対決

 怖れていたことがついに現実のものとなった。大々的にウォーターセブン全土にバロックオフ出店のチラシが撒かれたのだ。店の場所は、島の反対側。隣にぶつけてくるかと危惧したが、遠く反対側に作られるのも客の流れが変わるので有難くはない。書籍とCD、ジャンルの違うものを専門に扱っていれば問題ないが、本のついでにCDも…となるとこっちは手が出ない。

 「…本当にバロックオフが出店してくるのね…」
「シャウ、心配ないっしょ、カリファさん! 造船所の中にだって入れるんだし、問題ないっしょ!」
「…そうとも言えないな…」
「問題はそう簡単じゃない、四式坊やが」
「シャウ…」
「こっちが勝てそうなのは地域に根ざした期間の長さくらいじゃ。資金に物を言わせてきたら勝ち目はないじゃろのう」
「船大工やそれに類する人間の多いこの町じゃ、男の客が多い…。女の店員が多いのが…」
 そこまでいってルッチはカリファの視線に気付き、押し黙った。
「…そうね。だからと言って女性の増員は出来ないんでしょう?」
「…ああ」
「いっそ、アイスバーグさんに頼んで出店許可を下ろさせないようにしてはどうじゃ?」
「どういう手段でそんな不正を強いる? 任務を忘れるな、俺達の目的はあくまで設計図だ」
 立ち込める暗雲に、メンバーの表情も曇る。バロックオフの黒幕はあの七武海、クロコダイルである。資金力は雲泥の差。おまけに人海戦術でも勝てる気がしない。こうなると、本当に暗殺してしまうか何か濡れ衣を着せて法的に始末するかしか…。物騒な考えが過ぎるが、今、ここでそれをするわけにもいかない。彼らはまだこの町に潜入していなくてはならないからだ。

 こんな時でも一人だけ底抜けに明るいのが、チーフで司令長官のスパンダムその人だ。今日も愛する象のファンクフリードにもすもすされながご機嫌だ。
「ワハハ! 迎え撃つ準備は万端だぁ! 連中がくる時期に合わせてこっちはガレーラ内部に潜入だ!」
「それくらいで勝てる相手では…」
「甘いぞ、ルッチ! いいか、ガレーラに出張するのはカリファだ」
「…私ですか?」
「そうだ! ガレーラの職人は大半が男だからな!」
「セクハラです」
「いいから聞け! それから、職人達が仕事を終えた後、ここに寄るその時間帯にもカリファを店頭に立たせておくんだ! そうすりゃいつでもカリファに会える! ブルーノやルッチやカクやネロがいて、がっかりなんて事はねぇわけだ! どうだ、天才だな! 俺は!」
 いてがっかりとまで言われたルッチ達はいささかムカツクわけだが、相手が女性店員の数で人気ならばこちらもそれなりの対応をしなくてはならない。カリファはまたセクハラだと言いたそうにだったが、無言でルッチに制止されて、ぐっと押し黙った。彼女だってわかってはいるのだ。
「とりあえず、バロックオフが開店したら、お前ら客の振りして見て来い。俺が行ってもいいんだけどなー、俺はほら、顔がバレちまうからなー。なんでかわかんねぇけど、一度見たら忘れられねぇんだと、ワハハ!」
 そりゃあんた、顔のマスクが印象強烈なんだよ、と全員心でツッコミいれて、ルッチ達は今日の営業準備を始めるのだった。

 「それじゃあ、私は今日からガレーラカンパニーに出張してくるわ」
 カリファは出張用にCDを木箱に移していく。カリファにばかり負担をかける気はないのだが、他に手立てがないのもまた事実。難しいところだ。
「カリファさんばかり可哀想っしょ」
「今にわしらも苦労することになるんじゃろなぁ…」
「無駄口叩くな、バカヤロウ」
 空気が張り詰めているSUPAYAの面々。それなのにスパンダムは何やら電伝虫でお話中で、大声で笑ってこけていた。

 さて、昼休みのガレーラカンパニーに出張したカリファはというと。スパンダムのセクハラ戦術に納得はしていないが、今は様子見といったところ。とりあえずガレーラの船大工達と繋ぎを作るのは有効だ。カリファが訪れたのはパウリーのいる1番ドックだった。
「ぶっ! カリファ! またお前…性懲りもなく短いスカートを…!」
 姿を見るなり開口一番、パウリーにスカートを咎められてしまった。彼の反応はまぁこれでいいとして、他の船大工達にはカリファはなかなか人気のようだ。お弁当片手にわらわらと寄ってきて、世間話の一つでもしながらCDを借りたり、買ったりしてくれる。当然、パウリーは買取専門の試聴魔なのであまり関係ないのだが、彼はなんだかんだ言いつつもSUPAYAを気に入っているのか、カリファの側にやってきて尋ねた。
「なぁ、もうじきバロックオフって店が出来るんだろ? この間、アイスバーグさんが言ってたぜ」
「ええ…そうなのよ。SUPAYAにとっては大打撃ね…」
「大変だな! 相手は本屋だって言うけど…なんかハレンチな本屋なんだろ?」
「…え?」
 パウリーの言葉にカリファは首を傾げた。パウリーはごそごそとズボンのポケットからくしゃくしゃに丸まったチラシを取り出して見せた。
「今朝、ドックの中にばらまかれたんだ、このチラシ…。それだろ、バロックオフってのは」
「失礼…」
 パウリーから受け取ってチラシを開き、カリファは驚いた。バロックオフに関しては女性店員が多いという噂しか聞いていなかったのだが、そのチラシには…。

 チョコ屋の女性、カフェの女性、お姫様に画家に消防士に戦車犬、速配ピザ屋、ヒーローに海賊王…あと、バレリーナの格好をしたでっかいオカマ。

 「…コスプレ本屋?」
 バロックオフは開店イベントに、コスプレ作戦を持ってきたようだ。まだ町中で配られていないチラシを先に見ることが出来たのはよかった。
「このチラシ、いただいても?」
「ああ、いいぜ! クーポンついてるかと思ったけど、なかったんだよ、それ」
「じゃあ、お礼よ、パウリー」
 そう言ってカリファはにっこり笑うと、パウリーにSUPAYAの500ベリー割引券を渡した。
「!!」
 いつも金欠のギャンブル王パウリー。金券には目がない。言葉にならないほど目を輝かせる彼に、カリファはくすくすと声を漏らして笑った。憂鬱な出張営業だったが、こうして出向いて見るとなかなか楽しいものだ。あの一癖も二癖もある連中といるより、…実はうんと気持ちが楽だったが、それは彼らには秘密にしておくカリファだった。

 カリファがガレーラカンパニーに出張に行っている頃。エニエス・ロビーから呼びつけられていたジャブラ達一向は敵状視察を命じられていた。が、フクロウはすぐ喋ってしまうし、クマドリはすぐ切腹しようとするし、何より巨体二人は大いに目立つ。ということで…。
「…なぜ俺が野良犬を連れて散歩しなくてはならん」
「何をぉ?! 誰が野良犬だ、俺は狼だ!! 見ろ!」
 ドス黒いオーラ出しまくるルッチの少し先を歩いていたジャブラ。聞き流す事など出来ない彼は、立ち止まり振り返って、道着の下の刺青を見せた。
「…わざわざ、いれたのか、それを」
 唖然とするルッチ。ジャブラの左胸には狼の文字が入っていたのだ。イヌイヌの実を食べて以来、モデル狼だというのにルッチには野良犬と呼ばれていることが気に入らないらしく、ジャブラは実力行使に出たようだ。実はジャブラ、かなり狼の能力がお気に入りらしい。
「おう! これでもう野良犬呼ばわりさせねぇぜ、ルッチ! てめぇも化け猫呼ばわりされたくなきゃ、豹って彫ってやろうか?」
「いらん。…というか、別にお前が刺青までして狼であると主張しようと…野良犬であることに何ら変わりはない…。ツラだけでなく、底なしのバカだな、ジャブラ…」
「何ぃぃっ?!」
「それより離れて歩け…お前と一緒にいる所を見られたら末代までの恥だ」
「この…! てめぇの血筋なんざてめぇで終わりだ!」
「モテん男の僻みか、それは…」
「うるせー! チクショー!!」
「やかましい、バカヤロウ」
 こんな調子で罵り合いながら、二人は島の反対側のバロックオフ建設地にやってきた。建物の外観はなんというか…、SUPAYAの黄色一色に比べて豪華。アラバスタにあったあの豪華絢爛なカジノを思えば、まだ地味な方だが、これはなかなかインパクトがある。大きな看板にはすでにあのバロックオフのマークが掲げられていた。


 「同じくらいの大きさかと思ってたが、かなりデカイな!」
「…この町の図書館より広い…。それほど本が集まるとも思えないが」
「て事は…やっぱCDにも手ぇ出してくるか。…おい、ルッチ?」
 隠れて建物を見ていた二人。いきなりルッチが立ち上がり、行動に出たのでジャブラは驚いた。
「…中を確かめてくる」
「おいおい…やめとけって。オープンすりゃ中に入れるだろうが。とりあえず今日は様子見だ。帰ろうぜ」
「…どのみち、そう簡単に帰してくれるつもりもねぇようだが?」
「…! 囲まれてんな」
「よほど優れた指揮官がいるらしい…」
 さっきまでまるで人の気配がなかったというのに、じりじりと詰め寄られている空気を感じる。刀や銃ががちゃがちゃと鳴る音がする辺り、海賊あがりか、賞金稼ぎなのだろうが…結構な人数だ。暗躍を得意とするルッチ達…事実上、リーダーと小隊長の2トップでありながら、敵陣で発見されるというのはなんとも不甲斐ない。だがそれも無理のない話だった。

 「サー・クロコダイル…。侵入者にはビリオンズを向かわせました…」
「クハハハ…ご苦労オールサンデー」
 オールサンデーと呼ばれた彼女、ニコ・ロビンはハナハナの実の能力者。どこにでも体の一部を咲かせる事が出来る。彼女は室内にいながら敷地内を巡回して警戒していたのだ。ハナハナの能力て外に手をひらりと咲かして、その手におめめをぱちっと咲かせる。防犯システムとしてはかなり画期的…な代物だ。ルッチ達がいくら気配を立って隠れていても、自在に生える手から見られていては見つかるのも仕方ない。
「例のSUPAYAの連中だろう…、俺の邪魔をする奴はぁ…どういう目にあうか、思い知らせてやる、クハハハ!」
 そう言って高笑いするクロコダイルは、海賊王のコスプレをしていた。出来たばかりの店舗の中では、他の社員達がコスプレをして販売研修をしているところだ。
「…ふふ、とってもお似合いよ…その衣装」
「…そういうてめぇは…随分と面白みのねぇ衣装だな」
 ロビンはフードのついたコートを被り、マスクをしているだけだった。それはコスプレというより仮装と言った感じだ。
「興味がないもの…」
「フン、つかめねぇ女だ…」
 海賊王クロコダイルは葉巻の煙を吐き出して笑った。



 「で、どうするよ?」
 ジャブラは呑気に頭を掻いて、とりあえずルッチの指示を仰いだ。
「どうするもねぇだろう…」
 ルッチは懐からすっと仮面を取り出した。
「顔を見られるな、後が面倒だ…」
「了解! って、俺、お前みてぇに仮面持ってねぇぞ? つーか、なんで仮面なんか持ち歩いてんだっ?!」
 騒いでいらぬことまで追求するジャブラに、ルッチは露骨に顔を歪めたが、すでにそれは仮面に隠れて見えなかった。がっと手を伸ばすと、ルッチはジャブラの額のサングラスをぐいっと下げた。
「いでっ!」
「それで十分だ…。似合うぞ、ナマズヒゲ仮面」
「勝手に名前つけんなぁっ!」
 叫ぶジャブラには構わず、ルッチは早速襲い掛かってきたビリオンズを軽やかにかわした。六式を使うほどの相手でもない。固い地面に穴を開けられるほどの指の力を持っているルッチ。その握力たるや半端ではない。黒い服に身を包み、颯爽と戦うサングラスと仮面の男に、ビリオンズも恐れ戦いたようだ。

 「12!」
 突然、ジャブラがルッチの背後でそう叫んだ。ジャブラも六式を使うまでもなく、正拳突きでビリオンズをぶっ飛ばしていた。仮面のルッチが横目でジャブラを見た。サングラスをしてにやりと笑うジャブラ。その勝ち誇ったような表情にルッチはむかっときたようだ。
「…こっちは14だ」
「何ぃ?! 残りは…24か! もらった!」
「遊ぶな、バカヤロウ…!」
 どうやらジャブラもルッチも、どっちが何人倒したのか数えていたようだ。総勢50人のビリオンズ。ジャブラは現在12人、ルッチは14人を倒したらしい。普通に分ければ25人ずつなのだが、やはり何かにつけて競い合う二人。一人でも多く倒したいのだろう。遊ぶなと言ったものの、ルッチもジャブラにだけは絶対負けたくないようだ。

 銃弾の飛ぶかう中を平然と移動して、ルッチとジャブラは徐々にバロックオフの敷地から離れていった。襲ってきたビリオンズ50名はほとんどが撃沈。もちろん、ルッチ達CP9の権限は政府に楯突く者に対して許可されるものだ。SUPAYAとして活動中の身ではその権限も適応されない。
「正体バレねぇようにだったら…お互い、人獣型のがよかったんじゃねぇか!」
 敵を蹴り飛ばしてジャブラが言う。ルッチは大男の胸倉を掴み上げて放り投げた。派手な音がして詰んであった木箱が壊れる。
「獣二匹で暴れてどうする、バカヤロウ。あんな目立つものもねぇだろう」
「あァ、そうかよ! おい、何人だ?!」
「24」
「俺も24だ!」
『あと2人…』


 人獣化してはいないが、その気迫たるやまさに獣のよう。獣達に狙い撃ちされた残り2人のビリオンズは、慌てて逃げ出してしまった。
「逃がすかぁ!」
 追ったのはジャブラ。ルッチはその場に残り、すっ…と足を上げた。
「…嵐脚」
「…! こりゃいかん!」
 空を斬る音を察知してジャブラは剃で回避した。ルッチの放った斬撃はジャブラが追いかけていた2人の敵を背後から切り裂いた。その威力はまさにCP9最強…。
「…っ!」
 危うく巻き込まれるところだったジャブラは思わず身震いした。ルッチはすっと足を下ろし、仮面を外して…。
「…外したか」
「うぉぉ! お前、俺まで巻き込む気か! チクショー!」
「そんな面白い顔で寄るな、バカヤロウ」
「ルッチ、てめぇ…!」
「…俺の勝ちだ、負け犬の遠吠えだな、ジャブラ」
 ルッチはにやりと笑った。確かにそうだ。今の2人をとられたことでルッチは26人に、ジャブラは24人のままだ。獲物を奪われてジャブラは舌打ちをした。
「…! くそ! 覚えてろ! 必ず負かしてやるからな!」
「何とでもいえ、野良犬」
「狼だって言ってんだろ!!」
 サングラスを押し上げて、再び胸の刺青を見せるジャブラ。しかしルッチは目もくれずにそそくさと先を行ってしまうのだった。

 ルッチ達がSUPAYAに戻ると、ちょうどカリファも帰ってきていた。みんな神妙な面持ちをしている。…スパンダムは別だ。
「どうした」
「これを…」
 カリファが差し出したのはパウリーから貰ったチラシだ。
「コスプレ本屋とは下らん真似を…」
「敷地はどうじゃった?」
「それがすげぇデカさだ! ここより軽くデカイぜ」
「このチラシはどこで手に入れた?」
「ガレーラカンパニーの中だけに配られたそうよ…。町に出回るのも時間の問題ね」
「今はコスプレなんとかって店、流行ってるっしょ、シャウ!」
「チャパパー、ネロは常連だー」
「シャウ?!」
「よよい! だったらぁ、SUPAYAも何か趣向をこらせばぁ、あ、どうだぁぁ?」
 クマドリの意見に全員静まり返る。趣向…といってもコスプレ本屋に対抗してコスプレしたのでは二番煎じもいいとこだ。これまでもブルーノのドリンクサービスや、夏の納涼肝試し大会、正月の餅サービスなど細かなイベントはしてきた。開店の時などはまるでサーカスのように変装して町を練り歩いたものだ。
「CD屋らしく演奏会かのう」
 カクの意見はもっともだったが、彼等はそれぞれ得意ジャンルのCDを担当していることでもわかるように共通の音楽ジャンルを持っていない。潜入捜査が基本の諜報部員であるから、楽器の演奏スキルを持っている者も少なくはないだろうが…。
「ちなみに、演奏出来る者は誰だ」
 ルッチが聞くと、それまで余所見していたスパンダムが子供のように腕を振り上げた。
「はい! は〜い! ワハハ、俺な! ピアノが得意だ!」
 意外すぎる告白に一同目が点になる。我に返ってルッチが問う。
「…参考までに、どの程度の腕前で」
「ワハハ、英才教育とでも言うのかな! 俺な、ピアノはガキの頃からやってて得意なんだ! クラシックでもジャズでも何でも弾けるぞ!」
「チャパパー初耳だー!」
「意外な特技があるものっしょ、シャウ!」
「これなら…演奏会も出来るかも知れないな…ルッチ」
 ブルーノに言われてルッチは頷いた。とりあえず、店の前の空き地に即席でステージでも作れば野外コンサート的なものは出来るだろう。
「…カリファ」
「次にガレーラに行った時に話をつけておきます…。ステージを造ってもらうわ」
「…任せる」
 さすがカリファ。1を聞いて10を、むしろ100を知る感じだ。

 そんなわけで、バロックオフオープンに合わせてSUPAYAはミュージックフェアを開催することにした。ところで、偵察に行ったルッチとジャブラが恐らくバロックオフの手の者だろう連中に襲われたと聞き、スパンダムはなぜかにやにやしていた。
「俺はこういう事態も予測していたわけだ、ワハハ! 確かにお前らは強い! だが…全面対決するには戦力強化が欠かせねぇだろう? これを、お前達に渡してぇと思ってたんだ…。さぁ、受け取れ! もっと強くなれ、CP9!」
 そう言ってスパンダムがずりずり引きずってきた木箱には…得体の知れない柄の入った…気持ちの悪い果物が二つ…。

 「チーフ、これ何っしょ?」
「こいつか? こいつはなぁ…悪魔の実だぁ!」
 得意げに叫ぶスパンダム。そしてクマドリとフクロウが驚いて覗き込む。
「チャパパー! 初めて見てしまったー!」
「よよい! あ、おいらもぉ〜だぁ〜!」
 ブルーノとルッチはすでに能力者であり、己の意思で悪魔の実を食べていたので現物を見たことが当然ある。スパンダムはカリファとカクに悪魔の実を一つずつ渡した。
「…なにか、引力のような不思議な力を感じるのう…」
 空気までも歪められてしまいそうな謎の力が実から伝わってくる。カクはバナナに似た形の悪魔の実を興味深そうに見ていた。
「やべぇ! おい、そいつをこっちに近づけんな!」
 突然、ジャブラはそう叫ぶとカクとカリファから遠ざかった。
「何をそんなに騒いでおるんじゃ、ジャブラ」
「知らねぇのか?! 悪魔の実の能力者ってのはな、体に悪魔を宿してるってことなんだ! 例えば俺が悪魔の実に近付くと、実から悪魔が飛び出して俺の中の悪魔とケンカして、体が爆発しちまうんだぜ!」
 すごい形相で叫ぶジャブラ。カクは怪訝そうにそれを聞いて…。
「本当か?」
 そう言って小首を傾げてじりじりとジャブラに近付いて行った。
「カク、てめぇ!」
「バカなことを…諜報部員が巷の噂に惑わされちゃあ締まらんな…お前が言っているのは二つ実を口にした事例だ」
 ブルーノがため息をついて言う。見ると、ブルーノの隣でルッチもバカにしたように鼻で笑った。聞けば、すでに悪魔の実の伝達条件は解明されており、ジャブラが言っている、体が爆発するというのは、実を二つ口にした者のことらしい。そういえば、うっかり湯でスパンダムが誰かに悪魔の実を食べさせようと高級フルーツに混入させた時も、すでに能力者だったルッチとブルーノはひどく怒ったものだ…。その時、運悪く能力者になってしまったジャブラはその話を知らなかったようだ。
「欲深いバカは身を滅ぼす…。一つ目のリスクを考えればどんな呪いがあるか想定できそうなモンだ」
「何…、そうなのか?!」
 ジャブラは安心してため息をつくと、カクは面白くなさそうにぷいと顔を背けた。
「なんじゃ、爆発せんのじゃな」
「このガキ…! …それよりチーフ、よく悪魔の実二つも手に入ったな!」
「ワハハ、俺には色々なコネがあるのさ…。言っておくが…そいつにどんな悪魔が宿っているのか俺にもわからねぇんだ!」
 わからないと威張って言うスパンダム。カクとカリファは顔を見合わせた。直々に授かったのだから恐らく、これを食べるのは自分達なのだろう。
「どんな能力者になるかわからんのは不便じゃのう…」
「本当ね…それでカナヅチになるなんて…。変な能力だったら最低ね」
「賭けるしかないのう…」
「シャウ! カリファさん、もしよかったら…俺が代わってもいいっしょ!」
 顔を赤く染めてネロが言った。能力者というと、ルッチのレオパルドのイメージが強いらしいネロ。カリファがあんな怪物…、いや、化け物…いや、どう言ってもルッチ氏に対して失礼であるが、とにかくあんなものになってしまうと思うと、気が気じゃない。
「四式坊やが…ますます半端になるつもりか? せめて六式を使いこなせるようになってから物を言え」
 ルッチに一喝されてしまい、ネロはきゅうっと縮こまる。それからルッチはカクとカリファに言った。
「食ってみろよ、面白い。どんな能力も使い方次第だ…。十中八九
弱くはならん」
 ルッチはその強さに見合った豹の能力者だし、ブルーノは暗躍機関にとって、なくてはならないドアドアの実の能力者。特性が見事に一致したうってつけの能力だったわけだ。ちなみに偶然とはいえ、狼の能力者になってしまったジャブラも、狼とは相性がよかったらしく、すでに色々と技を開発しているようだ。
「おい、やめとけって! クソみてぇな味がするぞ、クソだぞ! それにうまく売れば数億の金になるぞ!」
「チャパパージャブラはカクにパワーアップされたくないんだー」
「よよい、妬み、嫉みはぁ男の名折れだぜぇ〜!」
「うるせぇ! よく考えろ、カク、カリファ! 一口が大問題だぜ!」
「…ふむ、面白そうじゃ」
「当たりだったら大歓迎…」

 ぱくっ

 「うぉー! 食いやがったチクショー!」
 絶叫するジャブラ。顔を歪めるカクとカリファ。一瞬、SUPAYA店内がしんと静まり返る
「…まずい…!」
「ひどい味…っ!」
 一体、どんな味なのやら…。苦悶の表情を浮かべるカクとカリファの周りで、スパンダムやネロ、クマドリ、フクロウがそわそわ様子を窺っている。既に能力者であるルッチ、ブルーノ、ジャブラの三人は、自分が実を食べた時のことを思い出したらしく、どこか遠くを見ていた。
「ありゃ人の食うモンじゃねぇよな!」
「宿る悪魔の知れん実となると余計にな…。貴様が食ったのは不可抗力だろう、ジャブラ」
「うるせぇ! てめぇみたいに好き好んで化け猫になろうって奴の気が知れねぇ! …ブルーノはいつ食ったんだ?」
「俺は諜報部員になる前だ。この能力を買われたというのもあるだろうな…」
「ぎゃはは! ドアドアの能力だもんなぁ! そりゃ味方にありゃ安心だ」
「何にしても、あんなにマズイ食い物は他にないな」
 三人はうんうんと頷き合っていた。悪魔の実を食べた者にしかわからない連帯感。そうこうしているうちに、カクはバナナのような実を、カリファは大きくて丸みを帯びた実をナイフとフォークで綺麗に平らげていた。

 「どんな能力がついたんだ! なんかやって見せろ!」
「新しい能力者の誕生だな…」
「…別に…変わった様子はないけれど…」
 カリファもカクも汗をかいている。体の変化のため…ではなく、純粋にクソまずいものを食ったかららしい。
「じきに変化の大きさに気付くさ…。…だがお前ら、よく平らげたものだな…」
「げほっ、どういう意味じゃ」
 むせ返りながらカクが顔を顰めて尋ねると、ルッチは肩を竦めた。
「悪魔の実は…最初の一口で能力が伝達される。一口齧ればその後は…ただのまずい果物に過ぎん。平らげる必要はねぇ」
「そういうことは…早く言ってちょうだい、ルッチ」
「最悪じゃ…絶対、能力を把握したら…お前で実験してやるからのう…!」
 涙目で睨むカクとカリファに、ルッチはちょっとたじたじだ。肩でハットリがばさばさと羽ばたく。

 「なぁなぁ、どんな能力になったんだ? カク、カリファ! 早く見せてみろ!」
 自分が手に入れた悪魔の実で、今、二人の能力者が誕生したのだ。スパンダムはわくわくして仕方ない。
「そうは言ってものう…」
「ええ…、チーフ、この悪魔の実…本物ですか?」
「本物に決まってるだろー!」
「セクハラです」
「えぇっ?!」
 いつものようにそうこうしていると、ふいにカクが顔を顰めた。どうやら何か変化があったようだ。
「…なんじゃ、首が…むずむずするわい…」
「伸びるのか?! おい、カク!」
 道力をカクに抜かれたものの、実戦では悪魔の実の力が加わる分だけ強いと自負していたジャブラは、同じ能力者になってしまったカクのことが気になって仕方ないらしい。

 みんなが見守る中、カクの体に急激な変化が!

 巨大化する体! 長い手足! しゅるしゅると伸びる首!

 「ぎゃーははははっ! カク、サイコーだな、そりゃあっ!」
「な、なんじゃこれはぁっ!」
 SUPAYAの高い天井に頭が届いて、カクは絶叫した。その姿は…キリンそのものだ。
「…どうやら、ウシウシの実、モデル麒麟だったようだな、カク」
「シャウ! カクさんすごいっしょー!!」
「よよい、麒麟とは〜大した〜奴だぁあ〜!」
「チャパパー! かっこいいのだー」
「わはは、大当たりだな、カク! キリンに象なんてなかなか見れねぇぞ!」
 すっかり動物園状態のSUPAYA。カクは動物系だったのが少し残念だったようだ。
「なんじゃ…自然系がよかったのう…」
「贅沢言いやがって! ぎゃはは、長ぇ首だな!」
「うるさいわい、わしはキリン気に入っておる!」
「カク、ずっと動物型というわけにもいかないわ…。人獣型にはなれないのかしら」
 カリファに言われて、カクは人獣型になろうとしたがイマイチ感覚が掴めない。見かねたようにルッチがカクの首に飛び乗った。
「カク、変形点を見つけるにはゆっくり人型に戻ってみればいい。必ずしっくりくるポイントがある筈だ」
 動物系の先輩でもあるルッチのアドバイスに従い、人の姿にゆっくりと戻っていくカク。その途中で…。

 のーん!!

 しっくりくるポイントは確かにあった。あったのだが…なんか…全体的に…。

 『四角いっ!』

 全員の声が揃った。あまりのタイミングにカクは驚いて目を丸くする。しばしの沈黙…そしてそれを打ち破ったのは…。
「ぎゃーははは、ぎゃははっ! ひー死ぬー!!」
 笑い転げるジャブラ。
「わははっ! なんだぁカク?! し、四角いっ! わはは、うげっ、ごほごほっ!」
 笑いすぎて咽るスパンダム。
「シャウ! 笑っちゃ悪いっしょ…いくら…四角いからって…っ! …カッコ悪いっしょ…シャウ!」
 笑いを堪えながら、しかし耐え切れず吹き出してカッコ悪いなどと恐ろしいことを口にするネロ。
「チャパパー、カクはキリンになってしまったー。その上、四角いのだー!」
 チャックを全開にして騒ぐフクロウ。
「あ、やめねぇかぁ〜。カクの気持ちも考えてや〜れぇ〜、よよい!」
 窘めるが全く効果のないクマドリ。
「…」
 あまりのことに言葉を失い、呆然と見つめるカリファ。恐らく、自分の食べた実について恐怖を感じているのだろう…。
「…、……よく、似合うぞ」
 散々考えた挙句、そんな言葉で慰めるルッチ。
「ルッチやジャブラの人獣型より大きいな…」
 ただ大きさについてだけコメントするブルーノ。

 「…わしは気に入っとる! キリン大好きじゃっ!」
 怒ったようにカクが怒鳴ると、一同はしんと静まり返った。そしてカクは人型に戻った。
「…キリン大好きじゃ…」
 低い声でそう呟くカク。なんだか笑ったりして、悪いことしたなぁという気になるが、スパンダムだけは上機嫌だった。
「やっぱ象にはキリンだよな! わはは、でかしたぞ、カク!」
 何がでかしたんだか、わかりゃしない。でもちょっと気が楽になったカクだった。

 「で、カリファは何になるんだ?」
 キラキラ輝く瞳でスパンダムがカリファを見る。
「セクハラです」
「見ただけで?!」
 見ただけというか、その期待溢れる瞳は確かにセクハラ…かも知れない。カクのキリンを見て少々臆したカリファだったが、食べてしまったものは仕方ないと腹を括ったようだ。
「…特にどうという…変化はないのだけれど…」
 そう言ってカリファは自分の腕をさらっと撫でた。すると…シャボン!
「!?」
 カリファは驚いてもう一度、腕を擦った。シャボン!ふわふわといい香りを漂わせて…体が泡立っている。
「…これは…」
「シャウ! カリファさん、石鹸の匂いがするっしょ!」
「チャパパー、カリファはアワアワの実を食べてしまったー」
「よよいっ、超人系のぉ能力者だぁ〜!」
「ふふ…そのようね…」
 カリファは泡立つ能力が気に入ったようで、くすっと笑みを溢した。それを見ていたスパンダムは残念そうだ。
「なんだぁ、動物じゃねぇのかぁ…。なんか弱そうだな、カリファ!」
 心無い発言にカリファはスパンダムに向き直ると…セクハラですと言う代わりに、その体から出て床に落ちた泡を差し向けた。どうやら体から出た泡を自在に操れるようだ。
「ぎゃー!!」
 泡に巻かれたスパンダムはそのままへにゃへにゃ…と倒れこむ。
「…面白い能力ね…」
 カリファは笑うと、今度は雑談中の動物系三人組に向けて大量の泡の波を向かわせた。
「!」
 ぎゃーぎゃー喚いていた獣達だが、カリファの泡に恐れをなしたのか、瞬時に剃で逃げてしまう。カリファは肩を竦めた。
「ひどいわ…能力を把握したいだけよ、手伝ってくれないのかしら」
「そんな得体の知れねぇ能力の餌食になってたまるかぁ!」
「アワアワいい匂いになるだけならいいんじゃがのう」
「バカヤロウ、俺達を実験台にするな、カリファ」
「…そう、それじゃあ…」
 カリファはくるりと向きを変えて…その先には力の抜けたスパンダムと、様子を窺っているネロ。
「…チーフ、…それからネロ」
「シャウ?」
「んあ〜?」
「どうなるか見せてくれるかしら」
「へ?」

 「ぎゃー!」
「ひえええー!」

 「洗えば元に戻ると思うわ…」
「水だ、いや、二人を外に! ファンクフリード用の水道で洗い流せ!」
「泡を踏むな! 力が抜けるようじゃ!」
 阿鼻叫喚のSUPAYA店内。無理もない…。カリファの能力の実験台となったスパンダムとネロは全身つやつやの光沢の、つんつるてんにされてしまったのだ。立つ事もままならないし、力もまるで入らない。実に恐ろしい能力だ。しかし、そんな目に遭ってもどこかスパンダムもネロも嬉しそう…。カリファになでなでされたのが…嬉しかったらしい。
「すげぇ能力だな…。カリファは怒らせたらやべぇな」
「動物系は三人もいるんだ。戦力的に見てもカリファの能力は使える。チーフもたまにはやるものだ」
「別に期待もしておらんがのう…」
「ブルーノ、お揃いね」
「ああ…超人系は俺とお前の二人だけだな…カリファ」
 超人系の仲間がいなかったブルーノはどこか嬉しそうだ。
「あぁ〜死ぬかと思ったぁ…」
 ずぶ濡れになってスパンダムが店内に戻ってくる。素早くブルーノがタオルを頭からかけてやった。
「ありがとうございました、チーフ…。ネロもよ、ありがとう」
「シャウ! カリファさんのお役に立てて嬉しいっしょ…!」
「わはは、カリファ、アワアワだったらお前、羊になれるな!」
 どうしても動物にしたいらしいスパンダム。だが泡の羊はなかなか可愛い。
「これで能力者も6人だな!」
 スパンダムが意気揚揚と言った。6人? 全員が首を傾げる。レオパルドのルッチ、ウルフのジャブラ、ジラフのカク、ドアドアのブルーノ、アワアワのカリファ…。能力者は5人のはず。…もしや、スパンダム自身も?!思わず息を飲むSUPAYAの、いやCP9の面々。

 「来い、ファンクフリード!」
「パォーン!」

 「?!」
 唖然とした。もう、唖然とするしかなかった…。いつもあの巨体を揺らして店内を徘徊し、主人であるスパンダムをもすもすしていた…象のファンクフリードが。…剣になったのである。これはグランドラインの技術で、物に悪魔の実を食べさせるというもの。つまり、スパンダムが言った6人目の能力者は…、象剣、ファンクフリードのことだったのだ。

 慰安旅行の時、象は大きくて連れていけないと言ったスパンダム。象を連れて現れて、店内に象を入れたいと言ったスパンダム。ブルーノのドアドアを駆使して、ブルーノを壊しかけたスパンダムとファンクフリード。わざわざファンクフリードの出入りを考えて、SUPAYAの出入り口を大きなものに変えた。更にブルーノはそのドアドアの能力を強化して、如何なる時にスパンダムがファンクフリードが通れないと言い出してもいいように(そのためだけじゃない、当然)空気開扉を編み出した。

 全員、今、気持ちは同じだ。

 『さっさと剣に戻せよ!!』

 「はぁ?!」
 全員に怒鳴られて、鼻水を垂らすスパンダム。戦力の強化はされたものの、組織の団結は微妙な感じのSUPAYAだった…。

 バロックオフの開店日は刻一刻と迫っている…。

つづく


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