石創画タッチ展――「触る絵」の可能性――

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 8月30日から9月4日まで、茨木市立ギャラリーで「石創画タッチ展」が開かれていました。
  「石創画」とは耳慣れない言葉ですが、これは茨木し在住の江田挙寛(たかひろ)さんが、1978年以来「石で自由に絵を描きたい」との思いで研究・開発してきた独自の手法による絵です。(詳しくは、 http://www.sekisoga.com/ を参照してください。)
  私自身石創画の手法を完全に理解している訳ではありませんが、私なりに簡単に説明しますと、大理石等の石の粒とセメントと顔料を混ぜ合わせたものを塗り込み、固まった後で磨いて(塗り込み時には隠れていた)絵を出す手法のようです。大部分は凹凸のない平面作品なのですが、普通の絵に比べてはるかに立体感があるようですし、また微妙な色合いや質感も特徴のようです。
  私が初めて石創画に触れたのは、昨年の12月に同ギャラリーで開催されていた石創画展「石創画28年の足跡展」に偶然立ち寄った時でした。ほとんどの作品は平面作品だったのですが、それらの作品にも人物の横顔のレリーフが入っていて、それは触って分かりましたし、また数点ですが浮き彫りで表現されている絵もありました。私は説明してもらいながら平面作品もふくめかなり熱心に触り、「このような作品は私のような見えない人にもある程度鑑賞できます」というようなことを伝えて帰りました。

 今年7月末、これまた偶然、いや幸運にも、通勤の帰り道に江田さんに呼び止められ、8月末からタッチ展を開くこと、それについて意見など聞きたいということでした。数日後、江田さんがしておられる石創画の教室にうかがい、数点の石創画を触りながら、展示の方法、点字や音声による解説の仕方、PRの仕方などについて話し合いました。私も知り合いに案内のメールを書き、それに応えて予想以上に多くの人たちがタッチ展に来てくれました。
  私は9月1日と2日に行って、作品を鑑賞し、またちょうど来られていた方々と歓談することができました。
  会場の中央のテーブルの上に触る石創画20点近くが置いてあります。どれもA4サイズくらいのやや小さめのものです。そのうち8点ほどには点字と音声による簡単な説明が付けられていました。周りの壁面には、能面や仏像や寺社をテーマとしたようなかなり大きいサイズノ石創画が30点ほど掛けられています。こちらのほうが江田さんの本来の石創画の作品です。
  今回展示されていた触る石創画は、大きく四つのタイプに分かれるようです。
  一つは、手前に人物の横顔、中央に赤い実三つぶ、上部に雀が配されていて、いずれも「はじめまして」というタイトルがついています。京都の嵐山渡月橋のたぶん冬の風景でしょうか。これは4点ほどあり、それぞれ雀のポーズが少しずつ異なっていますが、それを触り分けて「かわいい」と言っている人もいました。
  次に、私がもっとも面白く感じたものですが、カルガモがたくさん描かれたものです。その一つは「たまごのお池の中で」というタイトルで、大きな卵の池の中に大きなカモ1羽と小さなカモ10羽が並んでいます。子ガモたちは、よく触ってみるといろいろな方向を向いていることが分かります。もう一つは「アメリカから太平洋を泳いで日本の大阪へ」というたいとるで、周りにアメリカの太平洋岸、日本、中国や朝鮮の一部、オーストラリアなどが描かれ、アメリカから日本までカルガモ10羽が太平洋上を連なって描かれています。私はいろいろなルートを渡りする渡り鳥のことを想像しました。
  次は「長い道を歩いてきました」というタイトルの一連の作品で、砂地に歩くルートに沿って靴が並んでいます。靴の方向から歩く方向が分かりますし、靴の大きさがだんだん小さくなっていくことから遠くまで歩いて行っていることも分かります。単純な構図で、触って鑑賞する人たちには好評だったようです。
  さらに、バラの花を描いた作品が数点ありました。「情熱」「恥ずかしがり屋の私は黄色いバラ」「悠華」などというタイトルで、色も真赤、黄色、ピンクや白などあるようです。手触りもそれぞれ少しずつ違っていて、中にはとてもツルツルしていてちょっと冷たさを感じるようなのもありました。
  これら4タイプの作品とはちょっと異質な感じを受けたのが「悠久の旅」という作品です。これは石創画としては初期の作品だとのことで、上の作品群よりも浮出しの高さが高くなっています。顔をやや上に向け、脚をしっかり踏み出して力強く歩いて行こうとする女性の姿がよく表わされているように思いました。

 今回は初めてのタッチ展ということで、制作者の江田さんは触ってどのくらい分かるのだろうかと不安になりながら大きさや主題などをかなり限定して制作したようです。触ってどの程度分かりまたどんな風に感じるかはかなり見えない人それぞれですし、言葉でうまく説明すればかなり複雑なものも理解できます。また構図がしっかりしていれば、かなり大画面のものでも部分部分を触りながら頭の中で全体をはっきりとイメージできます。
  触る石創画の良い点は、見えない人とともに見える人もいっしょに鑑賞できること、すなわち見える人に解説してもらいながら見えない人も触って鑑賞できることです。次回は江田さんの本来のテーマである能面や仏像等、また「ヴィーナスの誕生」や「モナリザ」など世界の名画と言われるようなものも触って鑑賞できればと願っています。

*作者の江田さんから石創画タッチ展のレポートを頂きました。タッチ展を思い立ったきっかけなど、私にとっても心うたれる内容でした。以下にそのレポートを掲載します。

「第1回石創画タッチ展レポート」

■転機は患った大病
  この「さわって鑑賞する・石創画タッチ展」を開催するに至るまでには、あるひとつの転機がありました。それは2005年に患った胃ガンです。
  その時のことを振り返りますと、2005年8月、胃に違和感がある日が続き、黒い便や嘔吐物が出たりし、これは胃潰瘍だなと思い、病院に行かなくてはと考えていたある日の夜、2度にわたり大量の血を吐きました。すぐ救急車で病院に送られて、そのまま8日間、入院することになりました。
  数日後、病院からの胃ガンであることを告げられ、その後、胆のうと胃の摘出手術を受けました。無事成功し、手術後1週間、痛みもやわらいで、ふと「人間いつ何が起こって死ぬかも知れないな」と思い、生きてる間に石創画で人の役に立てることはないかと思うようになりました。
  手術後、療養しながら年の明けた2006年6月頃まで目標のない時間を過ごしていましたが、体も落ち着いてきたので、この年12月に久しぶりに個展の開催を決めて作品の制作を始めました。体力が落ちていたので随分ゆっくり制作していました。

■タッチ展を思い立ったきっかけになった2006年12月の石創画展
  2006年12月、茨木市立ギャラリーで2年ぶりくらいに石創画展を開催しました。会期中のある日、全盲の男性と付き添いの女性が偶然鑑賞に訪れました。
立体の作品や額のないオープンな作品もあり、その男性が興味深そうに作品の前に立っておられたので、近づいて「作品に触ってもらってもいいですよ」と声をかけました。
その男性はある作品を丁寧に触ったあとに、「これは鳥の作品みたいですね」と言われ驚きました。まさにその作品のタイトルが「バード」で鳥をモチーフにした立体の作品でした。
この時、石創画の特徴を生かし、絵を触って鑑賞できるような絵画展ができないかと強く思い、視覚障害者や小さなお子さんたちにも楽しんでもらえるような石創画展の開催を目標にしました。

■手探りのタッチ展開催
「触って楽しむ絵画展」という今までまったく経験のないことに、右も左もわからない手探りの状態でしたが、その開催を指導してくれたのは一冊の本でした。それは視覚障害者の美術鑑賞について書かれた『光の中へ』(ジュリア・かせむ著)という本で、何度も読み返し、参考にして、タッチ展で展示する作品を制作していきました。
同時に、タッチ展開催に向け様々な方のご協力を仰ぎました。ボランティアセンターの協力で作品説明の点訳と音声ガイドをお願いすることができました。また、とてもありがたいことに多くのラジオや新聞社などのメディアにも石創画タッチ展の開催を取り上げていただきました。

■もう一度あの全盲の男性にお会いしたい
2006年12月の展覧会に偶然来られ、タッチ展開催のきっかけを与えていただいた全盲の男性とは、その時の個展以来、お会いすることはありませんでしたが、タッチ展開催までにぜひ一度お会いしお話をしたいと思っていました。
名前も住所もわからず連絡するすべがありませんでしたが、タッチ展会期が間近に迫っていた8月初め、偶然にも道ばたでお見かけして声をかけました。この男性は、「触る」という文化にとても熱心で多くの研究もされており、タッチ展の開催に向けてもその後、大きなご協力をいただくこととなりました。

■思い描いたタッチ展が実現
会場には視覚障害者や親子連れの方など多くの方に石創画を触って楽しんでもらえて、思い描いていたものを実現することができました。たくさんの感想、応援、励まし等のメッセージもいただき、手探りの第1回開催でしたが、大変力強い感触を得ることができました。
今回学んだ多くのことを生かして、次回の開催にもぜひ繋げていきたいと考えています。また2008年は石創画誕生30周年を迎える記念の年でもあり、今後のタッチ展を石創画人生の集大成ともいえるものに発展させていきたいと思います。

最後に、多くの方々のご協力でこの度のタッチ展が無事成功裏に終わり、また、次回に繋ぐ気持ちが持てましたこと、心より感謝申し上げます。

◆ご来場者よりいただいた感想をご紹介します◆
(1) 作品展で困るときというのは子供が飽きることですね。触って、聞いて、楽しめる作品を置いてくださってうれしいです。色々な感覚を使って子供たちも楽しめました。ですがどの作品も力強く、やさしく、石の絵の豊かさに驚きました。ありがとうございました。

(2) 目で見るだけでなく、手でタッチできるので作品のぬくもりが伝わってきます。ツルツル、少しザラザラ・・・視覚+触覚で2倍楽しめました。

(3) さわる絵画に触れて幸せなひとときとガイドヘルパーさんの説明で色も楽しめてイメージは物語で良く絵画全体を把握することができてうれしかったです。

(4) たくさんの作品を先生の解説を聞きながら楽しく鑑賞できました。靴の作品は思わず履いて歩きたくなります。カルガモは子供がもう少し少ないほうがおもしろいかも。先生の解説もよかったです。また、次の機会にもぜひご案内してほしいと思います。

(5) 靴の背景はザラザラしていて土の感じがする。バラの葉のついているのはツルツルしていて表情がわかりにくい。スズメの背景が雪がある感じがわかる。

(2007年9月28日、2007年11月26日追加)