京都国立近代美術館のニーノ・カルーソ展

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 2月8日、京都国立近代美術館で開催された「手だけが知ってる美術館 第3回 ニーノ・カルーソの陶芸」に参加しました。2月16日まで同館で開催中の「記憶と空間の造形 イタリア現代陶芸の巨匠 ニーノ・カルーソ」の一部の作品に触れて鑑賞し、また作品の制作過程についても体験してみるという、とても意欲的なプログラムでした。参加者は20人余りでしょうか、各班4人ずつ、計5班に別れました。
 まず初めに、ニーノ・カルーソとその作品について、担当の学芸員より簡単な説明がありました。
ニーノ・カルーソ(Nino Caruso: 1928〜2017年)は、イタリアの現代を代表する陶芸作家・造形作家だとのこと。焼物(陶器、磁器、テラコッタ、土器)が基本ですが、素材としてはその他に鉄・アルミ・コンクリート・木など自由に使って表現しているそうです。制作方法に特徴があるようで、まず1辺50cmほどの発泡スチロールの立方体を切り込んで基本となるパーツの形を作ります。それを元に鋳込みの方法で原型を作り、その原型から同じパーツをいくつも作り、そのパーツをいくつもつなげて作品に仕上げていきます。ここで重要なのは、原型。パーツの組み合せ方による偶然性もありますが、どのように組み合せてつないで全体としてどのような造形にするかは、展示される場所に合わせて、またその歴史・文化的なことも含めて考えられているようです。カルーソは、イタリアのシチリア島出身で、彼の作品には、シチリア島に伝えられる古代文化(ギリシア、ローマ、エトルリア、さらにエジプトなど地中海世界)の影響も見られるようです。
 次に、このような制作過程を体験するための準備作業がありました。各班に2枚ずつ、1辺が9cmほどの正方形の紙が配られます。紙の両側面の中央に小さな切り込みがあり、その切り込みを始点と終点にするように適当な形の線を描きます。私は1枚の紙に描く線の形を考えそれを言葉で伝えて描いてもらいました。この2枚の紙に描かれた線は、1辺9cmの発泡スチロールの立方体を切るために使われるようです。
 それから、楽しみにしていた作品鑑賞です。ニーノ・カルーソ展の作品は美術館の3階と1階に展示されていて、私たちは1階に展示されている多くの作品の中の3点を鑑賞しました。最初に触ったのは、制作方法について説明してもらった、その方法で忠実に造られたものでした。陶器の作品で、1辺50cmほどの立方体の一部を切り取ったパーツが5個組み合わされた作品が2点近接して置かれていました。各パーツの形はまったく同じなのですが、パーツの向きをいろいろ変えてつなぎ組み合わせることで、それぞれ面白い形になっていました。各パーツは、立方体の側面の中央部から半円柱を切り取り、また立方体の角から8分の1球(球体を直行する3方向で切断した形の1つ)を切り取ったりしたような形です。(パーツの一部の箇所には穴が空いていて、中を少し触れます。中は空洞で、壁の厚さは2cmくらいはあり、かなり頑丈そうに感じました。)1点は、下にパーツが3個並び、中央のパーツの前に1個パーツが置かれ、左端のパーツの上に1個乗っているものでした。もう1点は、下に4個のパーツが正方形に置かれ、左手前の上に1個パーツが乗っていました。そして、これはいったい何のためのものだろう?という問いかけがありました。半円柱の空洞には子供の体が入れそうなので、この空洞が上下左右前後につながるようにすれば、この空洞を通ってどこえでも移動できそうだと私は考え、子供の遊具、秘密基地のようなものだと応えました。この作品の名前は「公園ベンチのエレメント」だそうです。
 少し場所を移動して、次の作品です。高さは2m近くあるでしょうか、上までは十分に届きません。直径30cmくらい、高さ30cmくらいのパーツが5個積み重ねられ、その上に両横に広がった形のパーツが乗っています。5個のパーツを重ねた1.5mくらいの円柱部分は、前の面と後ろの面が、太い木の幹の皮を剥がして中をえぐるように、がたがたに切り込まれています。この切り込まれた部分には階段状になった部分が上下逆さになっているような所もありましたが、大部分は各パーツごとに別々に彫り込んだような感じになっていました。一番上の両横に広がった形の物は、両横の先端が細く高くなっていて、なにか2つの顔のようなのを連想しました。素材は陶で、全体につるつるした手触りです。タイトルは、」エルマー両性具有」だとのこと、タイトルと結び付けて作品はよく理解できませんでした。
 すぐ近くに、ほぼ同じ大きさ・形の物が立っています。5個の円柱の前後を削り込んだようなパーツを重ね、その上に、両横に広がるのではなく、左側だけに突き出したパーツが乗っていて、上部は違っています。このタイトルも「エルマー両性具有」だとのこと。形は少し違うだけですが、手で触った感じはかなり異なっていました。初めの「エルマー両性具有」は全体につるつるした手触りで、縦に釉薬が流れ落ちたような、細かいつぶつぶのようなのが並んだ縦の筋が何本もはしっています。これにたいし、こちらの「エルマー…」は全体にさらさらした手触りの部分が多く、なにか素焼きに近いような印象もします。この作品にも釉薬は使われているが、焼く温度が低かったのではないかということです。よく触ってみると、手触りにはかなりむらがあって、さらさらの感じも部分によって違いますし、所々するうーとした面もあります。(わずかですが、細い縦の筋もあった)。いずれにしても、この2つの「エルマー両性具有」はよく分かりませんでした。
 
 鑑賞したのは以上の3点です。この後、もとの場所に戻ってワークショップの続きです。最初に各班がそれぞれ2枚の正方形の紙辺に描いた線に沿って、1辺8cmほどの立方体の発泡スチロールを電熱線のカッターで切断するところを見せてもらいました。立方体の2面に2枚の紙を張り、電熱線が暖まるのを待って線に沿って溶かし切る?ようです。シャッというような音がしてちょっとにおいがして、それで終わり。なんとも早いこと!2方向の切断面の入った立方体を切断面に沿って動かしてはずすと、複雑な形をした4つのパーツになります。このパーツを組み合わせてそれなりにここちよい形にしようとしますが、そう簡単にはうまくは行きません。もちろん偶然のよさもたまにはあるでしょうが、やはりどんなパーツになるかを少しは想像して初めの線を描いたほうがよさそうです。その他にも、事前に1つの立方体を16個のパーツに分けたものも各班ごとに用意されていて、それでもあれこれパーツを組み合わせてみました。
 
 これで今回のプログラムは終わったのですが、ニーノ・カルーソについてもう少し全体的に知りたいと思い、3階の展示の案内もお願いしてみました。20分弱ほどでしょうか、私に付き添っていた案内の方(学生)にざっとですが説明してもらいました。展示会場に入ると、驚いたことにまず樂焼の展示が続きます。中央に女性、両側に男性で、女性が1方の男性と向い合っていたり、2人の男女が抱き締め合っているような絵が描かれた器や、いろいろな形の壺があります。これらは1950年代の作品のようです。その後に、鉄の四角や三角などいろいろな切れ端をつなげて、鳥のような形をしたものなど、数点あります(これらは1960年代の作品のようです)。また、テラコッタや粘土を使った土器?のような作品もかなりありました。その中には「オルフェウス」「エロス」「エウリディーチェ」、またサモトラケのニケを連想させるような作品(壺に女性の頭部が付いていて、その髪の毛が翼を思わせるようにひろがっているとか)など、ギリシア・ローマ文化との関連を思わせる作品もあります。(ちなみに、私がフルートで練習していた「精霊の踊り」は、グルックの3幕オペラ『オルフェオとエウリディーチェ』の第2幕第2場で演奏される間奏曲。)その後、パーツを組み合わせて制作したような、柱、塔、壁、神殿、門など建築的な作品が続きます。いくつか門があり、開いた門を通り抜け、「閉じた門」(閉じている部分は白いテラコッタだそうです)で展示が終わっていました。なにか象徴的ですね。
 ニーノ・カルーソは、陶芸作家として始め、その後造形の幅をひろげ、切断した発泡スチロールを原型としたパーツを組み合わせるという新たな建築的な制作方法を取り入れることで作品の幅をさらに大きくひろげていった作家のようです。
 
(2020年2月11日)