名古屋市美術館の鑑賞会

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 2月7日、名古屋市美術館で開催された視覚障害者対象の鑑賞会に参加しました。参加者は私をふくめ6人、それに名古屋市美術館のボランティアの方々、アートな美の方々、さらに見学者や美術館スタッフをも加わり、総勢30人近くにはなっていたようです。参加者ごとに1グループをつくり、私のグループは5人、私は主に市美術館のボランティアに案内・解説していただきました。
 
 まず、メキシコの画家たちの作品です。
●マリア・イスキエルド(Maria IZQUIERDO: 1902~1955年)の「旅人の肖像(アンリ・ド・シャティヨンの肖像)」(1940年頃制作)
 油彩画で、縦160cm、横190cmほどの大きな作品。画面左側に、モデルの男性が描かれています。腰かけた姿勢で、右足を左足の上に乗せているそうです。画面中央には絵筆を持った画家の手が見え、画面右側には、左側のモデルを写し取った像が描かれています。しかし、モデルの男性と写し取った男性像は明らかに異なっていて、例えば、左側のモデルの男性は白いスーツ姿で帽子を手にしていますが、右側の写し取った像では青いシャツ姿で帽子を被っているとのこと。(背景の様子も異なっているようだ。)右側の像は、画家イスキエルドの内面に写し出されているイメージなのかもと思ったり、よくは分かりません。(ちなみに、マリア・イスキエルドは、私が興味を持ち続けているフリーダ・カーロとほぼ同時代に活動している女性画家ですが、リベラ・ディエゴらによる政治色の強い壁画運動とはかなり距離をとっていたようです。)
 
●ダビッド・アルファロ・シケイロス(David Alfaro Siqueiros: 1896~1947年)の「カウテモックの肖像」(1947年制作)
 これは油彩画ではなく、建築資材などに使われるメゾナイト(木材の繊維を高温高圧で成型した硬質繊維板)のパネルの上に、ピロキシリンという自動車の塗装などに使われる工業用塗料で描かれたものだそうです。鮮やかな色彩で、遠くから見ても目立つようです。シケイロスは、ディエゴ・リベラ、ホセ・クレメンテ・オロスコとともに、メキシコ壁画運動の三大巨匠と呼ばれる人で、このような技法は一種のミニ壁画版と言えるのかも知れません。大きさは、縦75cm、横62cmほど(立体コピー図版も用意されていました)。左肘をぎゅっと曲げ、左手を顎に当てて、右前方を見ているようです(左肘の下の脇腹には、右肘を曲げて胸の前を通ってきた右手が当てられています)。左眼は細長く開き、右眼は小さく円く開いていました。髪は短く、たぶん後ろでくくっているでしょうか。私にはどんな表情なのかよくは分かりませんが、遠くを見つめ考えをめぐらしているようにも思いました。見た目は、しっかりしたようにも、また少し愁いをおびているようにも見えるとか。
 カウテモックは、アステカ帝国の第11代皇帝=最後の皇帝(在位1520~21年)。1521年、コルテス率いるスペイン軍に包囲された首都テノチティトラン(現メキシコシティ)で4ヶ月間戦いますが、8月に捕虜になります。その後も黄金の隠し場所を白状するよう拷問されますがそれに耐え、1525年に絞首刑にされます。長く民族の英雄とみなされているようで、シケイロスは拷問に耐えているカウテモックの壁画も制作しているようです。
 
●ルフィーノ・タマヨ(Rufino Tamayo: 1899~1991年)の「乗り遅れた乗客」(1946年)
 油彩画で、縦97cm、横84cmほどの大きさ。画面左端に、電車かなにか乗り物のようなもの、それに向かって2人が走っているようです。これらの人物は、身体の部分ごとに、赤や緑など異なった色で分割されてあらわされているようです。左側の人は足が電車にかかって乗れそうに見えますが、右側の人は足が届かずとても乗れそうになく、あきらめた感じのようです。画面の上には沈み行く赤黒い太陽が見え、背景も都会ではなくなにか荒涼とした感じのようです。たんに乗り物に乗り遅れるだけでなく、進み行く時間あるいは文明に取り残されるといったイメージを私は持ちました。
 
 以下は、メキシコ以外の作品たちです。エコール・ド・パリの画家たちの作品、日本画、立体作品などです。
●マルク・シャガール(Marc Chagall: 1887~1985年)の「二重肖像」(1924年)
 油彩画で、縦130cm、横100cmほどの大きさ。前に女性(最初の妻ベラ(1895~1944年)で、1915年に結婚)が描かれ、後ろに男性(シャガール)が見えています。女性は白?のドレスを着け腰かけている姿勢のよう。男性は絵筆を手にし絵を描いているようで、女性の肩の上に見える顔にはなにか楽しそうな雰囲気があらわれているとか。全体に、ピンクや白・黄色・淡い青などが使われていて、明るい感じの絵のようです。シャガールは革命後のロシアから1923年に戻っていて、翌年に描かれたこの作品にはおだやかな幸せな雰囲気が感じられるのでしょう。(シャガールは、このような人物が二重に重なるような絵をいくつも描いていて、私は三重県立美術館の「枝」を何度も鑑賞したことがあります。)
 
●モイズ・キスリング(Moïse Kisling: 1891~1953年)の「ルネ・キスリング夫人の肖像」(1920年制作)。これは、立体コピー図版が用意されていました。大きさは、縦70cm余、横50cm余。椅子?の上に女性が足を組む?のようにしてゆったりと座っています。右腕は、肘を突いて縦に曲げ、腕が太く筋肉たっぷり?といった感じです。左腕は下に下ろしています。顔は下向きかげんで、足元を見ているようです(立体コピー図版では左右の目の形が大きく異なっていて面白かった)。髪は短く、真ん中で分けているようです。この作品、エコール・ド・パリの特徴がどのようにあらわされているのか、私にはよくわかりませんでした。
 油彩画で、縦70cm余、横55cmほどの大きさ。立体コピー図版も用意されていました。妻ルネ(1896~1960年。1916年に結婚)の肖像画です。椅子?にゆったり座り、右腕で頬杖をして、首を少し傾けて斜め下・足元のほうに視線が向かっていて、横顔がよくあらわされていました。鮮やかな赤のドレスを身に着け、胸には白い大きなネックレス、背景は暗いのでよく目立つようです。髪を短く切りそろえたボブヘアで、腕の筋肉のつき方などから、なんだかボーイッシュな感じがするとか。表情はよくわかりませんが、眠たそうというかけだるそうというか、なにか物憂げな印象のようです。キスリングは、エコール・ド・パリの人たちの中では珍しく、若くして画家として評価され、結婚後も妻と家庭をとても大事にしたとのこと、満ち足りた環境にある妻ルネの雰囲気が伝わってくるような気がします。
 
●岡鹿之助(1898~1978年)の「魚」(1927年制作)
 油彩画で、縦60cm、横70cm余の大きさ。静物画とも言えるかも知れませんが、とにかく面白そうな作品のようです。窓辺に木の机がおかれ(手前の引き出しは開いている?)、窓からは海が見えヨットも見えるとか。机の上には、多種の魚介類が器に入ったり直に置かれたりしています。机の中央には籐の籠にサバが2尾、一方は頭を上に、他方は尻尾を上にして立ち、下のほうにいくつかエビも。右のお皿にはヒラメが3尾、下中央には大きく口を開いたアカウオ、その他ホタテやエビ、毛ガニ?などいろいろ見えているようです。そして、上からの視点(籠やヒラメなど)で描かれているものと、横からの視点(アカウオなど)で描かれているものがあるとのこと、それぞれの魚は静かで動きはありませんが、両方の視点が交差することで動きも感じられ面白くしているのかもと思ったり。(ホタテについては、見方を変えるとお札のようにも見えるとか言って楽しんでいました。)全体に点描で描かれ軽いタッチのようです。なお、岡は、1924年東京美術学校卒業後渡仏、藤田嗣治に師事、1939年に帰国したとのことです。
 
●平松礼二(1941~)の「2011311日本の祈り」(2011年制作)
 これは日本画で、雲肌麻紙(麻と楮を原料に漉かれた厚みのある丈夫な和紙で、繊維が絡まって紙の表面が雲肌のように見えることからの命名)に金泥を使って描いた豪華な美しい作品のようです。六曲一隻の屏風絵で、大きさは縦180cm、横420cm。画面中央に、下から上に向かって山のような盛り上がり(頂部は平らになっている)があり、山一面に梅の花がちりばめられ、上は白梅、下は紅梅になっているとのこと(この山についてボランティアの方は、画面全体の印象から、富士山かなと思うと言っていました)。下の紅梅の回りには、桜の木が何十本も並び、花もたくさん咲いています。また画面下部、裾野にあたる部分には、左端から右端までずうっとススキかなにかイネ科の細長い草のようなのが、風によるのでしょう、右側になびき、また桜の花もたくさん散っています。画面左上には鳥も見えているとか。そして画面全面にわたって、波のような模様(青海波?)がほどこされ、とてもエネルギーのようなものを感じるとか。また、全体的に画面の上から下に向かうにしたがって黒の割合が多くなっているとか。この大作は、具体的に風景を写実的に描いたものというよりも、デザイン的で、象徴的に表現したもののようです。
 タイトルからすれば東日本大震災との関連を思いますが、直接それをあらわしたものではないようです。しかし、東日本大震災に触発されて制作されたことは確かで、東日本大震災を振り返って考えてみるときの手がかり、考えをめぐらすときのインスピレーションの源泉になると私は思いました。(例えば、日本の自然・風土への憧憬と願いのようなもの、自然・風土に内在しあふれ出るエネルギーがポジティブにはたらいて多くのめぐみをもたらすとともに、ときにはネガティブにはたらいて大災厄をもたらすことも、とか…)ちなみに、平松礼二は東京生まれですが、名古屋で育ち大学も愛知大学卒で、この作品は「郷土の美術」のコーナーに展示されていました。
 
●フランク・ステラ(Frank Stella: 1936~2024年)の「説教」(1990年制作)
 これは、幅・高さとも3.5mくらい、奥行1.4mほどもある大きな立体の絵画作品(ボランティアの方は飛び出す絵本のようなものと言っていました)です。壁面にまず大きなリング、小さなリングが取り付けられ、それにさらに、10枚余のアルミニウムの板が一部重なったりしながら取り付けられています。各アルミニウム板は、形も様々、平面のもの、ぐにゃっと曲がったり折れたり切れ込んだりした曲面のものが複雑に配置され、それぞれの板に鮮やかな黄、赤、青、オレンジ、白など多彩な色でしばしば流れたり垂れたりしながら描かれています。描かれているのは抽象的でよくは分かりませんが、荒波?のようなぎざぎざ、魚のようなもの、鯨の鰭のようなもの、雲、クモの巣、地図?のように見えるものなどあるようです。各アルミ板の絵たちは、互いに激しく強くなにか主張しているようにも思います。タイトルの「説教」の意味合いは、よくは分かりませんでした。(ステラは、アメリカの抽象絵画を代表する画家だそうです。私は滋賀県立美術館で「イスファハーン」を鑑賞したことがあります。))
 
●ジョナサン・ボロフスキー(Jonathan Borofsky: 1942~)の「ハンマリングマン」(1982年制作)
 この作品は、美術館のロビーに設置されていた、高さ4m以上ある大きな立体作品です。この10分の1くらいの模型が用意されていて、分かりやすかったです。立ち姿の身体の形を黒い鉄の板でかたどったものが立っており、その右腕の先にハンマーを握っています。このハンマーを持った右腕は可動式になっていて、モーターでゆっくりと一定の速さで上下するようになっており、その動きは一定間隔で変化するモーター音でもだいたい分かります。(模型では、右腕を肩の上まで振り上げ、肘の高さくらいまで振り下ろすようになっていました。)ボロフスキーはアメリカのアーティストで、この作品では人間の肉体労働と機械による仕事との関係を示そうとしているのでしょうか?
 
(2026年2月11日)