修繕

 結局、スパンダムの愛象、ファンクフリードを店内に入れる事は出来なかった。正確に言うと、ブルーノの捨て身の努力も虚しく、店やブルーノを傷つける事なく店内に入れる事はかなわなかった。

 「しかしデカイ穴じゃの」
 カクに言われるまでもなく、スパンダム以外の全員がそう感じていた。ファンクフリードが入れるようにドアの周辺の壁を壊したのだ。せっかく綺麗に片付きつつあったSUPAYAもこうなっては修繕が必要だ。
「…カクは木材と塗料を買出しに行け。修繕するぞ」
「やれやれ…この上、大工仕事までするとは…。じゃあ行ってくるわい」
 カクはそう言うと軽く準備運動をして、町へと飛び降りて行った。屋根を蹴って駆けるカクの姿が町の住民に見られるのも有難くはないが、いっそそれくらいの個性があってちょうどいいかも知れない。SUPAYAは十分に奇抜で異様なのだから。

 「ワハハ! 嬉しいか、ファンクフリード!」
 嬉しいのはお前だろう、と突っ込みたいのを我慢して、ルッチは深いため息をついた。ハットリはファンクフリードの出現に怯えて、ルッチの髪の中へ避難気味だ。
「…お疲れ様…」
 カリファがルッチにお茶を差し出していた。彼女も相当疲れている事が見て取れる。ルッチはお茶を受け取ったが、表情は緩めなかった。
「バカ野郎…、そういう事は全て片付いてからにしろ」
「ええ…そうね、失礼」
「…お前はブルーノを看てやれ。修繕は俺とカクでやる」
 ブルーノは文字通りに肉体を酷使され、すっかりバテてしまっていた。鉄の硬度まで高められる肉体も、ドアとして使われ、巨大な動物に手加減なしに押されたのでは意味がない。そういう事もあるのだと、ルッチは深く自身を戒めた。

 すっかりご機嫌のスパンダムは、ルッチにファンクフリードがいかに可愛く賢いかを語り始めた。生返事のルッチにはお構いなし。ブルーノはカリファに連れられて休憩中、カクは買出しに行っている。逃れる術はないようだ。ルッチは諦めた。
「可愛いだろ、ファンクフリードは…。ああ、そういや、お前ら、アレだろ。アレだ…」
「…なんですか」
「わかんねぇ奴だな! ほら、え〜っと…、なんだ、昨日な、お前ら面談した後よぉ、五老星からお褒めに預かってな! ワハハ!」
「はぁ…そうですか…」
「なんだっけ、お前ら…なんとかってヤツ、使えるんだろ? それが…俺が落とした他の連中は使えねぇんだと! お前らの他にも最終面談にはいくらか残ってたんだけどな! 俺には先見の明があるってよぉ!」
 ルッチは何の事だかわからなかった。だがCP9のメンバー全員が使えるものと言えば、あれしかない。
「…もしかして、六式の事ですか…?」
「そうそう、それだよそれ! お前ら、そういうの出来るんなら、早く言えよ! CP9の方も安泰だな! ワハハ!」
「…CD屋重視での採用だったんですか…」
 ルッチは軽く憎しみの域まで達してしまいそうな絶望感を味わっていた。経歴は認めてくれていた筈のスパンダムだが、どうやら本当にでかいネコと喋るハトで自分は採用されたようだ。もちろん、偶然とはいえ、六式体得者を採用したスパンダムの強運は感嘆に値するが、他のメンバーには黙っておこうとルッチは心に誓うのだった。

 「すまん、遅うなった」
 ちょろちょろ動き回るスパンダムにうんざりしていた所に、カクが帰ったきた。遅いぞと言おうとしたが、カクの後ろで誰かが木材を抱えているのが見えて、ルッチは咄嗟に腹話術を使った。
「遅いぞ、クルッポー」
「へー、ここにこんな店が出来るのか!」
「そうじゃ、悪かったのう、手伝ってもろて」
「お前一人じゃ持てねぇだろ! お前らも薄情だな、こんな大量に買出し行かせて、一人で運べる訳ねぇだろ、助けてやれよ」
 ルッチに食ってかかってきたのは、葉巻を咥えて、ゴーグルをつけた男だった。
「…誰だ、お前は…ポッポー」
「造船所の職長で、パウリーじゃ。荷物を運ぶのを手伝ってもらったんじゃよ」
 カクはルッチに目で合図した。本当は一人で持って帰った方が早いのだが、世話焼きのパウリーがちょうど休憩中だった事もあり、ここまでついてきてしまったのだ。CD屋としてこの町で開業するならば、ウォーターセブンで人気の船大工に宣伝するのもいい手だろう。
「うぉ、お前、なんでハトが喋ってんだ?!」
「ああ、ルッチは人とまともに口が利けんのだ。変人じゃな」
 さりげないフォローのつもりか、さらっとカクが言い放つ。ルッチは否定も肯定もしなかったが、後でカクをしっかり絞ってやろうと決めていた。
「へぇ…変な奴だな…」
「うるさい、ポッポー」
「なんだと、この野郎!」
「よさんか、パウリー、ルッチもじゃ」
「ちぇっ…、そういやここ、CD屋になるんだろ? 俺がドックで宣伝しといてやるよ!」
「そうしてくれると助かるのう」
「それにしてもひでぇな…。お前らで直せるのか? 一体、何やらかしたんだ…」


 パウリーはファンクフリードを中に入れる為に開けた穴をまじまじと見てそう言った。ルッチもカクも言葉を濁した。まさか象の通り穴ですとは言えないだろう。
「人手は足りてる、クルッポー」
「そうか? じゃあ俺は造船所に戻るからな、また何かあったら寄ってくれ!」
「またのぅ」
 手を振りながら帰っていくパウリーを見送ると、カクはきょとんとした顔で怒っているルッチを見た。
「…どうしたんじゃ、その顔は…」
「…何でもない。修繕を始めるぞ…」
 今はとりあえず店の修繕が優先だ。ふと気が付いてさっきまでうろついていたスパンダムの姿を探すと、何やらトンカチや釘を持って手伝う気満々の様子だ。彼らが喋っている間に道具をどこからか調達してきたらしい。

 「…始めるか」
「そうじゃな…」
 うんざりはしたものの、ここでスパンダムを排除するのは難しい。まずは適当な大きさに木材を切らなくてはならない。スパンダムは釘打ちがしたいらしく、のこぎりは用意してないようだ。
「仕方ないのぅ、嵐脚!」
「それしかないか…嵐脚…!」
 六式がまたしても役に立った。二人の六式使いはノコギリよりも素晴らしい切れ味の蹴りで瞬く間に木材を切ってしまった。
「うぉーっ!! すげぇな、お前らっ!!」
 スパンダムは目をきらきらさせている。そういうところは憎めない人だが、これが自分の上に立っていると思うと頭が痛い。

 「では…チーフ、この板を打ち付けていただけますか」
「こんなモン、簡単じゃねぇか! お前らどんどん板切っとけ!」
「了解…」
 多少、不安がないでもなかったが、大工仕事が好きなのかも知れないと思い、スパンダムに任せる事にした。だが木材を切る作業はあっという間に終わってしまう。
「チーフ、こっちは終わりましたが…」
「お前ら休んでろ! 俺がやる!」
「…はい…」
 あまりに強弱のつきすぎたトンカチの音に、不安は募るばかりだ。しかしここで手を出せばきっとスパンダムの機嫌を損ねる事になる。有難く休憩させてもらうのがいいだろう。ルッチとカクはそこから見えるウォーターセブンの景色を眺めて、ため息をついた。

 「いい町じゃの…、飛び回ってあちこち見てきたが、さすが海列車のある町…。活気に溢れとる」
「ああ…だからこそ仕事もしやすい」
「CDの入荷も簡単じゃな、政府関係者の特別便で運んでもらえば遅れる心配も…」
「カク」
「? なんじゃ」
「CD屋の話じゃねぇ…、本職を忘れるな」
「…ワハハハ、そうじゃな、すっかり忘れておったわい」
「まったく…」
「まぁまぁ、お前さんに迷惑はかけんよ…」
 そう言ったカクの目は、さっきまで子供のように無邪気に笑っていたものとは別人のようだった。ルッチはふっと息をついた。正直、安心した。長官にこれだけ手を焼かされて、仲間にまで手を焼くのは絶対に嫌だったからだ。

 その長官はどうしているかというと…。

 ガンガン、トントン、ドガッ!
「ぐあああっ!」
 ガンッ!ゴロゴロッ!
「うぉっ!」
 ドガンッ!!
「ふげぇっ!!」

 やはり大人しくしている男ではなかった。彼は強運の持ち主ではない。凶運の持ち主だ。

 まず、トンカチでの仕事がうまくいかない事に腹を立てたスパンダムは、力任せに釘を打って指を強打。あまりの痛さに仰け反ったところ、うまい具合に回転してしまい、カクとルッチの方へそのまま転がっていった。本来なら、彼らのうち近い方…カクにぶつかって止まれる筈だったのだが、運の悪い事に相手は六式使い。反射的に何者かが近づいてきたので…。
「紙絵」
 カクはひらりとスパンダムを回避してしまった。そうなると勢いがついたまま転がるスパンダムの行き着く先はやはりルッチ。しかしルッチも当然六式使い。その中でもスペシャリスト。当然反射的に紙絵か剃で回避するところだが、その謎の物体を止めなければならない事まで瞬時に悟っていた。悟ってはいたのだが、如何せん、彼は戦闘のスペシャリスト…。
「鉄塊!」
 鉄の硬度にも匹敵するその体にぶつかったスパンダムはもうぼろぼろ。たかが大工仕事をしただけでこの有様。もはや災難のスペシャリスト、スパンダムである。
「…チ、チーフ…、大丈夫ですか…」
「…大丈夫じゃないじゃろな…。カリファ、カリファー!」
 辛うじて意識はあるようだが、スパンダムは復活したブルーノに抱えられて店の奥へと運ばれていった。
「こりゃ何かお咎めがあるかも知れんぞ、ルッチ」
「…お前が避けなければこんな事にはならなかったぞ、カク」
「二人共、そんな事している場合じゃないわ、早く店を修繕しなくては…。それに、制服の手配やCDの手配も、やる事はまだまだたくさんあるのよ」
 スパンダムの面倒を看るのが嫌で逃げ出してきたに違いないカリファに促されて、ルッチとカクは一時休戦だ。だが実際はどっちにも責任はないと思っていた。転がってくる方が悪いのだ。
「俺の分の入荷リストは出来たぞ、お前らも早く書け…。修繕は俺がやろう」
 花のエプロンをつけて復活したブルーノは、飲み物だけでなく大工仕事も得意なようだ。ここはブルーノに任せるのがよさそうだ。

 カクとルッチは店内に戻り、それぞれ割り当てられたジャンルのCDをどれだけ入荷するか細かくリストアップしていった。全員、得意な音楽ジャンルが被らなかったのが救いだ。
「政府から急かされているの…、終わったらそこにある分、全部送信してもらえるかしら。それと、制服の注文書もお願い。私は塗装の手伝いに行ってくるわ」
「わかった」
「まぁこんなモンかのう…。じゃあわしは長官の様子でも見てくるとしよう」
 カクはルッチにリストを手渡すと、店の奥へと引っ込んでいった。最後までかかったルッチは、全てのリストを電伝虫に読み込ませて政府へと送信した。そうすれば早ければ明日にでもCDを入荷する事が出来る。したくはないが、制服のエプロンの注文書も送信して、ルッチは長かった一日の終わりを実感していた。

 だが、あまりに疲れていたルッチは見落としていた。スパンダムのリストが、すごい事になっているのを、彼はまだ知らない…。

つづく
 


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