剥製に触る――上野動物園の試み――

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 上野動物園で、7月13日から9月30日まで「ポケットミュージアム〜見て 触れて 感じて! はくせい動物園〜」が開かれていました。過去に上野動物園で飼育展示していた稀少動物の剥製約40点を展示、その中の一部には来場者が触れてみることができるという企画です。さらに、目が見えない人の場合は、コウテイペンギンなど特別に数点の剥製に触れられるというものです。
  私がこの情報を知ったのは 9月10日過ぎになってからでした。こんな機会はめったにないだろうと思い、 9月19日東京に日帰りで行ってきました。
  以下はその時の触察記録です。

●スマトラトラ
  頭から尾まで 2メートルくらいもある大きさだが、胴は引き締まっていて全体に細身の感じ。左前脚を大きく前に出し太く大きな爪で地面をしっかり捕らえている感じ。後脚は曲げた状態で、太い腱がくっきりと浮き出ていて、そのジャンプ力・脚力の強さを感じさせる。尾は後下方にきれいな曲線を描いていて、手触りもきれい。

●コウテイペンギン
  ペンギンの中では最大のもののはずだが、高さは 70センチくらいでコウテイペンギンとしてはやや小さめではと思った。短い羽毛がほぼ全身を覆っていて、それを上から下に撫でるとビロードなどよりも好い触感で、いつまでも撫でていたい気持ちになる。両脇の手のような羽、後下端のとても短いかわいい尾が印象的。

●エゾシカ
  体長40センチくらいで角もなく、子鹿のよう。とがった耳がしっかり前に向いていて、集音効果に優れているのではと思った。右前脚を出した状態で、左前脚と左後脚がほとんど触れ合うほどに近い位置にある。脚は下にいくほど細くなっていて、足首の当たりでは太さは 1センチもないくらいで、華奢な感じ。足の下の地面は、レプリカではあるが、落ち葉が何枚も重なっているような森の地面を感じさせるような触感だった。

●ガラガラヘビ
  頭部は小さく首も細い。胴は 5センチ余の太さで円筒形ではなく角のとれたような三角柱状。胴は2回ほど巻いて、その先の尾は上に向って立っている。全長150センチくらいか。皮は硬くて手触りは細い籐などで編んだ模様のようにも感じる。尾の先端には、かさかさしたような鞘状のものが垂直に立っていて、触れると少しカラカラと音がする。

●イヌワシ
  羽をほとんど閉じた状態で、前の指3本と後指1本でしっかり木をつかんで立っている。全長60〜70センチくらいで、イヌワシとしてはやや小さめだと思う。くちばしはハヤブサなどと同じく下に向って鋭く鉤状になっている。羽は幾層にも重なり、とくに胸のほうの羽はフワッとした感触できれい。肩の所が鋭角に前にとがっていて、羽のはばたきの強さを感じさせる。

●オオアリクイ
  長い尾もふくめて全長 2メートル近くもある細身の形。顔が長く前に伸び、その口の先からはさらに60センチくらいも舌が伸びてアリなどを食べるとのこと。前脚の大きく長い指が後ろに向っていて、土を掘り返すのに適しているように思われる。毛はまばらでかさかさした感じで、首の当たりの毛は短く立っている。

●ミシシッピーワニ
  全長 2.5メートルくらい。中には 6メートルくらいまで成長するものもあるとのことなので、これはかなり小さめのようだ。口を大きく開き、その中に上下の鋭い歯が並んでいる。平べったい胴を床につけ2対の脚もベタアーっと横にひろがっている(後脚のほうが大きい)。背面には縦に3列ほど硬いイボイボの連なりが走る。長い尾はゆっくり右側に曲がっていて、その上には 5センチくらいの高さの薄い板上の連なりが立っている。

●ツキノワグマ
  左前脚を木の幹に掛け、右前脚は宙に浮いた状態で、座っているような姿勢。毛がふさふさしていて、触っていて心地よい。

●ムツオビアルマジロ
  頭はとても小さく、胴の部分は卵のような楕円体を半分にして伏せたような形。その表面は硬い骨ないし板状のもので覆われ、水平に何本ものリング状の帯のようなのが連なっている。弱い腹部を守るためにこのような形になっているとのこと。「ムツオビアルマジロ」の名前はこのリング状の帯の数から来ているのだろうと思い、数えてみると帯は7本だった。足は半球状の胴に隠れてほとんど触れなかった。

●ココノオビアルマジロ
  ムツオビアルマジロをやや大きくした形。頭から胴までが40センチくらい、その後ろに長い尾が伸びている。リング状の帯の数を数えてみると、これは名前の通り9本あった。胴の下に小さめの足も確認できた。

●センザンコウ
  30センチ余の大きさで、全体の印象は上のアルマジロをかなり小さくしたような形。背面はアルマジロと同じく硬いがそれは多数の硬い鱗に覆われているため。前脚の指はオオアリクイのように後ろに向いていて、土を掘るのに適しているのだろう。
  このセンザンコウは、悲しいかな、右前脚が根本から完全に無くなっていた。その部分には毛もまったく無く、おそらく生きている時に事故などで右前脚を失い、そのまま生活した後に亡くなったのでは、と想像してみたりする。
*コウテイペンギンの羽毛とセンザンコウの鱗は、硬さといい触感といいまったく異なるが、形や生え方にかなり似たところがあるように触察された。おそらく同じ物(毛?)から新化し変化したのではと思うのだが……

●ムツアシガメ
  甲羅の直径が30〜40センチくらいの亀。首を前上方に長く出している。後肢と尾の間に、鱗が変化して大きく突出して肢のように見えるので「ムツアシガメ」という名が付いているということだが、本当に尾と後肢の間に小さな肢のようなのが確認できた。

●ライオン
  これは剥製ではなく、雄ライオン1頭分の毛皮が展示されていた。全体が1枚の毛皮で、脚先にはしっかり爪も付いていた。この1枚の毛皮に詰め物をし、丁寧に形を整えれば剥製になるのだろう。鬣がとてもふさふさしていたのが印象的だった。

●アミメニシキヘビ
  壁面にアミメニシキヘビの皮が展示されていた。幅は 8メートルもあるとのことで、壁面に沿ってその皮を触ってみると、網目の大きさや方向は場所によっていろいろ変化していくが、とてもきれいな網目模様がずうっと続いているようだ。大きな蛇であるにもかかわらず、皮は意外に薄そうで柔らかい感じだった。

●その他
  触ることができる物としては、牛や馬などの頭部の骨格標本(たぶんレプリカ)や馬やゾウなどの歯の標本などもありました。これらについては私はこれまでにも何度か触ったことがあるものなので、今回は省略します。ただ、やはりゾウの歯は1本が何とも大きいなあと改めて感心しました。歯の表面を触って、まるでちょっと磨り減った硬い靴底のように感じました。
  このほかに、触ることはできないのですが、様々の剥製がおそらく30点近くは展示されていました。それらについてもざっとガイドの方に解説してもらいました。
  その中で私がとくに興味をひかれたのは、ケツァール、別名カザリキヌバネドリと呼ばれる鳥の剥製です。この鳥は中米に棲息し、世界一美しい鳥といわれるほどきれいなようです。体長は30cmくらいで、それより長い飾り羽が尾のように伸びているようです。全体としてはグリーンっぽい色合いのようですが、光によって様々な輝きを見せるようです。
  で、これを見た一般の人たちは、その美しさに見とれ、うっとりしてつい飾り羽に触ってしまうことがあるようです。それで結局会期の途中からはこのケツァールだけはケースの中に入れ、触れなくしたとのことです。本当に感動する物、心を奪われるほどうっとりする物には、つい触れてしまうのだと、納得しました。
  なお、はくせい動物園に展示されていたものではありませんが、動物園の行き帰りの途中で、ゾウとゴリラのブロンズの模型にも触ることができました。私たちが動物園に行っても、臭いとか鳴き声くらいしか手がかりになるものがない訳ですが、このような模型が各園舎の近くに置いてあれば、楽しみは倍増します(もちろん子どもたちも喜ぶでしょう)。

 以上紹介しましたように、今回は10数点に実際に触り観察することができました。その中には、オオアリクイ、アルマジロ、センザンコウのように、言葉だけは聞いたことはあっても具体的なイメージは何ももっていない物もありましたが、今回の観察でこれらについても私の頭の中のイメージのネットワークの中にしっかりと組み込まれました。その他の動物については、模型などを触ったことはあり、大まかな形はだいたい想像できますが、やはり実際に剥製に触ると、触感といい大きさといいリアリティがあります。
  ところで、9月23日付けの「点字毎日」によれば、貴重な剥製をケースに入れずに展示し、しかも一部とはいえ来園者が自由に触れられるというこのような企画については、上野動物園内でも反対があったとのことです。そんななかでこの企画が実現できたのは、担当者がこれまでの経験(以前から同園では毎年夏小学生を対象にサマースクールを開き、盲学校の生徒たちが生きている動物や骨格標本を触察する企画を続けています)から《触って知る》ことの大切さに気付き、それを多くの人たちに体験してほしいとの願いがあってのことのようです。これには私もまったく同感です。《触って知る》ことは、見えない人にとってもちろんとても大切ですが、見える人たちにとっても、見ているだけでは分からないこと、見て感じ取れることとは違うことを知ることができます。
  今度は何時になるかわかりませんが、コウテイペンギンのあの何とも心地よい羽毛の感触にまた逢ってみたいものです。

(2007年9月28日)