彫刻のたのしみ――ひとつの出会いから
4月29日から5月5日まで、近鉄百貨店上本町店で「第21回「職人の技」展」が開催されていました。
私はこの催物を新聞で知り、木工芸も出店されているということで、5月3日に行ってみました。
1人で行ったので催物全体の詳しい様子は分かりませんでしたが、会場に入ると、なにか懐かしさを感じさせるような匂いがふわあっと漂ってきます。ゆっくり歩いて、木、お香、皮、布などの匂いも参考にしながら、竹細工、コルク製品、い草製品、木製品などの店に立ち寄り、少し説明してもらいながらいろいろな作品に触れました。中でも、竹のバッグには感心しました。まったく乱れのない細かな編み目模様で、波形などが表現されていました。あらためて、日本の工芸品、職人の技の精巧さを感じました。
そして、偶然近くの人の案内で「アトリエ木輪」に立ち寄りました。それが、私にとっては素晴らしい出会いになったのです。
初めはすぐ手に触れたへんな形の長いスプーンのようなのを触っていて、これは何かなあと思っていたら、「沖縄のかんざしです」と店の方に教えられ、興味をもちました。それがきっかけで、次に、小さな、とても精巧な造りの魚の彫刻を触らせてもらいました。
私は1ヶ月余前からまったく自己流で彫刻を始めています。長さ30cmくらいで5cm角くらいのバードカービング用の木を買ってきて、娘が使っていた彫刻刀で今人の形を削りつつあります。そんなわけで、このような木の彫刻品はつい熱心に触ってしまいます。その様子を見てだと思いますが、「中に入ってください」と案内されました。椅子に座り、目の前の机の上に、次々と素晴らしい作品を置いては、触らせてくれます。
以下、その時に触った作品を紹介します。
マンタ: 長さ、幅ともに50cmくらいはある大きな作品。実際は、畳8畳から10畳くらい(全長5mほど)もある大きな魚で、エイの仲間だそうです。まず目立つのは、まるで飛行機の主翼のように、左右に大きく翼状に広がっている体。この翼状の体の後ろ中央には、これまた飛行機の水平尾翼と垂直尾翼を思わせるような、鰭のようなのが乗っている。さらにその後ろには、20cm以上はある細い棒のようなのが続いている。体の前のほうは頭部だが、その先端の両側からさらに前にまるでひっかき棒のように曲がった物が伸びている(これで餌を集めているのかも)。頭部の先端には、大きな横長の口が開いている。その後ろには、左右に5、6列に整然と鰓が並んでいる。大きな口でプランクトン混じりの海水を飲み込み、鰓から海水を出し、濾すようにしてプランクトンを食べているとのこと。全体としてとても不思議な形の魚です。
イタチザメ: 両側の岩の間をすり抜けるように体をカーブさせながら泳いでいる様子。尾鰭は水を切るように曲がっていて、その反動でスピードをつけながら体も少し弧状になっている感じ。頭部の下面にある口はとがっていて、少し開きぎみになっている。口の間のぎざぎざの歯も、爪を使えば微かに観察できる。尾鰭は垂直に大きく開いた感じで、鰭の内側には細かな段差のようなのがいくつか観察できる。
イルカ: 水平な鰭を上向きに強く曲げて泳ぎながら、体はほぼ垂直に水上に立っている様子。イルカのショウなどではよく見かけられる姿とのこと。私にとっては、イルカが水面に立っている姿はとても新鮮だった。黒檀製。とてもすべすべしていて、硬そうな感じがした。
ジンベイザメ: 長さは50cmくらいはあり、一番太い所では直径10cm近くもありそうで、まずその太さにびっくり。背中から尾にかけて、縦に長く太い隆起が何本も走っているのにも驚く。この隆起の間の溝に指がちょうどうまく入って、指を自然に動かすと真っ直ぐジンベイザメの体に沿って動いた。
ザトウクジラ: 長さは30cm余。水中に潜ろうとするように(?)、頭部はわずかに下を向いている。頭の縁に沿ってぼこぼこした粒状の隆起がきれいに連なっている。上面には鼻の小さな穴が2つ確認できる。横には、小さな瞼のようなのとその中の目を確認できる。胸鰭が長く斜め下に伸びている。これがザトウクジラの特徴とのこと。(もうひとつ、20cmくらいの小さめのザトウクジラもあり、こちらはこれから水上に出ようとする感じで、頭部が上向きになっている。)
上の作品はいずれも、水中で実際に泳いでいる姿を表していて、背景となる水中の岩場(木製)とセットになっています。
さらに、海の世界をより多彩に表現した作品もありました。
潮騒: カニ3匹が、砂場や岩場にいる。カニは右側のはさみがとても大きく、シオマネキのようだ。体の厚さは1cmもないくらい薄く、その横に太さ3mmくらいの細い脚が4対伸びている。体の上面前側にこれまた細い目が上に伸びている。クスノキ製だということだが、木でこれだけ細かな所まで表せるのかと感心する。岩場はイタジイ(沖縄など暖かい地方ではごく普通の木のようです)を利用し、またあちこちに本物の珊瑚や貝も置かれていて、潮の満ち干する暖かな海浜を表現しているようだ。
珊瑚礁: 小さな魚たちが泳いでいる様子。イタジイ製の切り立った岩場、多種の本物の珊瑚や貝が背景となり、海底付近から海面近くまで、いろいろな形や姿勢の8匹の魚が配されている。
誕生: この作品は、私は全体を触ってはいません。生まれたばかりのウミガメと、そのウミガメが生まれ出た卵の殻を触りました。卵の殻は、卵をちょうど半分に割ったくらいの大きさで、縁がくるうっと丸まっていました。
これらの作品中の、カニ、魚たち、ウミガメ、卵の殻はもちろんみな木製です。木でこれだけ精巧でリアルな表現ができることを知り、そして、自分でも少しでもこれに近い表現はできないものかと、つい憧れてしまいます。
作者である仲程正信さんは、自分の作品について、一番大事にしまた強調したいことは「動き」と「ストーリー性」だとおっしゃっていました。イタチザメやイルカの作品では私も動きを十分感じることができましたし、「潮騒」などではストーリーを読み取ることもできそうです。
とくにイタチザメなどの作品で表わされている、運動の途中の一瞬の姿をどのようにしてとらえているのか尋ねてみたところ、「実際の姿や図鑑などを見ることもあるが、実物の動きを観察しなくても、頭の中にまるでコンピュータグラフィックスのように各瞬間の姿の鮮明な像が浮ぶ」とのこと。これは、私にとっては驚きでした。私は各静止状態の形なら少し時間をかければイメージできることもありますが、例えば走っている途中の空中での姿など、運動中の各瞬間の姿勢などはほとんど想像できません。
ところで、仲程さんは私が触ることについてまったく抵抗がないばかりか、むしろ触ってほしいという感じでした。それは、彫刻家は実際の製作過程で触りながら(手で押えたりいろいろ確認しながら)作っているのですから、ある意味では当然のことかもしれません。さらに仲程さんの場合は、お話をうかがってみると、見えない人たちとの交わりもこれまでかなりあったようです。沖縄の盲学校に、木で作った沖縄の地形地図(山や川、さらにはダムなども分かる)や市町村ごとの形を組み合せるパズルを持って行って、生徒たちに使ってもらい、とても喜ばれたそうです。また、月1回くらい開いている「もあい」(模合)には、知り合いの見えない人たちも参加しているとのことでした。(沖縄の模合は、本土の頼母子講に当たるようなもので、金銭の一種の相互扶助システム。最近では、親戚や友人同士の楽しいコミュニケーションの場ともなっているようです。)
帰りには、実演用のクスノキ製のカニの粗型をもらいました。これは「潮騒」の中のカニの原形で、脚やはさみ、背や腹や目を削り出していくのです。
家に帰って早速削り始め、4、5時間かけてようやく4対の脚をある程度削り出しました。クスノキはそれまで私が削っていた木よりははるかに堅く、なかなか思うようには進みません。さらに、力余って1本の脚の先を折ってしまいました。
次の日は雨だったのですが、仲程さんにできればアドバイスを受けようとまた近鉄百貨店に出かけました。そして仲程さんから2、3技術的なヒントをいただき、また昨日触った作品を数点観賞させていただきました。私の場合、実物や図鑑ではほとんど観賞のしようがないので、このように作品を実際に触ることのできる機会はとても貴重です。その時限りの出会いかもしれませんので、できるだけ頭の中にはっきりしたイメージを作り残せるようにと、触ってはそれを少しずつイメージ化することを何度も繰り返します。
これまでに、カニを2匹いちおう私なりに完成させました。最後になるほど細くなってくる脚や目を削っていくのにはとても気を遣いますし、とにかく時間がかかります。一種の中毒のようなもので、他の仕事にも支障が出かねません。
どうしてこんなことになるのか、自分でも不思議です。わずかずつしか削れませんし、そうかといって削り過ぎは許されません。また、自分の頭の中のイメージにどうやって近付けていくか、その都度触って確認しながらゆっくり考えることを繰り返さなければなりません。さらに私の場合は見様見真似ができませんので、彫刻刀の使い方やどんな順序で削っていくかも、ほとんど自分で考えなければなりません。そんな訳で気持ちをかなり集中しなければならないのですが、それがかえって精神には良いようです。それに、クスノキの場合は、とくに削っているときには匂いが強く、心をなにか落ち着かせるような効果もあるようです。
今は模倣ばかりですが、材料となる各種の木の性質や彫刻刀の使い方など基礎を身につけ、実物の形にあまりとらわれず、できれば自分のイメージをしっかり表現できるようになりたいものです。
(2004年5月24日)