8月7日、長年一度は行ってみたいと思っていた箱根彫刻の森美術館に行きました。
新幹線で小田原まで行き、そこから箱根登山鉄道で箱根湯本へ、そこで箱根登山鉄道・強羅行に乗り換え彫刻の森で下車、そこからは中学生の数人のグループに出会い美術館の入口まで案内してもらいました。
今回の箱根登山鉄道で初めてスイッチバックを体験しました。箱根登山鉄道では沿線の様子や鉄道の仕組などについて解説放送が流されていて、スイッチバックなどについてもよく分かりました。山の急斜面を上るためにいくつもの方法が使われているようです。まず気が付くのは、トンネルが多いことです。しょっちゅうトンネルに入ったり出たりします(トンネルに入ると、音が変りますし、また温度も下がる)。箱根登山鉄道でいちばん急な勾配は、80パーミル(1000m水平に進んだとして80m上る)だそうです。これ以上の勾配になると、ふつうの方式(粘着運転:レールと車輪との間の静摩擦によって推進する方式)では車輪が空転して上るのは無理で、スイッチバックや急カーブも使われています。スイッチバックは、それまでの進行方向とは逆の方向に進んで斜面をジグザグに登っていく方法です。塔ノ沢駅(標高165m)と宮ノ下駅(標高448m)の間で、スイッチバックが3回行われました。その度に、運転手が線路の脇に設けられたホームを使って電車の最後尾まで移動し、逆方向に進みます。(塔ノ沢と宮ノ下の距離は5kmほどですので、平均の勾配は60パーミルくらいになります。ただし、スイッチバックの所ではほぼ水平になっていますので、実際の勾配はもっときついはずです。)また、箱根登山鉄道では、もっとも急なカーブは半径30mのカーブだそうです。ということは、約100m進むと進行方向が真反対になるということですから、すごいカーブです。このような急カーブに対応するために、電車の1両の長さは短くされ(15m弱だそうです)、レールの磨耗を防ぐため車両の前後に散水タンクを取り付けて水をまきながら走っています。さらに、急な下りにも対応するために、電気ブレーキ、空気ブレーキ、手動ブレーキのほかに、空気の圧力で特殊な石をレールにおしつけて電車をとめるレール圧着ブレーキも取り付けられているそうです。
さて、彫刻の森美術館では、Nさんの案内と解説で、主に野外にある彫刻を数点鑑賞しました。この美術館では野外に数百点もの彫刻作品が展示されており、かなりたくさんの彫刻作品に触れられるかなと楽しみにしていたので、触れられる作品が少ないのはちょっと残念でした。でも、どれも良い作品だったので、それなりには満足できました。以下に、私が触って鑑賞した作品を紹介します。(作品の触察は、手袋を着けてしました。野外の彫刻作品の表面には硫黄分を含んだ空気などから保護するためにワックスのようなのが塗られているのですが、当日は気温が高くて、手袋を通しても表面のワックスがべたついているのが分かりました。また、ムーアの「ファミリー・グループ」以外は、できるだけ高い所まで触るために、30cm弱ほどの椅子を用意してもらって、しばしばそれに乗って触りました。)
●アリスティド・マイヨール 「とらわれのアクション」(1906年)
台の上に乗った2mくらいはあると思われる女性像です。女性像ですが、フランスの革命家・社会主義者ルイ・オーギュスト・ブランキのための記念像だそうです。(Louis Auguste Blanqui: 1805〜1881。少数精鋭の秘密結社による武装蜂起で革命を目指す。1830年の7月革命、48年の2月革命、70〜71年の祖国防衛戦争とパリコミューンなどに関与。合わせて40年余獄中などとらわれの状態にあった。1860年代以降、彼を祖とするブランキ派が形成される。)
右足を前に出して体重をかけ、左足は斜め後ろに引いています。腰の後ろあたりで、両手首を太い綱のようなもので縛られていて、右手で左腕を掴み、左手はかるく握っています。脚は太くて丸くモリモリした感じです(太股のあたりは径が30cmくらいもあります)。鼠径部はくっきりと窪み、その上の腹部は大きく盛り上がり、胸のふくらみへと続いています(その上は届かなくて触れませんでした)。縛られてはいますが、堂々として豊満な女性のようです。女性の身体で、男性の挫けない強い意志を表現しているように思います。(女性像が乗っている台も、滑かに細かく波打つような感じになっていて、触って心地よかったです。)
なお、私はマイヨールと言えば彫刻家とばかり思っていましたが、彼は最初は画家を志しゴーギャンにも影響されたりしたそうです。タペストリーにも興味を持ちますが、その細かい作業で目を悪くして、40歳ころから彫刻に専念するようになったとのことです。
●エミール=アントワーヌ・ブールデル 「弓を引くヘラクレス」(1909年)
高さ2m以上、幅も2mくらいありそうな大きな作品です。ギリシャ神話の英雄ヘラクレスが、怪鳥ステュムパリデスを射止めようとする瞬間を表している作品だとのことです。
上のほうは触れられませんでしたが、とにかく筋肉モリモリといった感じです。右膝を深く曲げて膝頭を台に付け、左脚は1mくらい真っ直ぐ横に伸ばしてほぼ垂直になっている台に足の指先を食込ませています。左手にはたぶん2m近くあると思われる弓を持ち、右肘を外側に張り出して深く曲げ右手で弓をぎゅっと引き絞っているようなポーズです。このような姿勢を持続させるのはとても無理だと思います。弓を引く連続した動きの中の極限の一瞬を造形したものなのでしょう。力が溢れ出すような作品に思えました。(なお、台の側面には、人が横に座った姿などのレリーフがいくつかありました。)
●エミール=アントワーヌ・ブールデル 「力」「勝利」「自由」「雄弁」(1918〜22年)
この4点はいずれも高さ1m弱の台の上に、高さ4m近くもある大きな人物像が乗っています。これら4体の像は、もともとは、アルゼンチン共和国の建国に貢献したアルヴェアル将軍(Carlos Maria de Alvear: 1789-1852)の記念碑の制作を依頼されて作った作品群の一部だそうです。ブエノスアイレスにある《アルヴェアル将軍の記念碑》の中央の高い台座の上には将軍の大きな騎馬像があり、その台座の下方の四隅にこれら4体の像が配置されているとのことです。
彫刻の森美術館では、これら4点は、向って左から右に順に「力」「勝利」「自由」「雄弁」と真っ直ぐ横に並んでいます。いずれも台も高いので、膝の上くらいまでしか触れませんでした。「力」は男性像で、ライオンの毛皮を持っているということです(触っても毛皮なのか何なのかは分かりませんでした)。「勝利」は女性像で、右手に刃の部分の長さが1mはある長い剣を持ち、左手には厚さ10cmくらいはある大きな盾を持っています。「自由」は女性像で、樫の木の枝を持ち、また回りは一部壁のようなもので囲まれています(樫の木かなにかは分かりませんが、木の枝らしいことは触っても分かりました。聖書には、アブラハムが「マムレの樫の木のところに来て住み、そこに主のために祭壇を築いた」とあり、樫の木は安息の地であったようです)。「雄弁」は男性像で、巻物を持ち、それがなにか三角柱のようなものの上に垂れていました(巻物は厚さ2cmくらいの板状のものが2枚1組になったものが2つ、ゆるやかに波打ちながら垂れ下がっていて、触ってもよく分かりました)。これら4点の人物像はアルヴェアル将軍の4つの徳を象徴しているようですが、私にはどことなく形式的に思えて、作品の良さがもうひとつ伝わってきませんでした。
●ヘンリー・ムーア 「ファミリー・グループ」(1948〜1949年)
この作品は、高さが1m余で、全体をすべて触ることができて良かったです。父、母、赤ちゃんの3人が、鋭い角などまったくなく、つるうっとした曲面で1つに切れ目なくつながっている作品です。
向って左に母、右に父が座り、その間に赤ちゃんが抱かれています。父は右手を母の左肩に置き、左ては赤ちゃんの脚部を支えています。母は右手を赤ちゃんの脇の下に入れ、左腕でお尻の下を支えています。赤ちゃんは顔を母の左胸辺りにくっつけています。こんな家族、本当にいいですね。私はまた、この作品の人物の顔の表現の仕方にも心引かれました。顔の上のほうの両側と中央のやや下の3箇所が平面に削られ、そこにそれぞれ目と口が小さく表され、3箇所の平面の間のやや突き出した部分が鼻になっています。単純そうですが、なかなかうまい表現法だと思いました。
今回の見学で触れられたのはこれだけで、ちょっと物足りなかったです。でも、最後に立ち寄ったミュージアムショップではかなりたくさんの立体に触れられて楽しかったです。実物では触ったことのないロダンの「考える人」(上半身を深く折り曲げ、左手で膝を抱え込むようにし、右手は、肘をぎゅっと曲げて右手の甲が顔の下になっている)や「バルザック」(ふわあっとなにか衣を纏っているようで、細かい所まではよく分からなかった)など有名な彫刻作品のミニチュアがありました。また、クリムトの「接吻」など、有名な絵画の場面を立体に表わしたものもありました。これらの立体についてもできれば詳しく説明してもらえればと思いました。
(2015年8月16日)