ベルナール・ビュフェ美術館とヴァンジ彫刻庭園美術館

上に戻る



 11月26日、静岡県長泉町にあるベルナール・ビュフェ美術館とヴァンジ彫刻庭園美術館を訪れました。私もメンバーになっているユニバーサル・ミュージアム研究会が11月26日から27日の2日間ヴァンジ彫刻庭園美術館で行われ、私はその1日目のプログラムに参加せてもらいました。ヴァンジ彫刻庭園美術館は以前からぜひ行きたいと思っていた美術館の1つで、長年の願いがかなったというわけです。
 昼前に三島駅に集合、無料のシャトルバスに30分近く乗り、ベルナール・ビュフェ美術館に到着。ベルナール・ビュフェ(1928〜1999年)について私はまったく知りませんでしたが、フランスの画家で版画も多く制作しているようです。1960年ころから日本でもよく知られるようになり、本の装画などでしばしば目にすることもあるとか。この美術館は1973年に創設され、来年50周年を迎えるということです。
 美術館に入ると、ビュフェの絵画が壁にずらり、一緒の方に歩きながらその雰囲気など説明してもらいました。絵は、黒い細いしっかりした線で描かれ、色彩はモノトーンに近いとか。人物などのモチーフは、細長く引き伸ばしたように描かれていることが多く、人物からはなにか不安気な感じが伝わってくるとか。
 館内をさらに進むと、ビュフェこども美術館に着きます。靴を脱ぎ、木の床と畳に変わり、くつろいだ雰囲気になります。回りには、木などを使ったいろいろな品々が置かれているようです。私が触ったのは、たくさんの引き出したち。各引き出しの正面にはいろいろな形の把手?がついていて、面白かったです(実際に把手を引いて引き出しを開けてみることもできたが、中には何も入っていなかった)。把手の形は、例えば蛇のように渦巻いているもの、ゾウの鼻のようになっているもの、ウサギかなにかの耳のようなもの、カエル?が舌を出しているようなもの、カタツムリのようなものなどいろいろありました。また、木の箱に直径5cm弱の木の球が入ったものがあって、その中に足を踏み入れて歩いてみると、足の裏が強く刺激されてちょっと快感でした。
 ビュフェの作品を触って理解できるようにと試みた展示もありました。まず、ビュフェの静物画をです。実際に静物画に描かれている通りに、テーブルの上に実物を配置しています。向かって右側から大きな水差し、ワインの瓶、ワインのグラス、皿とその上にレモン2個、刃先が皿の端に置かれているナイフ、レモンを半分に切ったもの(その切った断面がなんとも生々しかった)、大きなコップのようなものなどです。そして、これらのモチーフとその配置を描いた静物画の立体コピー図版も隣りに置かれていて、実際の配置と立体コピー図を比べながら触ることができました。少し慣れると、だいたいの対応は分かりましたし、例えばグラスなど、手前に見えている輪郭線は太く、向こう側に見えている輪郭線はやや細くなっているなど、絵の描き方の特徴の一部を感じとれたように思います(レモンの描き方を理解するのは難しかった)。
 次に、銅版画の原版を触ることができました。A4サイズよりやや大き目のつるつるの面で、そこにとても細いクリアな線がしっかり確認できます。縁は、ごく細い線を密に並べたような太枠のようになっています。画面中央に、円っぽい胴と3本ほどの弦のある楽器が縦に立ち、それと直行するように、向かって右側に先のややとがった梨のような形の胴の弦楽器が水平に配され、向かって左側にはいくつもの直線や曲線(音符だそうです)が刻されています。ビュフェの絵について、黒く細いしっかりした描線と言っていましたが、この版画でもその特徴を感じることができました。ビュフェの絵画は、輪郭線もふくめ線中心に描かれているようなので、立体コピー図など触図にして分かりやすいもののように思います。
 
 その後シャトルバスに数分乗車して、ヴァンジ彫刻庭園美術館へ。彫刻が点在する広い庭園、そして開館20周年展が行われている展示会場を美術館スタッフの案内でめぐりました。(この美術館は、イタリアの現代の具象彫刻家ジュリアーノ・ヴァンジ(1931〜)の作品を専門に展示する施設として2002年に開館したとのこと。来年には静岡県に移管されるとのことで、年末からしばらく休館するそうです。)
この美術館の特徴は、視覚障害者が庭園も展示場もなんとか1人で回り作品も鑑賞できるようにと試みていることです。数種の触地図(その中には、彫刻作品の位置だけでなくその形まで縮小して立体的に示したものもあった)、屋外では道と芝生の境目を利用した誘導の補助、ラインガイドやレールガイド、屋内では歩導くん、そして注目されているのはナビレンズ(navilens)です。ナビレンズは、スマホにアプリを入れ、タグを見つけて道案内ばかりでなく作品の解説にも使えるものです。(私はスマホを持っていないので、試してはいません。このようなヴァンジ彫刻庭園美術館の取り組みについては、NHKの視覚障害ナビ・ラジオ今月のトピックス 特集・使ってみました「ナビレンス」でも放送されていました。)
 ヴァンジの彫刻は、屋外に展示されているものは、すべて触ることができるとのこと。どれも大きな作品で、周囲の環境に合わせて、また時には環境もふくめて作品にしていると思われるものもありました。短い時間で次々に触って、印象がぼやけてしまっているものも多いのですが、いくつかメモにあるものを記してみます。「壁をよじのぼる男」は、150cm近くある壁を本当に乗り越えようとする男です。垂直の壁に左足先を突き立て、さらに上の壁に右膝を押し付け、左ては壁の上、そして右腕は壁の向こう側の壁面に下向きに伸びていて、頭部は壁を乗り越え前をしっかり見ているような感じ。正に何でも乗り越えようと進む姿そのもので、私もついしてみたくなりました。
 「竹林の中の男」は、ブロンズなのですが節など本当の竹のような手触りの竹が数十本並び、その先に両手で顔を覆うようにした人が立っていました(とくにベルトがリアルだった。目はガラスか石なのでしょうか、つるつるだった)。「くつろぐ男」は、2mくらいはある人物像のようですが、脚や頭部が腕のある胴体と完全に切り離されて置かれていて、寛ぎ過ぎて身体の各部を本当に投げ出してしまったのかと思ったほどでした。
 「カテリーナ3」(ハリケーンのカテリーナ?)は、3mくらいはあったでしょうか、印象深い作品でした。2005年にアメリカ南東部に上陸して甚大な被害をもたらしたハリケーン・カトリーナをテーマにしたものだそうです。2人の人が川の流れのような所に寝ているような姿で、左側の人(たぶん女?)は隣りの男になんとかすがり付こうとしているのか左手の指先を男性の太ももあたりに突き立てていて、また女の人の顔はどうしようもなくだらんと下に垂れています。そして、流されている人たちを救おうとしてでしょうか?、男女の足元には羽のある天使?がいます(屋内の展示室には、似た構図ですがかなり小さなサイズの「カテリーナ1」が展示されていました)。(実は数日後三重県立美術館に行ったのですが、何度か説明してもらったことのあるムリーリョの聖カタリナの絵を前にして、この作品の意味合いを納得しました。)その他にも、1cm四法ほどのベネチアンガラスの小片を並べたモザイク壁画とか、素材は花崗岩ですが、1cmくらいの幅で縦に筋がきれいに並んでいてなにかやわらかさを感じる作品(たぶん木を模しているようで、近くには男の人が立っていたように思う)にも触りました。
 
 屋内の展示場では、開催中の開館20周年記念展に出展している高見直宏さんと冨長敦也さんのお話をうかがいその作品も鑑賞をしました(両人とも、昨年秋に国立民族学博物館で開催されたさわる大博覧会にも出品していた)。高見さんは最初は写実的な作品を制作していたそうですが、網膜色素変性症で視力が衰えてきて、写実から離れてイメージ中心の抽象へ、指の感覚・触覚を重視した制作へと変わっていったとのことです。作品はエクトプラズムをテーマとしたもので、石膏と木を素材としたものがありました。(エクトプラズムは、19世紀末にフランスの整理学者シャルル・ロベール・リシェが提唱した概念で、身体から流出した物質的なものを意味するようだ(ectoは「外の」、plasmは「物質」の意)。)作品は、無数の指を突き出し集め固めたような感じで、いろんな風に想像を喚起するものでした。
 冨長敦也さんは、日本や世界各地で、その地で入手しやすい石を磨くプロジェクト(Love Stone Project)を行っています(日本は海外からいろいろな石を輸入していて、日本で行われるプロジェクトでも外国産の石が使用されることも多いようだ)。石を磨く行為を通して、人と自然、またこのプロジェクトに参加した多くの多様な人たちをつなげているのでしょうか?石はだいたいハート形のもので、屋外には厚さ30cmくらいはあるすでによく磨かれたかなり大きな石が置かれていて、実際にわずかな時間ですがやすりで磨いてみました。作品では、「地平の人」に触りました。厚さ10cmくらい、40〜50cm四方ほどの大きさで、ちょっとざらついた手触りで、上が頭部、下が脚部、両横が腕を思わせる形状になっていて、私はつい抱きしめてみたくなりました。
 
 続いて、ヴァンジ彫刻庭園美術館の岡野晃子監督の映画「手でふれてみる世界」の上映とトークが行われました(私は日帰りのため、トークはほとんど聴けずに席を立たねばならなかった)。この映画は、イタリアのマルケ州アンコーナにあるオメロ触覚美術館の活動の様子を岡野さんが2018年からコロナ禍の中何度も通って取材し製作したものです。オメロ触覚美術館は、旅好きで美術の好きな全盲のアルド・グラッシーニと妻ダニエラ・ボッテゴニが中心になって1993年に設立され、1999年にはイタリア議会の承認を受け国立の美術館になったとのことです。美術館の多様な取り組みとともに、夫妻の気持ちや願い、さらには触察を通して世界とかかわり知るとはどういうことなのかなど、とても心動かされる素晴しい映画でした(とくに、ピエタの触察による鑑賞ガイドはよかった!)。機会があれば、もう1度みてみたいと思っています。
 私は1日だけの参加でしたが、ベルナール・ビュフェ美術館とヴァンジ彫刻庭園美術館のスタッフの皆さんの事前の準備とあたたかい歓迎に心躍らせながら、盛りだくさんの内容を大いに楽しませていただきました。ありがとうございました。
 
(2022年12月1日)