国立民族学博物館の特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」

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 4月27日午後と5月9日午前に、国立民族学博物館で5月末まで開催中の特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」をMMPの方々の案内で見学しました。実際に触れられるものはなかったですが、一部の展示品については立体コピー図版が用意されていて、言葉だけの説明よりもだいぶ実感が持てました。(以下の記述中、展示されている絵に添えられている文字など、一部MMPの方々が使用している資料から引用させていただきました。)
 ラテンアメリカは、地域としては、東は太平洋、西は大西洋に面し、北はメキシコから南はアルゼンチンまで南北約8000kmくらいある広い地域です。この地で紀元前のむかしから現代まで多くの民族が攻防・盛衰し、多様な文化が混淆し、新たな文化も産み出されてきました。今回の特別展では、民衆のつくる手工芸品を中心に展示し、それらを通してその活気に満ちた多様な文化を感じ取ることができるようです。(ラテンアメリカとは、アメリカ大陸の中でラテン系の諸語(スペイン語、ポルトガル語、フランス語)を話す人々が植民し、それらが公用語になっている地域を言うようだ。)
 
 第1章の「民衆芸術と出会う」は、序章のようなもので、儀礼用品、実用品、娯楽用品、装飾品に分けて展示されています。
 儀礼用品としては、クリスマスの季節に飾られる、キリストの生誕の情景を示すメキシコのジオラマが展示されています。幼子イエスをマリアとヨセフ、東方の三賢人が取り囲んで立ち、壁にはベツレヘムの星が見えているそうです。人物たちは高さ1m近くもある土人形で、その中のマリアと東方の三博士の1人が立体コピー図であらわされていました。マリアは身元まで届く赤い衣の上に青い衣を着け、両手を顔の横まで上げて、そこから上に頭を取り囲むように光輪のようなのがあります。三博士の1人の男性は冠を被り、胸の前に贈り物の四角い箱を持っているとのことですが、はっきりとは分かりませんでした。
 実用品としては、ペルーのポンチョやボリビアの帽子が展示されていて、展示品ではなくMMPの方が特別に用意してくれたポンチョや帽子を着けてみることができました。ポンチョは、分厚い大きな布の真中に穴が開いていて、そこに頭を入れて着ました(日本の博物館で何度か体験したことのある貫頭衣と原理は同じ)。帽子は上に細長い形で、寒さに弱い耳をすっぽり覆えるようになっています。いずれも鮮やかな色で細かい模様が織り込まれているようです。
 娯楽用品では、玩具や楽器が展示されているとのこと。楽器ではMMPの方が特別に用意してくれたマトラカとギロを体験しました。マトラカは長さ20cm余の棒状のもので、一番上に、中に歯車のついた持ち手があって、それを回すと歯が中にある竹?のような細い弁のようなのをはじいてバチッという大きな音がします。持ち手を続けて回すとまるで爆竹の連続音のようで、祭りが盛り上がりそうです。マトラカの表面には動物や植物の装飾が描かれていて、その一例として立体コピーで蝶の図に触りました。ギロは、長さ50cm前後のゆるやかにカーブシタ瓢箪の表面に溝が10本くらい刻まれていて、その溝の連なりを細い棒でこすると、ギロギロと音がします。またこの瓢箪の中には小さな物(たぶん木の実や小石や金属球?など)が入っていて、瓢箪を振るとカラカラと音がします(ゆっくり静かに傾けてゆくと、レインツリーと同じような音がした)。玩具では、骸骨が乗ったメリーゴーランドや、小さなトラックなどが展示されているそうです。
 装飾品としては、ペルーの焼物、メキシコの樹皮絵や刺繍布などがありました。ペルーの焼物の1つは、高さ60cmくらいはある教会を模したもので、その形を立体コピー図版で触ってみると、左右対称のとてもきれいな形でした。上の左右に塔、その下の中央に十字架、十字架の右下に時計(針は3時を指していた)、十字架の左下に鐘、一番下が入口です。もう1つは、40〜50cmほどの大きさでしょうか、牛の形をした大きな壺です。ずんぐりした胴体(壺本体)に短い脚が付き、壺の口には把手のようなのが付き、前のほうには頭が伸び(たぶん注ぎ口)その上には角もあります。
 メキシコの樹皮絵は、幅40cm、高さ1m余で、絵巻物を縦にしたように、上から下に10段くらい次々と場面が描かれているそうです。一番上に太陽、その下に家や動物、人やサボテン、農作業の様子など、スペインによる征服前の人たちの生活の様子が描かれているようです。この樹皮はイチジクの仲間の木の皮を柔らかくして広げ伸ばしたもので、「アマテ」と呼ばれるそうです。調べてみると、アマテはもともと先住民が紙の代わりに使っていたもので、ほそぼそと受け継がれていたものを近年メキシコ政府が奨励して手工芸品として販売もされているそうです。刺繍布は、横90cm、縦75cmほどの大きさで、葬式を思わせる儀礼らしき場面が見て取れるようです。
 
 第2章の「民衆芸術の誕生:ラテンアメリカ形成の過程」では、先史時代からの諸民族の多様な文化が、コロンブス以後のヨーロッパをはじめアフリカやアジアの文化と接触して大きく変容しながらも、生き生きとした多様な民衆芸術に発展していったことをテーマにしているようです。
 まず、先コロンブス期の遺産として、いろいろな形の土器、繊細に織られ鳥や動物などの模様が染色された布類、そして大きな石彫が展示されているそうです。私は石彫(レプリカ)について説明してもらいました。高さ2.4mもある大きなもので、アステカの地母神で死と再生の女神であるコアトリクエをあらわしたもの(コアトリクエは「蛇のスカートをはく者」の意)。上のほうでは2匹の蛇が向い合い、人の手、心臓、頭蓋骨をつないだ首飾りを下げ、手足には鉤爪?のようなのも見えるとか。下のほうはスカート状ですが、それはびっしり蛇がとぐろを巻いたものだとか。なんだかとても恐ろし気な姿で、人など何でも食べてしまいそうですが、下の蛇のスカートの中では生命・大地をはぐくんでいるのかも知れません。
 続いて、先住民族の世界観を示している展示がいろいろありました(これらの多くは近年つくられたもので、販売されているようだ)。メキシコの先住民の神話的モチーフを板面?に毛糸を張り付けてあらわしたもの、肩掛け袋(男性が2個の肩掛け袋をたすき掛けに交差させて両脇の下にぴったりつくくらいにしている)、グナのモラ、アマゾンの先住民の仮面などいろいろ展示されているようです。
 この中で、グナのモラとアマゾンの仮面は立体コピー図版になっていました。グナはパナマのサンブラス諸島を中心に居住する先住民族で、モラはグナの女性たちがつくる布の手芸作品だとのこと。メインの色(多くは赤)の布を一番上にして、その下に色の異なる数枚の布を置いて、メインの赤以外の部分(輪郭線や細かなモチーフや模様など)を切り除いて下の色を出して多色の図案を表現したもので、これらをブラウスなどにつけているようです。私が触った図版では、大きな亀の上に人が乗り(この人の腕の先には羽を広げた鳥のようなのがあって、亀と人を導いているみたい?)、人には蛇が巻きつき、亀の尻尾には「JAPON」と書かれています(日本向けのお土産なのかも)。アマゾン地域の先住民の仮面は、居住地周辺の森林の木材、樹皮、乾燥した葉などでつくられているそうです。触った図版では顔は猿になっているとのことですが、よくは分かりませんでした。顔は袋状になっていて、下の胴体部分も日本の蓑の合羽を思わせるような筒状になっており、頭から被って使ったようです。
 その後、ヨーロッパの人たちに征服されキリスト教が強制されて以降、メスティーソたちがキリスト教をどのように受け入れていったかについて展示されています。メキシコでは今でも先住民が神聖視していた骸骨は身近なもので、骸骨人形が展示されており、その立体コピー図版も用意されていました(実物は着色されていて、なんか愛らしいとか言っていました)。ただ、まさか本物の骸骨を使っているわけではなかろうし、私としては骸骨人形が実際どんなものかよく分かりません。特別展の見学後、常設のアメリカに行って、骸骨人形に触りました。まあ張りぼてのようなつくりで、目が大きく窪み、鼻もやや窪み、口が大きく開き、手足は細い棒のよう、要するに骨格標本のようなものでした。ペルーの十字架が数点展示されていました。ペルーのアンデス地域では十字架の信仰が盛んで、各家庭に置かれて家族を悪霊から守る力があると信じられているとか。この地域の人々は以前から南十字星が輝く時期が収穫期にあたることを知っていて、十字の形を収穫のシンボルとして信仰していたそうです。
 メキシコの死者の日の祭壇が展示されていて、これはキリスト教と先住民の文化が合わさったものだろうということがよく分かる展示でした。メキシコでは、ちょうどカトリックの万聖節と万霊節に当たる11月1日と2日が「死者の日」と呼ばれ、亡くなった家族の霊が家に戻り、そのための祭壇が設けられ、もてなされます。展示されていた祭壇は、幅2m近く、2段になっていて、上の段は高さ1m近く、下の段も高さ60〜70cmくらいもある大きなもの。上の段には、骸骨の形の蝋燭立て、十字架、マリアの像などが見え、下の段には、家?のようなものや、パンなどの食べ物や酒瓶?、玩具のようなものなどが見え、さらに骸骨が踊っている絵、十字架の電飾があってチカチカしているとか。また、向って右側の床付近には、人と犬の骸骨があってその間に酒瓶が置かれており、骸骨の人と犬が酒盛りでもしているよう。なにか陽気な雰囲気が伝わってきます。
 続いて、アフリカやアジアの人たちやその文化がどのように影響したかについてです。アフリカからは多数の人たちが奴隷として連れて来られて、彼らは故郷の文化と切り離された状態で独自の文化をつくってゆくことになります。過酷な労働を強いられた農場から逃亡した奴隷はマルーン(スペイン語ではシマロン)と呼ばれ、彼らの集落がカリブ海の島々やその周辺地域などにでき、しばしば反乱を起こしたりします。そのマルーンの人たちの木製の大きな皿、椅子、櫂などが展示されているそうです(ベースは茶色で、そこに独特の文様や鮮やかな色が見えるとか)。また、ホンジュラスのワナラグアという踊りでは、ガリフナの男性たちが目立つ女性の服を着け、頭に帽子、顔に薄い布?を着けて激しく踊っているようです(ガリフナはアフリカ系の人たちとカリブ海のセントビンセント島の先住民との混血者のことで、彼らはイギリスの支配に抵抗しますが、1797年に敗北してホンジュラスに運ばれます。この踊りは、そのさいに男たちが白人の女性に紛争して戦ったことを示しているようです)。
 私の興味を惹いたのは、ラスタファーライの帽子やバッジ類の展示です。ラスタファーライは、イギリスの植民地だったジャマイカで、1930年にエチオピアのハイレ・セラシエが皇帝に即位したのを機に発生した、ハイレ・セラシエを救世主と考える一種のメシア運動あるいは千年王国思想のようなものです(ハイレ・セラシエはすでに1916年に摂政になり実権を持っていて、ジャマイカのマーカス・ガーベイは1927年に、黒人の王が戴冠する、開放の日は近い、と予言している)。過酷な環境が背景にあったことは言うまでもありません。明確な教義はないようですが、アフリカ回帰思想を中心に、白人からの自立、黒人の優越性などを主張するとともに、生活面でも長髪の独特の髪型や自然食など特徴があるようです。エチオピアを始めアフリカの国旗に多く使われている赤・黄・緑がシンボルカラーになっているそうです(展示されている帽子やバッジ類もこれらの色が基調になっている)。1970年代からはレゲエ音楽によって、ジャマイカだけでなく世界に広く知られるようになりました。
 アジアの文化の影響を示しているものとしては、臈纈染め、絣、漆器が展示されていました。臈纈染めについて詳しくは分かりませんが、蝋を塗った部分だけ元の布の色を残す染色法だとか。臈纈染めのきれいな布が数枚展示されていて、その中の青基調の図柄の一部を立体コピー図で触りました。2人が両手を空高く上げています。全体の図では、ヤシの木が見えバンガロー風の建物がある海岸で、2人を含め5人が空に向かって手を上げているとか。この臈纈染めは、インドネシアのジャワ更紗の技術が伝わったもののようです。絣は、日本の絣と見た目はよく似たものだそうです。ちょっと驚いたのはメキシコの漆器です。メキシコには先コロンブス期から漆器づくりの伝統があったとのこと。ただし、漆器と言っても漆を使うのでなく、アヘという昆虫の脂やチアという植物の種子の油が使われているそうです。立体コピーで盆に描かれている絵柄を触りました。大きな牡丹(青とピンク)2個と菊(白)3個が描かれていました。見た目は日本の漆器と変わらないとか。
 
 第3章「民衆芸術の成熟:芸術振興の過程」では、まず、20世紀になってメキシコやペルーの政府による芸術振興策によって生み出されてきた作品が展示されています。両国政府の振興策により、有能な作家が育ち、制作技術が親から子へと継承され、また集落内にその技術が広がって芸術村と言えるようなコミュニティがいくつもできているようです。
 ペルーの首長(くびなが)人形(大天使)は、高さ1m近くある大きな人形で、その立体コピー図版に触りました。首が長いということですが、首の両側に接して垂れている長い髪の毛と十分には識別できず首の部分がはっきりとは分かりませんでした。首は顔よりも長くて、全体の長さの6分の1くらいもあるとのこと。鮮やかな衣装を何枚も着け、背には天使の羽、右手に棒のようなもの、左手に魚を持っていて、全体に豪華な感じのようです。この首が長いというイメージは、アンデスの高地に住むアルパカやラマのイメージに由来しているそうです。
 メキシコの生命の樹は、高さ1.5mくらいもある縦長の楕円形の陶製?の板のようなものに、素焼き?の多様なモチーフを樹状に多数樹状に配置しているものだそうです。全体としてはよく分かりませんが、上のほうでは天使が楽器を吹き、その下にはキリストや十字架、磔刑図、骸骨人形、小さな教会、アダムとイヴを思わせるような男女、壺などの器、さらには多くの鳥(鳩?)、ライオンや人魚などの動物も見えているとか。森羅万象何でもありといった感じのようですが、全体としてはよく整っていてとてもきれいな作品に見えているそうです。(生命の樹は、旧約聖書の創世記でエデンの園に知恵の樹とともにあった、その実を食べると永遠の命を得るとされる樹で、ヨーロッパではしばしばこれに基づいて図像が描かれ、メキシコでも当初は類似の生命の樹が制作されたようだ。なお、その他の宗教でも、特別の樹木を神聖視することが多く、中には世界の中心にそびえ世界を支える世界樹ないし宇宙樹のイメージもある。アステカにも世界樹のようなイメージがあり、生命の樹は簡単に受け入れられたのではと思う。)
 メキシコのナワルの木彫が展示されていました(1m近くある大きなもののようです)。ヤギ(赤)とコヨーテ(緑)の2点で、ヤギのナワルを立体コピー図版で触りました。ナワルは、動物に変身するシャーマンやその変身した動物のことで、その顔は人間の顔として描かれるそうです。触ってまず気付くのは、顔からひげが地面に届くくらい長く伸び広がっていること、ひげで地面や回りを感知しているのかと思ったり。胴体や頭の上の長い角などには触って細かい縞模様のようなのが分かります。目は円い小さな目です。脚は短いですが、今にも駆け出そうとするような姿勢でした(シャーマンが憑依した動物は自由自在にどこにでも行けそうです)。このヤギのナワルがこの特別展のパンフレットの表紙になっていて、またその目はシンボルマークになっているそうです。
 次に興味を惹いたのは、ペルーのレタブロという木製の箱形の祭壇で、いくつも展示されているそうです。箱の表面にはきれいな絵が見え、箱の両扉を開くといろんな姿の多くの人形などがぎっしり並んでいるそうです。常設のアメリカの展示場には、同じ箱型祭壇の「パチャママの門」が展示されていて、この日の午後に触りました(長くなるので、この文章の最後に記します)。レタブロは、スペインがペルーなどアンデス地域に入植した当初住民にキリスト教を布教する道具として用いた箱型祭壇が始まりですが、今では人々の日常生活をはじめ多様なテーマを盛り込んでつくられるようになり、2019年にはペルーの文化遺産に登録されたそうです。
 ペルー南部のサルワという集落の人々がつくった板絵が展示されていました。絵を描いた板を数枚から10枚くらい縦に連ねたもので、一番上にサンサンと輝く太陽、その下に人々が農作業、機織り、楽器をひいたりする様子が描かれたもの、「男の取り合い」という題で、2人の女性が髪の毛を引っ張ったり拳を振り上げ合ったりして、男性が慌てて2人を引き離そうとしている様子を描いたものなどです。
 ブラジルの木版画「金のとりこ」の立体コピー図版に触りました。これは面白かったです。大きな木があり、その枝には細長い葉だけでなく四角いお札もあちこちにぶら下がっています。木の真中の枝の別れた辺に人が座って、回りのお札を取ってつかんでいます。木の根元では数人が腰を屈めて落ちてきたお札を集めています。このような木版画はもともとは、20世紀前半にブラジルで人気のあった「紐の文学」(店先に紐でつるして売られていた安価な本)の表紙などに使われていたもので、1960年代以降注目されるようになって、民衆の世界を描いた美術作品として評価されるようになったそうです。
 メキシコの女性画家フリーダ・カーロ(1907〜1954年)の「死の仮面を被った少女」(1938年)が展示されていて、びっくりでした。フリーダ・カーロの絵で国内で所蔵されているのはこの1点だけだということで、10年近く前名古屋市美術館に行って説明してもらったことがあります。展示されていたのは実物ではなく(実物は横長の葉書き大でブリキに描かれている)、だいぶ拡大して小さなポスター?のような感じだとのこと。緑の平原や山並みと曇ってはいるが明るめの空を背景に、10歳にも満たない少女がピンクの服を着てふわあっと立っています。右手に一輪の黄色の花マリーゴールドを持ち、左手は花に添えています(マリーゴールドはメキシコでは死者を道案内する花とされ、11月1、2日の死者の日のころは市街はマリーゴールドでいっぱいだとか)。顔は卵型で、白い骸骨の仮面になっていて、素顔は分かりません。画面右下にはなにか動物の顔らしきものがありますが、これはメキシコで子どもの魔除けとされる虎の面だとのこと。目が大きく、口を大きく開き、何本も歯がのぞき、舌がべろんと長く垂れ出て血も出ているようです(この作品を私は、重度の障害と女性であるがゆえの厳しい経験を繰り返す彼女の生きざまと合わせながら考えてしまいます)。ちなみに、当時(20世紀前半)は、独裁的な体制を打倒しようと続けられた民族主義的な革命の時期で、メキシコ政府の主導もありメキシコ国民文化が高揚し、リベラなど有名な壁画家が活躍した時代です。
 
 第4章の「民衆芸術の拡大:記憶と抵抗の過程」では、1970年代以降の様々な社会・政治問題に対するメッセージ性の強い作品が紹介されています。
 まず、第3章でも展示されていた、ペルーのサルワ集落出身者が1980年代の「暴力の時代」を記憶するために描いた2枚の板絵が展示されているそうです。それぞれの板絵には絵とともに文字が添えられていて、「疫病」という絵では、農村に侵入したゲリラの様子が描かれ、「彼らは、疫病のように村に侵入してくると、マシンガンやナイフで村人を脅し、理解できない言葉で社会正義を語った。」と書かれています。「呪われた者たち」という絵では、兵隊が人々を縛って押し倒したり、トラックに押し込める様子が描かれ、「村に潜伏するゲリラを捕らえるために、ペルー軍が一般の村人に暴力をふるって街に連行し、取り調べを行った。」と書かれています。
 次に「アヨツィナパ文書」。2014年9月26日夜から27日の未明にかけて、メキシコのイグアラ市のアヨツィナパ師範学校の学生たちが襲撃され、43人が拉致されて未だに行方不明のままという事件に関するものです。地元の警察や軍だけでなく犯罪組織も関わっていて、行方不明者家族を中心にメキシコ国内だけでなく南米やアメリカ、ヨーロッパでも真相究明を求めて抗議活動が続けられているようです。展示されているのは、絵巻物のように説明文と絵とが交互に計15枚くらい並んだもので、現在のこの事件を、植民者による先住民への迫害・暴力と結び付けて描いているようです。絵の一部が立体コピー図で用意されていました。大きな人(警察や軍=植民者)が小さな人(学生=先住民)の髪の毛をつかんで釣り上げていて、小さな人は宙ぶらりんの状態で足をばたつかせているような感じ、雰囲気がよく伝わってきました。(その他の絵には、例えば、植民者が財宝?を掘り出させ持ち出すような場面、先住民に犬をけしかけているところ、先住民に皮剥の拷問の様子を見せているところ、先住民の衣を着た人が「43」と書かれたプラカードを持っているところなどありました。)
 続いて、チリの女性たちが布に刺繍して絵を描いたアルピジェラが紹介されていました。チリでは、1973〜1990年のピノチェト軍事政権下で少なくとも数千人が理由なく殺害され行方不明になりました。その家族や貧困世帯の女性たちが人権無視の悲惨な状況を記憶し、また互いに支え合って生き抜くためにも、このような刺繍絵を制作したようです。その中の「窓の外を見つめる女性」が立体コピー図で用意されていました。女性が胸の前で四角い写真(おそらく帰ってこない息子の写真)を持っています(私はこの図を触って、つい岐阜県美術館で鑑賞した熊谷守一の「ヤキバノカエリ」を連想してしまいました)。
 さらに最近の世相をよくあらわした作品も展示されていました。メキシコのオアハカ州などでは生活のためにアメリカに越境するのが常態化しているようですが、オアハカ州の女性たちがその様子を描いた刺繍絵が12枚並んでいるとのこと。村から国境に向かって出発、国境には壁(壁の横にはトランプさんが座っている)が立ちはだかり、川では溺れたり、国境を越えても砂漠地帯を長時間歩かなければならず、その間警備隊に追われ空からは飛行機でも監視され、捕まり強制送還される者も。不法移民の状況がよく分かる展示のようです。また、ペルーのコロナ禍での対応について「新型コロナと良き政府」というペン画も展示されているそうです。戒厳令の様子、病院ではお金のない人は診てもらえず、学校が閉鎖されて子どもたちが電気も携帯電話もない中にほったらかされている状態など描かれているようです。
 
 第5章「ラテンアメリカ世界の多様性」では、北はメキシコから南はアルゼンチンに至るラテンアメリカ各地の特徴的な仮面を展示することで、ラテンアメリカ民衆芸術の多様性を紹介しているようです。祭礼に登場する人物や動物、悪魔や異界の生き物など、またマヤの英雄、スペイン人や黒人をモチーフにした仮面もあるとのことです。
 ボリビアのカトリックの祭礼で使用される太陽の踊り手の仮面の立体コピー図版が用意されていて触ってみましたが、残念ながらあまり印象は残っていません。(イエズス会士が土着の舞踊をカトリックの祭礼に取り込んだものだとか)。これまでにも経験したことですが、立体的でいろいろ特徴のある仮面を平面の図版で触っても、私はなかなか実感できないでいます。
 
 以上でようやく最後までたどりつきました。その多様さ、生き生きとダイナミックな感じに圧倒されるようです。主にスペインからの入植者によって先住民は滅ぼされ征服されますが、先住民の文化は絶えることはありませんでした。カトリックに改宗した先住民の儀礼や祭りにの中身には多く以前の文化要素が取り込まれていますし、先住民とヨーロッパ人の子孫、アフリカから連れて来られた人たちも独自の文化を産み育て、19世紀になると各地の独立運動とともに民族的な文化・意識が芽生え(そのころは芸術までは考えられていなかった)、とくに20世紀前半にはメキシコを中心に国民文化、民族意識を高揚させる政策が採られました。さらに、メキシコやペルーでは20世紀後半から民衆の中にアーティストを育成し、販路にも乗せてその価値を高めようとしました。またメキシコやペルーもふくめ、ラテンアメリカ諸国では、人権弾圧や貧困など家族の生活に関わる問題をアートで表現し、社会に広く訴えているということも分かる展覧会でした。
 
*パチャママの門:特別展見学後、常設のアメリカ展示場にある「パチャママの門」というペルー・クスコのレタブロ(折りたたんで持ち運べる箱型祭壇)を見学しました。パチャママは母なる大地を意味し、アンデス・インカの大地母神で、聖母マリアに擬せられてあらわされています。
 祭壇の大きさは、高さ1mくらい、幅60cmくらい、奥行40cmくらい。上の段には、背に翼のある3人の天使が、長い首をやや斜め上に伸ばしたような姿勢で、それぞれ楽器(向かって右の天使は管楽器のようなもの、中央はギターのような弦楽器、左は太鼓とばち)を持って立った姿で並んでおり、手からは衣のようなのが垂れています。(特別展会場で触ったペルーの首長人形の立体コピー図版で長い首が触ってあまりよく分からなかったのですが、この天使の、顔よりも長い首に触って納得しました。)
 天使たちの下の、奥まった場所は中央が高くなったゆるやかな山(雪山のように描かれている)になっていて、その頂に形も手触りもとてもきれいな顔(ヨーロッパ人を連想させる)があり、これが聖母マリアを思わせるパチャママです。パチャママの胴部は地に根付いているかのように山と一体となり、山の両側に手が広がっていて、右手付近には羊?のような動物が横になっており、左手の回りにはたくさんのトウモロコシや芋?のような作物があります。また、パチャママの斜後上にはコンドルがいます。下段には男女が数人立ち、手前の2人は向い合うように立っており、また向って左端には牛?が2頭、頭の所でつながって横に並び、そこから長い棒が後ろに伸びてその先に農具のようなのが付いています。さらに、祭壇の前面の板には、ブドウのような植物の実が多数きれいに並んでいました。インカの人たちの、大いなる地母神パチャママを中心とする信仰体系・文化が少し感じ取れるような展示でした。
 
(2023年5月16日)