンを掴んだ。曖昧に返事をするブルーノには構わず、スパンダムは頻りにエプロンを撫で回し、そして突然、ひらめいたように手を打った。
「ここの制服はエプロンにするぞ! 店と同じ色で、あのロゴつけたエプロンだ! カリファ!」
「…手配します…っ」
 カリファの声は少し震えていた。拒否権がないのはここにいる誰もが同じ事だ。誰もカリファを責めはしない。しかし皆、心の中では必死に叫んで拒んでいた。
「そうだ、それとなぁ、今日はお前ら勝手に服着てるが、せっかく闇の機関なんだ、全員、上から下まで真っ黒な。で、エプロンだ」
 正気の沙汰とは思えないスパンダムの発言に、軽く脳震盪を起こしかけるCP9の面々。今更ながら、とんでもない機関に属してしまったと後悔するばかりだ。

 「よし、じゃあブルーノ! お前、ドアドアの実でファンクフリードが入れるようなドアを作れ!」
「…ファンクフリード…?」
「来い、ファンクフリード!」

 後悔は、しつくしたはずだった。もうどんな言動にも驚かない。そう思っていた。だが彼らの心はいとも簡単に壊される事となる…。

 「ぱぉ」

 「む、無理です、長官…、ドアドアの実では…!」
「いいからやれ! ちょっと小さいか? じゃあ横になれ、ブルーノ! よし、いいぞ、ファンクフリード、押せ!」
「長官、無理です、ブルーノが、店が壊れます! 長官!!」

 この町に、黄色い異様な建物で、黒服に黄色いエプロンをした謎の集団がいて、象がいるCD屋が開店するのは、もうすぐである…。


つづく




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