仏像へのあこがれ

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 今回ようやく自分なりに十分納得できる木の仏像を手に入れることができました。数十年来の願いがかなったと言ってもいいくらいです。

 私が仏像に憧れのようなものをいだくようになったきっかけは、今からもう30数年前、大阪に出て来てまだ間もない20歳くらいのころだったと思います。詳しい経緯はほとんど思い出せないのですが、あるデパートの展示会場のような所で、偶然私の背の高さくらいある仏像の顔の部分を触りました。とてもきれいな顔、そしてなによりも頭の上に斜めに蒙っていた大きな輪(その時これが光背だと聞きました)がずうっと印象に残りました。
 その後、奈良方面にハイキングなどに行ったとき、道ばたにある石仏をたまに触ることもありました。多くは朽ちかけていてはっきりとは顔の細かいところまでは分からないのですが、いろいろな姿・表情があるらしいことが分かりました。
 また、寺などでこれまでに2、3度は仏像に触ったこともあります。昨年の秋石山寺(滋賀県大津市)に行った時は、座って足を組んでいる大きな木の仏像をゆっくり触ることができました。
 しかし実際には、寺や展覧会などに出かけても仏像に直接触れることはほとんどありません。なんとか自分の身の回りに気に入った仏像を置いておきたいという願いのようなものをずっと持ち続けていました。といっても、そのためには直接触って確かめることができ、また私でも手に届くような値段でなければなりません。

 昨年(2004年)の夏、神戸市立博物館で開催されていた「栄光のオランダ・フランドル絵画展」に家内といっしょに行きました。よく聞くフェルメールの絵もあるとのことで行ってみたのですが、当時の時代の雰囲気を少し感じることができたくらいで、今となってはその展覧会の印象はほとんど残っていません。
 博物館の帰りに、近くにあったネパール料理の店「セファリ」に入りました。入るとすぐお香の匂いがし、独特の世界に入り込んだような感覚にとらわれました。そして家内が目敏くきれいな仏像があるよ、と教えてくれました。食事をすませた後、早速店の方にお願いしてみたところ、快くその仏像を触らせてもらいました。それは 10cm余の金銅製の小さな釈迦の像でした。私が熱心に触っている様子を見てだと思いますが、さらに店の奥に案内してもらって、阿弥陀仏や薬師如来をはじめ、いろいろな姿の仏像を触ることができました。金銅製ということで、表面はほとんど金で被われ、全体は小さいですが、注意して触ってみると非常に細かい所までしっかり造形されていることがよく分かります。
 その中でも印象深かったのは、男女がしっかり抱き合っている姿をリアルに表現している歓喜天でした。歓喜天という言葉は聞いたことはあっても、どんな姿なのかはまったく知りませんでしたし、また実際に触ってみたその姿は私が思い描いているような仏像とはほど遠いものでした。辞書で調べてみると、歓喜天は元々はヒンドゥー教の神ガネーシャ(頭部はゾウ、身体は人の姿。ブロンズ製の小さなガネーシャの像も持っています。)に由来し、それに観音信仰が影響して私が触ったような夫婦相擁の双身像が造られるようになったようです。
 その時はいろいろ見せてもらっただけで帰ったのですが、どうしてもいろいろな仏像の姿が忘れられません。2週間くらいして1人で再度神戸の店に出かけ、前に触らせてもらった仏像や、また新たに千手観音なども見せてもらい、結局、私にしては高価な買い物になってしまったのですが、歓喜天を買いました。この歓喜天は、仏像としては日本では珍しい姿でそれなりに十分価値はありますが、触った感触としてはやはり木製のほうがなにか心落ち着くように思うのです。

 今年(2005年)の4月、タイやインドネシアの雑貨を取り扱っている、アジア雑貨ドラゴンバンブー(広島市)の方との電話でのやりとりがきっかけになって、結局木製の仏像を2点手に入れることができました。
 私は触る研究会や触るミュージアムのために、触って観察するのに適した製品をしばしばインターネットで探すのですが、商品の画像は見ることはできないので、かならず電話で触察の観点から各製品についていろいろ確かめ、購入するかどうか判断しています。今回もガラス・ブロンズ・木製品についていろいろ店の方と話していたのですが、バリの職人で仏像を彫るのがとてもうまいという噂の人に彫らせた仏像が2点ある、販売するかどうかは決めていなかったが、他の商品といっしょに送るからとにかく触ってみてください、ということになりました。
 送られてきたのは、釈迦と観音菩薩でした。いずれも、タンガルブアヤという木を彫ったものです。この木はバリ島では「ワニの木」と呼ばれているとのこと。木の表面が痛いくらいにゴツゴツしていて、この触った感じがワニの背中に似ていることから現地ではこう呼ばれているそうです。観音菩薩のほうは、背中側のほうは木の表面がそのままむき出しになっていて、触ると痛いくらいです。
 釈迦も観音菩薩も、高さ40cmくらい、直径20cmくらいの丸太を縦に垂直に真っ二つにしたような半円柱状の広い長方形の面のほうから彫り込まれています。観音菩薩では、上にも書いたように、後ろ側は木の表面がそのまま使われていますが、釈迦のほうは、上の方がすぼまる形で木の表面がきれいな曲面に仕上げられ、落ち着きと安らぎを感じさせるような触り心地です。

 釈迦は、大きな蓮の花の台の上に堂々と腰掛けているような姿勢です。左足は足指が外に向くような形で下に降ろし、右脚は足の甲を左太股の上に乗せる形で外にひろげています(いわゆる半跏倚坐)
 左手は、てのひらを上にして右脚の上に乗せ(与願印のようです)、右手指は独特のポーズをとっています(てのひらを前に向けて親指と人差指で輪を作り、残りの3本の指は上に向けて立てています。安慰印だと思います。)
 顔は全体に引き締まった丸顔のように感じます。眉間の間には小さな丸い凸(白毫)があります。頭の上には一回り小さな盛り上がり(肉髻)があり、髪はぶつぶつした感じで表されています。
 左肩から衣を斜めにかけていて、その襞もよく触って分かります。右脚からは衣が垂れているようです。如来にしては、衣はかなり厚く襞も多いように思います。

 観音像は、ゆったりと衣を着た立ち姿のようです。首から胸にかけて飾り紐のようなのを着けています。飾りの付いた衣を身に纏いその裾が腕から長く垂れており、また足先まで衣でほとんど隠れるくらいになっています。
 顔はやや左に傾け、面長で、とてもきれいな顔のように感じます。額には小さな白毫のような凸があります。頭には長い冠を着けています。
 右てには角張った瓶のようなのを持っています。この瓶のようなものについて私が購入した店の方に尋ねてみたところ、これは水瓶ではないかとのこと、そして、水瓶を持っているのは、「私たちの心も汚れる時もありますが、これを綺麗にしてくださるためにそのお水ですべての汚れを取り除いてくれるためらしい」とのことです。
 また、観音像の周りには、光輪を思わせる多数の輪や渦巻き型の模様が全面にわたって彫られていて、触ってとてもきれいに感じます。私が30数年前に最初に触った光背とはまったく違った形ですが、いずれも慈悲の光を象徴していることはよく分かります。

 観音菩薩には非常に様々な像があるようです。それらにはたぶん人々の救いへの願いが様々に表されていると思います。そういう人々の願いに心を寄せつつ、これからも仏像との出会いを大切にしてゆきたいものです。

*参考
 ネパール家庭料理 セファリ
  〒 650-0034 神戸市中央区京町83KDC神戸ビルB1F
  TEL/FAX 078-327-6226

 アジア雑貨ドラゴンバンブー
  〒731-5128 広島市佐伯区五日市中央3-2-22
  電話 082-921-8848

(2005年5月14日)


◆追記1: 西村公朝氏のふれ愛観音
 2006年3月から9月まで、国立民族学博物館で企画展「さわる文字、さわる世界─触文化が創りだすユニバーサル・ミュージアム─」が開催され、そこで西村公朝氏の「ふれ愛観音」を鑑賞できました。
 西村公朝氏は、千数百点もの仏像を修復し制作してこられ、「最後の仏師」とも呼ばれた方です(2003年88歳で亡くなっています)。このふれ愛観音は、西村氏が、1991年、見えない人たちも触って拝める仏像として制作したものです。全体に滑らかで均整のとれた姿、合掌し、ふっくらとした御顔、目をぱっちり開きこちらを見ているお姿からは、なにかあたたかい眼差しが感じられるようです。
 このふれ愛観音像はブロンズの鋳造品で、京都の清水寺や鎌倉の長谷寺など、すでに全国60箇所に置かれているとのことです。ただ、私は個人的にはやはり木の仏像のほうに愛着を感じています。


◆追記2:吹田市立博物館の仏像のレプリカ
 2006年9月30日と2007年9月30日、吹田市立博物館に行って、仏像のレプリカ5点を鑑賞することができました。
 同館では、昨年と本年、9月から10月にかけての約1ヶ月間、実験展示「さわる 五感の挑戦」を行っています。
 主な内容は、和楽器、仏像レプリカ、日本の伝統的な玩具で、その他にオプションとして、仏像の材料となる6種の木材と数点のお香も展示されていました。
 和楽器としては、拍子木、びんざさら、すりざさら、にょうばち(仏教で使われるシンバル様の楽器)、当り鉦(空也の踊り念仏でも使われたとのこと)、神楽鈴、篠笛、竜笛、尺八、太鼓、鼓、三味線、琴などがあり、実際に叩いたり鳴らしたり吹いたり弾いてみたりしました。
 玩具の中には、梯子段を人型が降りてくる物や、形も大きさも蝉のような物をぐるぐる回すと「みんみん」とミンミンゼミのような音がする物、また安産を願う各種の置物などがありました。
 仏像の材料となる木材として、クス、ヒノキ、カツラ、カヤ、ケヤキ、サクラの6種がありました。これらはいずれも大きさがまったく同じで、匂いとともに、重さの違も比べられるようになっていました(クスやカツラは軽かった)。

 私は学芸員のTさんの案内・説明で、主に仏像のレプリカを鑑賞しました。樹脂製ということで、やはり木像やブロンズとは触った感じがかなり違っていましたが、形や寸法は忠実な複製ですので、とても勉強になりました。また仏像の各部の名称や意味などについても教えていただきました。
●観音菩薩立像(銅像、鶴林寺(兵庫県加古川市)所蔵)
 高さは40cm余。顔はふっくらした感じで、頭の正面と左右に小さな3つの冠のようなのがあり、正面の冠には小さな観音の座像も触って判別できる。上半身は後ろに反らし気味でとくに胸の当たりは華奢な感じ。顔の雰囲気をふくめ、少女らしさを感じた。首から胸にかけて瓔珞(ようらく)という飾りを着け、左肩から右脇腹にかけて条帛(じょうはく)という細い布のようなのを纏い、また肩や腕からは天衣(てんね)という長い裾が垂れている。下半身にはスカートのような裳を着けている。手は施無畏(せむい)印(右手の5指をそろえて伸ばし、手のひらを前に向けて肩の辺に上げる)の形で、民衆の恐怖を取り除く意味合いがあるとのこと。

●阿弥陀如来座像(木像、四天王寺(大阪市)所蔵)
 高さ30cm余。結跏趺坐の姿勢で大きな半球状の蓮台に座している。全体にシンプルな感じ。頭の上には、小さなカップを伏せたような肉髻(にくけい)というかなり大きな盛り上がりがある。衣の襞などが深くくっきりと彫られている。(Tさんによれば、木造のほうが鋳造よりも深く彫り細かい所まで表現できるとのこと。)
 手の形は九品(くほん)印で、九品の上から3番目の上品下生(じょうぼんげしょう)を表しているとのこと。(人は、生前の行いにより、極楽往生の仕方に上品上生から下品下生まで九通りあり、それに応じて阿弥陀の迎え方にも九通りある。)
*九品の印
 どの指で輪を作るかについて 3種類、両手の位置について 3種類あり、それらの組合わせで 9種類の印ができる。
 輪を作る指: 上品 親指と人さし指、中品 親指と中指、下品 親指と薬指
 手の位置: 上生 膝の上で手を組む、中生 両手が胸の前、下生 右手が胸、左手が膝
 (上品下生印は来迎印とも言う)

●正観音菩薩立像(胴像、薬師寺(奈良市)所蔵)
 高さはおそらく2メートル半くらいあり、私は肘の上当たりまでしか届かなかった。全体は知ることはできないが、とにかく大きいとは感じた。どっしりした足、足元まで垂れ下がっている天衣、裳にまでたくさんの飾りが付いていたのが印象的だった。

●雲中供養菩薩像 南21号 (木像、平等院(宇治市)所蔵)
 平等院の鳳凰堂中堂母屋内側の長押上の南北の小壁に懸け並べられている52体の菩薩像の1つ。高さは30cmくらいと小さかったが、今回の鑑賞ではもっとも感動した作品。
 右側に長くなびく雲の上に、正面を向いて坐り、笙を奏している姿。私は、Tさんに言われるまで、雲を表している曲面が何であるか分からなかった。雲の上に、左膝を立て右膝は横に広げた形で座り、両手を笙に当てている。笙の長短の十数本の管もはっきり分かる。とても精巧なつくりのように思えた。
 雲の上に乗って、いろいろな楽器を奏したり、いろいろな姿をしている52もの菩薩達に取り囲まれているところを想像してみると、阿弥陀のおだやかで楽しげな極楽世界、またそういう世界を希求した中世の人々の心が伝わってくるように思います。

●吉祥天 (銅像、中尊寺所蔵)
 高さ40cmくらい。小さ目の蓮台の上に全体にほっそりした感じの像が立っている(蓮台の下はさらに、ざらついた手触りの鉄の台になっている)。髪の毛は、頭の両側で渦巻き型の髷に結っている。顔は、目鼻立ちがくっきりとした小作りの感じだが、頬や顎はふっくらとした感じ。
 左手は、前腕を曲げ掌を上に向けている(この掌の上には宝珠が置かれていただろうとのこと)。右手は自然に下に伸ばし掌は前に向いていて与願印を示している(与願印は信者の願いを適えましょうという印)。全体に上から下に流れる衣の襞、とくに腰の後ろ側のU字形の襞の曲線は、触って綺麗だと感じた。
 吉祥天は天部(古代インドの神々に由来し仏教の守護神とされる)の一つで、毘沙門天の妻とされているそうです。


◆追記3:名古屋市博物館の仏像のレプリカ
 2008年1月12日、名古屋市博物館に行って仏像2点を触って鑑賞しました。
 名古屋市博物館では、1981年に「触れてみるコーナー」を設置しました。そこには、仏像のレプリカ2点のほか、大きな縄文土器(深鉢。長野県東千曲郡出土。高さ60cm、直径40cmくらい。表面に粘土の紐で渦巻きなどの文様が貼り付けられたり木の棒のようなのでいろいろな幾何学模様が刻まれている。表面には火で焦げた跡がある)や室町時代の大きな甕(常滑窯産。高さ70cm、直径60cmくらい。厚さは3cmくらいもあった。手作りのようで形はいびつ)、袋綴じの和装本や巻子本があります。各展示品には、点字キャプションと音声解説もついていました。

●護法神像(木製、円空、江戸時代前期、観音寺(通称荒子観音、名古屋市)所蔵)
 さっと全体を触れた感じは、高さ50、60cmくらいのちょっと平べったい大きな木の切れ端といったところでしょうか。背面は木の幹を縦に断ち割ったままの状態のようで、縦に何本もの筋のようなのが走っています。前面の半分くらいまでの高さの所に仏像が彫られており、その上は縦に割ったままの状態に近く髪を逆立てているようにも感じられます。
 仏像の彫りは荒削りというのでしょうか、小さないろいろな平面がいくつも連なっているようです。脚の状態ははっきりしませんが、胸の前で両掌を横向きに重ね、その上に三角屋根の家のような形の宝珠がのっています。顔は特徴的で、両唇端が横上に引かれたような格好で、また両頬のぷくっとした膨らみが横にひろがっています。全体としては、荒々しい中にもちょっとほほ笑ましい感じが見て取れるといった感じでしょうか。(「護法神」は仏法護る神という意味ですが、ただ怖いだけでないところがこの神像の特徴なのかもしれません。)
 円空(1632〜1695年)は全国各地を遊行し、生涯に十万体以上ともいわれる仏像を彫ったそうです。青森県から北海道にも渡り、多くの円空仏を残しています。現在4500体ほどが確認されており、そのうち荒子観音寺に1200体が所蔵されており、その1200体のうちの千体は千面菩薩という数センチカラ数十センチの木っ端仏だそうです。
 円空という名前はこれまで何度も聞いたことはありましたが、その作品に触れたのはもちろん今回が初めてです。力強さとともに、何ともいわれぬ親しさも感じました。

●弥勒菩薩半跏思惟像(銅製、白鳳時代、百済寺(滋賀県東近江市(出土)
 高さ20cm余の小さな像です。触った第一印象は、体に比べて腕が長いという感じです。台に腰掛けた姿勢で、左足は蓮台に乗せ、右足の甲を左の腿に乗せています(いわゆる半跏趺坐)。
 上半身はやや前に傾いています。左手は左膝の上に置き、右手は、肘をぎゅっと曲げて、人差指だけを伸ばして頬の後下方に位置しています。
 頭には冠をつけ、その冠の正面と左右には小さな花のような模様の装飾があります。頭の後ろには四角い棒がついていますが、Kさんによるとこれには元々は頭光が付いていたのだろうとのことです。また、両肩先はかなり抉れた形になっていますが、これは音声解説によれば、土中で銅が腐り欠けてしまったからとのことです。
 全体として、ものを静かに考えている様子を思わせます。半跏思惟像の典型的な姿なのでしょう、その名前にぴったりという感じがしました。


◆追記4:堺市博物館の仏像
 2008年2月9日、堺市博物館を訪問しました。常設展示を中心に見学し、期待通り古墳の模型などに触れることができましたが、そのほかに思いがけなくも片隅にひっそりと立っている仏像2点に触れることができました。

●石造地蔵菩薩立像(レプリカ) 
 お地蔵様はこれまでにも何度も触ったことはありますが、この地蔵様は蓮台や足までしっかり彫られていました。でも、顔の部分は、長年の間人々に触れられ続けたせいでしょうか、目鼻もはっきり判らないほどのっぺりした卵形になっていました。それだけ信仰を集めていたということでしょうか。

●石造如意輪観音像
 如意輪観音は名前は知ってはいましたが、どんな姿なのかまったく知りませんでした。
 高さ50cmくらいの石造で、一部欠けたりしている部分があり、分かりにくかったです。最初触ってみて、腕が2本だけでなく何本もあることにびっくりしました。数えてみると4本ないし5本は確認できるのですがはっきりしません。学芸員に尋ねてみたところ、この如意輪観音は六臂で、密教が盛んになった平安時代以降の如意輪観音としては典型的なもののようです。
 右膝を立て左膝は横に広げて蓮台に座っています。右腕は、下に下ろしたもの、頬に当てたもの、胸の前で組んだものの三つに分かれています。頬に当てた姿は何かを考えているようでもあります。左腕は、高く上に伸ばしたもの、左膝に置いたもの、胸の前で組んだものの三つに分かれています。上に高く伸ばした手は先が欠けていてとてもわかりにくかったですが、宝輪のようなのが微かに見えるようです。胸の前の両手には珠のようなのがあります。頭には冠のようなのをつけています。
 如意輪観音は、サンスクリットでは「チンタ・マニ・チャクラ」と言い、チンタは如意、マニは宝珠、チャクラは法輪を意味するそうです。宝珠で意のままに願望を成就させ、また宝輪で煩悩を砕き衆生の苦しみを救うといった意味合いのようです。人々の救済への願いを強く感じさせられます。


◆追記5:石創画の仏像
 2009年8月に茨木市立市民ギャラリーで行われた「第3回石創画タッチ展」に、石創画で描いた浮彫の持国天と増長天が展示されました。
 持国天と増長天はいずれも四天王の一つです(その他は広目天と多聞天)。ともに仏教の守護神で、持国天は東方を、増長天は南方を守るとされます。
 持国天と増長天は、ともに縦70cmほど×横40cmくらいの大きさです。いずれも甲と冑のようなのを身に着け、持国天は右手を伸ばして塔のようななにか尖ったものを持ち、左手には短剣のようなのを持って腰の所に当てています。増長天は右手にとても長い剣をまっすぐ縦に持ち、左手は指を伸ばして腰に当てています。持国天と増長天の両肩には、竜の、口を開いて歯を向き出した恐ろしげな顔が描かれています。持国天はまっすぐ立っていますが、増長天は右膝を曲げて前に出し、左足は何かを踏みつけているかのように足先をピンと下に伸ばしています。

*2010年10月に、奈良に行って偶然入った古美術の店で、室町時代の増長天に触れることができました。銅製のようですが、全面がざらざらした錆のようなので覆われています(店の人によると、これは主に線香の煙によるものだとのこと)。高さ40cmくらい。右手に長い鉾のようなのを持ち、その先は左足先まで斜めに伸びています。左手は腰に当てています。左肘の当たりは、衣がなびいて外にひろがっています。足で鬼を踏みつけていて、鬼は仰向けになり、足裏が天を向いています。体には鎧のようなのを着けているようです。とても古そうですが、ほぼ完全な形で触った感じはとても良かったです。


◆追記6:正法寺の仏像
 2010年8月27日、岩手県奥州市の正法寺を訪問、K和尚の案内で数体の仏像に触れることができました。
●賓頭盧(びんずる)さま
 びんずるさまは、釈迦の弟子で、十六羅漢の一人だとのことですが、庶民の間では撫で仏(信者が病気している部分と同じ部分をなでると平癒するという)として、だれでも願いを込めて触っている仏様だとのことです(このびんずるさまはとくに膝の部分が一番つるつるしているようでした)。高さはたぶん20センチ余の木製の坐像で、頬はふっくらした感じで、胸の前で合掌しています。周りにはお賽銭も置かれていました。
  *2012年6月24日に訪れた長岡京市の柳谷観音 楊谷寺でも、びんずるさんに触れました。高さは30cm弱で、とてもきれいな感じでした。胡坐をし、右手は掌を前にして独特のポーズをし、左手の上には蓮華台のようなのが乗っていました。顔はなんとなくふっくらした感じで、目をしっかり開いています。この寺は地域の人たちの信仰を集めているようで、眼病に利くという独鈷水は私も飲んでみましたし、また、頭を撫でると夫婦間の様々な問題を解決してくれるという「あいりきさん」(仏の教えに背き続け罪を犯してばかりいたが、仏法に帰依し、過去の罪のつぐないのため重い荷物をかついだ姿をしているとのこと)もあります。

●お地蔵様
 高さ40センチくらいの銅?製の立像で、右手に長い錫杖(上端には何枚もの円い薄板のようなのが通されていて、杖を振るとこれが鳴るのでしょう)を持ち、左掌には宝珠(先端がとがった玉で、人々の願いをかなえてくれるそうです)を持っています。全体になにか凛とした雰囲気が感じられ、体が少し前に傾いているからでしょう、こちらに向かって今にも進み出してくるような思いにとらわれるほどでした。

●千手観音
 高さ170〜180センチくらいの一木造の立像です。お顔までは届かず触れられませんでした(半眼でやや下を向き、数えてもらうと十一面あるそうです)が、堂々とした感じでした。胸の前で合掌し、体の左右にはそれぞれ十本以上の腕があり、それらのほとんどの手は、斧、弓、矢、経文、宝珠、水の入った壺など、いろいろな宝具を持っています。これらの宝具で、人々を守り、悩みから救い、願いを成就してくれるのでしょう。さらに足元まで、また背中側にも、衣の襞を表わしているのでしょうか、幾何学的な曲線が多数浮彫りされています。鑿の痕も分かるほど木の面は新しい感じで、50年前に作られたとのことですが、これまでほとんど触れられることはなかったかもしれません。

●文殊菩薩
 坐禅堂に安置されていましたが、そのままでは届かないので、K和尚が踏み台を持ってきてくれ、その上に上がって触りました。文殊菩薩は、獅子の頭の上に右膝を、獅子の腿の当たりに左膝を乗せています。記憶がさだかではありませんが、右手に長い筒のような経文を持っていたと思います。顔は厳しそうな感じで、坐禅している人たちを見守っているのでしょう。木製で80年ほど前に作られたということですが、たぶん多くの人たちに触れられてきたのでしょう、表面はかなりすべすべしていて硬いような感じで、真新しい感じの千手観音とは感触がかなり違います。


◆追記7:円空仏1
 2011年4月2日と三日に岐阜で「岐阜 触って味わう文化展」が開催されました。私は、4月2日に、例のごとく経費節約のため往復とも在来線を乗り継いで行きました。
 この文化展で数十点もの円空仏のレプリカに触れることができました。これは羽島市円空顕彰会の方々が製作したもののようです。この会は多数のレプリカを作っておられ、それは羽島円空資料館に展示してあり、ガイドもしてもらえるようです。機会があればぜひ一度訪れてみたいものです。
 数十点もの円空仏に触れられたのは至極の喜びなのですが、その時は触ってみることに夢中になっていてメモも取らず、今となってはイメージがぼやけたり像の名前との対応がさだかでなくなってしまったものもかなりあります。でも、せっかくですからとにかく書いてみます。
 
●十一面観音(2点)
 大きな顔の上部の周りに小さな顔が9個(もう一つの像では8個)あり、さらにその上の中央に小さな顔が一つあります。顔はよく整った感じでした。左手に瓶のようなのを持っていました。

●馬頭観音(2点)
 普通の顔の上に馬の顔が載っています。一つの像ではなかなかそれが馬の顔だとは分かりませんでした。

●羊龍観音
 普通の顔の上に、角が2本後ろにぎゅうっと曲った形の羊の顔が載っています。さらにまた、体の前で左手で大きな羊の顔を持っています。なんとも不思議な感覚を覚えました。

●聖観音(3点)
 やはり顔はきれいに感じました。顔の上には大きな冠があり、その形はそれぞれ異なっていました。斜めに渦を巻くような感じの冠が印象に残っています。

●護法神(3点)
 いずれも髪は逆立っていましたが、顔は怒っている感じのものや笑っている感じのものなど、いろいろでした。護法神といえば私は怒っている顔を想像してしまいますが、こんなに自在に顔の表情を彫っておられるのだなと思いました。

●龍頭薬師
 これは私が思っている薬師如来などとはまったく違う印象でした。頭の周りになにか縄のようなのが巻いています。これが龍のようです。左肩の上当たりにその龍の口のようなのがありました。手には薬壺のようなのを持ってはいます。

●尼僧
 頭から背にかけて頭巾のようなのがかかっています。顎が前にかなり突き出ていて、顔はわずかに下向き加減のようです。体の前のほうは、三角柱の前の辺が何段も切り込まれたような形になっていて何だろうと思いましたが、両手を合わせそこから衣が垂れている様子を表わしているのだろうということでした。

●宇賀神
 これは初めて聞いた名前でした。体の両側にぼこぼこと出っ張っていて、何を表わしているのかよく分かりませんでしたが、蛇が体に巻き付いているのではないかとのこと、なるほどトグロヲを巻いている様子なのかと納得しました。大辞泉では宇賀神は「古来、人間に福徳をもたらすと考えられている福の神たちの総称。食物神・農業神ともされる。幸福・利益・知恵・財力の神とされている弁財天と同一視されることが多い。」となっています。これもあちこちに見られる蛇信仰の一つなのでしょうか。

●子安大明神
 胸の前で赤ちゃんを抱きかかえていました。子育ての神らしいですね。全体に体がふっくらした印象でした。

●不動明王
 髪を逆立て、目を吊り上げて大きく見開き、両口端もぎゅっと斜め上に広げていて、確かに憤怒の相なのだなと思いました。右手には剣のようなのを持ち、両足は直角以上に開いて踏みとどまっている感じです。

●大黒天
 左手で袋を抱え、右手で木槌を持ち、二つの丸い台のようなもの(米俵だそうです)の上に立っています。大黒天も丁寧に触るのは初めてでした。

●布袋
 体の左側に大きな袋を下げているようです。確かにお腹が大きく前に出ていて、右手を右横腹に当てています。

 その他、愛染明王、雨宝童子、柿本人麻呂や聖徳太子などにも触れましたが、もうはっきりしたイメージは記憶に残っていません。また、鬚の垂れている像や、細身の体で膝を少し曲げ背を反らして上を向いているような像などのイメージはありますが、その名前はもう忘れてしまいました。
 とにかく様々な大きさ・形の像がありました。しかしやはり、そこには、定型的な形にとらわれない自由奔放さ、荒々しさとやさしさといった、以前名古屋市博物館で円空仏を触った時に感じたのと同じような特徴を感じ取ることができました。
 


◆追記8:円空仏2
 2011年5月1日、伊吹山文化資料館に行ってきました。
 ここで、玄関に展示されている円空仏2点にも触れました。いずれも樹脂製のレプリカですが、形ばかりでなく重さも実物と同じだということで、触ってみると表面の木の感触もうまく表現されていました。
 1点は、関市の鳥屋市(とやいち)不動堂にある尼僧像です。これは、1ヶ月ほど前に岐阜市で行われた「触って味わう文化展」で触った尼僧像とほとんど同じものでした。体の前にある切れ込み画、この樹脂製のほうが、木製のレプリカのよりもちょっと小さいような気はします。
 もう 1点は観音像です。北海道の洞爺湖中島観音堂にあった物だとのことです。高さは50cm弱でしょうか、20cmくらいの台座に乗っているようです。顔は整った感じで、唇はやや下向きになっているように思います。顔の上には冠のようなのがあり、さらにその上にとても小さな観音らしきものがのっています。手は、記憶がはっきりしませんが、胸の前で組み、その上に珠のようなのが乗っていたように思います。この像の背中側には、触ってもはっきり分かるような字が刻されています。読んでもらうと、「うすおくのいん小島 江州伊吹山平等岩僧内 寛文6年丙午7月28日 始山登」と読み取れるらしく、「円空」の花王もあるそうです。


◆追記9:雲中供養菩薩像
 2013年9月28日から2014年1月17日まで、平等院ミュージアム鳳翔館で「鳳凰堂修理特別展『ほとけにふれる−結縁のしるし−』」が開催されていて、前記と後期に各1点ずつ雲中供養菩薩に触れることができました。触れられるのは、もちろん国宝の実物そのものではなくて、仏師村上清氏が当時の材料や手法によりできるだけ忠実に従って制作した模刻像です。前期は北25号、後期は南10号で、私は10月21日に北25号、12月27日に南10号に触りました。
●北25号
 全体の大きさは、幅・高さとも60cmくらい。檜造りです。下半分近くは幾重にも重なり合う雲(渦巻きのような輪がたくさんある)で、向って右側にすうっと細い円錐形の突起のようなのが15cmくらいも伸びていて、なびいているようです。その雲のほぼ中央に菩薩がふわあっとした感じで座しています。右膝は立て、左膝は下につけている姿勢です。左手に蓮台(上は直径4cmくらいの平らな円で、その下は蓮の花が開いている)を持ち、右手はそれに添えるようにして、手のひらを前に向けて指はかるく上に伸ばしています。手のひらには、手相を示す生命線・知能線・感情線などもはっきり触って分かります。指は細く長くて、先の太さは5mmもないくらいで、強く触ると折れてしまいそうです。お顔はとてもくっきりした感じで、切れ長の目や重なったり垂れたりしている髷、下に長く垂れた耳などが印象的でした。頭の後ろには、円い金属製の輪(頭光)があります。肩から腿辺りには衣の襞がたくさん感じられます。(向って右側の肩の後ろ辺には、なにか欠損部があるように感じました。)

●南10号
 上と同様に雲の上に菩薩が座していますが、下の雲の重なりは少し少ないようです。雲は向って右に長く(20cmくらい)なびいています。菩薩は、両膝を外側に開き、両踵はそろえさらに両足首を外側にぎゅっと開いて座しています(左足は足裏から指先までよく触ることができ、雲をしっかりつかもうとしているように感じました。座し方は、ちょうど相撲の蹲踞のような姿勢に思えます)。左手は肘を曲げて前に出し、人差指と中指は前に伸ばし親指と薬指で輪をつくっています。右手は、肘をぎゅっと曲げて、人差指を伸ばして自分の耳のあたりに向けています。顔は北25号よりもちょっとふくれている感じで、右の頬あたりには縦に細かい筋のようなのがあって少しざらついた感じです。目は、上瞼が下がっていて、わずかに開いている感じです。髪は髷になっています。頭の後ろには円い頭光があります。触った印象としては、北25号のほうが好ましく感じました。

  注:雲中供養菩薩の実際の配置についてですが、鳳凰堂の中堂に、本尊の阿弥陀如来坐像(像高約280cm)が東向きに座し、その両側(南北)の壁の上のほうに、北側に26躯、南側に25躯の雲中供養菩薩像が、それぞれコの字形に置かれていたそうです。そして、それぞれには、阿弥陀像の後ろ側から側面そして正面に向かって1から順に番号が付されています(南側の最後の1躯は堂外から発見されたもの)。この配置からすれば、北25号は阿弥陀増の左正面に位置し、また南10号は右後ろに位置することになります。なお、先に紹介した吹田市立博物館所蔵のレプリカの南21号は、阿弥陀像の左斜前あたりに位置することになるでしょう。


◆追記10:桑山賀行先生の仏像
 2013年11月に、神戸に「六甲山の上美術館 さわるミュージアム」が開館しました。そこに、木彫で有名な桑山賀行先生が彫られた仏像2点が展示されています。
●不動明王
 微かに楠の匂がする。たぶん制作してまだそんなに時間が経っていないのだろう。高さは全体で60cm弱。ごつごつした岩(この岩の感触が私には好ましい)の上に立っている不動明王。光背は燃え上がるような火炎。右手に剣を上に向けて持ち、左手には羂索(綱の一端に重り=独鈷を、他端に鐶=環を付けたもので、仏菩薩の衆生を救い取る働きを象徴するもの)を持っている。髪は逆立っている。右目はかっと見開いて天を見据え、右下顎の牙も上を向いている。また、左目は半眼で地を見据え、左上顎の牙も下を向いている。(この不動明王を斜め右側から見ると、半眼のためなのでしょう、なにかやさしく見えるとか。)

●蓮華
 高さは全体で50cm弱くらい。回りの蓮の花が垂れている蓮台の上の座像。両手を合せて胸の前で上に向け、背を丸めるようにやや前向きの姿勢。

(2005年5月14日、2006年10月2日、2007年10月15日、2008年3月15日、2010年10月31日、2013年12月30日更新)