東影智裕さんの多様な動物の頭部たち

上に戻る


 
 7月31日、兵庫県立美術館で9月22日まで開催されている「2020年度 コレクション展1 小企画 美術の中のかたち ー 手で見る造形 東影智裕」展に行ってきました。
 この「美術の中のかたち ー 手で見る造形」展は、1989年から始まり、ほぼ毎年開催されてきたもので、私もこれまでしばしば行っています。今年は31回目になるそうです。1995年は阪神大震災のため中止になり、昨年はコロナのため予定されていた企画が延期となり、今年、使い捨て手袋を着けて触るなどコロナ対策をして、開催されたというわけです。
 この日は、午後2時からアーティスト・トーク「私の作品について」があり、まずそれを聴いて、その後実際に展示品を触って鑑賞しました。ただ、アーティスト・トークでは、各作品について、その制作の経緯や過程など、ほとんどスライドを見ながらのお話が中心で、私にはあまりよく分からない時間になってしまいました。
 作家の東影智裕さんは、1978年、兵庫県高砂市生まれ。武蔵野美術学園に進み、主に銅版画をしていたそうですが、卒業後立体作品をつくるようになったそうです。子どものころ好きだった「シートン動物記」の中の例えばロボなどを、リアルに、鎧板のような装飾まで付けてつくったそうです。しかしその後、装飾的なものは取り去り、さらに本質を表していると思われる頭部以外も取り去って、動物の頭部(らしきもの)だけをつくるようになったとのこと。この動物の頭部を通して、人の心にもひそむなにか、生と死、記憶や時間といったものまで表現しようとしているらしいです。
 以下、当日頂いた点字の「出品リスト」にしたがって、各作品を紹介します。作品名、制作年、寸法(幅×奥行×高さ)、モチーフの後に、アーティスト・トークで東影さんが話していた内容も適宜盛り込みながら、私の感想を書きます。今回は使い捨て手袋をしていたため、表面の細かい所までは分かりませんでしたし、またいつものように点字でメモをとろうと思いましたが、両手に手袋をしたまま点字を書くのはなかなか難しく、ごく簡単な印象くらいになってしまいました。なお、素材はすべてエポキシパテだそうです(大きな作品の場合は、内部にはウレタン樹脂?やFRPを使ってコストを下げているとか)。手袋を通してですが、表面の感触はさらさらしたような感じ。エポキシだともっとつるつるしているのではと思いましたが(着色しているアクリル絵具のためでしょうか?)。
 
@ 「視界 cow s-001」 2010年 8×12×9cm 小さなウシの頭部
 これは小さな作品で、展示台に固定されておらず、手に取ってどのようにでも触れるようになっています。全体にとてもよく整ったリアルな形のように思いました。円錐形の1cm余の小さな角が印象に残っています(その位置から初めは耳かな?と思いましたが、円錐形のころっとした感じだったので、かわいい角と思いました)。なお、タイトルの「視界」について作家さんは、これは作品の視界であるとともに鑑賞者の視界でもあり、またこれと音が同じ「死界」(死の世界)も含意しており、とくに最近の作品ではそういう意味合いが強いと言っていました。
A 「視界 sight hound B-003」 2011年 21×43×17cm 狩猟犬のような動物の頭部
 これを触ってすぐ、全体の印象から、私はオオカミなの?と思いました(とは言っても、私はオオカミを具体的には知らないのですが)。鼻と口が長く前に突き出し、10cm近くもある大きな耳を立てて周囲に神経を集中している感じ。サイトハウンドは、視覚にとくに優れ、走るのも速くて鳥や小動物を追いかけるそうです(代表的な犬種としては、イタリアン・グレーハウンドやロシアのボリゾイなど)。目は確かにしっかりと開いていますが、私は目よりも耳のほうに魅かれました。耳の後ろ、頭の後面には、なにかもこもこした感じの毛並のようなのもあって、これも触って心地よかったです。
B 「視界 cow N-003」 2012年 37×22×30cm ウシの頭部
 これは、触って単純にとても良い、ちょっと感動するような作品です。とくに角がかっこよかった!長さ20cmくらいはあったでしょうか、両方の角が、少し内側に湾曲しながら伸び、さらにそこから真っすぐ上に伸びています。耳は、下に向いていて、10cm弱くらい。全体に風格がある感じがします。インドなどでは牛が神聖なものとされていて、作家さんはそのような雰囲気を出したかったようです。
C 「視界 camel d-007」 2013年 20×37×18cm ラクダの頭部
 ラクダの頭部、と言われても、私にはほとんど分かりませんでした。この作品の特徴は、頭の左側と右側が異なっていることです。向って右側の表面には、ぼこぼこしたいぼのようなのがいくつもありました。向って左側の表面は、薄い毛皮がところどころ剥がれて赤肌が露出しているような痛々しい感じです。なにか皮膚の病気にでもかかっているのでしょうか。作家さんはこの作品について、見る方向が違えば、見えてくるものも違ってきて、そこにあらわれる揺れ動くような違和感を意図してつくったと言っておられました。
D 「視界 cow」 2013年 90×160×85 巨大なウシの頭部
 畳1畳ほどもあるとても大きな作品。これはもともと、お茶室の主(亭主)として置くためにつくったものだそうです(狭い茶室で、こんな大きな主に迎えられるとは!)。いちばん印象的だったのは、頭の両側面に下向きに広がっている大きな耳。耳の付け根は細くなっていて、(ペンギン?のように)翼になった手を広げているような感じがしました。目は大きく開かれていて、つるつるしたガラス玉のよう(でも、ガラスではなく、透明な樹脂を幾層も重ねてつくっているらしい)。角は、大きな頭部にしてはごく小さいです。そして、頭の後ろの面はまるで滑り台かと思うような斜面になっていて、これも驚きました。
E 「視界 deer」 2015年 210×130×120cm 巨大なシカの頭部
 これも大きな作品。この作品で目立つのは、頭の上の両方の角が、それぞれいくつにも枝分かれした木の枝になっていることで、動物の頭からまるで木が生えているようにも感じます。この木の枝は、すでに枯れかけたような感じで、やはり死を感じます。また、頭の左右の目と耳が異なっていて、左側のほうが目が大きく開き耳も少し大きいようです。
F 「侵食 T」 2013年 サイズ可変 流木と融合したウサギの頭部
 直径10cm弱、長さ2mくらいはあると思われる流木の途中に、ウサギの頭部が乗っています。ウサギの頭部の下のほうの皮のようなのが流木の表面に広がり覆っています。ウサギの耳はぴんと立ち、なにかに耳をかたむけている感じ。私がとくにいいなあと思ったのは、この流木です。樹皮が剥けてつるつるした木肌が表われ、その木肌には平行な横線などの模様や、ちょっとした窪みやでっぱりがあり、これ自体アートっぽかったです(これは揖保川の流木だとか)。タイトルの「侵食」について、作家の東影さんは、本来の記憶の姿が時間の経過や主観により少しずつ変異し、新しいイメージに侵食されていく様子を象徴的に示したものだと言っておられます。ウサギの皮が伸び広がって時とともに木と一体化してゆく感じでしょうか。異質なものが時間の経過とともに境界がなくなって融合して、また新たなものが生まれてくるなど、想像してみるのもいいですね。
G 「侵食 V」 2015年 サイズ可変 流木と融合したウサギの頭部
 高さ1m余のほぼ垂直に立っている木の上に、ちょこんとウサギの頭部が乗っています(この木について作家さんは、流木というより、倒木だと言っていたように思います)。耳が大きく広がっているのが印象に残っています。
H 「侵食 W」 2015年 サイズ可変 流木と融合したウサギの頭部
 長さ3mくらいあるでしょうか、うねうねと曲りくねった流木の途中、急に上向きにカーブしている所に、木に寄り添うようにウサギの頭部があります。2つの耳が大きく開き、なにかに聞き耳をたてているのでしょうか?この作品は、長崎の興福寺という所で行われた原爆犠牲者を鎮魂し平和を願う展覧会で展示されたもので、ウサギの耳と目は爆心地の方向を向いていると言っていました。
I 「覆皮」 2016年 88×95×70cm 流木と融合したなんらかの動物の毛皮
 下がいくつにも分かれた木の根のようなものの表面の大部分が、エポキシ樹脂の毛並で覆われて、まるで木の根がすっぽりぴっちりと毛皮で覆われているような感じです。やわらかく、あたたかみのある感触で、木の皮とはまったく異なる手触りです。エポキシでこのような毛並をどのようにつくっているかについてですが、この毛並は細かく彫っているのではなくかぎ針のようなもので押えているそうです。また、エポキシは40分くらいで硬化するのでその間に作業しなければならないし、さらに、薄く伸ばしたエポキシを手指で直接扱えるのは数センチくらいの大きさなので、部分部分を順につくりながらそれらを連続的につなげていっているそうです。なかなか難しい工程のように思いました。
J 「覆皮 ovis 002」 2016年 9×18×8cm ヒツジのような動物の毛皮
 中が空洞で、厚さ2〜3mmくらいの毛皮だけのつくりになっています。触ってもまったくだいじょうぶなほどしっかりしていて、驚きました。かたちは、上が耳と目のような感じになっていて、そこから両側に斜め下に細長く広がっていて、私は(名前はよく思い出せませんが)ある種の貝殻を連想しました。貝は、外側に向って順に殻をつくって成長していくわけですが、生物がしているそのようなことを、人の手でしているようにも感じました。
K 「neutral 007」 2018年 21×11×9cm なんらかの動物のようなもの
 これも下のほうが一部空洞になっていて、表面は毛並です。上にかわいい耳のようなのがあり、その下はちょっと鳥のくちばしのように前に突き出しています。体のような部分にはいくつも凸や凹の曲面があり、片手でつかんでみると、その凹凸に合せてうまく握ることができて、しっくりした感じ。粘土を偶然に握るような感じで造形したそうです。
 
 作品はあまり多くなく、モチーフも動物の頭部に限られていましたが、それを通していろいろなことを表現しようとし、またユニークな制作手法を編み出していることなど分かりました。とくに私は、木とエポキシという異質なものを一つの作品にして、時間の経過を感じさせたり、さらにそこから別のイメージを喚起させる可能性などに共感できました。
 
(2021年8月4日)