陶のオブジェに触る

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 3月14日、愛知県瀬戸市にある愛知県陶磁美術館で開催された「触れてたどる焼き物の歴史 第4弾 〜現代陶芸 その1 オブジェ作品」に参加しました。同館では数年前から、視覚障害者対称に「触れてたどる焼物の歴史」シリーズのプログラムを行っていて、今回はその4回目。私は初めての参加です。ちなみに第1回は古代から中世の焼き物、第2回は近世の食器、茶道具、第3回は現代の茶碗、茶道具だったそうです。いずれも、初めに作品鑑賞を行い、その後で作品制作も行うというものです。
 自宅を6時過ぎに出て、新幹線で8時半前に名古屋に到着、そこからはアートな美の方と一緒に地下鉄東山線に乗って30分ほどで終点の藤が丘駅、そこでリニモに乗り換えて15分ほどで陶磁資料館南駅へ、そこから歩いて10分ほどで陶磁美術館の本館に到着しました。(本館までの道すがら、いくつか愛知県ないし周辺の陶を紹介する陶板があって、私は志野、折部、御深井、古瀬戸に触りました。志野は葉か花のような模様、織部はすすきに兎と亀?、御深井は左にくちばしが向いて羽を広げたキジ?のような大きな鳥、古瀬戸はぎざぎざした波模様のようなのが描かれていました。)

 参加者は視覚障害の人が6名、アートな美の方々が10名弱だったでしょうか、10時ころから鑑賞会が始まり、最初に今回の企画の簡単な説明とスタッフ(学芸員4人と陶芸館の方2人)の挨拶。これまでは主に器作品を鑑賞してきたが、今回は現代のオブジェ(用途や機能を考慮しない立体造形)だとのこと。早速4グループに別れて、4つの作品を順に鑑賞します。各作品には学芸員が付き、1作品20分弱で、学芸員・見えない人たち・アートな美の方々があれこれ話しながら鑑賞します。以下私が鑑賞した順に4作品を紹介します。
 最初に触ったのは、加藤清之「作品 72E」(1972年制作)。全体の形は、1辺が24、5cmくらいのほぼ立方体の箱のようなものです。全体の手触りは、小さなつぶつぶがあったり、とてもつるうっとした部分があったり。そして側面には、2〜3cmくらいの、円や四角の突起があり、私はなにか機械を操作する時のダイヤルやボタンのように、回したり押してみたりしたくなりました。また、手前の面には、細かく多数の溝のようなのが走り細かい凹凸になっていて、アートな美の方はなにかの基板みたいと言って、私も同感。持ち上げてもらって底面を触ってみると、中央部がややふくらんでいてその中心に直径7、8cmほどの円い穴が空き、中は空洞、そしてその円い穴の回りにはきれいなリング状の線が連なっていて轆轤で作っているらしいことが分かります。初めは轆轤で作り、それから円の四方に直角3角形のような粘土板をくっつけて底面にしているようです。(加藤清之氏は、1931年愛知県瀬戸市の瓦屋?に生まれ、愛知県立瀬戸窯業学校卒、入学 (佃教諭に美術をまなぶ。若い時に草月流の勅使河原蒼風に影響を受け、多彩な作風のようだ。)
 次に、金重晃介「聖衣」(1992年制作。形といい手触りといい、今回の鑑賞会で私が一番気に入り感動した作品です。全体にサラサラとした土の手触りで、とくに細く平行に並ぶ無数とも言えるほどの筋が触って心地好い。備前焼だとのこと、なるほどと思いました。高さ40cmほど、低面が20cm余、上縁が10cmくらいの4角錐台の器を、厚さ1cmくらいの細い襞のような筋の入った大きな衣3枚が、衣の端を器の口に巻き込むようにしてひっかけて、器全体をフワアッと覆い包むようになっています。衣は数箇所大きな筒状にまるくなったりして、先端はフワアッと浮いているような感じ、全体の広がり方や曲面から、私は兵庫県美で触ったことのあるホアン・ミロの「人物」を思い出していました。全体の姿は見る(触る)方向によって変化して、ある方向から触ると襟元の下で左右の衣を合せているように見え、別の方向から触ると前を大きな衣で覆っているようにも見えます(たぶん作家さんはこちらの方向から見られるつもりで作ったかも)。午後の制作体験では、この作品のイメージを少しだけでも生かしたいと思いました。(金重晃介は、1943年生まれ、古備前の再興につとめ今日の備前焼隆盛の基礎をきずき人間国宝にもなった金重陶陽の三男。陶磁美術館のこのシリーズの第3回目で陶陽の作品を触ったそうです。)
 次が八木一夫の「碑」(1963〜64年ごろに制作していた「壁体」シリーズの中の1点で、「壁体」とのみ表記されていることもあるとのことです)。幅60cmくらい、高さ50cm弱、厚さ7〜8cmくらいのものが立っています。その前面と後面は厚さ1cmくらいの大きな1枚の壁になっていて、その2枚の壁が長さ5cmくらいの多数の棒でつながっている構造になっています(大部分の棒は壁にたいして垂直ですが、中には筋交いのように斜めになっているものもあった)。この作品の作り方ですが、私は2枚の広い板をまず作り、水平にした板の上に棒を立てその上にもう1枚の板を乗せたのかと思いましたが、前面と後面の壁の内側をよく触ってみると3〜4cm置きくらいに横に水平な線が走っていて、棒はちょうどその境界線の辺にあります。高さ3〜4cmの細長い板状のものをまず作り、両側の細長い板を棒でつなぎ合わせながら上にだんだんと積み上げるようにして作っていっただろうとのことです。もう1つこの作品には特徴があって、壁面の一部がシワシワ、クシャクシャしたような感じになっています。これは八木一夫の「皺寄せ手」という方法で、紙の上に軟らかい薄い粘土板を置いて手指でつまんだりくしゃくしゃにしたりして、壁面に張り付けているようです。(八木一夫:1918〜1979年。京都に生まれ、37年京都市立美術工芸学校彫刻科卒。1948年、鈴木治、山田光らとともに「走泥社」を結成して中心的な役割を果たし、新感覚の陶芸運動、さらには器としての機能を捨てたオブジェ作品に向かい、様々な手法を試み作品にしているようだ。)
 最後は、荒木高子「パンドラの箱」(1984年制作)。1辺が30cm余ほどのほぼ立方体の箱型で、上面の手前側半分くらいが開いています。立方体の箱の各辺はしっかりした柱のようになっていて頑丈な感じがし、上面の開口部はむりにひきはがしたかのように少し波打っています。全体はくすんだ金色のようで、焼け焦げたような感じが見て取れるそうです。箱の中に手を入れると、内側の面はザラザラ、クチャクチャした感じで中まで焼け焦げているようです。そして箱の中央には本がページを開いた状態で投げ入れられて?いて、しかも本の右側のページには3cmほどの円い穴が開いています。本にはアルファベットが書かれていて Matthew(マタイ)という語もはっきり読み取れ、「マタイによる福音書」のようです。本のページをそうっと触ってみましたが、1〜2mmくらいの厚さで各ページは上側がしっかり隙間がある状態になっていて、このようなものをどのようにして作ったのだろうと思ったりしました(それにしても、こんなに細かくて壊れそうなものをよく触らせてくれたものです!)。パンドラの箱は、ギリシア神話で、あらゆる悪・不幸・禍が詰まっていた箱をパンドラが好奇心から開けてしまい、いろいろな不幸が人間の世界に広がり、(むなしい)希望だけが箱の底に残ったというお話。焼け焦げたパンドラの箱の中に聖書を投げ込む?とは、どんな意味があるのでしょうか?(荒木高子:1921〜2004年。兵庫県西宮市出身、土による聖書シリーズ作品をつくり続けたそうです。)
 
 昼食後、午後1時くらいから陶芸館で制作体験。午前中に鑑賞した作品のイメージを参考に、あるいは自由に何でも作ってよいということで、私はあの「聖衣」のイメージを少しでも生かしたもの(布がひらひらと広がったような感じ、また重力でうねうねと曲面になるような感じ)をと考えて作りました。どんな物ができあがるかは、作品が焼き上がるまでは分かりません。1ヶ月ほどして届くとのこと、少し楽しみにしています。
 *予想よりも早く、3月末に作品が届きました。割れなどはなく、まあこんなものか、という感じ。どこが正面ということもなく、いろんな方向から見て(触って)形が変化するのがちょっと面白いかな?といった程度です。作品の写真はこちら
 
(2019年3月24日、4月4日更新)