企画展 「反復と平和――日々、わたしを繰り返す」 ボーダレスアートミュージアム NO-MA の多感覚鑑賞への挑戦

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 5月25日、滋賀県近江八幡市のボーダレスアートミュージアム NO-MAで7月31日まで開催されている企画展 「反復と平和――日々、わたしを繰り返す」を、スタッフの方の案内と解説で見学しました。
 NO-MAでは、これまでも見えない人たちや盲ろうの人たちなどもふくめ、いろんな方々に鑑賞できるような工夫をしてきましたが、今後開催される展覧会では、できればすべての作品について、なんらかの方法で視覚以外の感覚でも作品を感じ取れるようにしたいということで、今回の企画展がその初めの試みだとのこと、どんな鑑賞になるのか楽しみにして行ってみました。
 今回の企画展では、「繰り返し」をテーマとした作品が並んでいます。私たちを取り巻く世界は時間とともに変化し続け、私たちの行動も変化しますが、日常的にはなにげなく繰り返される行動も多く、そういう行動によりまた心の落ち着きや平安がもたらされているのかも知れません。そんなことも頭のかたすみにおきながら、各作品を鑑賞しました。以下、作品の紹介です。なお、5月14日に行われたオンラインギャラリートーク
 
 まず、吉川秀昭さんの「目・目・鼻・口」という陶の作品です。これは実物を手で触ることができました。長さ10cm弱、幅4cmくらいのやや扁平なかたまりで、その前面から両側面にかけて、2mmくらい?の小さな穴がたくさんあります。同じような作品が数点あり、穴の開き方は少しずつ異なっていますが、5mm余の縦と横の格子の交差点に穴が配されていて、かなり規則的に思われるものもありました。作者によれば、両側面の端は目で、その間に鼻があり、その他は口を示し、無数の顔が並んでいるということらしいですが、私にはぜんぜん分かりませんでした。それぞれの作品にはたぶん100個近くの穴があり、それをそれなりの思いを持って丁寧に開けていったことはよく分かります。
 さらに、同じタイトルですが、これらよりもかなり大きい作品が6点ありました。高さ30cm弱から50cmくらいまで、底面が細いもので5cmくらい、太いもので7〜8cmくらいある、先が細くややとがった柱状の作品で、これらにも背面を除き、側面から前面にかけて多数の小さな穴(多いものは1000個近くあると思う)があります。これらの林立する柱状の作品を触った時、私はもう30年近く前に触ったことのある輝安鉱という鉱物の結晶に触れた時のことを思い出しました(輝安鉱はアンチモンの硫化鉱物で、私が触ったのは大きさも太さもちょうど腕くらいのものでした。きらきら光っていて、縦に細い筋のようなのが多数あったように思います)。これら6本の柱の形はそれぞれ違いますが、側面が5面になっているものが多いですが、単純な5角柱ではなく上へ向って少しずつ細くなりながらちょっとうねっています。また、一番大きな1点は少し斜めに傾いて立っていました。粘土でこのような立っている柱状の作品をつくること事態かなり難しいことですし、さらに、各面はなにかで縦にカットされたようになっていましたし、それらの面に無数とも言えるほどの穴を開けているのですから、技術の高さも感じました。
 また、同作家の絵も展示されているようですが、それは陶の作品から連想されるような、点描で示された文様のようだとのことです。陶芸でも絵画でも、とにかく目・目・鼻・口と思いながら、点を打ち続けたのでしょう。
 
 次は、鈴木かよ子さんの「私」という作品です。これは立体コピー図版が用意されていました。中央に女の子(両手がちょっと羽のように広がっていて特徴的)、その回りにいくつもの花、左上に太陽、太陽の右上に「ハレ」という字が書かれています。立体コピー図版はA4さいずくらいですが、実際の作品は10×6cmくらいの細長いサイズで、これが壁一面に340枚も展示されているとか(実物大の大きさの紙が340枚紙箱に入って用意されていて、作品の多さを感じ取れるようにしていた)。鈴木さんは施設にずうっと入所している方で、ここに展示されている340枚は最近1年間くらいに描かれたもので、彼女は7歳から50年以上にわたって、このような絵をおそらく数万枚描き続けているとのことです!(現在残っているのは、ここ数年の1200枚ほどで、それまでに描かれたものは失われているとか。)7歳までに獲得した描き方でほぼ同じものを何十年にもわたって描き続けてきたとは、どういうことなのでしょうか?ちょっと想像がつきません。
 横山奈美さんの「forever」は、上の鈴木さんの作品と関連した作品のようです。これも、立体コピー図版が用意されていました。草原(図版では細い短い縦線の連なりで表現されていた)に少女が寝転んでいる様子のようです。紙に木炭で描かれているとかで、立体コピー図版で触ってもこれといった特徴をつかむことはできませんでした。同じような絵が14枚展示されており(立体コピー図版はその中の7枚)、最初の日に描いた後、2日目は1日目に描いた作品を見ながら描き、3日目は前日に描いた絵を見て描く…ということの繰り返しなので、ほぼ同じ絵になっていて当然のようです。触ってちょっと分かる違いは、胸の所に書かれている forever の文字で、これは作品によって字体が違うことがよく分かります。表情らしきものは、私にはほとんど分かりませんでした。さらにこの作品では、視覚以外の方法として、作者自身が実際に草原に寝て forever と声を出す音声が7日分用意されていて聴くことができました。 forever の声は毎日ほとんど変わらないようですが、回りの音(工事のような音とか小鳥の鳴き声とか)は日によって変わっていました。
 
 次は、佐々木早苗さんの作品です。これも立体コピー図版が用意されていました。最初に触ったのは、いろいろな大きさの四角が多数敷き詰められていて、それぞれの四角は5、6色くらいの色で塗り分けられているようです(立体コピー図版では、色の違いを、例えば密な小さな点、粗い点、縦線、塗りつぶしなどであらわしていたが、それを触り分けながら各色と結び付けるのは私にはかなり難しかった)。そして、じっくり丁寧に触ってみると、5mm余四方の四角が基本の単位になっていて、それをいくつか集めた四角を色分けしているようです。この格子をベースにした手法は、彼女がしていたさをり織りがヒントになっているのだろうということで、実際に彼女が織ったさをり織りも展示されていました。
 佐々木さんの作品には、円を繰り返したのもありました。いくつかの大きな円が一部重なり合い、その大きな円の中に小さな円、その小さな円の中にさらに小さな円というように同心円状に配され、各大きさの円は色分けもされています(これは色の数が少なかったので、立体コピー図版でも理解しやすかった)。立体コピー図版では、重なり合っている大きな円の輪郭がたどりにくかったので、例えば円く切った紙を実際に重ね合わせてもよいかと思ったりしました。また、色の違いも、表面の手触りが違う紙を使ってもよいかもと思ったりです。
 さらに、同じ文字のようなもの(「お」のような形)を、なにかの印刷物に何行にもわたって書き連ねた作品もありました。文字らしきものの形や大きさはまったく同じで、それが一直線に何行もとても正確に並んでいて、繰り返しの極みのような感じがしました。
 
 清水ちはるさんの作品は、今回の企画展でもっとも印象的でした。ご両親と一緒に仙台に住んでいるということですが、その住居のいたるところに、細長く切ったチラシを丸めて入れた小さな段ボールの箱が整然とびっしり並んでいるようです。家の中の段ボールの小箱をもちろん全部は展示できないので、ごく一部の段ボール箱と、制作過程を録画した映像が流れていました。段ボール箱は、3cmほどの大きさでセロテープでとめてつくっていました。その中に、幅3cm弱、長さ10cm余くらいに切ったチラシを5枚まとめてくるくると巻いたものが入っています。映像では、ちはるさんがなにか歌のようなのを歌いながら楽しそうに、チラシを切ったり、セロテープをはがしたりする音がします。全体は、ちはるさんがリーダーになってのご家族の活動のようです。大型スーパーやメディアテークなどに行ってチラシなどを集め、段ボールをおく棚はちはるさんの指示でお父さんがつくっているようです。お母さんは、ちはるさんについて、赤ちゃんの時から27年間みてきているが、思慮深く、賢く、自分をしっかり持っている、見ていて面白いですよ、などとおっしゃっていて、彼女にたいする信頼と愛情をとても感じます。そのうちちはるさんはこの家を出ることになるだろうが、きっと納得し、今とは違う別のしかたで生きていくだろうとも話されていました。作品を通して感じられる、ちはるさんとそのご家族の生き方に心動かされました。
 
 篠原尚央さんの作品も、立体コピー図版が用意されていました。でも私にはあまりよく分からない作品たちでした。1つは、初め四角っぽい形から、一部角が取れて、最後には三角のような形にまで変化していっています。もう1つのタイトルは「カキカコ」で、「(カギカッコ)のことを指しているらしいですが、触ってもどこがカギカッコ?という感じでした。基本は長方形の形で、その辺や角を中心に盛り上がりなどで示される手触りの異なる場所(たぶん色の違いをあらわしている)が変わっていきます。これらの作品は、繰り返しというよりも、基本のモチーフはありながらも、それが変化して行っているようにも思います。
 
 最後は、小林椋さんのメカニックな立体作品のようです。この作品については、作品を構成している部品の一部に触れただけで、本体がどういうものなのかはっきりとはイメージできませんでした。触ったのは木製?の板状のもので、長方形の2つの長辺にぎざぎざの切れ込みがあるもの、片側だけにぎざぎざがあるもの、ドーナツ状の板の外側と内側の両側にぎざぎざがついたものでした。これらの部品が本体に付いていて、それが不規則に出たり引っ込んだりしているとか。そして、本体からはモーターのような低いうなり音が聞こえ、時々「へい」という人の声も不規則に聞こえたりします。さらに、ディスプレイもあって、そこには手のひらが映っていて、これも不規則に親指と中指で輪をつくるようなポーズが見られるとか。要するに、ほとんど予測できないようないろいろな動きがされているようです。これは、要素は繰り返しているとも言えますが、その繰り返し方にまったく規則性がない、見ていてもなんだか意味が分からないということを示しているようです。
 
(2022年5月28日)