近畿点字研究会設立40周年記念講演会に参加、2.5次元の絵画に触る

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 1月24日、玉水記念館(大阪市西区)で開催された「近畿点字研究会設立40周年記念講演会」に行きました。以前は私も近畿点字研究会(以下、近点研)にしばしば参加していましたが、ここ数年はまったく行っていませんでした。今回は設立40周年でもあり、また大内先生の講演もあるということで久しぶりに行ってみることにしました。
 参加者は100人近くのようで、いつもの近点研の会よりはだいぶ多いようです。まず初めに、近点研の顧問の疋田泰男さんが「日本点字委員会誕生の背景と近畿点字研究会の発足」のタイトルで基調講演されました。疋田さんは、50年以上もの長きにわたって点字出版などの仕事をしてこられ、また発足当初から近点研の中心メンバーとして活動し、現在も日本ライトハウス点字情報技術センターの点字技術顧問をされておられる方です。点字表記について、戦後間もなくのころからどのような経緯でどのように移り変わり、現在の点字表記に到ったのかを、しっかりと資料に基づいて語っておられて、とても良いお話でした。とくに私は、1950年代末から点字を読み始めているので、小さいころ覚えた点字表記(例えば、「言う」が「ユー」、「お母さん」が「オカーサン」、「大きい」が「オーキイ」、「…のようだ」はマス空けする、小数点が46の点など)がいろいろと出てきて、「そうだ、そうだった」と何度も思い返しながら聴いていました。なお、日本点字委員会の前会長の朝博先生のインタビューも映像とともに流されました。90歳を越えておられますが、とても元気なきれいなお声で、日本点字委員会発足当初の様子やその中での近点研の役割などについても率直にお話していて、とても興味深く聴きました(例えば、関東中心の日点委は理論的に原則を定め、それに対して近点研は実際の点訳での例からいろいろと細かいことを指摘し内容を深めていったとか)。
 
 次に、国立特別支援教育総合研究所客員研究員で、昨年4月から「手と目でみる教材ライブラリー」を開設しておられる大内進先生が「3次元を触ることと2次元を触ること―立体教材及び触図活用の意義と配慮」というタイトルで、初めに1時間ほど講演があり、その後30分ほど半立体の触る絵画の触察体験がありました。講演は、各種の触覚教材の特徴や制約、各種の触図作製法の特徴、さらに現在普及している点字プリンターによる点図の問題点など、多岐にわたるものでした。以下に、講演の中でとくに重要と思われることをいくつか紹介します。
●2.5次元教材の役割
 まず、触覚教材について、その立体度から、3次元教材(立体)、2.5次元教材(半立体)、2次元教材(平面)に分類し、その特徴についてお話しされました。
 実物や立体模型などの3次元教材:リアリティがあり、直感的・具体的にイメージしやすい。ボリュームがあり、量感を感じ取れる。自由にあらゆる方向から触察できる。
 点図や立体コピーなどの2次元教材:点・線・面による表現で、高さの手掛りが活用できない。輪郭線が中心になるが、それから内容を十分に読み取るためには、触察力、認知力や構成力、過去の経験や知識の蓄積が必要。表現される方向が限定されていて、それから立体をイメージするのも難しい。
 2.5次元(半立体)教材:高さの手掛りも使って、立体的な形状を把握しまた細部の触覚的認知も可能だという点で、3次元教材の特質をもっている。他方、触察する方向が制約されており、輪郭線を抽出してたどることができるという点で、2次元教材の特質をもっている。
 
 そして、形ある物の理解は、とにかくまず、実物や模型(3次元教材)を触ることから始めるのが大原則で、その上で触図はあつかわれなければならないということです。このことに関連して、「手で見る博物館」の開設者で、立体物の触察の重要性をずうっと主張し続けている桜井政太郎先生の次のような「語録」が紹介されました。
@百聞は一触にしかず。
A触察力より触察欲を高める。
B立体物は立体が一番分かりやすい。
C大きい物は小さく、小さい物は大きくして触察する。
D繰り返し触ることが、認知力、操作力を高める。
E触察では、見える人に負けないよう視覚障害者を育てる。
 
 現在は、見えない子どもたちの教育では、3次元教材の後に一気に2次元教材(点図などの触図)が示されています。しかし、3次元の立体と2次元の点図をしっかり結び付けるのは、多くの子どもたちにとっては容易ではありません。そこで、2.5次元教材を、次のように3次元教材と2次元教材のいわば橋渡しのような役割をするものと考えておられます。
  3次元教材を触って具体的イメージを明確に持つ → 2.5次元教材(半立体)を触って一定の方向から見た形をイメージするとともに輪郭線を抽出する → 2次元教材(点図)を触って平面的な面・線・点の情報から3次元(立体物)をイメージする
 このような方法は、触覚によって、3次元と2次元を感覚的に結び付けるようにしようとするものです。私は、こういう感覚的な方法とともに、小学校の高学年から中学初めころには、ぜひ論理的に3次元をどのようにして2次元で表現するかの教育もしっかりすることが良いと思っています。そうすることで、2次元の触図を触って、触ることのできないような実物などをある程度はイメージできるようになりますし、また、実物を触って、それがどんな風に2次元で表現できるのかもある程度はイメージできるようになるはずです。
 
 大内先生のお話は、さらに、触る博物館の紹介、最近注目されている3Dプリンターを視覚障害用に使う場合の課題点(サイズ、精度、素材、さらにはデータの加工など)、触図利用の要点(どんな場合に触図が必要か、言語的な補助情報とともに用いる、基礎的・系統的な触察能力の育成、とくに両手を用いた触察能力など)、各種の触図の特徴、市販の点字プリンターによる点図の問題点(3種の点が触ってはっきり区別しにくい、斜めの線が段がついてじぐざぐになる、円が正円でない、同じ点間隔を指定しても実際には点間が異なっている、さらにプリンターによって打出された点図の状態が異なるなど)等、いろいろ重要な指摘がありました。先生の1時間のお話の後、お待ちかねの半立体の触る絵画の鑑賞が始まりました。絵画は以下の3点で、それぞれ解説者がついて言葉でも説明してもらいながらの鑑賞です。
●モナ・リザ(レオナルド・ダ・ヴィンチ)
 画面中央に女性の上半身が描かれています。額の上には、薄いメールの端のラインがあり、透けて見えているのでしょう、そのヴェールの下の髪もはっきり分かります。目はまっすぐこちらを見つめているようです。口は、両端が外に開いてぺこっと窪んでいます。頬はややふっくらした感じです。微笑みの表情らしいですが、触っては私にはあまりよく分かりませんでした。胸の前はだいぶ開いていて、衣の斜めの細かい襞がよく分かります。一番下は角ばった台のような感じ(椅子の肘掛らしいです)になっていて、その上に左腕を乗せ、左手首の辺に右手を重ねています。(緻密なケミカルウッドを削り出して製作したというやや小さめの作品もあって、これでは右手の甲が触ってとてもきれいでしたし、1本1本の指もとてもクリアに感じられました)。
 画面の向って左は、荒れたような地になっていて、たどるのは難しかったですが道が曲りくねっています。画面の向って右の上辺りに湖(平らな面になっていた)らしき所があり、そこから川が流れ、橋があるようです(数個橋桁らしき物が触ってはっきり分かった)。これらの中景のさらに向こう(画面の上部)には、険しい山並みがひろがっています。
 それにしても、あいかわらず私には「モナ・リザ」は難しい作品で、作品の良さはよくは理解できていません。
 
●神奈川沖波裏(葛飾北斎)
 私は、冨嶽三十六景中の「神奈川沖波裏」は、立体コピー図版(1作品を4枚のセットで表わしている)で何度も触っているので、全体の形や配置はよく頭に入っています。大波などはやはりこの2.5次元バージョンのほうがとてもリアルに感じました。ただ、3艘の船や富士山の配置については、立体コピー図版のほうでも十分に頭の中で構成し、想像することができます。
 なお、立版古(たてばんこ)のバージョンも用意されていて、これだと近景から遠景まで(一番手前の波、手前の船、波と画面左側の船、大波、奥側の船、一番向こうの富士山)の順がよく分かります。また、絵に描かれている船(押送船(おしおくりぶね))の模型も用意されていました。押送船は、江戸時代に使われた帆走・漕走併用の小型の高速船で、江戸周辺で漁獲された鮮魚類を江戸へ輸送するために用いられたそうです(その高速性を生かして、警備などの任務にも使われたようです)。押送船の模型は、長さ50cmくらい、幅10cmくらい、高さ5cmくらいの、かなり細長くて平たい形で、快速に適した形だなあと納得しました。船の前のほうには、4つの四角い区画があり、ここに生魚を入れたらしいです。船の中ほどから後ろにかけてある8個の艪の位置や船尾の舵の位置も確認できました(調べてみると、実際の押送船の艪は7丁がふつうだったようです)。
 
●姿見七人化粧
  喜多川歌麿作のこの作品は、とても面白く感じました。鏡によって、頭の後ろ側と前側が同時に表現されていて、それを両手で同時に触ることができます。
 まず触ったのは、頭の後ろの辺りからです。髪の部分が大きく分かれていることが分かります。一番上の大きなかたまりが髷(まげ)、側面が鬢(びん)、前側が前髪、そして後ろの下のほう、首の後ろ辺が髱(たぼ)です。髷の上には櫛があり、また髷の中には棒のようなもの(簪(かんざし)?)が入っています。
 この後ろ髪の様子の像の左につるつるの板(鏡)があって、その鏡を取り外すと、先ほどの後ろ髪の様子と対面するように、鏡に映った胸から上の像が現われます。口は小さくてちょっととがらし、上唇の真ん中がしっかり窪んでいます。その窪みからまっすぐ鼻筋のラインがすうっと上に長く伸びていて、きれいです。鼻筋の横には目があり、その目からかなり離れて眉がやや外開きの感じであります。後ろ髪のほうにもあった、髷、鬢、前髪、髱も確かめられますし、さらに櫛や簪も確認できます。また、後ろ髪のほうにあった耳とこちら側の耳も対応させて触ることができました。顔の下のほうでは、着物を着ている様子が表わされていて、とくに多数の横線が触って目立ちます。これは、着物の縞になった模様を表わしているようです。胸の下のほうには、縞模様とはまったく異なる文様があって、これは桐の家紋だとのこと、この家紋から描かれている女性が江戸随一の美人ともてはやされた浅草の水茶屋の看板娘・難波屋おきたであろうことが分かるそうです。さらに、像の向って右端のほうを触ってみると、肘を曲げて左手(鏡に映っているので実際は右手)の親指と人差指で耳の後ろ辺の髪?をつまんでいるらしいことも分かりました。
 この2.5次元の触る絵で、江戸時代の若い女性の姿を、髪型もふくめて少し垣間見たような気がします(ふつうは、女性の顔立ちや髪型、着物姿などには触れる機会はありません)。また、頭の後ろ側と前側を同時に表現するという独特の手法にも感心しました。
 
 このように、半立体=2.5次元の触る絵画は、それぞれの絵の内容・構成を理解するのにとても良いツールだと思います。ただ、私はこのような厚さ数cmもある触る絵を触っていると、なにか彫刻を触っているようで、絵を触っている気にはなかなかなれません。彫刻の中にも、絵のように風景や人物を表している作品もあります。絵はやはりできるだけ平面に近い状態で触ってみたいです。このような厚めの触る絵とともに、せいぜい数mmの厚さの触る絵もあればと思います。そのほうが、絵を鑑賞しているという気持ちになれそうです(先生もおっしゃっていましたが、触覚は高さにはとても敏感で、クリアに表現されていれば、0.1mmくらいまでの高さの違いは十分に識別できます。サーモフォームなど、真空成型法による触る絵も良いかもしれません)。
 
*当日は、半立体の触る絵のほかに、大阪城、名古屋城、姫路城、熊本城の模型も展示されていて、それも触りました。実物の1/300の縮尺だそうです。高さはどれも15cmから20cmくらいでしたので、実際の高さはいずれも50m前後ということになります(お城は思っていたほど高くないように感じました)。4つの城はもちろんそれぞれ違った形でしたが、その中で私は名古屋城が一番気に入りました。たぶん全体のバランスがきれいで、形が幾何学的にもとらえやすく、各屋根の曲線もきれいだったからのようです。ということで、明日(2月2日)名古屋に行く予定があるので、名古屋城にも行ってみることにしました。
 
(2015年2月1日)