変わりゆく気候 気象のしくみと温暖化

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 7月から9月まで、NHK第2放送のカルチャーラジオの「科学と人間」で、13回にわたって「変わりゆく気候 気象のしくみと温暖化」が放送されました。
 気象学については、私はこれまであまり興味はありませんでしたし、またしばしばラジオやテレビで天気情報を聞いても、天気図やグラフなどが多用されたり、また音声の説明では主にその結論について解説されるだけで、どうしてそうなるのかなどについて明確に理解できず不満足でした。(以前はラジオでは台風の中心位置を北緯と東経を使ってはっきりした数値で言ってくれていましたが、今はフィリピンの東とか日本の南とか、ごくおおざっぱな位置しか言ってくれません。また、気象通報は以前は1日に3回放送されていて、しばしば聞いていましたが、今は午後4時からの1回で、その時間だと私はほとんど聞くことはできません。気象通報で読み上げられる数値を聴きながら、台風の進路や等圧線の形などを頭の中で想像していました。)
 今回のカルチャーラジオの放送では、天気図やグラフなどは使わずに、すべて言葉でなんとか分かるように説明しようとしていて、気象の仕組みや気候変化のプロセスなどを私もかなりよく理解することができました。とくに、例えばコリオリの力など、気象現象に含まれている物理的な原理もよく分かって良かったです。
 温暖化については、私は科学的にどれだけの十分な根拠があるのか疑問でしたが、この放送である程度は納得することができました。もちろん、将来については、一時的な寒冷化の可能性もあると思うので、温暖化ばかりを強調するのはどうかなとも思います。ただ、気象が乱れているのは確かで、これまでになかったような現象がいろいろ起こっていることは事実だと思います。10月12日に発生したハリケーン・オフィーリアは、アゾレス諸島(北緯38度、西経27度付近)近海を通って北東に進み、アイルランド付近まで達したようです(熱帯低気圧が北緯55度くらいまで北上するのですからすごい!海水温がそれだけ北の海域でも高くなり、大気温との差が大きくなっているのでしょうか?)。アイルランドでの強風や大雨による直接的な被害ばかりでなく、乾燥した高温の空気が入ってきていることも一因となってポルトガルやスペインで山火事が広がっているとか。
 以下、各回の放送について、NHKの番組ホームページに記載されている放送内容と、私のメモを記します。私のメモは、講師の鬼頭昭雄さんが放送で話したことをできるだけ漏れなく記そうとしたもので、かなり長文になってしまいました。なお、[ ]内などに補足的な説明を加えた所があります。また、一部の回についてはメモは省略し、番組ホームページの内容解説だけになっています。

◆「変わりゆく気候 気象のしくみと温暖化」(第1回)
【四季のある国 日本】 気象業務支援センター研究推進室長…鬼頭昭雄
長い間に気候が変化してきていることを実感している方も多いと思います。番組では13回にわたり、この気候変動をどう考えるか、わかりやすく解説します。日本人は四季のことを当たり前と思っている人がほとんどだと思いますが、地球の地軸の傾きで陸と海の暖まる時間に差があって、雨季や乾季にもさまざまな影響が生まれ、世界の気候は一様ではありません。まずは大陸と太平洋に挟まれた島国日本の気候から見ていきましょう。
[メモ]
 2016年の日本の年平均気温は、気象庁の統計開始以来もっとも高い値だった。2016年11月にはパリ協定が発効。この協定は、産業革命前からの地球の平均気温の上昇を2℃未満に抑えるために、世界の温室効果ガス排出量を今世紀後半には実質ゼロにする目標をかかげている。
 日本の気象や気候はどのように決まっているのか、それらは今後数十年どのように変わっていくのか、なぜそうなるのか、まずは身近な気象・気候の話から始めて、地球温暖化が気象・気候にどういった影響をもたらすかについて考える。

 日本では冬と夏で気温差が大きい。しかし世界ではそうではない国も多い。例として東京とタイのバンコクをみてみる。
 東京の月平均気温は1月が最低、8月が最高で、その間には20℃以上の差がある。いっぽう、バンコクでは月平均気温の差は1年を通して5℃もなく、しかも最高気温は夏ではなく4月。このように熱帯と中緯度では季節変化自体が違う。

 日本の4季をもたらしているのは、地球の自転軸が傾いているから。太陽系の惑星は、誕生当時は太陽の回りを回るガスが集まってできた。その生い立ちからすると、地球の自転軸は地球が太陽を回る公転面に垂直だったと考えられる。そうすると太陽は1年中赤道上で同じ位置を東から西へ行ったり来たりして、夏も冬もない毎日になっていたはず。現在地球の自転軸が傾いているのは、ある時天体が地球に衝突した衝撃のため(その時のインパクトで月が誕生)。
 地球はほぼ球体なので、赤道付近では太陽は頭のてっぺん近くにあり太陽エネルギーを多く受ける。中緯度から高緯度になってくると、太陽は真上にはなくて斜めから当たるので、受ける太陽エネルギーは少なくなる。そのことと、さらには地軸が傾いているために、地球のいちばん上側(北極)で受ける太陽エネルギーは顕著な季節変化をする。北極では夏は太陽が1日中しずまない白夜。そのために、斜めに太陽エネルギーが入っても1日分を合計すると大きくなり、6月に地球上でもっとも太陽エネルギーが降り注ぐのは北極になる。冬になると北極圏では太陽はまったく顔を出さないので、太陽エネルギーはゼロ。北極圏では太陽の入射エネルギーに極端な差がある。日本では6月と12月で太陽からくるエネルギーに2倍くらい差がある。
 このように低緯度と高緯度では太陽の高さが違うので、1年間合計すると、太陽から入ってくるエネルギーは低緯度では多く高緯度では少ないということになる。いっぽう地球は赤外線のかたちで宇宙空間にエネルギーを、表面温度に依存して、出している。暖かい低緯度からは冷たい高緯度よりも多くの放射が宇宙空間へ赤外線として出ていく。しかし、この赤外線で放出されるエネルギーの緯度変化は、太陽からの入射エネルギーの緯度変化に比べてゆるやか。そのため、おおよそ北緯30度・南緯30度辺を境にして、低緯度側では1年を通して入ってくるエネルギーが多くエネルギー収支としては黒字、逆に高緯度側では放射エネルギーが多く赤字になる。そうすると、低緯度側ではどんどん暖かくなり、高緯度側では放出するエネルギーが多いのでどんどん寒くなり、南北の温度差が増すことになる。しかしそうはなっていない。赤道域と高緯度域の温度を長い間平均するとほぼ一定である。それはなぜかというと、南北の温度差が一定以上にならないようなメカニズムがあるから。大気と海がエネルギーを低緯度から高緯度へ運んでいるから。大気中では低気圧がその役目を担っている。
 日本が位置する中緯度、および高緯度の所では、太陽から受けるエネルギーが大きく季節変化するので、夏と冬の気温差が大きくなる。東京の月平均気温の夏と冬の差は20℃くらい。シベリアやカナダの北部になってくると、月平均気温の夏と冬の差は場所によっては40℃以上。大陸の内部では冬に寒気がたまってどんどん冷えていく。しかしユーラシア大陸でも西と東では夏と冬の温度差の程度には違いがあり、東のシベリアのほうが夏冬の温度差が大きい。これは西風によってヨーロッパでは海からの暖かい風が入ってくることが原因。
 日本がどういった所にあるかというと、冬にはシベリアからの寒気が、夏には太平洋高気圧におおわれて南から熱帯の暖かい空気が入ってくる。そのため日本の夏冬の温度差は、世界の同緯度に比べて比較的大きい。
 もっとも暑い月は何月か。日本では8月だが、世界では8月がもっとも暑いというのはまれなほう。ユーラシア大陸や北米大陸など北半球の多くの地域では、7月が最暖月。これは、陸と海で暖まる時間に違いがあることが原因。太陽は夏至にもっとも頭の上に近い所を通る。北半球だと夏至は6月下旬だが、夏至のすぐ後の7月に地面が暖まり、そのため地上の気温が7月に最高になる。しかし海洋では様子が違って、海の上部50mくらいの所(混合層と言われる。風や波の影響や対流によって水温や成分がほぼ一定に保たれる)が暖まる。それだけの量の水を暖めるためには時間がかかって、1ヶ月から2ヶ月季節に遅れが生じる。太平洋や大西洋の中央部(大陸の影響を受けない)では9月が最暖月。大陸に近い海洋の上ではそれより少し早くて8月がもっとも高く、そこが日本の位置する場所。
 熱帯では様子が違ってくる。バンコクでは4月が最大月。これらの地域では5月から6月にかけて雨季に入る。雨季になると1日中曇りがちで太陽からのエネルギーが地面に届かず、また雨が降るので地面が湿り、気温が下がる。そのために雨季の直前が一番暑い時期になる。
 日本の日降水量のデータ分析をした草薙浩の成果によると、3つに分類できる。1つは日本型で、東日本以北と瀬戸内海地域で、比較的雨が少ない地域。西日本以南と北陸の日本海岸地域は、降水の多い地域。西日本以南では夏を中心に降水が多く、かつ梅雨の時に一番雨が多い。北陸の日本海岸地域は冬中心に降雪が多い。それぞれを代表して、東京、福岡、新潟の降水量をみてみる。東京では9月10月(秋雨の時期)がピークで、梅雨時の6月が次のピーク。福岡では6月と7月の梅雨時がピーク(福岡の秋の降水量は東京に比べてかなり少ない)。梅雨期には南の熱帯からの湿った空気が西日本を中心に入ってくる。そのため日本の東と西では降水量のもっとも多い月が違ってくる。日本海岸の新潟では11月と12月にもっとも降水量が多い。

 日本の降水量を世界各地と比較する。日本の年平均降水量は約1700mmで、世界平均の約2倍。パリやロンドンは日本の1/3、アメリカ東岸のワシントンやニューヨークでは日本の2/3、アメリカ西岸のサンフランシスコやロサンゼルスは日本の1/4から1/5。短時間に降る強い雨についても、欧米よりも格段に強い雨が降る。雨的には日本は亜熱帯。日本の中でも多い少ないがあり、年降水量の平年値(30年間の平均値)がもっとも高いのは、鹿児島県の屋久島でおよそ4500mm(多い時は6000mmを越えることもある)。日本で最大の日降水量は、2011年7月19日、高知県安芸郡馬路村魚梁瀬で記録された851.5mm(台風6号が四国南岸をゆっくり北上、柳瀬は四国山地の南東斜面に位置する。強い台風のため、南から湿った暖かい空気が入り、四国から東海・関東で大雨)。台風の大雨では数日で2000mmくらいになることがある。
 台風について。日本には古くから台風が襲来。なかでも1959年の伊勢湾台風では5千人を越える死者行方不明者。台風が発生しやすい場所は北緯10度から20度の地域で、南シナ海からフィリピン海付近およびその東側の海面水温の高い所。フィリピン海付近で発生した台風の多くは、東南アジアや中国に上陸。その東側で発生すると、日本に接近しやすいという傾向がある。台風の仲間には、北東太平洋や北大西洋のハリケーン、インド洋のサイクロンがあるが、呼び方が違っているだけで実態は同じ熱帯低気圧。熱帯の暖かい海水が広がっている海域では、上昇気流によって積雲が発生する。台風は水蒸気が凝結して雲粒になる時に放出される熱(凝結熱)をエネルギーとして発達する。一方台風は地表面との摩擦熱でエネルギーを失うが、暖かい海からは十分なエネルギーの供給があることで発達を続ける。台風が冷たい海域や地上に達するとエネルギーの供給が断たれて、急速に衰える。
 北西太平洋で発生する台風の個数は年当たり平均で約26個。日本に上陸する台風は平均3個。しかし、発生個数が10個の年や、日本にまったく上陸しなかった年もある。台風は災害を引き起こすだけでなく、熱を低緯度から中緯度へ運ぶなど、地球の気候を維持するうえで様々な役割を果す。また雨を降らせることで水資源の確保にも重要な役割も果している。台湾では年降水量の4割が台風由来と見積もられている。
 豪雪も日本の特徴。青森市や札幌市では年降雪量が6mを越える。日本海側の降雪は生活をおびやかす厄介な存在だが、観光資源や水資源にもなっている。なぜ日本列島の日本海側で雪が多いのだろうか?原因は日本海があることにつきる。
 日本海には暖かい対馬暖流が南から流れてきていて、そこにシベリアから北西季節風の冷たい空気が入ってくることによって、暖かい海から多量の水蒸気が蒸発し雲を発達させる。この雪雲は日本の山脈にぶつかって上昇することで発達し、日本海側に大雪をもたらす。さらに極端に多くの雪が降るさいには(冬型の気圧配置が強まっている時には)、日本海に風が吹き寄せられて収束帯(日本海寒帯気団収束帯 Japan sea Polar air mass Convergence Zone: JPCZ)ができる。この収束帯ができるのは、北朝鮮と中国の国境付近にあるペクト山(白頭山)の影響とされている。北西から吹いてきた風がこの山に当たって2つに別れ、山の北側を回る風と南側を回る風が日本海でぶつかって収束し、上昇流を強めて雲が発達することになる。[この収束帯は、南東に長く伸びて参院から北陸にかけて大雪をもたらす(時には岐阜県辺まで大雪になる)。]簡単に言えば、日本海があること、適当な場所に山があることが、日本の冬の豪雪をもたらしている。

 日本では低気圧が西から東へ進む。それに連れて天気も西から東へ変わってくる。これは西風、偏西風が常に吹いているから。世界では逆に常に東風が吹いている地域もある。ハワイのオアフ島にあるパールハーバーはホノルル国際空港のすぐ西に位置する。その北側に山がある。パールハーバーが良い港なのは、ハワイ諸島で常に吹いている北東からの貿易風が山に遮られて、パールハーバーが風下になっていることが一因。ワイキキの浜辺もだいたい天気が良い。しかし北側の山のほうを見ると雲がかかっていることが多く、時にシャワーをもたらしている。島の北東側に行けば常に強い北東風が吹き付けていて、波が常に高く、サーフィンに興じる人も多い。ハワイ諸島最大のハワイ島でも、マウナロア(4170m)やマウナケア(4205m)の大きな山がある。この山の東側にあるヒロの町は1年中雨だが、西側にあるコナ海岸は風下側になって乾燥していて、大型リゾートホテルがたくさん並んでいる。
 このような、貿易風や季節風のような広い空間を大規模なスケールで吹く風は、気圧の高い所から低い所へ向けて吹いている。大気の流れの大本を決めているエネルギー源は太陽だが、地球は丸いので地球が受け止めるエネルギーは熱帯が最大になる。そのため熱帯は地表の温度が高く大気中の水蒸気量も多くて、積雲が立ちやすく、上昇気流が常に卓越している。上昇流が高度10数kmくらいまで達すると、それ以上は上がってゆかず、そこから横の方向、亜熱帯の方向に向って発散する。つまり、熱帯では常に空気が下から上に向って流れて行って、上側では横に流れて行くので、空気の量が少なくなり、そのため地上では気圧が低くなっている。熱帯で上昇して上空で発散した空気は亜熱帯域で地表付近に下りてくる。そのため、20〜30度の亜熱帯の地表の気圧は高くなる。亜熱帯域は下降流が卓越する所なので、雨が少なく、世界中で砂漠が分布している。
 地表付近の風がどう吹くかというと、地表の気圧の高い亜熱帯から気圧の低い熱帯に向けて吹く。このことから考えると、ハワイ付近でも北風になっていてもよさそうなものだが、実際には北東からの風になっている。これは、地球が自転しているためにこのようになっている。
 北極から見た地球を考えてみよう。北極の上空から見ると、地球は反時計回りに自転している。反時計回りに回転している大きな円盤上に人が立っていると考えてみる。反時計回りに回転している大きな円盤上にいる人同士でキャッチボールをすると、どうなるだろうか。ボールをまっすぐ投げたつもりでも、その間にも円盤が反時計回りに回転していると相手の人は左に動いてしまい、ボールはまっすぐ飛ばないように見える。つまり、円盤上にいる2人から見ると、ボールは見かけ上右の方向に曲がっていく、=右向きの力がはたらいた、というふうに見えてしまう。このように北半球では、運動する物体は進行方向の右側への力を受ける。南半球では、逆に進行方向の左側への力を受ける。この見かけの力を、理論を立てたフランス人の名を取ってコリオリの力という。つまり、地球が自転しているため、北半球では貿易風は北東から南西に向って吹き、南半球では南東から北西へ向って吹く。南北両半球の貿易風は、熱帯域で収束する。そこでは上昇気流となって積乱雲をつくる。この熱帯の雨の多い地域を熱帯収束帯とも言う。
 日本は南と北の気温差の大きい中緯度に位置している。亜熱帯の気圧の高い所から亜寒帯の気圧の低い所へ風が吹くために、コリオリの力の影響を受けて、西風となっている(赤道から離れるほど、=緯度が高くなるほど、コリオリの力は大きくはたらく]。この西風(常に吹いている西風なので偏西風と言う)は上空ほど強く、高度10数kmくらいでもっとも強くなっていてジェット気流と呼ばれている。ジェット気流の位置はいつも同じとは限らない。ジェット気流の位置が通常と異なると異常気象をもたらすため、そのジェット気流の動向は重要な測対象になっている。
 今回は、日本の気候の特徴をいくつか紹介した。4季のあることは日本では常識でも、世界では当たり前ではない。西に大陸、東に太平洋がある島国だからこその日本の気候である。

◆「変わりゆく気候 気象のしくみと温暖化」(第2回)
【異常気象をもたらすジェット気流とエルニーニョ】 気象業務支援センター研究推進室長…鬼頭昭雄
日本に異常気象をもたらす要因としては、高度10数キロメートルあたりを、新幹線より速く吹く世界最強の偏西風と、東部太平洋の海水温が上昇して熱帯の降水域が東へ偏るエルニーニョ現象による影響が大きいとされています。中緯度にあって大陸と海洋の境目に位置する日本列島の天候は、熱帯からも北極からも影響を受けて、南と北の綱引きで決まる日本の天候変動の予測は大変に難しい課題を抱えているといえます。
[メモ]
 日本上空10数kmくらいの所には、世界でもっとも強い西風が吹いている。ジェット気流だ。このジェット気流の変動は、日本の天候の年々変動の重要な役者の一つ。緯度と高度に関らず常に吹いている西風を偏西風という。亜熱帯では東風が吹いていて、偏東風という。
 気温は地面から上空に向けて低くなっていくが、高度10数kmで最低になる。地面からここまでが、雲が成長発達して雨や雪といった天気現象が起こる領域。空気の上下の対流が起こる所という意味で、対流圏と言う。ちなみにこの上では上空に行くほど気温が高くなる。そこでは活発な対流は起こらないので、成層圏と言う。日本が位置するような中緯度の偏西風は、高度とともに強くなる。対流圏とその上の成層圏との境目(対流圏界面と言う)付近で風速が最大になる(=ジェット気流)。ジェット気流は冬に最強になって、100m/s(時速360kmで新幹線より速い)にもなる。長年平均しても、1月の平均値は75m/sにもなる。
 ジェット気流の存在を発見したのは日本人で、1920年代(大正時代)のこと。現在つくば市に気象庁の高層気象台がある。この高層気象台は、1920年8月に高層大気を専門に観測する気象台として設立された。その翌年には、気球を使って上空の風の観測を開始した。1924年に世界に先駆けてジェット気流を発見。しかし当時の気象学の常識ではそのような強い風はとても考えられず、日本の測定はあやしいのではと相手にもされなかった。
 気象庁では全国16箇所の気象観所で毎日9時と21時に気象観測用の測器を付けた気球を飛ばして高層の気象観測をしている。世界では約800箇所で毎日決まった時刻に観測している。これらのデータは世界で通信回線を通じて即時に共有され、天気予報の基礎データとして使われている。
 ジェット気流の存在は、飛行機に乗るとよく分かる。冬に成田空港とサンフランシスコ間を飛ぶとしよう。12月の時刻表によると、行きの所要時間は9時間20分、帰りは11時間5分。この1時間40分の差は、ジェット気流のため。日本からアメリカに向って飛ぶ時は西風に乗って得をするが、逆にアメリカから日本に向って西に飛ぶ時は西風に逆らうので損をする。ただし、ジェット気流の一番強い所だと燃料を多く使うので、できるだけ向い風の弱い所を選んで実際の航路を決めている。そのためには離陸してから10時間くらい先までの上空の風向や風速を正確に予報することが必要になる。今ではそのような情報は各国の気象台から得られるようになっている。さらには気流の乱れる可能性のある所の情報も提供され、安全運航に活用されている。
 日本のある中緯度では偏西風が卓越しているが、偏西風の強い所がいつも同じ場所にあるわけではない。南や北に偏ることや、さらには南北に蛇行することもある。偏西風の北側には冷たい空気が、南側には暖かい空気があるので、自分が偏西風のどちら側にいるかで気温は大きく違ってくる。
 最近北極振動という現象が注目されるようになってきた。北極振動とは、冬の大気で卓越する変動パターンで、北極域で通常より気圧が高い時には北半球の中緯度では通常より低い、逆に北極域で気圧が低い時には中緯度の気圧が通常より高くなる、といったシーソー的な変動をする現象をいう。別の言い方をすると、偏西風が強まって低気圧活動も強まる時期と、その逆に偏西風が弱まって低気圧活動も弱まる時期、といった両極端な時期があることになる。
 中緯度の海上で低気圧活動が強まると、そこより東側に位置する場所では南から暖かい空気が運ばれてくるので、通常より気温が高くなる。シベリア上空からカナダ上空の偏西風が強い時には、北極では気圧が低く寒気が蓄積されるが、この時に北半球の中緯度では極地方からの寒気の流出が抑えられて暖かくなるとともに気圧が高くなる。日本も北日本を中心に高温傾向となる。アリューシャン低気圧が弱まって日本付近では通常と比べると東風の風向となり、大陸からの西風が弱まる。だから日本では暖冬になる。
 これとは逆の振動をしている時期には、北極地方の気圧が高くなり、中緯度は気圧は低く低気圧傾向になる。この時には寒気が北極から中緯度へ流出しやすくなる。そのため、日本の冬は平年より寒くなる傾向がある。2009〜10年の冬が、この典型だった。ユーラシア大陸と北米大陸の中緯度帯に強い寒気が南下して、ヨーロッパからロシア、東アジアの北部、さらにはアメリカ合衆国で低温になり、イギリス、アメリカ、中国などでは記録的な大雪も観測された。しかし日本はそれほどの寒い冬にはならなかった。それは、この時同時期に熱帯ではエルニーニョ現象が発生していたから。このエルニーニョ現象の影響で、アリューシャン低気圧が平年より日本から離れた所にあったということと、南の海上では暖かい高気圧が強かったために、日本付近では冬型の気圧配置が冬平均では弱く、気温が高かった。しかし北極振動が顕著になった時期には、一時的に強い寒気が日本まで南下し、日本海側の一部で大雪になるなど、寒暖の変動が大きい冬だった。北極地方を中心として起こる北極振動、熱帯を中心とするエルニーニョ現象などの役者のうち、一つだけの要素では天候が決まらないという例である。
 もうひとつ、中高緯度で顕著な現象としてブロッキングがある。中緯度の移動性の高低気圧は、通常は偏西風に乗って西から東へ流されていく。しかし時には偏西風が大きく南北に蛇行して、移動性低気圧が東へ流されてくるのを妨げる(ブロックする)ことがある。そのため、これをブロッキングと言う。多くのブロッキングは、北に高気圧、南に低気圧が現われて、偏西風がまっすぐ西から東に流れず蛇行する。偏西風が高緯度側に蛇行した場所では、地上では高気圧が強まって停滞する。この高気圧をブロッキング高気圧と言う。ブロッキング現象が起こると、同じ天候が長時間持続する。同じ場所で晴れた日が続くとともに、低緯度から暖かい風が次々と吹き込んで熱波をもたらすこともある。2003年にはヨーロッパで熱波があった。2010年にはロシアで熱波が起こり、2010年7月下旬にモスクワで観測史上最高の38.2℃を記録した(これは平年より15℃高い値)。
 アジアでブロッキングが発生すると、日本の天候にも影響が出る。夏にシベリアの東で発生したブロッキングはオホーツク海高気圧を出現させ、かつ停滞させる。そうすると、オホーツク海高気圧の回りを時計回りに風が吹いてくるので、北日本から関東の太平洋側では、海からの冷たい湿った北東からの風が吹いてくる。そのため、低温・日照不足になりやすい。このように、ブロッキングが起こると異常気象が起こる。
 熱帯に目を向けよう。日本の年々の気候変動に大きい影響を及ぼしている熱帯の重要な役者が、エルニーニョ・南方振動(El Nino Southern Oscillation: ENSO)現象である。エルニーニョ・南方振動現象は、熱帯東部太平洋での海面水温が平年より高くなり、かつ熱帯の雨の多く降る所が東側へ偏る現象。この時太平洋の西部では逆に海面水温が低く、雨をもたらす対流活動は不活発になりがちである。このエルニーニョ・南方振動現象は、熱帯の大気と海洋の両方が互いに影響を及ぼし合って起こる年々変動現象である。
 熱帯や亜熱帯では1年を通して貿易風と呼ばれる東風が吹いている。そのため太平洋では、海面付近の海水が太平洋の西側に吹き寄せられている。そうすると、太平洋の東部の南米沖では、上層の海水は西のほうに吹き寄せられてしまい、それを補うために深い所にある冷たい水が海面近くまで上がってきて、海面水温が低く保たれることになる。一方でそのようなことのない西太平洋のインドネシア付近では、海面から100m以上深い所まで暖かい海水が蓄積する(インドネシア周辺の海域は世界でもっとも暖かい海域)。海面から水が蒸発し大気中に大量の水蒸気が常に供給される。そのために積乱雲が盛んに発生し雨を降らせる。以上の状態が平年の熱帯の様子だが、年によってその様相が変わってくる。
 熱帯の年々の変動について初めて明らかになったのは、大気の変動についてである。19世紀末に、南太平洋東部のタヒチとオーストラリア北部のダーウィンでの海面気圧が、シーソーのように逆に変動していることが発見された。この互いに逆に変動する関係は、特定の2地点だけの関係ではなく、より空間的に広いもので、東太平洋とインドネシア付近との大気中の気圧の大規模な変動であるということが分かってくる。また、変動の中心が赤道よりは南側にあるというところから、南半球の気圧の振動という意味で「南方振動」と呼ばれるようになった。この南方振動の東側に位置するタヒチで海面気圧が高く西側に位置するダーウィン付近で海面気圧が低い時には、風は気圧の高い所から低い所へ吹くため、東風が平年より強まることになる。逆に、タヒチで海面気圧が低くダーウィンで海面気圧が高い時には、東風が平年より弱くなる。こういった気圧の差が、貿易風の強い・弱いとして現われることになる。
 一方で、海水温の変動が分かるようになったのはずっと最近のことで、観測データが得られるようになったのは1960年代から。数年に一度、太平洋の赤道域では南米のペルー沿岸から日付変更線にかけての広い海域で海面水温が平年に比べて高くなって、その状態が1年近く続くことがある。これをエルニーニョ現象と呼ぶようになった。逆に、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く現象がラニーニャ現象。観測と研究の結果、大気中における南方振動と海で起こるエルニーニョ・ラニーニャ現象は、熱帯の大気と海洋が互いに密接に関わって起きている現象であることが分かってきた。
 エルニーニョ現象が発生している時には、東風が平常時よりも弱くなり、西部に溜まっていた暖かい海水が東の方へ広がるとともに、東部では冷たい水の湧き上がりが弱まってくる。このため、太平洋赤道域では中部から東部で海面水温が平常よりも高くなる。またエルニーニョ現象発生時には、積乱雲が盛んに発生する海域が平常時より東に移ることになる。逆に、ラニーニャ現象が発生している時(=東風が平常時よりも強い時)には、西側に暖かい海水が厚く蓄積する一方で、東太平洋では冷たい水の湧き上がりが平常時より強くなる。このため、太平洋赤道域では中部から東部では海面水温が平常時より低くなる。またラニーニャ現象発生時には、インドネシア付近の海上では積乱雲がいっそう盛んに発生する。また海面水温もインドネシア近海では通常より高くなる。
 エルニーニョ現象は、熱帯にとどまらず世界の天候に様々な影響を及ぼすことが分かってきた。なかでも、インドネシアの旱魃は深刻。インドネシア周辺は通常時には海面水温が高く雨の多い地域。そのため熱帯雨林が繁茂する。しかしエルニーニョ現象が起こると、西太平洋で海面水温が低くなり、そのため雨が少なくなる。とくに1987〜88年には記録に残る最大規模のエルニーニョ現象が発生。この時は東南アジアからインドネシア、オーストラリアでは雨が降らず、大旱魃になった。スマトラ島からマレー半島、ボルネオ島にかけての広い範囲で雨が少なく乾燥状態が続いたために、森林火災が多発。このインドネシアの森林火災に伴う煙害は周辺諸国にも広がって、健康被害や視界不良による飛行機等の交通障害などの影響が出た。
 熱帯だけでなく日本の天候にも影響がある。エルニーニョ現象が発生している時の日本の夏の天候は、気温が低く降水量が多い傾向があることが過去のデータから分かっている。また冬の天候は、気温が高く降水量が少ない傾向にある。そのメカニズムを見てみる。西太平洋熱帯域で対流活動が活発になって上昇流が卓越している時には、その北側の亜熱帯域では空気を補償するように下降流が強くなる。亜熱帯域で強い下降流が起こるということは、高気圧が強くなることを意味する。エルニーニョ現象が発生している時は、熱帯では東太平洋の海面水温が通常より高く、西太平洋の海面水温は通常より低くなっている。従って海面水温が低い西太平洋域では積乱雲などの対流活動が不活発になる。日本付近では、夏は太平洋高気圧の張り出しが弱くなり、気温が低くなりやすい。冬には西高東低の気圧配置が弱まって、日本の気温は高くなる傾向がある。このようにエルニーニョ現象時にはマイルドな夏と冬になりやすい。
 一方でラニーニャ現象時(西太平洋熱帯域の海面水温が上昇)には、海面水温が通常より高い西太平洋の熱帯域では積乱雲の活動が活発になる。このため日本付近では、夏には太平洋高気圧が北に張り出しやすくなり、気温が高くなる傾向がある。沖縄や奄美では南から湿った気流の影響を受けやすくなり降水量が多くなる傾向もある。ラニーニャ現象が冬に起こっている時は、西太平洋の熱帯域で上昇流が強くなっているため地面付近ではそこへ高緯度側から空気が流れ込みやすくなる。西高東低の気圧配置は強まって行って、日本の気温は低くなる傾向にある。ラニーニャ現象時にはきびしい夏ときびしい冬になる。
 エルニーニョ現象・ラニーニャ現象は台風の発生にも影響する。どちらの時でも年間の台風の発生数には差はない。しかし台風の発生する場所に少し違いが出てくる。海面水温がどこで通常より高くなるかということを反映して、エルニーニョ現象時には通常よりも東側の海域で台風が発生する傾向がある。エルニーニョ現象が起こっている時は、海面水温が太平洋の中部で高く、降水量の多い海域が通常より東側に偏っているために、熱帯の大気の循環自体も全体が東に偏っている。台風の発生場所が東に偏ると、そこから日本までやって来る距離がより長くなり、暖かい海域の上をより長く動いてくるので、通常より発達しやすくなる傾向があるようだ。
 熱帯ではふつうは東から西に向って貿易風が吹いていて、その貿易風によって赤道域の西太平洋には暖かい海水が蓄積されるが、ときおり台風などによって強い西風が赤道上に吹くと、それがきっかけになって暖かい水が赤道上を西太平洋から東太平洋へ伝播してエルニーニョ現象お起こすことが分かっている。今では、大規模なエルニーニョ現象は1年以上前から予測することが可能になっていて、気象庁では毎月「エルニーニョ監視速報」としてエルニーニョ・ラニーニャ現象のモニタリングの結果や今後半年間ほどの見通しを発表している。
 アジアの多くの国では、夏と冬とで卓越する風向が逆転するモンスーンと呼ばれる季節風が吹いている。モンスーン(monsoon)という語はアラビア語で季節を意味するマウシム(mausim)が語源になっている。大陸と海洋とでは暖まりかた・冷えかたに違いがあり、陸のほうが海よりも暖まりやすく冷えやすい。夏は大陸の温度が海よりも高く、冬は逆に大陸の温度のほうが海よりも低い。そのため、夏の暖かい大陸では上昇流が発生し気圧が低くなり、周辺の海洋から風が吹き込んでくる。つまり夏は海から陸に向って風が吹いている。一方、冬になると大陸のほうが低温になって、風向は夏と逆になる。冷たい大陸の上にできたシベリア高気圧から相対的に暖かい海に向けて風が吹く。
 季節風がもっともはっきりしているのは、アラビア海からインド洋にかけてで、夏には南西風が、冬には北東風が吹く。アフリカ沿岸とインドの交易には、この季節風が古くから利用されてきた。南シナ海においても同様の季節風がある。風が頼りの日本の南西諸島と中国との交易は、この季節風を利用して行われていたに違いない。
 南アジアでは毎年5月から6月にかけて水蒸気を多く含んだモンスーンが到来して、激しい雨をもたらす。モンスーンの雨はアジアの人々にとって恵みの雨。天から降ってくる水に依存している地域では、モンスーンの雨なくしては農業は成り立たない。そのため、モンスーンによる雨期の開始のタイミングや雨量の年々の変動は農作物の収量の変動に直結するので、むかしからその予測に力が注がれてきた。そもそも南方振動(南太平洋東部タヒチとオーストラリア北部ダーウィンの海面気圧がシーソーのように逆に変動する)を発見したのは、19世紀末にインド気象局の長官だったウォーカー(Walker)。エルニーニョ現象が起こっている時は、南太平洋東部のタヒチ周辺では気圧が低く、オーストラリア北部を中心に気圧が高くなる。インドでも気圧が高くなって、雨が降りにくくなる。つまり、エルニーニョ現象時にはインドは旱魃になりやすい。ただし、エルニーニョ現象だけで100パーセント決まるわけではなく、またモンスーンの雨は数十日周期で変動する要素もあるため、今でもインドにおけるモンスーンの雨の予報は困難なようだ。
 日本もモンスーンの影響を受けていて、基本的に夏は太平洋の高気圧からの南西風または南東風が吹き、冬にはシベリアからの北西風の支配下にある。ただし、中緯度に位置している日本は偏西風の影響を強く受ける。日々の天気は偏西風に乗って西から東へ移動する高低気圧による風向の変化が大きく、これはモンスーンの季節の変わり目である春と秋に顕著になる。中緯度にあり、大陸と海洋の境目に位置している日本の天候は、熱帯からも北極からも影響を受けている。南と北の両方からの綱引きで決まる日本の天候は、予測が難しい。

◆「変わりゆく気候 気象のしくみと温暖化」(第3回)
【天気予報から温暖化予測まで】 気象業務支援センター研究推進室長…鬼頭昭雄
雲などの移り変わりから天気を予測する「観天望気」は、昔から知られた人間の知恵の一つですが、現在の天気予報は数値予報モデルの進歩とスーパーコンピュータの技術革新で、予報の誤差は1平方メートル当たり360W。かなり小さくなっています。それでも日単位の予報と比べて、1週間・10日先・さらに1〜3か月先の季節予報となると、大気のカオスによる限界があることは避けられません。また温暖化予測となると「見通し」として出されます。

◆「変わりゆく気候 気象のしくみと温暖化」(第4回)
【地球の気候はどう決まるのか】 気象業務支援センター研究推進室長…鬼頭昭雄
地球の気温は、太陽から地表面に達するエネルギーと、地表面から宇宙空間へ逃げるエネルギーのバランスによって決まり、水が液体で存在し、人類にとっての適度な気温が保たれているのです。近年、温室効果ガスの急激な増加で、エネルギーが入超となり、バランスが崩れて地球の温暖化が危惧されています。「温室効果」あってこその地球の特殊性が壊れかけているのはなぜか、その自然のメカニズムを解き明かします。
[メモ]
 チベット高原や日本海の存在は、日本の天候に大きく影響している。チベット高原があることによって、日本に梅雨がある。また、日本海がなければ、冬の豪雪はないだろう。冬の豪雪がなければ、山岳部に多量の水資源が蓄えられることもなく、そのため日本は水不足になっていたかもしれない。
 地球全体の気候はどのように決まっているのか。地球の気候の源は太陽から届くエネルギー。地球の気温は、太陽から地表面に達するエネルギーと地表面から宇宙空間へ逃げるエネルギーのバランスで決まる。太陽から地球の大気の上端に到達しているエネルギーは、 1平方メートル当たり1360W[1Wは、1秒当たり 1Jのエネルギーの出入を示し、 1Jは0.2389calに相当する]。太陽光線に垂直な地球の断面積(πr^2)と地球の表面積(4πr^2)の比は 1:4 なので、全地球表面で平均すると 1平方メートル当たり約340Wの太陽エネルギーを受けていることになる。
 大気の上端に達した太陽光線の3割は、雲や地面などによって宇宙空間に反射されている。だから地球表面と大気に吸収されるエネルギーは 1平方メートル当たり約240Wになる。これが地球が受け取るエネルギー。この受け取るエネルギーとバランスするように、地球自身も同じ量のエネルギーを赤外線で宇宙空間へ放射している。240Wのエネルギーを放射するには、地球の表面温度は -18℃くらいでなければならない[シュテファン・ボルツマンノ法則。物体(黒体)は、その表面温度の4乗に比例するエネルギーを放射する。E=σT4。比例定数σはσ=5.67032J/m2・s・K4]。これが、宇宙空間から見た地球の温度ということになる。一方で、世界平均した地上気温はおよそ+15℃なので、-18℃は実際の地球表面よりはずっと低温。地上気温がこのように高い理由は、温室効果ガスが存在するため。
 大気の主成分は窒素と酸素、他にアルゴンや二酸化炭素が少量含まれている。これらの気体は化学的に不活性で寿命が長いので、大気中にほぼ一様に分布している。一方で、水蒸気やオゾンといったものがあるが、これらは高さ方向で著しく異なった分布をしている。
 いくつかの微量気体は温室効果を持つために温室効果ガスと呼ばれる。温室効果ガスは、太陽から放射される可視光線は吸収しにくいものの、地球表面から放射される赤外線を吸収するという性質がある。そのため、陸や海から上に放射された赤外線エネルギーの多くが温室効果ガスに吸収される。大気中の温室効果ガスや雲でいったん吸収されたエネルギーはその後その温度に応じたエネルギーを再び四方八方に放射する。こうして大気から下向きに放射されるエネルギーは再び地表へ到達する。そのため、地球表面は太陽から直接受け止めるエネルギーよりもさらに多くのエネルギーを受け取ることになる。これが温室効果。このような一連のメカニズムによって、地球表面が今日のような水が液体で存在できる温度に保たれており、そして人類にとって適度な気温になっている。
 温室効果ガスにもいろいろある。代表的な温室効果ガスは二酸化炭素だが、その他に、メタン、一酸化二窒素、オゾン、フロンガス等のハロカーボン類[ハロゲン原子であるフッ素、塩素、臭素、ヨウ素を含んだ炭素化合物の総称。その多くは本来自然界には存在せず、工業的に生産されたもの。これらは直接、温室効果ガスとして働くほか、一部のハロカーボン類は成層圏オゾンを破壊する働きもある]にも温室効果がある。温室効果をもたらしているもっとも重要な気体は、水蒸気と二酸化炭素。水蒸気にも強い温室効果がある。しかし、水蒸気の量そのものを人間が直接コントロールできないために、通常は温室効果ガスには含めない。

 地球の特殊性を知るには、隣りの惑星、金星・火星の大気と比較するのが分かりやすい。金星と太陽の距離は地球と太陽の距離の約 7割。そのため、太陽からの入射量は(距離の2乗に反比例=2乗分の1なので)、地球のそれの約 2倍。地球と大きく違って、金星には厚い雲があり、太陽光の約 8割を宇宙空間へ反射している[金星の反射能は 0.78]。そのために、金星の惑星としての温度は -46℃と、地球より低い温度になっている。地球よりも太陽に近いが、惑星としての温度は低い。ただし、90気圧分もの厚い大気があり、かつその主成分は二酸化炭素なので、非常に強い温室効果がある。この厚い二酸化炭素の大気の底では、強い温室効果によって477℃もの地上気温になっている。地球も、その長い歴史をさかのぼると、金星と同様に濃厚な二酸化炭素の大気を持っていた時期があった。その温室効果によって、地球の大気は非常に高温だった。地球の場合には、大気が冷却するに連れて海ができ、二酸化炭素は海に溶けていった。海洋中に入った二酸化炭素は、炭酸塩として岩石に取り込まれることによって、究極的には大気中から二酸化炭素が取り除かれたと考えられている。
 次に火星について。火星と太陽の距離は地球と太陽の距離の約1.5倍。そのため、太陽エネルギーの強さは地球の半分以下になる。火星は太陽光の反射率が低いために[火星の反射能は 0.16]、太陽からの距離が遠い割には低温ではなく、惑星としての温度は -56℃。ただし、火星の大気は薄く地球の100分の1以下(火星の直径は地球の半分以下で、質量は約10分の1にすぎないために、大気を保持できなかった)。火星の大気の主成分は二酸化炭素だが、量が少ないために温室効果が極めて弱い。
 金星・地球・火星を比較してみると、太陽からの距離、太陽光をどれだけ反射しているか、二酸化炭素による温室効果がどれだけ利いているかが、 3つの惑星の大気の性質を決めたことが分かる。なかでも地球の場合は、海が形成されることで、金星のような灼熱惑星にならずにすんだと言われている。

 海や陸の分布、山岳の存在が、地球の地域の気候を決める大きな要素になっている。地質時代を通じて、海陸の分布は大きく変わってきた。プレートテクトニクス理論で知られるように、プレートの運動によって大陸は長い時間をかけて移動し、分列と合体を続けてきた。多くの大陸が一つに集まった超大陸の時代もあった。最後の超大陸はパンゲアと名付けられている。このパンゲアは2億5千万年前に分列を開始して、現在の大西洋が形作られる。その後、南半球からインド大陸が北上して来て赤道を越えてユーラシア大陸に衝突する。ユーラシア大陸の東端近くで日本海が誕生し日本列島ができたのは、1500万年前のこと。[以下の最近の地質時代の気候変動については、大地形の変遷と気候変動に詳しい。]
 南極と南アメリカ大陸との間には現在海峡[ドレーク海峡]があるが、[約2500万年前ころ]その海峡ができて、南極大陸の周囲を西から東へ海流[南極環流=南極周極流]が一周できるようになった。さらに、[約300万年前ころ]北アメリカと南アメリカの間のパナマ地峡が閉じて、赤道での太平洋と大西洋間の交換がなくなる、といったことも地質時代にはあった。こういった海陸の分布の変化は、その時代時代の気候に大きく影響する。例えば、パナマ地峡が開いていた時代には、太平洋と大西洋の海水の交換が自由にできて、太平洋と大西洋の海面での塩分はほぼ同じだった。しかしパナマ地峡が閉じた現在では、太平洋と大西洋間の直接の海水の交換がなくなったために、雨が比較的少ない大西洋では塩分が高く、降水量の多い太平洋では塩分が低くなっている。この塩分の差は北太平洋にまで及んでいて、塩分の少ない北太平洋では冬に海氷が成長しやすい。海氷ができると、地上気温が極めて低くなる。このように北太平洋に海氷が張る一因に、パナマ地峡が閉じていることも影響していると言われている。
 地球のスケールで見ると、大陸と海洋の暖まりかた・冷えかたの違いによって、夏と冬の風向が逆転するモンスーン(季節風)が起きる。季節変化にとっても、海陸分布は重要な要素になっている。
 さらに、最近の100万年間は氷期と間氷期のサイクルが顕著な時代だった。氷期には、陸に降った大量の雪が、夏になっても溶けずに大陸氷床として積もっていく。この雪のもとは海から蒸発した水蒸気なので、結局は海水の量が減る。氷期の最盛期には120メートル分の水が海から陸に移動したために、海水準が下がって大陸棚が陸地として現われた。インドネシア周辺では広い範囲で陸地化したし、シベリアと北アメリカ大陸の間が陸地化したりして、海流の流れが大きく変わり、気候にも影響した。現在ではいろいろな所に海峡があるが、海峡も小さくなったり閉じたりした。氷期には東京湾や瀬戸内海は干上がって陸地になっていた。
 大きな山、山岳の存在も、気候に大きな影響を与えている。インド大陸がユーラシア大陸に衝突することで、チベット高源やその南縁にあるヒマラヤ山脈が形成されたのは、4千万年前以降のこと。このチベット高原の隆起は東アジアの気候を大きく変えた。影響の1つは、山岳が障壁になるという効果。チベット高原の大きさは、東西2000km、南北1200km、平均標高4500mもある大きなものなので、偏西風をブロックする効果がある。チベット高原は対流圏の半ばまでを蔽っているので、偏西風が西から東に向って吹いてきた時に、チベット高原の上を乗り越えるよりはチベット高原の南を回るか北を回るかのどちらかのルートを取る。
 影響の2つ目は、チベット高原の熱的な効果。チベット高原は冬には冷えて大気にたいしては冷源になる。夏には日射によって地表面を直接暖めるということ、さらに夏には多量の雨が降ることで、熱源になる。実は大気中の気温の高い・低いと風の吹く向きとは関係がある。北半球では偏西風は冷源を左側に、熱源を右側に見て吹くことが分かっている。そのために偏西風は冬にはチベット高原の南を、夏にはチベット高原の北を流れることになる。そして、冬から夏に向うある時期に偏西風がチベット高原の南から北へと流れを大きく変えることになる。日本や中国の梅雨はこの偏西風と関係があることが分かっている。春から初夏にかけて、それまでチベット高原の南を流れていた偏西風がチベット高原の北を流れるようになり、チベット高原を通り過ぎた中国の東側では南に蛇行する。この気流によって運ばれてくる大陸からの乾燥した空気が、中国の東側から日本の南方海上で南から吹いてくる湿った空気とぶつかる。これが梅雨前線を産む。
 このように、東アジアに特徴的な梅雨は、海陸および山岳の分布と大気の循環の季節変化がもたらす現象で、チベット高原の存在そのものが大きな役割を果していることが分かっている。
 私が以前行った数値シミュレーションによると、チベット高原が低い間は、夏のモンスーンで多くの雨が降る地域は1年中熱帯に留まっていて中緯度まで広がらなかったことが分かった。東アジアではチベット高原の上昇とともに熱帯から伸びる降水域が形成され始めて、チベット高原が現在の半分程度を越える高度にまで成長すると、梅雨の多雨域が東アジアに存在するようになる。チベット高原が上昇した時期にはまだ日本海はできておらず、日本列島もまだ大陸の一部にくっついた状態だった。その後日本海ができて日本列島が産まれると、日本固有の気候ができたと考えられる。

 地球は地軸の回りを1日かけて自転しながら太陽の回りを1年かけて公転している。地球の公転軌道は円ではなく楕円。その楕円の形は一定ではなく、円に近い楕円と少し平べったい楕円の間を約10万年の周期で変動している[地球の離心率は約0.01から0.05の間で変化し、現在は0.017くらい]。この平べったさ、離心率が大きいほど、地球が受け取る太陽エネルギーの季節変化が大きくなる。また、この離心率の変動によって地球全体で1年に受け取る太陽エネルギーの量の変動は 0.1%程度。
 地球の公転軌道が楕円になっているために、太陽と地球の距離が近い近日点に来る時と、太陽と地球の距離が遠い遠日点に来る時が、1年に1回ずつある。現在は1月上旬が近日点で、7月が遠日点になっていて、北半球では冬に太陽に近く、夏に太陽から遠くなっている。この近日点の時と遠日点の時では、地球が受け取る太陽エネルギーの量は約7%違っている。従って、現在は夏と冬の地上気温差が比較的小さい時期に当たる。近日点と冬至・夏至との一致関係は周期的に変動していく。実は地球の自転軸は一定ではなく、回しているコマが少し傾くと首振り運動をするが、それと同様の首振り運動(歳差運動)をしている。そのために、近日点の位置が次第に変わってゆく。この周期は約2万2千年。だから、今から1万年前には近日点は現在の北半球の夏至のころだった。つまり北半球の夏は今より暑く冬は寒いというように、季節変化が大きかった。1年間に太陽から受け取る日射量はほとんど変わらないが、季節別に受け取る日射量が大きく変化しているわけである。
 さらに、地球の気候に季節があるのは地球の自転軸が公転軸から傾いているからだということを以前に話した。(自転軸と公転軸が一致していれば太陽は常に赤道上に位置することになる。)この自転軸の傾き自体が約4万年周期で変化している[自転軸の傾きは現在は23.4度だが、22.1度から24.5度の間で変化する]。自転軸の傾きが大きくなると、夏はより暑く冬はより寒くなる。
 以上のように、3つの要素、@地球の公転軌道の離心率、A自転軸の首振り運動による季節ごとの太陽からの距離の違い、B自転軸の傾き、という3つの軌道要素が変動することによって、地球上のある緯度・ある季節における太陽からの入射量が周期的に変動している。このような地球軌道要素の周期的な変動、特に北半球の夏の日射量変動が氷期・間氷期サイクルの根本要因であると、1941年にミランコヴィッチが提唱、その名前を取ってミランコヴィッチ・サイクルと呼んでいる。最近は10万年周期で氷期と間氷期が繰り返し起こっている。周期的とは言っても、長い時間をかけて氷期を迎えて、比較的急激に間氷期に向う、といった鋸の歯状のサイクルである。氷ができる時はゆっくりと、溶ける時は速く、といったサイクル。
 この氷期・間氷期サイクルを決めるのは、主に北半球の中緯度・高緯度の夏の日射量だと言われている。夏の日射量が多いか少ないかで、冬に積もった雪が年を越して積もり続けるかどうかが決まる。冬にいくら雪がたくさん降っても、夏に溶ければ氷として成長して行かないから、重要なのは夏の日射量の多い・少ないである。

 次に、地球全体のエネルギー収支について。地球の気温は、太陽から地表面に達するエネルギーと地表面から宇宙空間へ逃げるエネルギーとのバランスで決まっている。地球の大気上端では1平方メートル当たり340Wの太陽エネルギーが到達しているが、その30%は雲・エーロゾル・大気および地表によって反射されて宇宙空間へ逃げていく。この反射率のことを惑星アルベドと呼んでいる。30%という値は地球観測衛星によって観測されたもので、たまたま現在の雲・エーロゾル・大気および地表の性質によってこの値になっていると思われる。雪や氷は反射率が高いので、地表に雪や氷が広がっていれば惑星の全体としてのアルベドは高く、逆に雪や氷が少なければアルベドは小さくなる。雲の性質や雲の量も大きく影響する。白く見える厚い雲は太陽光の反射率が高いので、全体の反射率が変わる(高くなる)。したがって、温暖化した将来に、雲や地表の性質がどう変わるかが、地球の温度を決める大きな要因になる。
 3割が反射されたとして、残りの7割が地表面およびわずかに大気に吸収されて地球を暖めることに使われている。温度を持つあらゆる物体はエネルギーを放射するので、地球から宇宙空間へもエネルギーを放射している。ただし、地球は太陽よりもかなり温度が低いので、主に赤外線でエネルギーを放射する。平均すると、太陽から地球に入ってくるエネルギーと地球から宇宙空間へ出ていくエネルギーは等しくなっていて、240Wのエネルギーが地球から宇宙へ出ている。つまり、地球は太陽放射の吸収で暖まる一方、赤外線を宇宙へ放出して冷えている。地球全体では両者はバランスを取ってきた。しかし、近年の二酸化炭素などの温室効果ガスの急激な増加はこのバランスを崩している。今では入ってくるほうのエネルギーが多くて、出ていくエネルギーよりも0.5Wから1W多くなっていると観測されている(=地球の温暖化を引き起こしている)。

 地球はほぼ球形なので、太陽光線が低い角度で大気に入ってくる高緯度地域よりも熱帯のほうへ、単位面積当たりでは多くの太陽エネルギーが到達している。地球全体の平均ではおよそ240Wだが、低緯度では300W以上のエネルギーを受け取るいっぽう、極地方では50Wくらいにしか過ぎない。そのために赤道域と高緯度域とでは受け取る太陽エネルギーに1年間を通して大きな差が出てくる。一方、赤外線として宇宙空間に出すエネルギーも温度に応じて大小があるが、受け取るエネルギーほど赤道域と高緯度域の間に大きな差は出ない。すなわち、太陽放射に比べて、地球から宇宙空間へ出す放射のほうは、低緯度と極地方の差が小さい。そのため、緯度帯によって受け取るエネルギーと出ていくエネルギーの差が正味で生じ、そのままでは赤道域はどんどん暖まり高緯度は冷えていくわけだが、実際には赤道域から高緯度帯へエネルギーが輸送されてバランスが取れるようになっている。そのエネルギー輸送の役割をしているのが、大気と海洋の循環で、大気の場合は台風もふくめ低気圧活動などによる大気循環が熱を低緯度から高緯度へ運んでいるし、海の中では海流が同様の役割を果している。
 今回は、地球の気候は、太陽からの距離、二酸化炭素などの温室効果ガスの量、海陸の分布と山岳の存在が決めていることを話した。温室効果ガスがあってこそ、液体の水が存在し海があるとも言える。ここでは二酸化炭素などの温室効果ガスは善玉と言える。しかし、今では二酸化炭素の増加が悪玉として取り上げられている。

◆「変わりゆく気候 気象のしくみと温暖化」(第5回)

【雲とエーロゾルの役割】 気象業務支援センター研究推進室長…鬼頭昭雄
雲は地球の気候にどのような役割を果たしているのでしょうか。雲は太陽エネルギーを宇宙空間に反射する冷却効果と、地球から逃げていく熱エネルギーを妨げる温室効果という相反する二つの効用を持っています。また空気中に浮かぶ粒子状の物質エーロゾルも太陽光や赤外線を反射・散乱・吸収して、地球のエネルギー収支に大きな影響を及ぼしています。雲やエーロゾルの種類や量は、地球の気候変化と密接に関係しているのです。
[メモ]
 雲はどのようにしてできるのか。空気中に水蒸気があって、水蒸気を含んだ空気が冷えると雲ができる。ただし、実際はそんなに簡単ではない。雲ができるにはなにかその種が必要であって、その種がエーロゾル(空気中に浮んでいる埃や微粒子)。今回は、雲と、雲ができるのになくてはならないエーロゾルについて話す。
 雲には、大きく分けて、液体の水からできているものと固体の氷からできているものの2種類がある。水には、気体、液体、固体の3つの相がある。そのうちの2つの水が大気中に浮んでいるのが雲。それぞれ、水雲、氷雲と言う。気体ではないということが大事で、気体でないから目に見える。
 雲にはいろいろな種類があり、水か氷のどちらでできているか、その水の粒・氷の粒を合わせて雲粒と言うが、その雲粒の大きさ、雲ができている地面からの高さ、回りに吹いている風などの気象状態によって、いろいろな形になる。高さ方向では、大きく分けて3つに分類することが多い。おおむね 5kmより高い所にできるのが上層雲、2〜7kmくらいの所にできるのが中層雲、地面付近から2kmくらいまでにできるのが下層雲。上層雲として分類されるのは、巻雲・巻積雲・巻層雲、中層雲として分類されるのが、高積雲・高層雲・乱層雲、下層雲として分類されるのが、層積雲・層雲・積雲・積乱雲。この10種の中で、ほとんどは水平にたなびいているものが多いが、積雲と積乱雲はもくもくと下から上まで伸びる=下層から上層まで達することが多い。
 これらの雲を作っている粒=雲粒の直径は0.01mmくらい(髪の毛の10分の1くらい)。いくら小さくても重さはあるので、雲粒は重力によって地上に落ちてくるが、空気抵抗があることと小さい[体積に比べて表面積が大きい)ために、落下速度は非常にゆっくりしている[直径0.01mmほどの雲粒の落下速度(終端速度)は毎秒1cmくらい]。小さな雲粒は、1日かけてようやく地上に落下してくるくらいの速度。少し上昇気流があると空中に浮き続け、また横風があると水平方向に流されていく。

 どういった条件で雲ができるのか。水蒸気を含んだ空気が冷えると雲ができるとすでに述べた。温度によって飽和水蒸気量が異なる。10℃だと1立方メートルの空気に9.4gの水蒸気、30℃になると30.3gの水蒸気を含むことができるというように、飽和水蒸気量は気温が高くなると急激に増える。気温が下がってその場にあった空気中の水蒸気量が飽和水蒸気量と同じかそれ以上になると、過飽和になるので、基本的にはそこで水蒸気は水になる。従って、水蒸気が雲粒になるには、水蒸気が増えるか、あるいは気温が下がるか、が条件になる。雲が存在している対流圏では、上層に行くほど気温は低くなっていく。1000m高度が上がると、気温は6.5℃下がる。上昇気流があったりして、空気が高い所、つまり気圧の低い所に持ち上げられると、空気は膨張する。膨張すると温度が下がる。そのために、上昇気流がある所では、雲ができやすくなる。
 上昇気流はいろいろな条件でできる。前線があったり、低気圧の中心付近、山に当たってできる強制的な上昇流、強い陽射しがあるとできる上昇流など、様々なでき方があるので、それに応じて雲のでき方も様々ある。温暖前線は暖かい気団が冷たい気団の上に這い上がってできるもので、広い範囲で毎秒数cmから数十cmの上昇流が起こっている。だから温暖前線が近付いてくると、最初は高い所に巻雲が現われて、それが巻層雲・高層雲・乱層雲と、次第に雲が低く厚くなって、雨を降らせる。寒冷前線は冷たい気団が暖かい気団を押し上げてできる(大気の上下が不安定になって対流が起こることもある)。[温帯低気圧では風が反時計回りに吹いているので、低気圧の中心から南西側に寒冷前線が、東側に温暖前線が伸びている。]また、日中強い日射で地面や海面で下層の大気が暖められると、大気の上下方向の成層が不安定になって激しい対流が起こることがある。このような対流による上昇流は、上下方向に発達する積雲や積乱雲を産む。これは短時間に強い降水をもたらし、時には雷をもたらすこともある。このような雲の中の上昇流はかなり速くて、毎秒1mから10mにもなる。雹を降らせるような雲では、数十mにもなる。空気が山に当たって強制的に上昇することでも雲ができるが、台風によって太平洋側の山沿いで降る大雨や冬に日本海側の山沿いで降る雪はこの典型例。
 雲の中にたくさんの雲粒があり、その中で上昇流が起こっていると、それに伴う風によって氷や水の粒が互いにぶつかる。そうすると少しずつ雲粒が大きくなって重くなる(成長していく)。ある程度大きくなった雲粒は浮んでいられなくなって落下し始める。落下中はその下側にある雲粒と衝突するので、どんどん大きくなっていく。落下するとともに、雪や雨の粒は大きくなっていく。雪は氷点下の気温の所にあるが、落ちて来るうちに気温が氷点より暖かいところまで来ると溶けて雨になる。
 雲粒の直径は0.01mm程度だが、地上まで落ちてくる雨粒の直径は1mm以上になっている。つまり、直径で雨粒は雲粒の100倍以上、体積にすると100万倍以上になっている。雲粒100万個以上が集まって雨粒1つができるくらい。

 雲は地球にどういうはたらきをしているのか。雲は、太陽光を反射散乱して太陽エネルギーの一部を地球で吸収することなく宇宙空間へ逃がす冷却効果と、それとは逆に、地面から宇宙空間へ逃げていくエネルギー(→放射冷却)を妨げて地球を暖める効果という、相反する2つの効果を持っている。地球を冷やす効果と暖める効果の両方を持っており、どちらが大きくなるかは雲の種類によって異なる。1つめの冷却効果は、雲の日傘効果とも呼ばれる。冷却効果の大きい小さいは、太陽光がどれだけ雲粒にぶつかるかによって決まる。雲粒の少ない薄い雲よりも雲粒の多い厚い雲のほうが太陽光をより反射散乱することができる。通常、地面に近い所にできる下層雲は高い所にできる上層雲と比べると分厚いので、冷却効果、雲の日傘効果は、下層雲のほうが上層雲より大きい。
 2つめの温室効果について。雲は地面からの赤外線を吸収する性質がある。地面から来た赤外線を雲がいったん吸収し、その後雲はそれぞれの温度に応じて赤外線を回りに放射する。そこで、雲の温度を考えてみる。雲が存在しているのは地面付近から10km前後までの対流圏の中で、対流圏の気温は高さとともに1000m当たり6.5℃下がる。雲の温度はその高さの温度とそう違わないので、高い所にある雲は地面付近にある雲よりもかなり温度が低い。高い所にある雲(上層雲)は温度が低いために、赤外線で放射するエネルギーは小さい。一方、低い所にある雲は地上気温とあまり温度が変わらないので、赤外放射も大きい。おおまかに言うと、低い所にある雲は地球を冷やす効果(反射する効果)のほうが大きく、高い所にある雲は地球を暖める温室効果のほうが大きい、という性質がある。これは、現在気候変動がない場合の雲のはたらき。
 では地球温暖化によって、雲はどう変化してどのように気候変化に影響を及ぼすのだろうか。これは難しい問題。地球が温暖化した場合、@下層雲が増えるのか上層雲が増えるのか(高さによる雲量の変化)。A雲ができる地理的な場所の変化。中緯度では低気圧活動が活発で、低気圧はふつう下層の雲を伴っている。温暖化によって低気圧活動の位置はより極側に移ると考えられている。そうすると雲の位置が現在より高緯度側へ移るとされる。雲はもともと太陽光を反射しているが、太陽光は高緯度ほど少なくなるので、下層雲が本来持っている太陽光を反射させる役割が小さくなる可能性がある。そうすると地球温暖化を増幅させる。B雲の寿命が変化して、そのために雲量が変わるということも考えられる(雲の寿命が長くなればそれだけ雲量が増えるだろう)。Cさらに、エーロゾル粒子が変化することによっても、雲は変化する。

 エーロゾル粒子とはなにか。空気中には非常に小さな様々な粒子状の物質が浮んでいる。この微小な粒子(固体もあれば液体もある)を総称してエーロゾル粒子と呼んでいる。エーロゾル粒子は地球の環境や気候に対して大きな影響を及ぼしている。第1には、太陽エネルギーを散乱・吸収することで地球のエネルギー収支に大きい影響を及ぼす。第2に、エーロゾル粒子は雲粒の種として作用するので、雲の性質を変化させることを通じても気候に影響を与える。
 エーロゾル粒子の発生源としては、自然起源のものもあれば人間活動で放出されるものもある。一般に、5大エーロゾル、5種類のエーロゾルがある。それは、鉱物ダスト、海塩、硫酸塩、有機炭素、黒色炭素。自然起源のほかに、ヨーロッパ・北米・東アジアといった地域では、工業などの人間活動でエーロゾルが多く発生している。とくにアジアではその増加傾向が顕著。
 地球にはあちこちに砂漠地帯がある。アジアではタクラマカンやゴビの砂漠地帯が有名。そういった砂漠地帯で強い風が吹くと、地面から風によって砂粒が巻き上げられる。その多くは珪素と酸素を含む珪酸塩鉱物から成っている。そのためこれを鉱物ダストと言う。鉱物ダストとして有名なのが黄砂。黄砂は西日本で春を中心によく観測される現象。実は、黄砂に乗っていろいろな物質が運ばれてくる(砂だけではない。ウィルスも運ばれてくると言われている)。黄砂は海にも陸にも落下する。海に落下した黄砂は、海洋の表層のプランクトンへのミネラルや栄養塩の供給源になる。だから、海洋の生物生産、一時生産に大きな影響を与える(生物へのプラスの影響)。黄砂粒子はいったん大気中に舞い上がると、比較的大きな粒子は重力によって間もなく落下するが、小さな粒子は上空の風に乗って遠くまで運ばれる。太平洋を横断して北米やグリーンランドまで移送されたという報告もある。
 海塩は、波のしぶきで、主に塩(塩化ナトリウム)の粒が大気中に放出される。硫酸塩は、化石燃料や火山ガスに含まれる硫黄成分から生じた酸化硫黄(so2)から出来たもの。有機炭素は、植物や化石燃料、それから野焼きの煙などから形成される。黒色炭素は、化石燃料や植物燃料を燃やした時に発生する黒い色の煙となる粒子=煤。煤は黒いから光を吸収する効果があって、地球を暖める効果がある。この他に、花粉やバクテリアなどの生物由来のエーロゾルもある。
 エーロゾル粒子が大気中に浮んでいられる時間と距離は、粒子の大きさや大気中での高度などによって差がある。大きい粒子だと、数分間が寿命。 1マイクロメートル程度の小さな粒子は1週間近く空気中を漂い続ける(最後は雨や重力によって地表に落ちてくる)。そしてその間にエーロゾル粒子は気候に影響を与える。その影響の仕方はさまざま。まず、エーロゾル粒子自体が、太陽光や赤外線を反射・散乱したり吸収したりすることによって、地表に届く太陽光を減少させるという効果が大きい。とくに、太陽光を反射・散乱することで地球を冷す効果がある。この他に、エーロゾル粒子が雲の性質を変化させ、それを通じて気候を変えるということもある。
 雲ができるためには、その場の空気の温度に応じた飽和水蒸気量以上の水蒸気があることが重要。つまり、湿度100%以上が必要条件。しかし、空気があまりにもきれいだと、湿度が100%を越えていても水蒸気は水や氷にならない(過飽和と言い、120%や140%の水蒸気が存在することもある)。ふつうの空気にはエーロゾルが含まれているから、エーロゾルの回りに水滴が付いて雲粒ができる。気温が低く0℃以下になっているような上空では、水が凍って氷の粒になって、この雲粒が集まって雲になる。このように、雲粒ができるきっかけになる物を凝結核という。
 エーロゾル粒子の数の多少によって、雲のでき方も変わってくる。エーロゾル粒子の数が多い場合は少ない場合に比べて、同じ量の水蒸気がより多くのエーロゾル粒子に配分されることになり、雲粒1つ1つのサイズは小さくなる。雲粒の種となるエーロゾル粒子がたくさんあれば、同じ量の水蒸気からたくさんの雲粒ができるということ。例えば、雲粒の直径が半分になると、8倍の個数の雲粒を作ることができる。いっぽう、直径が半分の雲粒の表面積は4分の1になる。個数は8倍になるので、すべての雲粒の表面積を合わせると 1/4×8=2(倍)になる。つまり、同じ量の水蒸気がたくさんの雲粒に分配されると、全体の表面積は増える。これは太陽光の当たる表面積が増えるということで、太陽光を反射・散乱する割合が大きくなり、地上へ届く太陽光を減少させる(冷却効果が高くなる)。つまり、エーロゾル粒子の数の多少によって、雲の冷却効果の多少が変わってくる。また、小さな雲粒は、雨粒にまで成長して大気中から除去されるまでの時間が長くなる(小さいのでなかなか大気中から除去されない)。そのため、エーロゾル粒子によって多数の雲粒が作られることを通じて、雲として存在する時間が長くなる=雲の寿命が長くなる。そうすると太陽光をより長時間反射するようになる(→雲寿命効果と言う)。これも地表に届く太陽光を減少させ、地表を冷すはたらきがする。
 いっぽう、光を吸収する性質のある煤=黒色炭素は、反射効果によって地表に届く太陽光をいくぶんかは減らすものの、光を吸収し[回りに再放射して]エーロゾルを含んでいるその場の大気を加熱し、その結果雲粒の蒸発が起こったり大気が安定化して雲の発生を抑えたりして、地表に届く太陽光を増やす効果も合せ持っている。
 このように、エーロゾルは自身が太陽光を反射するほかに、雲の性質を変えることで地球を暖めたり冷やしたりする両方の効果を持っている。しかし、定量的にどれだけの影響力になるかの評価はたいへん困難で、気候変動予測の大きな不確実性のもとになっている。
 この数十年、人為的な要因によるエーロゾルの放出は先進国では減少しているが、途上国では増加している。エーロゾルは大気汚染物質でもあり、健康被害を回避するために将来的にはエーロゾルの量は大きく削減されることになるだろう。
 大気中のエーロゾルの寿命は短くて1日〜1週間だが、火山噴火などによって成層圏にエーロゾルが入ると1年から2年の寿命を持つことがある。しかし、エーロゾル粒子の寿命は基本的には短い。いっぽう、温室効果ガスの寿命は種類によって異なるが、二酸化炭素の寿命はことに長く数十年と言われている。したがって、二酸化炭素の排出が究極的に温暖化を左右することになる。エーロゾル全体としては冷却効果があるので二酸化炭素などによる温室効果を部分的に相殺しているが、将来はそのエーロゾルの量が減ることにより相殺効果は小さくなる、逆に言うと二酸化炭素の影響が大きく現われてくるようになると思われる。

◆「変わりゆく気候 気象のしくみと温暖化」(第6回)
【地球温暖化とは何か】 気象業務支援センター研究推進室長…鬼頭昭雄
もともと地球上にある巨大な量の二酸化炭素は、大気や海洋や陸上のそれぞれに貯蔵されていて、その間で炭素が交換・移動しています。そして全体としてその循環の収支は、ほぼ平衡状態にあります。大気中の二酸化炭素は、全体比では極めて少ない量ですが、近年人間活動で排出される二酸化炭素の量が、自然の炭素の循環スピードより大きくなって、そのバランスが崩れ始め、これが地球を温暖化させているのです。
[メモ]
 日本人が1年間に排出している二酸化炭素の1人当たりの量は、体積でおよそ5000立方メートル(学校の教室が1室200立方メートルとして、教室25個分)、重さでは約10トン弱。日本全体では12億トン強。世界では年間約330億トンと言われていて、日本はその3.6%。一番多いのは中国、それに続いて、アメリカ、インド、ロシア、日本の順。日本では1人当たり10トン強だが、その内訳は、産業活動34%、運輸17%、家庭15%くらい。
 [以下に、2015年度の日本の部門別二酸化炭素排出量を示す。日本の部門別二酸化炭素排出量の推移(1990-2015年度)より作成]
エネルギー転換部門(発電所等)  8000万トン (6.5%)
産業部門(工場等)  4億1100万トン (33.5%)
運輸部門(自動車等)  2億1300万トン (17.4%)
業務その他部門(商業・サービス・事務所等)  2億6500万トン (21.6%)
家庭部門  1億7900万トン (14.6%)
工業プロセス  4600万トン (3.7%)
廃棄物(消却等)  2900万トン (2.4%)
農業・その他  340万トン (0.3%)
合計  12億2700万トン (100%)

 1家庭(世帯)当たりではおよそ3.5トン。その半分が電気、4分の1がガソリン(自動車)。日本の場合、人工は増えていないが、世帯数は増えていて、世帯数が増えると照明器具や家電などがそれだけ増えるので、家庭からの排出量が増えやすいかたちになっている。[日本の人口は2015年に1億2711万人で、2010年に比べて94万7千人の減(0.7%減)。これにたいして、2015年の世帯数は5340万3千世帯で、2010年に比べて145万3千世帯の増加(2.8%増)になっている。]

 気候の変化の原因としては、地球を構成している大気、陸地、雪氷、海洋、生物相互の営みによるもの。人類の発祥以来、人間の活動が、最初は主に農業活動を通じて気候に影響を及ぼしてきた。その後18世紀の産業革命以降その影響の度合が非常に大きくなって、最近ではさらに加速度的に大きくなっている。過去100年余の観測結果によると、大気と海洋の温度は上がっている、雪や氷の量は減っている、海面水位は上昇しているなど、全体的に地球が暖まってきているという証拠がたくさん集まっている。その原因は、産業革命以降増加している人間活動で排出した二酸化炭素などの温室効果ガスの影響であるということが確実とされている。
 温室効果ガスの排出が加速していることは、経済成長と人工増加の両方によっているが、成り行きシナリオ(このままの状態が続く)では世界全体で数度の気温上昇が今世紀末までに避けられないと言われている。地球温暖化の本質は温室効果。
 地球全体を、エネルギー的にどういう状態にあるかを考えて見てみると、地球がエネルギー的に平衡状態にある時は、大気上端でのエネルギーの出入り(入ってくる太陽の放射エネルギーと宇宙空間へ出ていく赤外放射エネルギー)のつり合いが取れている。平衡状態の時に、太陽放射か赤外放射のどちらかが変化すると、正味の放射は変化し 0ではなくなる。このような変化は放射のエネルギー収支(放射収支と言う)の変化を通して起こるから、その変化量を放射強制力と呼ぶ。これは、様々な要因による、気候を変化させる余分なエネルギー量。様々な要因には、自然起源によるものと人間活動によるものの両方がある。この値がプラスだと温暖化、マイナスだと寒冷化をもたらす。単位は 1平方メートル当たりのワット数。放射強制力を変化させる原因としては、太陽からの入射量、大気中の温室効果ガス濃度、エーロゾルの排出量、土地利用の仕方で地表面を変えることによる反射率の変化などがある。放射強制力という概念を使うことで、様々な気候変動の原因を定量的に比較することができるようになる。 0でない放射強制力があると、気候システムはバランスを保つように変化する(プラスの放射強制力は地表を暖め、マイナスの放射強制力は地表を冷やす)。
 ちなみに、大気中の二酸化炭素濃度が2倍になると、その放射強制力は1平方メートル当たり約 +4W。太陽放射エネルギーは1平方メートル当たり約340Wで、大気中の二酸化炭素濃度が倍増したとしても、その放射強制力はその 1%程度だから非常に小さいと思われるかも知れないが、それが地球の気候のバランスを変え気候の変動をもたらす。
 ここで IPCC[Intergovernmental Panel on Climate Change: 気候変動に関する政府間パネル。国連と世界気象機関(WMO)により1988年に設立された。実際に研究を行うのではなく、気候変動に関する多くの科学者の研究成果をまとめて、問題解決に必要な政策を提言する]の第5次評価報告書[第1作業部会の報告『気候変動2013 - 自然科学的根拠』、第2作業部会の報告『気候変動2014 - 影響・適応・脆弱性』、第3作業部会の報告『気候変動2014 - 気候変動の緩和』]でまとめられた数値を引用する。
 産業革命以前の1750年と2011年時点の差でもって放射強制力を評価している。人為起源の放射強制力の合計は1平方メートル当たり2.29Wと見積もられた。放射強制力がプラスということは、気候システムが正味でエネルギーを吸収している、地球を暖めているということを意味する。1950年時点ではこの値は0.57Wと評価され、1990年時点では1.25W、それが2011年には2.29Wになったということで、ここ数十年で急激に増えていることが分かる。この放射強制力がプラスであることの一番の原因は、二酸化炭素の大気中濃度が増えているということ。(産業革命前に比べて)40%増えた。これが正味の放射強制力にもっとも寄与していて、1.68W。温室効果のある気体は、二酸化炭素のほかに、メタン、一酸化二窒素、ハロカーボンルイがある。これら4種は大気中でよくかき混ぜられている気体なので、よく混合された温室効果ガスと言われる。これら4種をすべて合わせると、 3Wの放射強制力がある。
 ちなみに、二酸化炭素は、化石燃料の燃焼、セメントの生産、森林伐採などの土地利用の変化によって出てくる。メタンは、湿地や水田で枯れた植物が分解する時、家畜の腸内発酵で出るげっぷ、さらには天然ガスの採掘や廃棄物の埋め立て、バイオマスの燃焼などでも発生する。一酸化二窒素は窒素肥料を使うことで発生する。ハロカーボン類は、むかし冷蔵庫の冷媒などに使われていたフロンなど。
 エーロゾルは総体として地球を冷却する効果があると言われ、 -0.82W と見積もられている。これは、よく混合された温室効果ガスによる世界平均の効果のかなりの部分をエーロゾルが相殺しているということになる。ただし、エーロゾルの放射強制力の見積りはけっこう難しくて、その見積りの幅は -2.1Wから +0.17W までで、ひじょうに大きな不確実性の幅がある。
 人間活動による土地利用の変化、主に森林を耕地に変えることは、太陽光をよく吸収していた森林をより明るい地面に変えることだから、太陽光を反射させる方向にはたらくので、 -0.15W の寒冷化の効果がある。その他、自然起源として、太陽放射量の自然的な変化、火山起源のエーロゾルによる放射強制力の変化もあるが、大規模な火山噴火の後の数年間を除くと、正味の放射強制力にたいしてはほんの僅かな強制力しかないと見積られている。例えば、太陽放射の変化による放射強制力は +0.05W と推定される。
 現在の地球のエネルギー収支が平衡状態にない=不均衡であることは、大気上端におけるエネルギーの出入りから推測できる。最近の地球観測衛星のデータによると、入射してくる太陽放射 340W に対して、反射された太陽放射 100W、赤外線により地球から宇宙へ放射されるエネルギー 239Wで、出ていく放射量は 339Wとなり、 1Wの入超になっている。つまり、現在の地球はエネルギー的にバランスを保っておらず、入ってくるエネルギーが出ていくエネルギーよりも多いために、地球が暖まっているということを示している。ただし、観測には誤差がつきものなので、 1Wの値がどれくらい確かなのかについては今後さらに精査する必要がある。

 次に、温室効果ガスの中でもっとも重要な二酸化炭素について。なぜ二酸化炭素が重要かというと、他の温室効果ガスに比べて寿命が長いから。過去の観測データから、大気中の二酸化炭素濃度は200年以上にわたって増え続けていることが分かっている。人間は、農業を開始してから森林を伐採し農耕地を広げることで二酸化炭素を大気中に排出してきたが、産業革命以降は化石燃料を燃やすことで二酸化炭素の排出量を急激に加速している。大気中の二酸化炭素濃度は過去数百年にわたって280ppm前後だったと推定されているが、産業革命が起こった18世紀後半以降増え続けている。今日では400ppmに達したので、43%も増えたことになる。
 大気中の二酸化炭素濃度の直接観測は、1957年に南極点で、1958年にハワイのマウナロアで始まった。どちらも工業活動から遠く離れた場所なので、バックグラウンドの値を測ろうということでこれらの場所が選ばれた。1950年代後半の二酸化炭素濃度は、南極点、マウナロア両方とも314ppmくらいだった。それが年々増加して、マウナロアでの観測値は2015年に400ppmを越えた。またこの間の二酸化炭素濃度の推移をみると、年々の増加幅も増えてきている。[世界気象機関 WMOは、10月30日、二酸化炭素の2016年の世界平均濃度が403.3ppmで、前年より3.3ppm増加したと発表。その原因として、人間活動による二酸化炭素の放出とともに、2014年夏から2016年春まで続いた強力なエルニーニョ現象の影響もあるという。過去10年の年平均の増加量も 2.21ppmと高い値。]
 日本でも気象庁は、綾里[岩手県南東部、太平洋に面する大船渡市の旧村域]、南鳥島、与那国島の3地点で観測している。いずれも工業活動から離れた所なので、日本のバックグラウンドの値とされる。この内の2地点、綾里と与那国島で2014年に400ppmを越えた。[2020年の平均濃度は、綾里で416.3ppm、南鳥島で414.5ppm、与那国島で417.2ppmで、3地点とも前年を上回り観測史上最高になった。]
  [理科の点字教科書で、綾里、南鳥島、与那国島での、2007年1月から2017年1月までの二酸化炭素濃度のグラフを触察した。3地点ともおおむね、380ppm台から400ppm台に増加している。各地点とも1年を周期とした変化があり、その振れ幅は、南鳥島と与那国島では10ppm前後、綾里では15ppm前後で、綾里のほうが大きい。また、各地点とも年周期のピークは3〜4月ころ、底は9月ころ。 30度幅ずつの緯度別の1985年から2015年までの二酸化炭素濃度のグラフもあって、これを見ると、南半球では340ppmくらいから390ppmくらいへゆるやかに増加、年周期の変化はほとんど見られない。これにたいし北半球では、340ppmくらいから400ppmくらいへと増加し、また細かい年周期の変化がある。そして、高緯度ほどこの年周期の振れ幅が大きくなっている。]
 マウナロアと南極点で観測された二酸化炭素濃度の経年変化を見てみると、2つの大きな特徴がある。1つは、マウナロアでの二酸化炭素濃度には顕著な季節変化があり、5月に最大値、9月に最小値となる鋸型の季節変化をしている。南極点では明瞭な季節変化は見られない。2つ目の特徴は、1960年代くらいまではマウナロアと南極点で年平均の濃度がほぼ等しかったのに対して、その後はマウナロアでの濃度が南極点での濃度を上回るようになった。このような特徴が何を意味しているのか、考えてみる。
 二酸化炭素は大気中でよく混合される気体だと言ったが、よく調べてみると、その濃度は場所(緯度・経度・高度)や季節によって異なる。それは、どこで二酸化炭素が放出されるか、どこで吸収されるかによって異動している。大気中の二酸化炭素濃度の季節変化には、植物が関わっている。植物は二酸化炭素を吸収して酸素を出す光合成活動と、逆に酸素を吸収して二酸化炭素を放出する呼吸活動の両方をしている。植物の呼吸は夏でも冬でも起こる(夏のほうが冬よりも少し盛ん)。光合成は、夏のほうが冬よりもずっと大きい。そのために、光合成活動が活発な春から夏にかけて二酸化炭素が植物に取り込まれる。植物が成育する陸地は北半球に多いことから、大気中の二酸化炭素濃度は、北半球の春から夏にかけて減少して、夏から次の年の春にかけて増加するという鋸型の季節変化をする。季節変化の幅も、光合成をする植物の多い北半球で大きく、南半球で小さくなる。
 [最近仕事関連の点訳資料で、南極点、マウナロア、綾里の3地点についての1985年から2005年までの二酸化炭素濃度の変化を示すグラフを点図で触察した。二酸化炭素濃度の 1年を周期とする変化は、南極点では見られず、マウナロアと綾里で見られるが、綾里のほうがその振れ幅がずっと大きい。南極点では、1985年347ppmくらいから、2005年370ppmくらいにゆるやかに増え、1年周期の変化はほとんど見られない(1990年と1998年にはわずかに減っている時期がある)。マウナロアでは、1985年350ppmくらいから、2005年380ppmくらいまで、4〜5ppmくらいの幅の1年周期の増減を繰り返しながら、上昇している。綾里では、1985年354ppmくらいから、2005年382ppmくらいまで、10ppm前後の幅の1年周期の増減を繰り返しながら、上昇している。マウナロアと綾里の1年周期の振れ幅の違いについては、それぞれの地域での光合成量の変化と結び付けて考えれば次のようになるだろう。綾里では、冬は0℃以下、夏は20℃以上になって、冬に落葉する夏緑樹が主で、光合成は夏には活発に行われるが冬にはほとんど行われなくなる。ハワイ(マウナロア)では17℃〜30℃くらいで、年間を通じて光合成をする常緑樹が主で、冬にも光合成が行われていて、二酸化炭素濃度の変化の振れ幅はそんなに大きくはならない(光合成の速度は気温が高いほど大きくなるので、夏のほうが光合成量が多くなってそれだけ二酸化炭素濃度が小さくなる)。]
 いっぽうで、人間活動に伴う化石燃料の消費などによる二酸化炭素の放出は北半球の中・高緯度の陸地で大きい。北半球から南極まで混合・輸送されるまでには時間がかかる。二酸化炭素の排出が加速度的に進んだ最近では、排出源に近い北半球の中高緯度地帯での濃度が、南半球での濃度よりも高くなっている。とくに、ヨーロッパ、東アジア、北米東部では世界平均よりも高い濃度を観測している。

 二酸化炭素は、大気、海洋、陸上生物圏の間を循環している。人間活動で排出された二酸化炭素の行方を知るには、まず人間の手が入らない以前に地球上の二酸化炭素がどのように循環していたかを知る必要がある。大気中に含まれている二酸化炭素に比べて桁違いに多い炭素が、海洋、陸上の植生・土壌中に存在している。大気、海洋、陸上生物圏のそれぞれに巨大な量の炭素が貯蔵されていて、それらの間で炭素が交換・移動している。これを、炭素の貯蔵庫とその間の交換という意味で、炭素循環と呼ぶ。
 まず、産業革命前の大気、海洋、陸上生物圏それぞれの炭素の貯蔵量とそれらの間の交換量をみる。産業革命前の大気中の二酸化炭素の量は、炭素に換算して5890億トンと見積られている。陸上には、植生・土壌・有機堆積物というかたちで大気中の7倍から9倍の炭素が貯蔵されている。また、化石燃料としては2倍から3倍の炭素が貯蔵されていた。海洋の中にはさらに多くの炭素があって、大気と直接触れる海洋表層部では9千億トン、中層・深層の海洋には37兆トンの炭素があると見積られている。その他に、海洋の生物や深海底にも炭素がある。海洋の表層という場合には、水温が季節変化するあるいは年による変化の大きい推進300mくらいまでを言うことが多い(太陽光が届いて植物プランクトンによる光合成が起こっている所)。全体をまとめると、大気中にある炭素量を 1とすると、陸上生物圏に7〜9、化石燃料として2〜3、海洋には60の炭素が貯蔵されていたことになる。
 次に、1年当たりの炭素の交換量をみる。大気と陸上生物圏の間では、植物の光合成による炭素の固定で1年に1200億トンを大気から吸収、植物の呼吸や枯死体の分解でほぼ同量を大気に放出。大気と海洋表層との間では、1年に800億トンくらい炭素が行き来している。大気と陸上生物圏との間も、大気と海洋との間も、おおよそ 1千億トン内外の炭素を交換しながらも、差し引きの正味ではその数百分の1(数億トン)の炭素が移動しているにすぎない。そして全体での収支はほぼ0であって、産業革命前ではこのような交換で地球上の炭素の循環は閉じていた。つまり、炭素的にはほぼ平衡状態にあったと見積られている。
 炭素循環を考える場合、どれくらいの時間スケールで考えるかが大事。地質時代といった非常に長い時間を考えると、炭素は固体地球から火山によって大気中に噴出される。その後、風化や海洋生物が炭素を固定することで固体地球に戻るという循環になっている。火山による二酸化炭素の大気中への放出は、炭素換算で1年に 1億トン程度。この1年に1億トンは、地質時代という非常に長い時間を通して考えると、積算して非常に大きな値になるが、1年当たりでは現在の炭素循環から比べると大きな値ではない。現在の人間活動による炭素の排出は、1年に90億トンくらい。(地質時代の火山活動による大気中への二酸化炭素の放出はその 1%くらい。)それだけ、人間活動は自然界の炭素の循環のスピードより大きい、ということが地球温暖化問題の本質になっている。
 今回のまとめとしては、大気中の二酸化炭素濃度が増えることで、地球が太陽から受け取るエネルギーと地球が宇宙空間に放出するエネルギーのバランスが崩れて地球が暖まっているということ、全体のエネルギーの出入りからすると僅かな量だが、これが地球を温暖化させているということ。

◆ 「変わりゆく気候 気象のしくみと温暖化」(第7回)
【二酸化炭素と温暖化】 気象業務支援センター研究推進室長…鬼頭昭雄
化石燃料の燃焼による二酸化炭素の放出量は、この50年で4倍になりました。排出された二酸化炭素は、海洋と陸域に吸収されますが、放出量が吸収量を上回り続けているのです。地球の温暖化は、海洋では表層と深層の海水循環を弱め、炭素を溶けにくくし、陸域では土壌微生物の分解作用による炭素の吸収が減るといった影響が懸念されています。このまま二酸化炭素の増加が続けば、大気中の二酸化炭素の濃度は高まるばかりです。
[メモ]
 生物界の中では二酸化炭素の循環は閉じている。だから、人間が呼吸することで地球を温暖化させることはない。大気中の二酸化炭素濃度が増え続けている理由は、人間による石炭・石油のような化石燃料の燃焼や森林伐採などで二酸化炭素を大気中に排出し続けているから。
 前回は、産業革命前における自然界での炭素の大気・海洋・陸上生物圏の間の循環について説明した。では、現在はどのような炭素循環になっているのか?
 産業革命(1750年とする)以降2011年までの人間活動による二酸化炭素の排出総量は、炭素換算で約5450億トンと見積られている。その3分の2が化石燃料の燃焼およびセメントを生産する時に出てくる二酸化炭素[セメントの原料となるクリンカーは石灰石と粘土を混ぜて焼成して製造するが、この時に二酸化炭素が発生する]。残りの3分の1が森林伐採やその他の土地利用の変化によって出てきたもの。
 2016年の二酸化炭素濃度は400ppmを越えた。IPCCの第5次評価報告書の基準年となった2011年の二酸化炭素濃度は390.5ppm。この値から大気中の炭素量を計算すると、約8280億トンとなる。産業革命前はこの数値は5890億トンと見積られているので、およそ2400億トン、割合にして約4割増えた。
 
 人間活動で排出された二酸化炭素がすべて大気中に残っているわけではない。炭素は大気と海洋および陸上生物圏との間で交換されており、その結果実質的には海洋および陸上生物圏によって炭素の吸収が起こっている。2000年代には1年当たり化石燃料の燃焼などで78億トン、森林伐採などの土地利用で10億トン、計88億トンの炭素が大気中に排出されたと見積られている。そのうち、海洋に24億トン、陸上生物圏に24億トン、計48億トンが吸収されたと見積られている。したがって、大気中には1年当たり40億トン残ったことになる。
過去50年ほどについては、大気中の二酸化炭素濃度の測定がなされているので、毎年の二酸化炭素の交換量、およびその経年変化を見積ることができる。ここ50年ほどで、化石燃料の燃焼による二酸化炭素の放出量が4倍になっている。その経年変化を見ると、1980年代前半に世界経済が停滞し、そのため二酸化炭素の放出量がいったん減少傾向になった時期がある。世界の石油生産量は、1980年のピークの後、1980年代に20%弱減少したが、1990年代以降は1980年のピークを上回っている。さらに2000年代に入ってからは、毎年の二酸化炭素放出量の増加分自体が増えるようになっている。これは主に石炭の消費量が増えたためと考えられている。
 いっぽうで、土地利用の変化による二酸化炭素の放出は、1960年代には年に約15億トンだったが、2000年代に入ってからは年に約10億トンくらいに下がっている。
 大気中の二酸化炭素の年ごとの増加量は年によって変動するが、年間の増加量は徐々に増えてきていることが分かっている。(排出された二酸化炭素の半分弱は海洋と陸上生物圏によって吸収されている。)
 海洋による二酸化炭素の吸収量の見積りをみると、長期的には徐々に増えている。1960年ころと比べると最近では2倍の吸収量になっている。陸上生物圏によっても二酸化炭素は吸収されているが、その吸収量を観測から求めることは極めて困難。そのため、
「化石燃量の燃焼による二酸化炭素放出量 + 土地利用の変化による二酸化炭素放出量 (=人間活動で放出した値)」 − 「海洋による吸収量 + 大気中で増えた二酸化炭素の量」
というやり方で陸上生物圏による吸収量を間接的に求めている。その結果として、陸上生物圏による二酸化炭素の吸収量の年々変動は非常に大きく、ほぼ0の年から年間に40億トン強の年まであることが分かっている。基本的には陸上生物圏によって二酸化炭素は吸収されているが、特定の年(1987年)には5億トンの炭素が陸上生物圏から大気中に放出されたと推定されている。このように年々の変動が大きいのが、大気と陸上生物圏との間の二酸化炭素の交換の特徴。
 この50年間の値を見てみると、大気中に放出された二酸化炭素の57%が海洋と陸上生物圏で吸収されたと計算される。海洋と陸上生物圏による二酸化炭素の吸収量の総量は増え続けているが、年ごとに、吸収量の増える割合は放出量の増える割合よりも少なくなっていることも分かっている。50年間を平均すれば57%だが、50年前は大気中に放出された二酸化炭素の60%が海洋と陸上生物圏に吸収されていたが、最近ではその値は55%になっている。海洋と陸上生物圏に吸収されるこの割合の減少は今後も続くと考えられる。
 
 次に、大気と海洋および陸上生物圏との間での二酸化炭素の交換について詳しく見てみる。まず、大気と海洋の二酸化炭素の交換から。水に溶け得る二酸化炭素の量は温度に依存し、水温が低いほど多くの二酸化炭素が溶け得る。大気と海面との間では常に二酸化炭素の交換が起こっており、それはその場所・その季節における海での大気と海水の二酸化炭素濃度の差によっている(二酸化炭素も濃度の高い所から低い所へ移動する)。大気中でも海洋中でも、それぞれ大気の循環・海水の循環によって二酸化炭素は混合されているが、その場所・その季節における海面での値は時々刻々変化する。(二酸化炭素が水に溶けると、一部は重炭酸イオンになり[→海水の弱酸性化]、残りは二酸化炭素のまま水に入っている。)
 海の中でも深い所は[水温が低くて]二酸化炭素濃度が大きく、下層から表層へ海水が湧き上がってくる所では二酸化炭素を多く含んだ海水が湧き上がってくるので、表面の海水の二酸化炭素濃度は高くなる。こういう海域では表面海水中の二酸化炭素濃度が高いので、海から大気へ二酸化炭素が放出される。その他の海域では逆に二酸化炭素は大気から海洋に取り込まれている。このように大気から海洋へ二酸化炭素が取り込まれている海域のほうが多いので、全体的に海は大気から二酸化炭素を吸収している。人間活動で大気中へ二酸化炭素が放出されると、海面で大気中の二酸化炭素濃度が増加し、世界全体で見ると海面での大気と海の二酸化炭素濃度の勾配ができ、大気から海への二酸化炭素の移動が起こる。
 海の中では、海面で二酸化炭素が大気から取り込まれ、海水が混ざることで深い所へ運ばれ、中層・深層部で二酸化炭素も交換される。さらに、海洋の表層部には植物プランクトンがいて、光合成をして海水中の炭素の一部を有機物に変える。[そして植物プランクトンは動物プランクトンに捕食される。]これら海洋生物の死骸や排泄物は沈降し、中層・深層へと運ばれていく。こうして海洋生物によって海洋の中層・深層へと炭素が運ばれることを「生物ポンプ」と言う。
 このように、海面での大気と海の二酸化炭素濃度の差を解消するように二酸化炭素は大気から海に取り込まれるが、常に[人間活動で大気に二酸化炭素が放出されるので]時間遅れが生じるために、現在では常に大気から海へ取り込みが行われている。
 次に陸上生物圏の役割について。現在の炭素循環において不確実性の大きいのが、陸上生物圏による吸収量。直接観測が困難なので、人間活動による放出量から海洋による吸収量の残渣として間接的にしか見積られていない。その結果として、陸上生物圏は二酸化炭素の吸収源であるとされている。
 陸上生物圏では光合成による二酸化炭素の吸収が呼吸による放出を上回っているために、正味では二酸化炭素を吸収している。地域で見てみると、生物活動の活発な北半球の中緯度地域で陸上生物圏に炭素が取り込まれている。気温の高い熱帯では呼吸作用や分解作用が活発になるので、正味の交換量はほぼゼロだろうと評価されている。
 以上は百年くらいの時間スケールの話。地質時代の長い時間スケールではこれと異なったことが起こっていて、陸域では岩石が風化し、岩石由来のカルシウムイオンなどが炭酸イオンと結合して炭素が固定され、炭素が取り除かれる。地質時代といった非常に長い時間スケールでは風化が重要になってくる。私たちが今問題にしている時間スケールでは、光合成と呼吸のどちらが大きいかが問題になっている。
 
 大気中の毎年の二酸化炭素濃度を見てみると、毎年の濃度およびその増加量は年ごとに違いがある。1年当たりの増加量は極端に大きいあるいは小さい年を除くと、1ppmから3ppmの間で変化している(年によって二酸化炭素の増加量が3倍も異なる)。その年々の変動を引き起こす要因の一つがエルニーニョ現象。エルニーニョ現象が発生している時には、年間の二酸化炭素の増加量が高く、逆にラニーニャ現象の時には年間の増加量が低い、という対応関係が見られる。
 なぜエルニーニョ現象によって二酸化炭素の交換量が変わるのだろうか。海と陸でそれぞれ異なった様相が見られる。まず海について。南米ペルー沖では通常、海洋の深層の二酸化炭素濃度の高い海水が表面まで湧き上がってきており、そのためこの海域では海から大気へ二酸化炭素が放出されている。エルニーニョ現象が発生するとこの海域では湧昇流が抑えられ、そのため海洋から大気中への二酸化炭素の放出が抑えられることになる。つまりこの海域では海水温が高い時に大気中の二酸化炭素濃度は相対的に低くなる。
 次に陸のほうについて。エルニーニョ現象が発生している時には陸上生物圏から大気への二酸化炭素の放出が増えることが知られている。エルニーニョ現象が起こることで、地球規模で温度や降水量の変化が起こり、これが陸上の植物の光合成や呼吸に影響を与える。また、気象の変動は森林火災の発生にもつながって、年々の大気と陸との炭素の交換量に影響を及ぼしている。世界的にはエルニーニョ現象発生時には気温が高くなる所が多い。気温が高くなると、植物の呼吸活動が活発になり、また土壌中の有機物の分解が促進されると考えられる。1987〜88年の20世紀最大のエルニーニョ現象では、東南アジア、インドネシア、オーストラリアで旱魃になった(とくに、スマトラ島からマレー半島、ボルネオ島にかけての広範囲で乾燥状態が続き、森林火災が多く発生した)。またユーラシア大陸では冬のシベリア高気圧の発達が弱くて、中国や日本では暖冬傾向になった(北アメリカでも同様に高温の冬だった)。記録的な高温が、通常は二酸化炭素を吸収している陸域で逆に放出に転じてしまい、そのために大気中に二酸化炭素の一時的な急激な増加をもたらしたと考えられている。エルニーニョ現象発生時に、海では熱帯域を中心に海から大気への二酸化炭素の放出が抑えられるので二酸化炭素の増加量は減る方向にはたらくが、陸域での影響のほうが大きく、全体としては二酸化炭素が増加する。
 海と陸域による二酸化炭素の吸収は、地球温暖化によってどのように変わるのだろうか。人間活動によって大気中の二酸化炭素濃度が高くなると、海面での大気と海洋の二酸化炭素分圧に差ができて、海洋は大気からさらに二酸化炭素を取り込むことになる。海水温が上昇すると二酸化炭素は溶け難くくはなるが、まったく溶けなくなることはないので、海は二酸化炭素を吸収し続けると思われる。しかしその程度は、表層の海水中の二酸化炭素がどのようにして中層・深層へ運ばれていくかに大きく依存していると思われる。温暖化の結果海で起こる変化として、海水温の上昇とともに、とくに成層の安定化と海洋循環へ影響する可能性が高いと考えられている。海はもともと、表層の水温が高く深い所の水温は低くなっている。海水の密度は水温と塩分で決まり、表層ほど密度が小さく、安定な成層状態にある(上と下が混ざりにくい状態)。温暖化によってまず表層の海水が昇温し、海洋の上下方向の成層をより安定化させる(上下方向に混じりにくくなる)。地球全体で海水は循環しているが、その主な源は、高緯度の海域で表層の塩分濃度の高い海水が冷却されて沈降していくことで起こっている。温暖化することで表層の海水の冷却が小さくなると、世界全体の海洋の循環が弱まると考えられている。この二つ、成層の安定化と海洋循環の弱まりの結果、表層から深層への炭素の輸送が弱まり、海洋が大気中の二酸化炭素を吸収する効率が落ちる可能性が高いと考えられている。海の役割をまとめると、大気中の二酸化炭素濃度が増え続けると、大気から海洋への二酸化炭素の取り込みの効率は落ちるが、引き続き海洋は二酸化炭素の吸収源であり続ける。
 陸上生物圏が将来にわたって二酸化炭素の吸収源であり続けるかどうかについて、世界の研究者によりその推定に大きな幅がある(不確実性が大きい)。温暖化すると、陸域では中高緯度で植物の成育が促進されるだろう。これは光合成が活発になるということだから、二酸化炭素の吸収は増える。一方、温度が上がると土壌中の微生物の分解によって二酸化炭素の放出が増える。どちらが大きいかの見積りは難しいが、量的には後者、すなわち土壌微生物の分解作用のほうが勝って、陸域による二酸化炭素の吸収が将来は減るのではないかと考えられている。そうなると、人間活動で排出した二酸化炭素のうち大気中に留まる分がより増え、温室効果も大きくなって気温上昇がさらに加速する(正のフィードバック)と考えられる。ただし、その推定には大きな不確かさがあって、温暖化した将来の気候においても現在のように陸上生物圏は炭素の吸収源であり続けるという推定から、光合成による効果を土壌中微生物による排出効果が凌駕して、陸上生物圏は炭素の発生源になってしまうという推定まである。
 推定値に大きな違いが出る原因の一つは、大気中に二酸化炭素が増えた時に光合成がどの程度活発になるかがよく分かっていないということ。さらには高緯度地域に永久凍土があり、温暖化によってそれが溶ける方向にはたらく。しかしこのプロセスもよく分かっていない。凍土の中には炭素やメタンが入っていて、凍土が溶けるとそれが大気中に放出され温室効果ガスが増える。どれくらいの量の温室効果ガスが何時放出されるのか、その見積りができていない。また、大気中の二酸化炭素が増えた時の植生の変化、土壌からの二酸化炭素放出(温度依存性がある)など、多くの複雑な生物地球科学のプロセスがよく分かっていないため、気候変動予測の不確実性の大きな原因となっている。
 今回は、自然界の中で炭素は循環していること、人間活動で大気中に放出される二酸化炭素の半分ほどは海洋と陸上生物圏が吸収していることを話した。もし海洋と陸上生物圏での吸収がなかったら大気中の二酸化炭素濃度は2倍になっていたと思われる。このまま二酸化炭素を排出し続けると、海洋と陸上生物圏での二酸化炭素の吸収の効率が減って、よりいっそう大気中の二酸化炭素濃度が増えると考えられている。
 
(2017年10月21日、11月1日更新)