アステカの「鷲の戦士像」の3D模型に触る

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 2月14日、楽しみにしていた「鷲の戦士像」が、新潟大学の渡辺哲也先生から届きました。
 昨年3月末、国立国際美術館で開催されていた特別展「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」を見学、メソアメリカの紀元前から16世紀までの各地の文化が多くの多彩な展示物で紹介されていて、とても興味深く、私も大いに楽しみました(古代メキシコ展を見学)。しかし、実際に触れられるような展示物はまったくなく(1点だけ、ミュージアムショップにトラロク神の壺の簡易型が販売されていて、それには触った)、なにか寂しいというか、ずうっと心残りのような状態が続いていました。
 そのころ、見えない人たちに3D模型を提供することを目指したプロジェクト(「誰もが知りたいもの、必要なものを自由に手に入れ、触れられる社会」の創成に向けた3Dモデル提供体制の開発と実装)があることを知り、日本ライトハウス情報文化センターで行われた渡辺哲也先生の講演会「3D模型を私たちの手に:技術動向と普及への課題」にも参加したりしました。そして、有名なシドニー・オペラハウスやパルテノン神殿の3D模型を送っていただいて、それらの建物について初めて明確なイメージを持つことができました。(有名な建築物などについては、すでに3D用のデータがあり、印刷して提供するまでにそんなに時間は要しないようです)。
 そこで、けっこう楽しんだ古代メキシコ展、さらに楽しめればと思い、3D模型を依頼してみることにしました。新しくデータを作るところから始めなければならず、時間も手間もかかるだろうと思い、多くの展示物の中からもっとも特徴的で触りがいもありそうな1点を選ぶことにし、アステカの「鷲の戦士像」を依頼しました。
 鷲の戦士像について、上記の古代メキシコ展についてまとめた文章では、私は一緒に行った方の説明やキャプションなどを参考に次のように書いていました。
「鷲の戦士像(1469~86年 テンプロマヨール、鷲の家出土):土製で、高さ2m近く、幅も1m以上もある大きなもので、どのようにして作ったのだろうと思いましたが、いくつかの部分に分けて作ってからつなげているようです。まるで人が鳥の着ぐるみをつけているようで、膝下に鉤爪が見え、両手は翼を広げたようになっていて(翼の縁の曲線がいい感じだとか)、開いたくちばしからは顔が見えているそうです。勇ましく戦死して鷲に姿を変えた戦士の魂、あるいは太陽神の姿をあらわしているという説もあるとか。」
 このような説明で、私がもっとも疑問に思ったのは、開いたくちばしの奥のほうに、顔がはっきり見えているということでした。私としては、くちばしの奥に顔全体が見えるほどにはくちばしはとても開かないだろうと思いました(ペリカンなら可能かも知れませんが)。また、「人が鳥の着ぐるみをつけているよう」とか「両手は翼を広げたよう」と言っても、具体的にどんな風になっているのかよく分かりません。そしてもちろん、像全体の姿もぼんやりとしたものでした。
 
 以下、送っていただいた3Dの鷲の戦士像について紹介します。
 送られてきたのは、次の3つのタイプのものでした。①高さ15cmの一体型、②これを2倍にした高さ30cmの組み立て型、③頭部だけを①の3倍に拡大したもの。像の全体の形を大まかに知るには、①の小さなタイプでも十分です(とくに手早く知るのには小さいほうがよい)。ただ、顔の細かい所や、鉤爪の付き方など、詳細に知るのには小さなタイプでは不十分で、2倍サイズの②ではっきりと確認することができました。③の3倍サイズの頭部は、大きいだけにより迫力を感じ、口の回りや目の回りの様子をより明瞭に触察できます。
 
 以下では、2倍サイズの②を中心に(頭部については③からの情報も加えて)、私が触察して分かったことを記します。
 ②は、頭部、胸部から腕、腹部から大腿部、左右の膝から足までの部分の、計5部分から成っており、組み立てて全体を丁寧に触ることもできますし、また取り外してそれぞれの部分を触りやすい角度や位置で細かく触ることもできます。(上に示した鷲の戦士像についての私のまとめでは、「いくつかの部分に分けて作ってからつなげているようです」とありますが、おそらくこの②のような部分に分けてつくられていると思います。)組立てた全体の高さは30cm、実物の像の高さは170cmなので、②は実物の約5.7分の1(体積では実物は②の約185倍にもなる)ということになります。②の横幅と奥行を測ってみると、横幅はもっとも広い両翼端間で18.5cm、奥行は前後幅のもっとも広いお尻の所で10cmで、実物ではそれぞれ105cm、57cmとなり、本当にどでかいことが分かります。全体の大まかな姿勢は、正面に向かって腕を少し広げて立った姿勢で、膝を曲げてお尻を後ろにぎゅっと突き出し、頭部もふくめ上半身を前に倒しています。そして、頭から膝まですっぽり鳥(鷲)の着ぐるみを着けており、人の体が露出しているのは、顔の前面と側面、手首から先、膝から下だけです。
 頭部は、上半身同様前に少し傾いています。上下のくちばしが目いっぱい開き(実物ではおそらく30cm以上開いている)、上くちばしの上はとさか?のように高く盛り上がっています。猛禽らしく、下くちばしの先は上に、上くちばしの先は下に向かってとがっています。くちばしの奥に顔全体、額の上から顎の下まで触って分かります。口は、横に広げて両唇の間から舌を少し出していて、とても力が入っているような感じがします。鼻の両脇には穴があります(なにかを差し込んでいたのかも)。両目は大きく、しっかり開いてやや斜め下を睨んでいるような気もします。耳の前には、なにか飾りのような丸い突起があります。両腕は、横に少し広げ、肘をほぼ垂直に曲げて前腕を前に出し、親指と他の4本の指で輪をつくるように軽く握っています※。そして、肩から上腕、肘でぎゅっと曲がった前腕にかけて、大きな翼に覆われ、翼の下の縁には規則的に切れ込みが連なっています。頭から膝までの着ぐるみの表面は、前面も背面も滑らかにつるつるしていますが、本来は全面に鱗状の小さな羽のようなのが多数張り付けられていたらしいです。
  ※親指と他の4本の指の間には1cm弱の隙間があり、たぶん棒のようなものを握っていたように思う。Wikipediaの「鷲の戦士」によれば、アステカ帝国では、太陽神ウィツィロポチトリの下、鷲の戦士、ジャガーの戦士、コヨーテの戦士、髑髏の戦士などの戦士団があり、鷲の戦士は武器として、棍棒に黒曜石の刃を埋めた剣マカナ、同様にして作られた槍ホルカンカなどお用いたとのこと。おそらく鷲の戦士像はもともとはこのような武器を両手に垂直に立てて携えていたのだと思う。
 膝の所(膝から足までの部分の上端)は鷲の足で、長く鋭い鉤爪になっています。前に3本広がり、後ろにも1本伸び、それぞれ先はぎゅっと下に曲がってとがっています(外側にも、小さいですが爪のようなのがある)。前の真中の鉤爪が一番長くて 2.5cmほどあり、実物では15cmくらいにもなります。足は、素足で草履のようなものを履き、足首に帯のようなものを巻いて前で結んでいます。
 
 以上、頭部から足まで触察により詳しく書きました。像の全体的な印象としては、前からやって来る敵などを堂々としっかり受け止め威嚇するという感じでしょうか。説明が長くなり過ぎたとは思いますが、見た目を言葉で説明してもらった時よりは、全体についても各部についても具体的にはるかによく理解できましたし、またさっと見ただけでは分からないだろうこと、例えば両手に武器を握っていただろうなど、新たな発見もありました。美術館や博物館などで行われる展示、とくに全国各地を巡回する人気の特別展などでは、触れられる展示物はほとんどありません。音声解説が用意されていることは多いですが、見ていることを前提に作られているため展示物についての基本的な情報が欠如していることが多く、見えない人たちにも役立つ説明としては不十分です。最近は3Dで製作された復元模型が展示されていることもありますが、触れてもよいということはめったにありません。触ると、壊れてしまう、汚れてしまう、とがった所でケガをしてしまうなどが理由のようです。3Dの復元模型を複数用意し、場合によっては触ってもだいじょうぶなように配慮して製作すればよいでしょう。以前はレプリカの製作には専門の業者に依頼して多額の費用と時間が必要でしたが、今では3Dの技術によりお金も時間も格段に少なくて済むはずです。3Dの技術を生かした触れられる展示が普及することを、心から願っています。
 
(2025年2月21日)