大塚国際美術館――陶板画に触る

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 8月5日、鳴門市にある大塚国際美術館に行ってきました。大阪から高速バスを使っての日帰りの旅でした。
 大塚国際美術館は、陶板画の美術館です。西洋の古代から現代までの千点以上にのぼる名画を原寸大で陶板画として複製し展示しています。
 連絡してみると、陶板画は自由に触って良いということで、特別に案内をお願いしました。
 着いたのは11時過ぎ、バスを降りるとすぐに学芸員の方が声をかけてくれました。なにか湿ったにおいがするのでたずねてみると、美術館は鳴門公園の一部にあり、海がすぐ近くで公園内には渦潮を見るスポットもあるとのことでした。
 美術館は岡の上にあり、地下3階から地上2階まで、外にあまり目立たないように大部分は地下になっているとのこと。とにかくとても広いスペースでした。
 長いエスカレーターを上ると、そこは地下3階、バチカンにあるシスティーナ礼拝堂の空間をほぼそのままの大きさで再現した「システィーナ・ホール」です。私はちょっとその広さと高さを感じるくらいでしたが、その空間にミケランジェロの壁画「最後の審判」と天井画「天地創造」が再現されており、見える人たちには「息をのむ」といった感じではないでしょうか。このような、教会や遺跡などの空間をそのまま展示する方法は「環境展示」と呼ばれ、大塚国際美術館の特徴の一つになっているとのことでした。
 その後、古代から中世・近代・現代にいたる膨大な系統展示を案内してもらいました。一言で言えば、美術史教育の素晴らしい学校といった感じでしょうか。
 まず、陶板画の作り方についてたずねてみました。原画を撮影したポジフィルムから写真製版し、それを陶板に転写し、さらに職人が手作業で筆遣いなどもよく表わされるよう仕上げをし、焼成したものだとのことです。大きな絵画は、幅90cm、高さ3mの陶板をいくつも連ねて作っています。触ってみるとそのつなぎ目は気になりますが、少し遠くから見るとまったく気にならないようです。
 陶板画を触った感じは、油絵を直接触った感じと似ています。ですから輪郭などはほとんど分かりません。ただ、色の領域の違いが手触りの違いとして感じられることもあります(白系統のほうが濃い色よりもさらさらないしざらざらしていることが多かったように思う)し、ときには描き方の違いのようなのを触って感じることもありました。
 2時間くらいで数十点について説明してもらったのですが、触って十分に判る物は少なく、また数が多いと印象がごちゃごちゃになって、今しっかり記憶にとどまっているのは数点しかない状態です。
 以下、当日私が案内してもらった作品の一覧をほぼ時代順に示してみます。触って特徴が少しでもとらえられたものなど一部については、簡単にその印象などを付け加えました。

・スフィンクスの画家: 「動物のパラダイス」
 壷の側面を平面に展開。持ち手1つ
・「プロメテウスを解放するヘラクレス」
 壷の側面を平面に展開。持ち手2つ
・「死者の回りを踊る女たち」
・「獅子狩り」
 壁面いっぱいに多数の小石が埋め込まれ、モザイク画になっている
・「ウラディーミルの聖母子」
・「貴婦人と竜
 竜の形は私がちょっと知っている中国のものとそれほど変わらないようだ
・シモーネ・マルティーニ(Simone Martini: 1285-1344. イタリア、ゴシック期、シエナ派の画家): 「受胎告知と二聖人」
 1333年。両端に2聖人、中央右に聖母マリア、中央左に天使ガブリエルという配置。それぞれの頭部の周りには光輪が直径5mm余の多数の点で示されており、この点は触ってはっきり分かる。そしてその光輪の形から各像の顔の部分をほぼ知ることができる。受胎告知の絵を実感したのは初めて
・グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
 全体はついたてのようなものに描かれている。下の方に、最後の晩餐の彫刻がある。イエスを中心に、両側に6人ずつの使徒達の配置が分かる。×印のようなのがあるのがユダなのかも。
・レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」(修復前・後)
・リゴー「ルイ14世の肖像」
・アルチンボルド(1527-1593. ウィーン、ハプスブルグ家の宮廷画家): 「夏」(「4季」より)
 人の顔が野菜や果物など夏の収穫物の組合わせで描かれる。
・フェルメール: 「真珠の耳飾りの少女」
・ミレー: 「落穂拾い」
 3人の女性のそれぞれの姿を想像できた。
・ゴッホ「自画像」「アルルのゴッホの部屋」「ひまわり」「種を播く人」「ガシェ博士の肖像」
 「アルルのゴッホの部屋」: 主に縦方向の線を使って描いているのがよく分かる。窓やベッドなども識別できた。
・セザンヌ: 「カード遊びをする2人の男たち」
 この作品は、少し前にエーデルによる点図で作品の輪郭を知っていたので、説明してもらってとても分かりやすかった。(現在職場のボランティア・グループに依頼して、岡部昌幸『すぐわかる西洋会画のみかた』(東京美術、2002)を点訳中。10枚ほどの図版については点図化している。)
・モネ: 「大睡蓮」、「睡蓮」(連作)、「ルーアン大聖堂」(連作)、「国会議事堂」
 「国会議事堂」: ロンドンの国会議事堂が靄の中に浮んでいる
・ムンク「叫び」
 体をゆがめ、耳をふさいでいるような人物が、暗い海辺に立っている。ミュージアムショップでこの「叫び」の小さな人形を買うことができた。
・ピカソ「ゲルニカ」
・ポロック(Jackson Pollock: 1912-1956. アメリカ): 「秋のリズム」

 以上のように印象にしっかり残っているものはごく少数になってしまいました。それでも、たとえばこれまでは「受胎告知」の絵と言われてもまったくイメージできなかったのですが、今回初めて具体的なイメージを持つことができました。実は、大塚国際美術館に行った3日後、静岡アートギャラリーで開催中の、エルミタージュ美術館名作展「花の光景」の鑑賞ツアーに参加したのですが、そこでも17世紀のスペインの画家エステバン・ムリーリョの「受胎告知」を言葉による説明で鑑賞し、マリアの表情などもふくめ、「受胎告知」のイメージがさらにひろがりました。宗教画については、見える人たちはなかなか言葉に出して説明しにくそうですし、また私もうまく説明を引き出せるような質問ができないし困ることが多かったのですが、これからは言葉による鑑賞もちょっとはスムースに行くかもしれません。
 また、絵の描き方についても、面的にざあーっと筆を動かしているようなもの、線が中心になっているもの、ゴッホの「ひまわり」など点の集まりで描かれているものなど、知ることができました。
 今回初めてアルチンボルドやムンクの作品を知ることができました。とくにアルチンボルドの作品はなにか宇宙を感じさせるようで気に入りました。(アルチンボルドについては、「美の巨人たち」の2004年1月31日放送のhttp://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/040131.htm が参考になりました。)
 大塚国際美術館で展示しているような陶板画では、一部を除いては触って十分鑑賞するという訳には行きません。陶板画を製作している大塚オーミ陶業株式会社に問合わせてみたところ、技術的には石膏のレリーフのように作ることも可能だとのことです。実際、陶板のレリーフを役所などの注文で作ることもあるそうです。ただ、1点ずつの手作りの注文生産のため、かなり高価になるとのことです。できれば役所などに納入された陶板のレリーフを触ってみようと思っています。
 最後に大塚国際美術館の視覚障害者への対応ですが、入館量は一般の半額(3,000円の半額)で、普通は私が受けたような学芸員による説明は無理とのことです。ミュージアム・ボランティアによる解説は1日に何回も行われていますので、それを利用するのも良いと思います。

(2005年9月5日)