堺 アルフォンス・ミュシャ館の企画展「おいしいミュシャ 5感であじわうアール・ヌーヴォー」

上に戻る


 
 5月4日、知り合い2人と、堺市にあるアルフォンス・ミュシャ館で7月31日まで開催されている企画展「おいしいミュシャ 5感であじわうアール・ヌーヴォー」を見学しました。ミュシャのいろんな作品を、視覚だけでなく、味覚、嗅覚、触覚、聴覚でも楽しんでみようとするものです。タイトルの「おいしい」には、味覚を連想して作品を楽しむということだけでなく、ミュシャ館が所蔵する主要な5作品(「ウミロフ・ミラー」「クオ・ヴァディス」「ラ・ナチュール」「蛇のブレスレットと腕輪」「ハーモニー」)もすべて展示していておいしいですよ、という意味合いもあるようです(これら5作品については、点字で詳しい解説が用意されていました)。
 アルフォンス・ミュシャは、1860年にチェコ東部のモラヴィア地方に生まれ、1880年代にはパリで活動、19世紀末のアール・ヌーヴォーを代表するアーティストとして、広告用のポスターやイラスト、装飾パネル、装飾的な絵画でよく知られており、今回の企画展もそのような作品が中心でした。しかし、ミュシャは1904年以降数回アメリカに滞在して絵を描き、また1910年からは故郷のチェコに定住して20点の連作「スラヴ叙事詩」などスラヴ民族の歴史に関わる絵を中心に描いており、私としてはどちらかと言うとミュシャの後半生の作品のほうに興味があります(チェコスロバキアは第一次大戦後の1918年にオーストリア帝国から独立し、ミュシャは新しい国家の紙幣や切手、国章のデザインを無償で担当したそうです。1938年にはチェコスロバキアはナチス・ドイツに侵略され、翌年春には国家は解体されます。ミュシャの絵はナチスからはチェコ国民の愛国心を刺激するものだとされ、彼はゲシュタポに逮捕され厳しい尋問を受け、すでに体調が悪化していた彼は間もなく亡くなります)。
 
 まず味覚のセクションです。お菓子やお酒、料理に関連したポスターや作品がいろいろ展示されていました。例えば、「果物」(1897年、リトグラフ)は、ナシやリンゴ、ブドウなどの果物を両腕いっぱいに持った女性が、右肩越しにちょっと振り返っているような姿で、表情はちょっと挑発的?とも見えるとか(日本の浮世絵風?この作品は本来は「花」と対になっていた装飾パネルの片方だそうです)。リキュール酒の広告?である「トラピスティーヌ酒」は、(リキュール酒がトラピスト会の修道院でつくられていたことと関係あるのでしょうか)ちょっと伏し目がちの女性が白い衣を身に着け、髪は曲線ではなくまっすぐ下に伸びているとか(十字架のような模様もある?)。ラム酒の広告の「フォックス=ランド・ジャマイカ・ラム」(1897年、リトグラフ)もありました(ラム酒は、ジャマイカで製造されるようになって広く普及したそうです)。これらのポスターでは、女性の髪の毛の流れを目で追っていくと、自然に商品の文字などに目が行くらしいです。何のポスターだったか覚えていませんが、チョコレート、ココア、キナ酒などいろんな食べ物とともに歯磨き(口に入れられるが食べられない)も並んでいてちょっと面白かったです。
 近くには、アール・ヌーヴォー風のテーブル・セッティング(4人分)がありましたが、残念ながらまったく触れられませんでした。その側には、「ウミロフ・ミラー」(1903〜04年、油彩・キャンバス)というとても大きな作品が展示されているとのこと。高さ3m以上もあり、全体の形は大きな円形の上部4分の1程度を水平に切り取ったような形で、その中央には直径1.7mもある大きな円い鏡がはめ込まれているとのこと(鏡には鑑賞者の姿も写るのですが、それはちょっと湾曲しているとのこと、もしかすると鏡は少しゆがんでいるのかも)。画面の下のほうには水面が見え、木々や花々も見えているようです。画面の左上には少女、その近くに精霊?が2人、右上にも3人の精霊?が見え、その中には両手を口にそえて呼びかけていたり、草笛?のようなのを吹いたり、頬杖をついたりしている者もいるとか。そして、画面最上部中央には、全体を見下ろすかのように?両手を広げた大きな男性の顔が影のように見えているそうです。この作品は、友人のチェコ出身の音楽家ボザ・ウミロフの自宅を飾るために制作されたものだそうです。
 19世紀末のにぎやかなパーティの様子を伝えるためでしょうか?ここに「愛人たち」(1895年、リトグラフ。タイトルの Amants は、「恋人たち」とも訳される)が展示されていました。この作品は、モーリス・ドネイ(1859-1945年)の同名の喜劇の宣伝ポスターだそうです。縦100cm余、横150cm弱ほどの、金色の枠に縁取られた大きな画面で、下半分、左上、右上の3つの部分に分けられ、それぞれの部分に別々の場面が描かれているとのこと。メインの画面下半分には、にぎやかなパーティの様子。楽器(バイオリン)が演奏されるなか、着飾った多くの男女がシャンパンを飲み交わし踊り楽しげに騒いでいるようです(ひっくり返っているグラスまであって、かなり騒々しい感じ)。そして画面左上には子供たち?のどたばた(調べてみると、これはイギリスの「パンチとジュディ」という人形劇の1場面のよう)が見え、右上では女性が倒れ泣き伏していて悲劇のよう(このような場面も、この喜劇に含まれているのでしょうか?)。
 
 次は嗅覚のセクション。ここでは、作品の中のモチーフから連想される(立ち上ってくる)香が体験できました。展示台の上に、直径15cm、高さ20cmほどの円筒が並んでいて、それを手で持ち上げてみると、中に閉じ込められていたそれぞれの香がただよってきます。
 まず、「クオ・ヴァディス」(1904年、油彩)に関連して、この作品の舞台になっている古代ローマの香油室と作品中の香炉から立ち上る煙をイメージして調合したという香。円筒を持ち上げてみると、ふわふわとやわらかそうな香がただよってきます。
 「クオ・ヴァディス」は、縦横とも2m以上もある大きな油彩画です。当時ミュシャはアメリカに滞在していて、この作品はそこで描かれたとのこと。ロシア占領下のポーランドに生まれ1905年にはノーベル文学賞を受賞しているヘンリク・シェンキェヴィチ(1846〜1916年)が、キリスト教徒を迫害した第5代ローマ皇帝ネロの時代をテーマとして書いた長編歴史小説『クオ・ヴァディス』(1896年刊)にもとづいた作品だそうです。画面左にはまるでギリシア神話のゼウスにも見えるような美しい姿が描かれ、中央の女性がそれを斜め下から憧れるようなうっとりした視線で見上げています。そしてそのシーンを、カーテン越しに画面右側の男の人がのぞき見ているようです。画面手前下には香炉があって、透明な曲線で描かれた煙がVの字に分かれ、中央の女性や左側の美しい人物を包んでいます。また画面の4方の縁は、額縁のように細かい多くの花模様で縁取られ、右上と左上には大きな花輪があります。
 続いて、連作4部作の「四つの花」(1898年、リトグラフ)の「薔薇」「百合」「アイリス」「カーネーション」の4作品の花の香を体験できました。薔薇はちょっとあまいような香り、百合は思っていたような強い香ではなく、ふわっとにおってくるような感じ、アイリスはあまりはっきりしない感じ、そしてカーネーションは以前道を歩いていてよく花屋さんだと嗅ぎ分けていた時の香でした。
 
 次は触覚のセクションです。ここには立体コピーの図版が点字の解説とともに展示されていました。
 まず、上の4部作「四つの花」の「薔薇」「百合」「アイリス」「カーネーション」の4点の立体コピー図版がありました。各図版の大きさは縦40cm余、横20cmくらい(実物は縦100cm、横40cmくらい)で、大まかにいえば、いずれの作品とも真中付近に女性が立ち、その回りにそれぞれの植物の茎や花が多数配されています。ただ、女性の姿と植物が一部重なっているため、触ってはなかなか分かりにくいものでした。今記憶に残っている印象は、「薔薇」の女性はしっかり正面を向いていて、両側には薔薇の茎がしっかりと伸びていました。「百合」の女性は、斜め上を向いていたように思います。「カーネーション」は一番分かりやすくて、カーネーションの花を手に持ち、女性は横顔、手にしたカーネーションのにおいを嗅ぐかのように顔を傾けていました(女性の脚の回りには花がたくさん配されていた)。
 もう1点、「黄道十二宮」(1896年、リトグラフ)の立体コピー図版がありました。この作品は、もともとはミュシャのリトグラフも多く印刷したリトグラフ工房シャンプノワ社のノベルティとして制作されたカレンダーだったようです。立体コピー図版の大きさは、A3を縦置きしたくらい(実物は一回り大きくて、縦70cm弱、横50cmくらい)。画面中央から右にかけて画面に向かって左向きの女性の大きな横顔(この女性は、知識をつかさどる天使ケルビムだとか)。頭の上には冠、その上に飾り(ティアラ)があり、幾本もの髪の毛がゆるやかな曲線で流れています。女性の顔を取り囲むように、画面左下から時計回りに十二星座(牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座)が円弧を描くように画面右やや上まで並んでいます(各星座は直径5cmくらいの円に入っている。また星座の背景には不変性をあらわす月桂樹も見えるとか)。また画面左下角には太陽とヒマワリが重ねて描かれ(たぶん昼を象徴)、右下角には月(三日月)とケシ(の実?)が合わせて描かれています(たぶん夜の象徴)。この太陽と月の間にはキリスト教の聖人暦が記されていて、女性の髪の毛の曲線をそれぞれ目でたどっていくとこの聖人暦に導かれるようになっているとか。
 この「黄道十二宮」、とくにその中の女性のイメージを立体的に表現したものということで、「ラ・ナチュール」(1899-1900年、本体ブロンズ)が展示されていました。高さ60cmくらいの胸像で、女神を思わせるほどきれいな姿だとか。伏し目がちの顔(「黄道十二宮」の女性は目を開いていたように思う)の上には冠があり、高さ3cm以上もある大きなアメジストがはめ込まれています。多数の長く伸びた髪が身体に巻きつき、胸の辺りではほぼ水平に幾重にも巻いているそうです。この作品は、1900年のパリ万国博に出展されたもので、その時のタイトルは「異教の女神」、頭の上には宝石ではなく当時の最新技術である小さな電球が取り付けられていたとか。
 
 次は「聴覚」のセクション。サラ・ベルナール主演の同名の舞台劇の宣伝用のポスター「ロレンザッチオ」(1896年、リトグラフ)が展示されていて、「ロレンザッチオ」の劇中で使用されていた曲の楽譜をもとに再生・収録したというピアノの曲が流れています。この曲から宣伝ポスターあるいは劇の雰囲気が伝わってくるのかどうかは分かりませんが、すっきりした歯切れのよい曲でした。(ピアニストは名前は忘れましたが、現代の日本人のよう。Youtubeで聴くことができます。企画展「おいしいミュシャ 5感であじわうアール・ヌーヴォー」――「ロレンザッチオ」劇中曲とともに“展示風景を、あじわう”。ちなみに、ミュシャは少年のころ聖歌隊に属し、またバイオリンも弾いていたそうです。)
 「ロレンザッチオ」は、縦2mくらい、横幅70cm余のポスター。「ロレンザッチオ」は16世紀フィレンツェの、内紛や暗殺が続いたメディチ家をテーマとした劇で、サラ・ベルナールは主人公のロレンザッチオ(男性)を演じているそうです。ポスターでは、ロレンザッチオは身体をちょっと大きく波打つように描かれ、口元に手を当てて考えているような姿のようです。そして、暗殺を暗示しているのか剣の刺さった龍も見え、左上にはフィレンツェの紋章もあるそうです。
 
 どういう関連で展示されていたのかよく覚えていませんが、「メディア」(1898年、リトグラフ)という、同名の劇のポスターも展示されていました。大きさは、上の「ロレンザッチオ」と同じくらい。古代ギリシャの悲劇詩人エウリピデスの「メディア」をもとに、サラ・ベルナールのために戯曲化された舞台劇で、彼女は主役の王女メディアを演じます。ポスターでは、メディアが2人の子供たちを短剣で殺してしまうというこの劇の中心場面があらわされており、黒い衣を着たメディアが、血のついた短剣を右手に持ちながら、目を見開き放心したかのように立っています。足下には胸を刺されて息絶えた2人の子供が折り重なるように倒れています。背景には赤い太陽が昇ってきているようで、ちょっと不吉な感じがするようです。
 また、このポスター中の、サラ・ベルナール扮するメディアの短剣を持っている右腕にはコブラのような蛇が絡みついたような腕輪が見えているのですが、この腕輪をサラ・ベルナールが気に入って、後にミュシャのデザインをもとに宝飾品としてつくられたそうです。そしてその宝飾品「蛇のブレスレットと指輪」(1899年)も展示されていました!材料は、金、エナメル、オパール、ルビー、ダイヤモンドとなっています。手首に蛇が巻き付き、手の甲に蛇の頭が来るようになっていて、その頭は指先の方を向いています。別の蛇の胴体が指に巻きついた形の指輪があり、指輪にも蛇の頭がついていて、この頭は手の甲にある蛇の頭と向かい合うようになっています。手の甲にある蛇の頭の口から細い鎖が数本伸びていて、指輪についている蛇の頭の口へとつながっています。2匹の蛇の頭の鱗はオパールで細工されていて、輝いているようです。
 
 2階には、「おいしいJOB ―当時の大人の嗜好品―」というテーマで、巻きタバコ用の紙の宣伝ポスターをはじめ、それと関係するような多くの品が展示されていました。(当時フランスではまだ、刻んだタバコの葉を喫煙者が自分で別売りの専用の紙で巻くことも多かったのかも。)その中心は、ミュシャの「ジョブ」(1896年、リトグラフ)というポスター。大きさは、縦60cm?くらい、横40cm余くらい。上のほうに大きく J O B(これは社名の Joseph Bardou の Jo と Bをとったもの)と書かれていて、一部それと重なるようにやや横向きの女性が描かれています。右手に火のついた紙巻きタバコを持ち、至福のうっとりとしたような表情で、その視線や口元には魅惑的、挑発的とも言えるような感じが見てとれるとか。髪は長く O の字が見えなくなるほどにぐるぐると渦巻き、タバコの煙はジグザグに上に向かっているようです。全体に背景は茶色っぽい?ですが、外側は枠のように細かいモザイク模様、その内側はJOBをモノグラムにしたパターンがたくさん並んでいるとか。男性たちは、このように魅惑的な女性の姿にほだされてタバコ用の巻紙を買って喫煙し、また女性たちの中にも喫煙するこのような女性の姿にあこがれて喫煙が広がったのかもと思ったり…。
 同じようなミュシャのポスターが数点あり、ミュシャ以外の作家によるジョブの宣伝ポスターなど、さらにはキセルやパイプなどいろいろ喫煙具も展示されていて、私にはよくは分かりませんが、当時のパリの人たちの最新の流行が示されているようです。
 
 最後に、これまでのミュシャの作品とは打って変わって、宗教的ないし神話的と思えるような油彩画「ハーモニー」が展示されていました。制作年は1908年、縦1.5mくらい、横4m以上もある横長の大きな作品です。すでにアメリカに数度滞在し、アメリカの富豪チャールズ・クレーンの資金援助を得ながらチェコで一連のスラヴ叙事詩を描くようになる2年前という時期、スラヴ叙事詩を予感させるような作品なのかもと思ってしまいました。
 画面上半分全部を使って、両手を大きく広げた、胸から上の人物が淡い青で描かれています。この人物、なにか神様を思わせる雰囲気があるとのこと(その顔はミュシャ自身の顔に似ているかもと、説明してくれた方は言っていました)。そしてこの人物がかざしている両掌の周りから光の輪が放たれていますが、右手からはあたたかそうな光、左手からはやや暗い青白い光です。画面の下半分、画面の手前には、小高い丘のような緑の地上が描かれ、その地上の部分に様々な人々が小さく描かれています。左側の明るい光の下にいる人たちは輪になって踊ったりしている人が多く、右側のやや暗い光の下にいる人たちの多くは向こう向きでうずくまっています。喜んでいる人たちと、悲しみ苦しんでいる人たちをあらわしているのでしょうか?「はーもにー」というタイトルから考え合わせると、いろいろ異なる状況にある人たちを神様のような存在の放つ光が等しく照らしているのでしょうか?なにか神々しい感じがします。
 
(2023年5月21日)