愛知県美術館の鑑賞会で若冲にもふれる

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 11月14日の午後、愛知県美術館で開催された「2024年度 第2回視覚障害のある方とのプログラム」に参加しました。参加者は、視覚障害の人7人ほどと、アートな美の方々10人くらい、それに美術館スタッフ3名の20人くらいです。視覚障害の人とアートな美の方が組になり、それぞれの組で適宜彫刻や絵画を鑑賞するもので、しばしば美術館スタッフの方もいろいろと説明してくれます。今回は、彫刻 6点と絵画 1点、それに私は若冲の作品数点についても解説していただきました。
 
 まず、彫刻作品 5点を紹介します。デュシャン=ヴィヨンの作品を除き、4点はブロンズです。(ロダンの「歩く人」も展示されていましたが、私は数度鑑賞したことがあり、今回は割愛します。)
エミール・アントワーヌ・ブールデル(1861~1929年、フランス)の「両手のベートーヴェン」(1908年):高さ50cm余、幅45cmくらい、奥行35cmくらいの、石を思わせる直方体の塊の前上部に、頭部と両手が彫り込まれています。口をぎゅっと閉じ、目は正面やや下を見ているようです。髪の前の部分は波打つように大きく膨らみそれが石の塊の上面に続いています。右ては握って頬に当て(耳の下に接している)、左手は上顎の下に沿って首に当てています。この左手はとくに大きくて、もしかするとブールデルの彫刻家の手かも知れないということです。音楽家と彫刻家の手を借りながら、頭の中で新たな音楽を考想し聞こえない耳で聴こうとしているようにも思いました。
同じくブールデルの「ペネロープ」(1909年):タイトルのペネロープは、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に出てくるオデュッセウスの妻で、夫がトロイア戦争に行って10年かけて勝負しますが、その後行方知れずになりさらに10年、多くの求婚者を退けて夫を待ち続けたという女性。像の高さは 120cmくらい、顔もかなり小さいですが、キトンという1枚布を纏っていて全身多くのドレープに包まれているためでしょうか、どっしりした感じがしました。小さな顔は左側に向き、右腕は胸の前を通って右手を左脇腹に当て、左腕は肘で曲げて手の甲を上にして手のひらを広げて小指側を左顎下に当てています。自分の身をガードしながら、遠くを見つめて感慨にふけっているような感じでしょうか。
ジャコモ・マンズー(1908~1991年、イタリア)の「踊りのステップ」(1953年):高さ160cm余のほぼ等身大の形のきれいな少女像です。ほぼ裸体ですが、後ろにリボンのようなのが飛び出したバレエシューズを履き、後ろに垂らした髪をリボンで止めています。胸から顔にかけてぎゅっと反らし、背中の中央は縦にくぼんでいて引き締まった感じです。右手はかるく握って下にさげていますが、左手は後ろに回して手の甲ををお尻に着け、前向きの右足と直角に横向きの左足先は小さな台座からちょっとはみだしています。これから踊りのステップを始めようとする所のようです。表面の手触りはつるつるではなくさらさらしていて、また所々小さな粒粒もあって、原形が粘土であることを感じさせます。(後で、この作品は以前に触ったことがあることを思い出す。)
同じくマンズーの「ある主題によるヴァリエーション」(1947~66年):縦70cm余、横55cmほど、厚さ2cmくらいのレリーフ作品です。この作品は、十字架から降ろされるキリストをテーマとした浮彫連作の一つのようです。中央に、縦襞が連なる古代風の服お着けた背の高い女性が立ち、右腕を真上に振り上げ手のひらを前に向け、口を大きく開けて何かを訴えているかのようです。女性の前にはキリストがいますが、キリストの顔は潰されているのか少し窪んでおり、キリストの左側の男性に支えられて(男が右腕をキリストの右脇を背側から押え(キリストの右腕は肘から下がぐったりと垂れている)、左手でキリストの左腕を押えているようだ)なんとか立っています。キリストの右側には、大きな帽子ないしヘルメットのようなのを被った兵士が立っていて、触ってはよく分かりませんでしたが、なにか怒ってどなっているように見えるようです。なお、レリーフの下部、下縁から数cm幅の部分はざらざらしていて粘土板がむき出しになっているような感じですし、下縁もぎざぎざしていて、むりやりに引きちぎられているようで、なにか暴力性を感じました。この作品の意味合いは私にはよくは分かりませんが、愛とともに暴力にたいする訴えのようなのを感じました。
レイモン・デュシャン=ヴィヨン(1876~1918年、フランス)の「恋人たち」(1913年):この作品は材料が鉛で、縦35cm、横52cm、厚さ6cmのレリーフです。分厚い長方形の鉛版の上半分に1つ、下半分の左右に2つ、楕円形の凹曲面が一部重なって彫られ、それら曲面の上に、向って左に女性、右に男性の身体の各部がそれぞれ凸の塊のようにぼこぼこと浮出しています。触ってかなり分かりにくい作品ですが、このような表現は私は気に入りました。男女は膝をついたような姿勢で向かい合っているようです。男性は上半身を傾けて女性の首にキスしています(男性の左肩から背中にかけてが大きく盛り上がっていた)が、女性は上半身を反らし顔を上に向け右腕も後ろのほうに伸ばしていますが、左手を男性の顎の下に当てていて、男性から逃れたい気持と受け入れてしまう気持ちの両方があらわされているようです。レイモン・デュシャン=ヴィヨンは1911年に兄のジャック・ヴィヨン(本名 ガストン・エミール・デュシャン)らとともにキュビズムのグループに参加していて、この作品はキュビズムの影響を強く受けていると思います。ちなみに、便器などで有名なマルセル・デュシャンはレイモンの弟です。また、デュシャン=ヴィヨンは、兄のペンネーム ヴィヨンと姓のデュシャンをつなげたペンネームだとのこと。レイモンは、第一次世界大戦が始まると志願してフランス軍の病院で働きながら制作を続けていましたが、1917年に腸チフスにかかり翌年に亡くなっています。
 
 続いて絵画です。エドワード・ジョン・ポインター(1836~1919年、イギリス)の「世界の若かりし頃」(1891年)。油彩で、縦87cm弱、横120cmくらいの横長の画面です。左右に装飾された太い柱のある古代ローマ風の室内、その手前に大きな池があります(ヴィクトリア朝期にも大きな池のある邸宅が流行していた)。大きな池には、花びらが浮かび赤い金魚が泳ぎ、右側には噴水のようなのがあります。室内には 3人の女性が描かれ、奥の大きな窓からは近くの船や遠くの山並といった景色が見えています。窓辺にいる女性はまるまったような姿勢で、まどろみ眠っているようです(眠る女性もヴィクトリア朝期の画家が好んだモティーフ)。その手前の 2人の女性は向かい合って座り、小さな玉を使ってなにか遊びをしているようです(空中や床に数個玉がある)。これは古代ギリシアから伝えられているアストラガリというゲームで、羊や山羊の指の骨を使ったお手玉に似た遊びのようです。全体に整った空間構成と、おだやかな時間の流れを感じました。
 
 最後に、木村定三コレクションの伊藤若冲の作品4点について、美術館スタッフの Mさんに説明していただきました。いずれも水墨画で、縦長の掛物のようです。
若竹雄鶏/梅花雌鳥図:これは対幅で、向って右に若竹雄鶏図、左に梅花雌鶏図が配されています。若竹雄鶏図は、下り坂の斜面を雄鶏が左の雌鶏のほうに向って(尾を上げてうれしそうに?)とっとっと歩いて下りていくように描かれ、背景には竹が数本風に揺られて左のほうに少し傾いて描かれているようです(竹の数枚の葉の向きが少しずつ違っていて、風に揺らめいていることが分かるとか。また竹の節は、直線ではなく楕円であらわされているとか)。左の梅花雌鶏図では、雌鶏は右の雄鶏のほうを見るでもなく、上の梅の花のほうを見ているらしいです。なにか人間を思わせる表現のように感じました。
伏見人形図:伏見人形は、伏見稲荷の土産物として売られていたもので、土製のそぼくなもののようです。この作品には、布袋さんのほんわかした姿で7人描かれています(表面の色は、緑、茶、茶、緑、緑、茶、茶)。京都では1788年に大火があり、若冲も自宅を焼失しており、伏見人形図には火事除けの意味もあっただろうということです。また、当時伏見の奉行所の役人が自分の遊興費を捻出する為に税を課し、これに怒った7人の町衆が江戸へ直訴に行きますが、獄中などで亡くなりだれも戻らなかったという事件があって、これに共感して7人の布袋さんを描いたとも考えられるということです(若冲は、1771年56歳の時に、錦市場の営業停止を命じた奉行所に対し、町年寄として4年もの間再開を求めて粘り強く交渉を続けている)。
菊に双鶴図:画面右上と左下に菊、中央に鶴が見えています。ただ、一見しただけでは(足は2本しかないし)鶴が2羽描かれているのには気付かないとのこと。よく見ると、手前の鶴は頭を下向きにしているのを上から見ており、奥の鶴は(横から見ているのか?)とがったくちばしと目が見えており、それぞれは1本足で立っていて、双鶴ということになるとのこと。描き方が面白いですね。
六歌仙図(1791年制作):六歌仙とは、在原業平、僧正遍昭、喜撰法師、大友黒主、文屋康秀、小野小町のことで、縦長の大きめの画面にこの6人が上から下にジグザグに配され、豆腐田楽をつくり興じているいろいろな姿で描かれているそうです(喜撰は味噌を摺る、小町は箱?から豆腐を取り出す、業平は背を向けて豆腐に串を刺す、黒主は豆腐田楽を並べた炉を扇ぐ、遍昭は大きな盃で酒を飲む、康秀は酒瓶を抱えて倒れ込んでいる)。そのころ、歌仙料理とか歌仙豆腐とか言って、いろいろな料理、とくに豆腐料理を楽しむようになっていたようです(その典型が『豆腐百珍』)。さらによく見ると、彼らの姿はいろいろな楽器を演奏しているようにも見え(例えば、黒主は琴、喜撰が琵琶、業平は小太鼓。その他にも鼓やびんざさらと思われるものもある)、芸能の田楽も連想されるとのこと。なんとも広がりと奥行のある作品ですね。
 
 今回の鑑賞会でも、各作品についての点字の解説とともに、ポインターの絵およびマンズーとデュシャン=ヴィヨンのレリーフについては立体コピー図も用意していただき、また最後には特別に若冲についても解説していただき、大いに楽しませていただきました。ありがとうございました。

(2024年11月20日)