宇宙にふれる−−インクルーシブデザイン・ワークショップに参加して−−

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 昨年末の12月19、20日の両日、兵庫県立大学西播磨天文台で行われたインクルーシブデザイン・ワークショップに参加しました。
 午前10時過ぎJR大阪に集合、新快速で12時前に姫路に到着、そこから車で佐用町の大撫山(おおなでさん。標高は400m余)にある西播磨天文台に向かいました。参加者は、全盲の私のほか、弱視の方1人、聞こえない方1人、手話のできる方数人、学生や研究員など計十数人でした。
 午後2時過ぎにワークショップ開始。まず初めに、京都大学の塩瀬先生から、インクルーシブデザインとはどういうことなのか、またそのワークショップで何をするのかについてお話がありました。高齢者や障害者、外国人など、一般の人たちとは異なったニーズ、文化・価値をもつ人々を、製品やサービスや施設などの開発のプロセスに最初から巻き込んで、より多様な人たちに使ってもらえるようなデザインを提案しようというのが趣旨のようです。(インクルーシブデザインで重要なのは、高齢者や障害者などそれぞれに応じた専用のデザインよりも、一般の人たちにも価値のあるデザインを考えることのようです。)そのためのリードユーザーとして、今回は見えない・見えにくい人、聞こえない人が参加しました。ワークショップでは、リードユーザーが中心になってこの天文台の施設やサービス、活動などを調べ回り、参加者みなで問題を見つけ、それにたいしてどんな工夫があるかアイディアを集め、解決策を考え、さらに実際にそのプロトタイプを作り、最後にその成果をプレゼンするという流れです。
 次に、天文台の研究員の高橋さんから、この天文台の紹介とどんなことをしているのかについて、ごく簡単に説明がありました。大学の天文台として研究や教育活動をしているとともに、一般の人たちにも開放して毎晩天体観望会を行っており、そのために宿泊施設も整っています。とくに、口径2mの「なゆた」という名の望遠鏡は、一般に公開されている望遠鏡としては世界最大だとか。(「那由多(なゆた)」はサンスクリットで「極めて大きな数」を意味し、10の60乗の数を表すそうです。)また、各研究員はそれぞれテーマを持ち、例えば高橋さんは地球照を調べることで系外惑星の状態を知る手がかりを見つけようとしているようです。(地球照は、三日月のころに、細い月とともに、地球に反射した太陽光が月の欠けて暗くなっている部分に当って薄明るく見える現象。地球の反射率は海・陸・砂漠・氷などの地形や雲の有無などによって大きく異なるので、月面に映る地球照もそれに応じて変化するでしょう。高橋さんは、地球照を分光観測して、地球の地域の違いや大気組成などが偏光度の違いにどのように反映するかを調べ、それを系外惑星の、例えば海が優勢だとかいった特徴をとらえる手がかりにしたいようです。)
 
 この後早速、見えない・見えにくいリードユーザーの入ったグループと、聞こえない人のリードユーザーが入ったグループに別れ、施設を回ってみました。
 私たちのグループはまず最初に北館に行き、4階部分にある60cm望遠鏡を見学しました。頭より少し低い高さにちょうど風呂桶くらいの大きさの筒状のものがあります(この中に口径60cmの主鏡=凹面鏡が入っているようです)。ドームがゆっくり開いて望遠鏡も動いて行きます(どこがどんな風に動いているかはよく分かりませんでした)。そして順に望遠鏡を覗き込むのですが、望遠鏡の下に入り込ような姿勢にならなければならず窮屈そうでした。この望遠鏡については、後で塩瀬先生が紙コップなどを使って簡易な模型を作ったので、少し分かりました。主鏡の凹面鏡で集めた光を、真上にある鏡(たぶん凸の双曲面鏡?)で真下に向け、主鏡の中央に空いた穴を通過した光を下から見ているようです(カセグレン式の反射望遠鏡。数年前に善兵衛ランドに行った時に説明してもらった望遠鏡と同じ種類のようです)。
 次は、南館に行って、3階部分にあるこの天文台のメダマの「なゆた望遠鏡」の見学です。なゆた望遠鏡の室に入ると、キューンキューンというような音、連続的な低い機械音と床のかすかな振動、そして冷気と、なんだか異世界に入り込んだような感じです。直径3cmくらいの管が何本も走っていて、それに触るとまるで生き物のように規則的に震えていて、それとともにキューンキューンという音がしているようです。これはヘリウムガスを送っている管だとのこと、望遠鏡の中に取り付けている近赤外線カメラを -200℃に冷やし続けなければならず、そのための冷凍機に必要だとのことです。早速ドームを開き、望遠鏡を動かします。ドームや望遠鏡の動き方はほとんど分かりませんが、その動く音から判断して、ドームは大きく2箇所を動かして開き、望遠鏡も異なる2方向で動かしているようでした。
 その他に、いくつか触れられる物もありました。その中でも月球儀はとてもよかったです。直径1mくらいもあります。直径3〜4cmくらいの円いクレーターがたくさんあり、長径が10cm前後の細長い楕円形のクレーターもかなりありました(クレーターの縁はぎざぎざの外輪山のようになっている)。また、たぶん海の部分なのでしょう、かなり広いつるつるした部分があり、その回りには山脈のような連なりもありました。20cmほどの大きさの鉄隕石もありました。そんなに大きくは感じませんが、両手で持ち上げられないくらい重かったです。ほかにも、発泡スチロール製で、太陽や地球などの大きさを比べられるように作った球、なゆた望遠鏡の主鏡の口径と同じ直径2mの円盤などもありました(この円盤については、平面ではなく中を少しくぼませて凹面鏡のような形にし、さらに薄いフィルムなどを張ってつるつるの手触りにするとそれらしくなると思います)。
 その後、ワークショップの部屋に戻って、皆で問題点を出し合います。私にはドームや望遠鏡の動きの様子も分かりませんでしたが、それよりも、星の光がどのようにして望遠鏡を通って目に見えているのかその過程がぜんぜん分からない(望遠鏡がブラックボックスになっているみたい)ということです。それで、星から望遠鏡を通って目までの光の経路を作ってみることになりました。紙製の筒を縦半分に切って、それをいくつもつなげて望遠鏡内の光の通路とし、間に厚紙を切った鏡を入れます。そして、星から目までの光路を紐でたどれるようにしました(望遠鏡内の光路は、先ほどの筒を縦割りにした中に紐を入れて触ってたどれるようにした)。星からの光が上からやってきて大きな主鏡(凹面鏡)に届き、反射されて上に向かいます。その光が主鏡の真上にある小さな副鏡で反射されて下に向かいます。下に向かう光路の途中に、斜め45度で左上向きに置かれた平面鏡があり、それで90度左に光路が曲げられます。さらにその左向きの光路の途中に斜め45度で右下向きに平面鏡が置かれて光路が下向きに90度曲げられます。さらにその下向きの光路の途中に斜め45度に左上向きに平面鏡が置かれて光路が90度左に曲げられ、その先に目があります。3つの平面鏡で光路を3回直角に曲げて、ちょうど良い高さで横から目で見られるようにしているわけです。(このように、平面鏡を斜めに入れて光路を直角に曲げて横から見る方式はナスミス式と呼ばれるようです。)
 
 夕食を取ったあと、午後8時前から観望会が始まりました(私は観望会は初めてだったので、ちょっとワクワクでした)。最初に、天文台のスタッフに解説してもらいながら、なゆた望遠鏡で、火星、M15(球状星団)、海王星、アルマク(二重星)、M42(オリオン大星雲)を順に覗き込んで見ました(私は、回りの人たちや高橋さんに、どんな風に見えているのか説明してもらいました)。
 火星は、直径5mmもないくらいの大きさで見えて、ちょっと赤っぽくて、よく見ると模様らしきものも見えるとか。(赤っぽく見えるのは、火星表面の土や岩に酸化鉄が多いためのようです。)海王星になると、ほとんど点にしか見えなくて、ちょっと青っぽいそうです。(青っぽく見えるのは、海王星の大気に多いメタンが赤の光を吸収しているためのようです。)火星と海王星の大きさの見え方がこれだけ違うのは、地球からそれぞれの惑星までの距離の違いによるのでしょう。
 アルマクは、中心にオレンジがかった明るい星が見え、その上に小さな青っぽい星が見えていて、色の対比がきれいだそうです。アンドロメダ座の左足のあたりに位置していて、オレンジっぽい大きいほうの星は2等星、青っぽい小さいほうの星は5等星で、2つの星が十分に離れていれば肉眼で区別できるはずですが、望遠鏡で18世紀の終わりに二重星であることが分かったようです。(ちなみに、小さいほうの5等星は、分光観測などで調べると三重連星になっているとか。)地球からの距離は400光年くらいのようですが、これが共通重心を持つ実視連星なのか、見かけの二重星なのかはよく分かりません。
 M42は、中心に明るい星が見えていて、その回りがかなり広くぼんやり光っているようです。羽をひろげたようにも、あるいはちょうちょのようにも見えるとか。これは、オリオン座の三つ星の下にある縦に並んでいる小三つ星の中央部付近にある散光星雲です。地球からは1500光年ほどの距離にあり、大きさは数十光年くらいの範囲に広がっているようです(視直径が60分余で、月とほぼ同じです)。中心に「トラペジウム(不等辺四辺形の意)」と呼ばれる4つの生まれて間もない大型の明るい星があり、これらの星が出す強い紫外線によって回りの水素ガスが電離し、その電離した水素原子が電子と結び付いてもとの水素原子に戻る時に、 Hαという赤い特有の輝線スペクトル(波長656.3nm)を放射して輝いているそうです。このような電離した水素原子の多い所は HII領域と呼ばれ、この領域では若い大型の星からの強い紫外線や恒星風によってガスが押しのけられて、所々でガスの密度が高くなって重力により収縮し始め新たな星が次々と誕生しているようです(ハッブル宇宙望遠鏡で、トラペジウム周辺の分子雲の中で、太陽系のように円盤状の塵をもつ星が多数生まれていることが確認されている。)
 M15は、中心に大きな白っぽい光があり、その回りにとても細かい点が多数見えているようです。中心付近の大きな光は、多数の星が密集してそれがまとまって明るく見えているようです。そして、周辺になるほど星の密度が小さくなって、1つ1つの星が小さな点として見え、周辺ほど細かい点が疎らに見えているようです。これは、地球から3万光年余の所にある球状星団だそうです。視直径が7分ということですから、大きさは百光年以上はあるでしょう(資料によっては、距離が5万光年弱、視直径が12分くらいとなっているものもあるが、その場合も実直径はあまり変わらない)。球状星団は、直径10万光年の円盤状の私たちの銀河を大きく取り巻いている直径30万光年以上のハローと呼ばれる部分に疎らに分布していて、これまでに150個くらい見つかっているそうです。1つの球状星団には数万個から数十万個の星がふくまれており、それらは鉄よりも重い原素をほとんど含まない種族Iiに属する星たちで、銀河系の誕生と同時期(百億年以上前)に生まれたもので、その中の重い大型の星はすでに寿命を終え、今見えているのは太陽くらいの小さな星たちの晩年の姿(赤色巨星も多いようです)だということです。
 その後、テラスに出て星空観望です。私は腕を伸ばして方向をガイドしてもらいながら指差して星の位置を教えてもらいました。北の空では、天頂からけっこうずれた所(35度ずれる)に北極星があり、近くにはカシオペヤ座が見えているようです。南の空では、冬の大三角をはじめ、たくさんの明るい星が見えているようです。左端(東)にこいぬ座のプロキオン、そのやや右上にオリオン座のベテルギウス、その下におおいぬ座のシリウスの3つで冬の大三角です。また、南の空の東から中央にかけて、大きな冬の六角形(ダイヤモンド)が見えています。左端のこいぬ座のプロキオンから時計回りに、ふたご座のポルックス(すぐ右上に兄のカストル)、ぎょしゃ座のカペラ(カペラを頂点にぎょしゃ座の5角形が見える)、おうし座のアルデバラン(右端)、オリオン座のリゲル、おおいぬ座のシリウスです(この大きな6角形の真ん中辺にオリオン座のベテルギウスがある)。これら計7個の星は、みな1等星の明るい星です。さらに、アルデバランの右上には、肉眼ではぼんやりとすばるが見えているようです(双眼鏡で見ると、6、7個くらいの星がまとまって見えているそうです)。
 今回はあまり時間がなくてできませんでしたが、今度観望会に参加した時は、床に寝っ転がって指差しで全天をガイドしてもらいたいと思っています。
 
 翌日は午前9時過ぎからワークショップ開始です。各グループごとに昨日の見学で調べた課題を整理して、解決策を具体的に提案し、その成果を11時過ぎからプレゼンテーションしました。
 いちばんの問題は、望遠鏡で直接星を見られない人がいるし、たとえ見えていても、ただ白っぽく明るい点のようなものが見えているだけ(赤っぽいとか青っぽいとか言われるとそのようにも見えるかなというくらい)で、星空のどこを見ているのか、何を見ているのかよく分からないということです。また、なゆた望遠鏡は公開望遠鏡としては世界最大で「すごい」ということですが、そのすごさが伝わってこない、ということです。
 星を直接見られない人のためには、星空を表す触図のようなものがあれば良いです(星空の写真に少し手を加えて立体コピーすれば、少しは触って分かります。また、大きな模造紙などを星空に見立てて、いろいろな星の位置にシールを貼るなどしても良いでしょう)。また、見える人たちが望遠鏡で見ているのは、ごくごく細い筒のようなものでとても広い星空の1点だけを見ている状態で、ただその1点を見ているだけではそれがどんな意味があることなのか、自分が何をしているのかがよく分からないということです。その解決策として、筒を通して星々を配置した天球のようなものを見てみる体験を事前に行なおうということになりました。そのために、ワークショップの部屋の広い壁を天球に見立てて、そこに昨日望遠鏡で見た火星、海王星、オリオン座やM42、アンドロメダ座のアルマク、M15などを貼り付けます。そしてそれを、口径2mのなゆた望遠鏡と口径60cmの望遠鏡に見立てた紙製の大きな筒と小さな筒を通して見てもらいました。
 また、なゆた望遠鏡のすごさ(星からのごく弱い光をたくさん集める能力)を体感してもらうために、直径60cmと直径2mの輪を紙で作り、その中に何人くらい人が入るのか試してもらいました(それぞれの人は星からの光を示します)。直径60cmの輪は、4人くらいでいっぱいになります。直径2mの輪だと、ワークショップ参加者十数人全員が入ってもまだまだ余裕がありました(たぶん30人近く入るのでは)。これは1つの方法ではありますが、まだまだなゆた望遠鏡のすごさは伝え切れていないように思います。
 さらに、望遠鏡のすごさを、科学・技術史的なエピソードを通して伝えるという方法もあるだろうということになりました。そのようなエピソードとして、ガリレオが木星の衛星を観測して地動説を確信、ハッブルによる別の銀河の確認、ブラックホールの存在の証拠の観測、系外惑星の発見の4つを提案し、プレゼンテーションでは最初のガリレオによる木星の衛星の観測についてごく簡単に話しました。以下に4つのエピソードについて紹介します。
 
@ガリレオによる木星の衛星の観測
 1608年にオランダの眼鏡屋ハンス・リッペルスハイ(Hans Lippershey: 1570-1619)が、対物レンズに凸レンズを、接眼レンズに凹レンズを使った望遠鏡(この組合せだと正立像になる)を発明します。1609年この話を聞き知ったガリレオは同様の望遠鏡を自作して、まず月を観測し、クレーターを見つけます。さらに1610年1月7日夜、木星を観てみると、木星のすぐ東に2個、西に1個小さな天体が見えます。次の日の夜も観測すると、驚いたことに木星の東側には何もなくて、西側に3個小さな天体が見えます。その後 2ヶ月ほど観測を続け、木星の回りには4個小天体があり、それらが木星を中心に回っていることを確認します(ガリレオはいちばん外側の衛星の公転周期を15日と求めている)。
 当時はまだ、すべての天体は地球を中心にして回っているという天動説が強い権威を持っていました。そのような背景のなか、木星の近傍の小天体が地球ではなく木星を中心に回っているという観測事実は天動説への直接的な反証であり、また、木星の周囲を衛星が回っているのと同様に、太陽の周囲を地球などが回っているという地動説もごく自然な考え方なのだということになり、ガリレオは地動説への確信を深めます。(太陽の回りを地球が公転していることを直接観測で確かめられるようになったのは、200余年後の1838年、ドイツのベッセルがはくちょう座61伴星(距離11光年)について0.29秒の年周視差の観測に成功したことによる。)
 参考:ガリレオが発見した4つの衛星は、木星の多数の衛星(2015年現在63個)の中でもとくに大きな衛星で、ガリレオ衛星と呼ばれます。各衛星の半径、軌道半径、公転周期は以下のようです。一番内側のイオは公転周期が2日もないので、1時間半の観望会の初めと終わりに観測すれば、10度くらい動いていることが確認できるでしょう。
イオ:3,643km、421,800km、1.77日
エウロパ:3,122km、671,100km、3.55日
ガニメデ:5,262km、1,070,400km、7.16日
カリスト:4,821km、1,882,700km、16.69日
 
Aハッブルによる別の銀河の確認
 望遠鏡はその後、1611年にケプラーが接眼レンズにも凸レンズを使った屈折望遠鏡を製作、さらに1670年ころにニュートンが凹面鏡を使った反射望遠鏡を考案します。18世紀後半にはイギリスのウィリアム・ハーシェルが次々に反射望遠鏡を自作、1789年には口径122cmのハーシェル式反射望遠鏡を製作します。そして全天をくまなく調べ上げ、まず1781年に天王星を見つけます。さらに全天の各星の光度と方向を手がかりに恒星の空間分布の様子を調べて、太陽系を中心に多くの恒星が円盤状に分布しているという銀河像を得ます。こうして、私たちの天の川銀河が宇宙だと考えられるようになります。
 20世紀に入ると大型の反射望遠鏡が次々と作られるようになり、1917年にはウィルソン山天文台に口径254cmの反射望遠鏡が設置されます。また、アンドロメダ大星雲など星雲状天体の中には円盤状や渦巻き状に見えるものもあることが分かってきて、それが天の川銀河の中にあるのか外にあるのかが問題になってきました。そんななか、エドウィン・ハッブルは、このウィルソン山天文台の大望遠鏡を使って、1923年にアンドロメダ大星雲の中に「セファイド変光星」を見つけ、その変光星の観測からアンドロメダ大星雲までの距離を90万光年と求めました(現在はアンドロメダ銀河までの距離は230万光年以上とされている)。この値は、天の川銀河の大きさをはるかに超えており、アンドロメダ大星雲は天の川銀河と同じような別の銀河だということになり、アンドロメダ大銀河と呼ばれるようになりました。こうして、アンドロメダ大銀河の発見は、私たちの天の川銀河が宇宙そのものなのではなく、無数とも言える銀河の中の1つにすぎないという、宇宙観の大きな転換をもたらすことになりました。
  参考:セファイド型変光星は脈動型変光星の1タイプで、変光周期が長いほど絶対等級が大きいという関係がある。変光周期を測定すればこの周期光度関係から絶対等級が分かり、さらにその絶対等級を見かけの等級(見かけの等級は距離の2乗に反比例する)と比較すれば距離が求められる。
 
Bブラックホールの存在の証拠の観測
 20世紀後半になると、可視光を使った普通の望遠鏡だけでなく、可視光以外の赤外線や電波あるいは紫外線や X線などを使った観測装置が次々に開発されます。また望遠鏡やX線観測装置などを人工衛星に搭載して打ち上げ、大気圏外から観測するようにもなります。
 1960年代にはくちょう座の方向にとても強い、不規則で激しく変化するX線を出している星があることが分かり、注目されます。1970年代になると、その強いX線源(「はくちょう座X-1」と呼ばれる)は、太陽系から約6000光年の所にある「HDE226868」というコード名のごくありふれた9等星と連星系を成していることが分かってきました。主星のHDE226868は太陽質量の30倍もある大型の青色巨星で、それと密着するように太陽質量の10倍くらいのはくちょうざX-1が伴星になり、互いに周囲を回り合っているようです。主星は回りに大量のガスを吹き出し、その一部は近接した伴星の強い重力源に捕獲されて、強烈なX線を出しながらそこにどんどん吸い込まれてしまっているようです。
 理論的には、一般相対論や星の進化の理論から、大質量の星は最後には自分の質量を支えきれなくなって重力崩壊し、どんな光も物質も出さないような特殊な領域になってしまうことが早くから予想され、1960年代末にはブラックホールと命名されていました。ブラックホールそれ自体を直接観測することはできませんが、このはくちょう座X-1がブラックホールの最有力候補となりました。(太陽質量の10倍のはくちょう座X-1がブラックホールになり得る半径(シュヴァルツシルト半径)は約30kmです。質量とシュヴァルツシルト半径は比例します。)
 
C系外惑星の発見
 太陽系以外で、恒星の回りを回る惑星を見つけようとする試みは20世紀半ばくらいから行われていましたが、なかなか成果は上がりませんでした(なにしろ太陽系内でも遠い所にある小天体を探すのは極めて難しい)。ようやく1995年に、ペガスス座51番星にドップラー法によって初めて系外惑星が発見されました。この惑星は、主星から0.05天文単位(約750万km)というごく近くをわずか4.2日で公転する木星クラスの質量の高温のガス惑星で、ホットジュピターと呼ばれています。この発見がきっかけとなって、ホットジュピターのような系外惑星が次々に発見されるようになります。
  *ドップラー法:視線方向の速度の周期的な変化をドップラー効果(光源が遠ざかる時は波長が長くなって赤色方向に偏移し、近付く時は波長が短くなって青色方向に偏移する)で検出し、恒星の近傍を惑星が公転することで生じる恒星の視線方向のふらつきを観測して惑星の存在を推定する方法です(「視線速度法」とも言われます)。これは分光連星を見つける方法と同じ原理です。
 さらに1999年、ドップラー法によりペガスス座の7.6等星のHD209458の周りに公転周期3.5日、軌道半径0.045天文単位の惑星が推定されましたが、その直後に公転周期と同じ周期で減光を繰り返していることが確認されました。これがトランジット法による初めての系外惑星の発見?となりました。(これら2つの方法で得られたデータを組合わせると、系外惑星について格段に詳しい情報が得られる)。2009年にはトランジットサーベイ専用のケプラー宇宙望遠鏡が打ち上げられ、2013年までにはくちょう座方向の約15万個の恒星を調べて4000個以上のトランジット惑星候補を報告しました。また昨年(2016年)夏には、ドップラー法により、太陽系からもっとも近い恒星(4光年余)の3重連星ケンタウルス座アルファ星の3番星プロキシマ・ケンタウリ(太陽質量の8分の1くらいの赤色矮星)のすぐ近く(0.05天文単位)を公転する地球質量の最小1.3倍の惑星が推定され、これはハビタブルゾーン(水が長期間液体で存在できる領域)にある岩石惑星かも知れないという報告がありました。
  *トランジット法:惑星が恒星の前を通過する(トランジット)すると、恒星からの光が一時的に遮られてわずかに暗くなります。この減光を観測して惑星の存在・特徴を推定する方法です。これは食連星を見つける方法と同じ原理です。この減光をとらえる方法は、普通の望遠鏡でも可能なようです。
 
 以上、長くなってしまいましたが、私なりにまとめてみました。今回のインクルーシブデザイン・ワークショップ、私がリードユーザーとしての役割をどれだけ果たせたかは疑問ですが、50年近く前、十代のころに熱中した宇宙の世界に浸り大いに楽しむことができました。皆さまありがとうございました。
 
(2017年1月4日)