民博の「驚異と怪異」展

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 9月1日午後、民博で開催中の特別展「驚異と怪異―想像界の生きものたち」を見学し、山中由里子先生(国立民族学博物館教授)のウィークエンドサロンに参加しました。また、11月3日午前には、視覚障害の人たちを対象とした、3Dプリンターによる模型や立体コピー図も使った MMP(みんぱくミュージアムパートナーズ)の方たちのガイドツアーにも参加しました。
 展示は、第1部「想像界の生物相」と第2部「想像界の変相」の2部構成で、第1部はさらに「水」「天」「地」のセクションに別れて、人魚や龍をはじめ、人もふくめいろいろな動物やときには植物をも組み合わせた想像上の生き物たちが並んでいます。また第2部には「聞く」のコーナーがあって、暗闇の中で人の声など奇妙な音が延々と流れていました(この音源は大部分日本の神社などのお祭りからだとのことです)。全体としては、世界各地の人間が想像した奇妙な生き物たち大集合といった感じで、私には全体を見通してまとめてみるといったことはできませんでした。以下に、とくに私の印象に残っている展示について書きます。
 
 まず、触れることはできず説明だけしてもらったものから紹介します。
チャビン・デ・ワンタルのランソン像:今回の特別展で一番印象深かったものです。高さ4.5mの石柱(展示されているのはレプリカ)で、顔はジャガー、髪は蛇、身体は人だそうです(側面に人の手らしきものがあった)。チャビン・デ・ワンタルは、紀元前1千年紀のペルー北部の遺跡で、半地下の神殿の内部に迷路のように通路が張り巡らされていて、その中央にこのランソン像が立っていたそうです。古代アンデスの宇宙観においては、この像は、天・地・地下世界を貫くという世界軸とされていたものだとのこと。(なお、「ランソン」はスペイン語で槍を意味し、その細長くとがった形から名づけられたとのこと。)
弥五郎どんの刀と下駄: 日本にも弥五郎どんのような巨人がいたとはびっくり!弥五郎どんは、言い伝えによると奈良時代の720年(養老4年)に勃発した「隼人の反乱」の際に律令政府に対抗した隼人側の統率者であったとされる。この反乱は鎮圧されるが、多くの犠牲者が出て、残虐な処刑等もおこなわれたようだ。後にこの戦いで敗北した隼人達の霊を供養する放生会が行われ、これが現在の「弥五郎どん祭り」の起源となったとのこと。弥五郎どんまつりは、現在都城市など鹿児島県と宮崎県の3箇所で行われ、弥五郎どんは高さ4m余の竹や縄で作った巨人で、その上に人が乗っているようだ。展示されていたのは弥五郎どんの木製の刀と下駄。刀は長さ5mくらい?、幅は15cmくらいで、柄の部分は斜めに帯のようなので巻かれているようだ。下駄は、長さ1.5m近く、幅50cm近く。荒縄で鼻緒がつくられているようだ。
マレーシアの龍:木製で、長さ2m余。頭部に、ずんぐりした円錐形の耳が後ろに向い、その前面に目。胴体は左右にS字状にくねっていて、その全面にうろこが着いている(うろこは後ろ向きで、3cmくらい)。胴にはところどころ鰭のような突起が立ち、小さめの脚の先には爪もある。これは、古いものではなく、現代の作家によるものだとのこと。
人魚のミイラ:これっていったい何だろうと思いきや、「驚異の部屋」に展示されていた珍品の1つだとのこと。15世紀以降ヨーロパの人たちが世界各地に出て珍しい物を収集し、王や貴族の城や館に「驚異の部屋(Wunderkammer, Cabinet of Wonders)」あるいは「珍奇のキャビネット(Cabinet of curiosities)」と呼ばれる所にそれら珍品を展示したとか。江戸時代の日本では鬼や河童などいろいろな幻獣の作り物がつくられ、干物や干し物などと呼ばれて見世物に供され人気があったとか。この人魚のミイラは、1820年代に出島からオランダ商人が自国に持ち帰り、ライデン国立民族学博物館に収蔵されているもの。大部分は紙や竹で作られているが、一部には魚の尾や動物(猿?)の毛なども使われているとか。本当にそれらしく見えるようで、当時も職人の腕前と想像力はたくましかったのでしょう。
 
 次に、3Dプリンタによる模型で触った物です。
イヌイットのセドナ:実物は石彫で、やわらかい石でできているようだ。頭部は女性で、髪がきれいに背まで垂れている。その下の身体はアザラシなどの海獣のようで、胸鰭や尾鰭のようなのがある。とくに、前に出ている3本指の手がかわいかった(左は指をまっすぐ前に軽く伸ばし、右手は体側に沿わせるように指を曲げて胸辺を押えている)。セドナは、カナダのイヌイットの神話に出てくる海の動物を支配する女神だとのこと。このような石の像は20世紀半ば以降に作られるようになったもので、ヨーロッパの人魚の影響があるらしい。イヌイットのあいだでは動物や人間に宿る霊魂は同じもので、人間が動物に変身でき、その逆も起こると考えられているという。
ベニンの魚足王: 中央に背の高い人(王。飾りの紐のようなのが着いている)、その両側に背の低い人(家来)が立っている。3人とも先のとがった長い兜のようなのを着け、両側の家来が、中央の王様の手をとるようにして支えている。王様の脚の下のほうは、魚(ナマズだとのこと)になっていて、いちばん下あたりに逆さ?の顔のようなのがある。魚足の両側と像の両側面のやや下の計4箇所に、四角っぽい蛙のようなのがついていた。ベニン王国は、12世紀にアフリカ西部、現在のナイジェリア南部に成立、ポルトガルと1485年に初めて接触しヨーロッパとの交易をとおして発展するが、1897年にイギリスに征服される。この魚足王は、ベニン王国で製作された装飾板や象牙の彫刻などに頻繁に用いられていたという。この魚足人像は、ベニン王国9代目のオバ・オーヘン(14世紀半ばあるいは15世紀初めに在位)がモデルになっていて、この王は伝承によると在位25年のときに両足が麻痺して障害を負ったと言う。
マー・ムリの蛇の精霊:マレーシアの先住民オラン・アスリの1グループのマー・ムリ(クアラルンプール近くの島に住んでいる人たち)の祭などで用いられる精霊(モヤンと呼ばれる)の像(木彫)の1つ。口を大きく開き、牙が4本触って分かる。全面に鱗があり、頭の後ろには小さめの耳?もあった。き
マー・ムリのワシの精霊:これも同じくマー・ムリの精霊(モヤン)の木彫像。人が立っている姿だが、向って左半分はワシで、とがったくちばし、翼や尾羽がある。向って右半分は、細い腕や髪の様子から女性と思われる。
メキシコの仮面(カニ):全体はカニの形。大きな甲羅の部分は人の顔になっていて、大きな目(そのすぐ下に仮面の目になる小さな穴がある)と大きな口がある。脚は4本しかなくて、その前脚は大きく長くて先がはさみになっている。(その他にも、イナゴ?やサソリなどの仮面もあるとのこと。)
絵馬の中の浮き出しの天馬:日本の絵馬の中にこのような浮き出しのものがあるとは知らなかった。実物は70cmくらいもある大きなもの。両脚を前後に大きく広げ、背には2枚の翼が付き、きれいなたてがみ、尾もなびいている。触ってとてもきれいな形だったし、天を翔けているようなリアル感を感じた。
スリランカのコーラムの仮面(ナーガ魔神):コーラムとは、スリランカ南西部海岸地域における仮面舞踏劇。ナーガとは、ヒンドゥー教の土着的な神の1つで、蛇、とくにコブラの姿をとる。これは、何重にもコブラが組み込まれた仮面。とくに、頭の上に、横に広い鎌首をもたげた姿が3段になって重なっているのが印象的。大きく飛び出した目、丸い鼻、分厚い唇があり、耳のあたりにぐるぐるっと巻いたコブラ、眉のあたりにもコブラの頭が飛出すなど、探すと10数個のコブラが組み込まれているとのこと。
 
 次に、立体コピー図で印象に残っているものを数点紹介します。
 メキシコのナワの人たちの仮面:中央に髪の長い女性の顔があり、その回りをぐるうっと魚の尾が取り巻いている。尾には全面鱗のような細かい模様がある。ナワの人たちは、メキシコで最大の先住民で、ナワトル語を話し、アステカ帝国を構成した1族だという。この仮面は銅製の打ち出し細工の仮面で、豊漁を願う芸能の際に使ったとされる。
ドミニカ共和国の悪魔仮面(ディアプロコフエロ): ドミニカ共和国の首都サントドミンゴで行われるカーニバルの際に用いられる、足を引きずって歩く悪魔の仮面だとのこと。仮面の上に角が2本まっすぐ上に伸び、それぞれの角からも下から上まで小さな角がびっしり20本以上も伸びている(角は計50本くらいになる)。目は3角でへんなかたち、口も大きくぎゅっと結んでいる。
コンゴのアーティストが描いたセイレーン: これは触ってよくは分からなかったが、土着と現代が混じり合ったようで面白かった。人魚(頭部は女性で、下のほうに魚の尾がある)に蛇が巻きつき、腕時計、ネックレスをして電話で話をしているところだという。西・中央アフリカの人たち、さらには彼らが連れて行かれたカリブ海地域などで信仰される「マミ・ワタ」(「水の母」の意)と呼ばれる水の精を描いたもの(「セイレーンは、ギリシア神話では上半身が女で下半身が鳥の姿をした海の怪物)。マミ・ワタの祭壇に捧げられる種々の消費財が絵に描き込まれ、蛇はマミ・ワタの予知能力を象徴するという。
セネガルのガラス絵の天馬(プラーク): これも触ってよくは分からなかったが、白馬の首から上が髪の長い豊満な女性の上半身になっている。背中には翼、馬の尾は孔雀、女性の頭には羽飾りのついた冠、首には装身具、馬の足にも飾りの輪がつき、また広がった翼にはイスラーム世界で魔除けとして用いられた「眼」がたくさんついている。(なお、プラークはアラビア語で「稲妻」を意味し、ムハンマドはプラークという天馬に乗ってエルサレムの岩のドームから天界へと飛翔したと言う。)
メキシコ・オアハカ州のナワル: ナワルは、動物に変身するシャマン、あるいは人の分身動物のことで、変身獣の1種。これは、ヤギに変身した姿で、顔は人の顔で小さく描かれ、角が2本、長い耳、口のあたりから長い髭、長い4本の足があり、ヤギを思わせる。
ブラジルの「頭のなる木」: 木版画。枝を大きく広げた大木で、各枝先には丸い人の顔がぶら下がっている。人の顔は10個以上はあって、それぞれ違った顔をしているようで、なんとも面白い。これも現代のもので、観光土産として販売されていたものだと言う。
狼男と吸血鬼である魔女の結婚: 向って右に狼男、左に魔女が向い合うように立ち、互いに右手を出して握手?している。狼男には尾があり、獣っぽい所もある。魔女はスカートのようなのを睨け、口からは牙のようなのが出ており、左手指先で狼男を指しているようだ。これは、1970〜80年代にブラジルの青空市などで売られた「紐の文学」(市などで紐に掛けて売られた安価な冊子本)と呼ばれる民衆本に描かれていた版画だと言う。狼男も吸血鬼もヨーロッパ(とくに東欧)で中世から近世にかけて広まっていたなにか怖そうな観念だが、ブラジルでこのように結び付けられるとどことなくあかるくて面白味を感じてしまう。
 
(2019年12月2日)