「点字の考案者ルイ・ブライユ生誕200年記念・・・点天展・・・」報告

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 現在、吹田市にある国立民族学博物館で、企画展「点字の考案者ルイ・ブライユ生誕200年記念・・・点天展・・・」が開催中です(8月13日〜11月24日)。すでに見学に訪れた方もおられると思いますが、私はこれまでに2度行きましたので、その内容を紹介してみます。
 展示内容は、点字に関連するものと触って楽しむものの二つに大きく分かれています。
 
◆点字関連の展示
 まず私が感動したのは、会場に入ってすぐの所にある点字活版印刷機です。この点字印刷機は、現在の点字製版機などとはまったく異なるものです。まず点字の活字を一字一字並べて2ページ分の版を作ります。そしてその版の上に紙を乗せて固定し、手回しのハンドルを回してその紙の乗った版を水平に移動させてローラーの下をくぐらせ、紙に点字を印刷するようになっています。
 この活版の点字印刷機を考え出したのは、左近允高之進(1870〜1909年)という人で、今から百年以上も前、1905年のことです(展示されているのは復元品)。左近允は、日清戦争従軍後、20代半ばで白内障のため失明します。鍼按術を習得し、点字も独学。視覚障害者が社会で生活するためには、按摩や鍼灸の職業教育よりもまずは一般教養が大切だと考え、1905年、神戸訓盲院を設立するとともに、独自に試行錯誤しながら活字を使った点字印刷機を考案して「六光社」という点字出版所を興します。そして、この印刷機を使って、日本最初の点字新聞「あけぼの」の出版をはじめ、自ら設立した神戸訓盲院の教科書を製作し、また翌年からは当時人気のあった早稲田の『中学講義録』を発行し、ひろく盲人の教養・文化を高めようと努力します。
 
 次に、ヘレン・ケラーの使っていたという4種の異なった文字(ボストンタイプという浮出しの普通の文字、およびアメリカンブレール・ニューヨークポイント・ブライユ式の3種の点字)で書かれた本が展示されていました(私が読めたのはブライユ式の点字だけです)。ヘレン・ケラーがこのような4種の文字を使いこなしていたことに感心するとともに、当時のアメリカの見えない人たちがこのような混乱した文字状況にあって苦労していただろうと推察されます。視覚障害者の文字といえば、今はブライユの考案した6点式の点字が当たり前になっていますが、視覚障害教育の黎明期にはいろいろな文字が考えられ、実際に使われ、その中からブライユ式の点字が淘汰されてきただろうことがうかがえる展示です。
 
 世界各国の各種の点字器も興味をひきます。アメリカ製小切手用点字器(小切手の書き込み欄の形に枠・マスが作られ、墨字とともに点字も書ける)、アメリカ製点字器(4行28マス)、西ドイツ製点字器(片面書きで27行30マス。かなり大きな点字)、フランス製点字器(片面書きで24行32マス)、ソ連製点字器(片面18行、両面36行、24マス。大きな点字。点字器全体が金属製で頑丈そう)などがありました。中でも、オーストリア製点字器(片面16行、両面32行、33マス)は、紙を裏返して両面書きするのではなく、紙はそのままで、点字器を裏返して両面書きするというもので、その発想に感心しました。また日本では以前は紙を節約するため小さなサイズの点字も使われていましたが、1行45マスの点字器も展示されていました。それを使ってちょっと書いてみると、どうにかこうにか読める程度でした(ちなみに私は今でも37マスの点字器を使っています)。
 フランス製の筆算用教具も見物です。筆算は見えない人の計算方法としては適しているとはいえませんが、この筆算用具は学習教材としては優れ物です。1辺1cmの立方体の各面に0から9までの点字パターンが印され(2と3、5と9、および4・6・8・0は同じパターンを回転させることで示すようになっている)、それを小さなマスの中に並べていって計算するものです。これを参考にして、同じような筆算用具を手作りできそうです。
 
 点字の教科書や地図も、戦前の物から現在の物まで展示されていて参考になります。
 昭和12年に点字毎日が製作した世界地図は、A4版くらいの見開きの大版で、山脈や海などが分かりやすく、海岸線や国境も線種を変えてきれいに描かれています。現在使われているエンボス製版の地図に匹敵するあるいはそれ以上かもしれません。
 また、立体コピー・発泡インク・サーモフォーム・点図という4種の異なった触図製作法を比較して見られるようになっていて、よかったです。
 現在の教科書や絵本としては、日本ライトハウス点字情報技術センター製作の高校の物理と家庭科の教科書、さらには『グリとグラ』『赤瀬川原平の名画読本』などが展示されていて、その中の点図も見られるようになっています。
 
 ルイ・ブライユを描いた世界各地の記念切手も展示されていました。その中には外国の点字が浮出しになっているものもあり、「mit handen sehen 55」(手で見る 55)と印刷されたドイツの点字は読めました。
 また、ルイ・ブライユの石創画による像や、ヘレン・ケラー、塙保己一、岩橋武夫(日本ライトハウスの創設者)の胸像もあり、触ることができました。
 その他にも、塙保己一の編纂した『群書類従』(和本と版木)、点字毎日の製作工程なども展示されていました。
 
 
◆触って楽しむ展示
 触って楽しむものとしては、高松塚古墳壁画の石創画による復元が、写真などで見るよりずっと鮮やかに描かれていて、なんといっても圧巻です。一部分はレリーフ、一部分はわずかに浮出した線画になっていて、触ってもそれなりに分かります。
 石創画は、茨木市在住の江田挙寛さんが30年ほど前に開発した石で絵を描く手法です。石の粉にセメントを混ぜ、それに顔料も加えて練り合わせ、それを型に塗り込んで、乾いたあとで磨き上げて、絵を描く方法です。浮出しの絵も描けます。
 私は昨年10月から石創画教室に通い始め、石創画をしていますので、とくに興味があり、民博の職員にガイドしてもらいながらこの壁画の石創画を丁寧に触ってみました。以下詳しくどんな風に描かれているか説明してみます。
 高松塚古墳の石室は、長さ2.65m、幅1.03m、高さ1.13mの大きさで、縦横1m前後の凝灰岩製の石16枚を組み合わせて作られています。石室内部の全面に漆喰が塗られ、東西南北の壁と天井に壁画が描かれています。ただし、南側の壁(入口に当たる)は盗掘で破壊されその内壁に描かれていたはずの朱雀は現存しません。
 今回石創画で復元されたのは、西壁3枚、北壁1枚、東壁3枚、天井3枚の計10枚です。以下、それぞれの石創画について説明します。(西・東の男子・女子群像の説明では、いずれも南側から1、2、3、4として説明します。)
 
西壁男子群像(線描) (西壁の南側) 男子1は斜め右(南東)を向き、黄の衣服をまとい、椅子のようなのを持っている。男子2も斜め右を向き、藍の衣服をまとい、赤い長い袋のようなのを担いでいる。男子3は正面を向き、緑の衣服をまとい、首から鞄のようなのを下げている。男子4は斜め右を向き、グレーの衣服をまとい、左手で孫の手のような棒を持っている。
西壁白虎(線描) (西壁の中央) 斜め右を向いて口を大きく開き、胴はとても細長く、ゆっくりカーブしている。輪郭は黒、爪などは赤で描かれ、体は白。白虎の上には、雲海のようなのを示す多数の平行線と山々が描かれ、その上に月輪が描かれている。月輪の中には、蛙・兎・何かの木のようなものが描かれている。
西壁女子群像(線描) (西壁の北側) 女子1は斜め右(南東)を向き、長い黄色の軸の付いた円い団扇のようなものを持っている。上衣は黄、スカートは赤・青・白・緑の襞に塗り分けられている。女子2は横(南)を向き、上衣は桃色、スカートはグリーン。女子3は、振り返るように斜め左方を向き、左手に孫の手のような棒を持っている。上衣は朱、スカートは藍色。女子4は斜め右を向き、上衣は萌黄、スカートは女子1と同じく赤・青・白・緑。スカートはいずれもプリーツ(襞)になっていて、全体にとても鮮やかなようだ。
 
北壁玄武(線描) カメにヘビがぐるうっと巻き付いている形。カメは頭を上に反らして後方を見、ヘビは首を尾の輪に通すようにして、カメとヘビが睨み合っている。カメの長い脚や、睨み合っているカメの目とヘビの目が、触ってよく分かる
 
東壁女子群像(レリーフ) (東壁の北側) 女子1は斜め左(南西)を向いて団扇のようなものを持ち、緑の上衣と白・グレー・赤・緑のプリーツのスカートを着用している。女子2の上衣は黄色、スカートはグレー。女子3は正面を向き、上衣は朱、スカートはグリーン。女子4は斜め左を向いてフサのようなのが付いた棒を持ち、上衣はピンク、スカートは赤・グレー。スカートはいずれもプリーツになっていて、下縁は白で縫取りされている。スカートの連続した襞は、触って心地良い。
東壁青龍(レリーフ) (東壁の中央) 両眼を見開き、口を大きく開けて長い舌を出し、牙もよく分かる。赤い首輪のようなものも着けている。頭や背中などにはたてがみが並び、胴には細かく鱗も描かれている。体はゆっくりカーブして、尾は上に向かって跳ね上がっている。青龍の上には、雲海のようなのを示すと思われる平行な線と山々が描かれ、その上に日輪が描かれている。日輪の中には、足が3本で羽のあまり大きくない鳥のようなのが描かれている。
東壁男子群像(レリーフ) (東壁の南側) 男子1はグレーの衣服を着て首から鞄を下げている。男子2は黄色の服を身に着け、大きく開いた緑の傘(日傘?男子1から男子3までがこの傘の下になっている)を持っている。傘にはフサのようなのが4つ垂れ下がっていて、豪華な感じ。男子3は藍色の服で、首から鞄を下げている。男子4は緑の服で、赤い長い筒のようなのを担いでいる。男子はみな帽子をかぶり、1と4には髭が描かれている。
 
天井の星宿図: 天井3枚のうち1枚にはなにも描かれておらず白のまま。残りの2枚に、直径1cm弱の丸で示された多数の星が描かれ、星と星はつるつるした朱の線で結ばれている。これは中国から伝えられた天文図で、月の動きに合わせて設定されたという、28宿を表わしている。一部、北斗七星のような形や、サソリ座に似たカーブやオリオン座の形らしきものは触って確認できる。資料によれば、28宿は4等分されて四方位と四神獣に次のように対応している(括弧内に和名と現在の88星座との対応を記す)。
 東方=青龍:角宿(スボシ。おとめ座中央部)、亢宿(アミボシ。おとめ座東部)、テイ宿(トモボシ。てんびん座)、房宿(ソヒボシ。さそり座頭部)、心宿(ナカゴボシ。さそり座中央部)、尾宿(アシタレボシ。さそり座尾部)、箕宿(ミボシ。いて座南部)。
 北方=玄武:斗宿(ヒキツボシ。いて座中央部(南斗六星))、牛宿(イナミボシ。やぎ座)、女宿(ウルキボシ。みずがめ座西端部)、虚宿(トミテボシ。みずがめ座西部)、危宿(ウミヤメボシ。みずがめ座の一部+ペガスス座頭部)、室宿(ハツヰボシ。ペガススの四辺形の西辺)、壁宿(ナマメボシ。ペガススの四辺形の東辺)。
 西方=白虎:奎宿(トカキボシ。アンドロメダ座)、婁宿(タタラボシ。おひつじ座西部)、胃宿(エキヘボシ。おひつじ座東部)、昴宿(スバルボシ。おうし座のすばる(プレアデス星団))、畢宿(アメフリボシ。おうし座頭部(ヒアデス星団))、觜宿(トロキボシ。オリオン座頭部)、参宿(カラスキボシ。オリオン座)。
 南方=朱雀:井宿(チチリボシ。ふたご座南西部)、鬼宿(タマヲノボシ。かに座中央部)、柳宿(ヌリコボシ。うみへび座頭部)、星宿(ホトヲリボシ。うみへび座の心臓部)、張宿(チリコボシ。うみへび座中央部)、翼宿(タスキボシ。コップ座)、軫宿(ミツカケボシ。からす座)。
 
 高松塚古墳の石室内部の壁画は、全体としては、東西南北の四神と日輪・月輪、および天井の星宿図で、宇宙ないし空間の構造を表わしているといえるでしょう。そして、西壁と東壁に向い合って描かれている男子群像と女子群像の様子(日覆いのようなものや椅子や荷物などを持って入口のほうに向かって歩んでいるようです)からは、貴人に付き従ってちょっと着飾ってお供してどこかに出かけるような場面を想像できそうです。
 
 次に、野鳥彫刻家の内山春雄さんのバードカービングです。この方のバードカービングは、3年ほど前に同じく民族学博物館で開催された「さわる文字、さわる世界─触文化が創りだすユニバーサル・ミュージアム─」展にも出品されていましたが、今回はなんといってもトキのバードカービングが絶品でした。
 トキは、すでに日本産の野生のものは絶滅し、今は中国から導入したトキが人工増殖されているだけのようです。私は名前だけは知っていてもどんな鳥なのか見当がつかず、今回のトキの展示をとても楽しみにしていました。
 トキは、羽を広げて飛んでいる姿と、羽をたたんで立っている姿の2点が展示されていました。第一印象は、全体に大きく力強い感じでした。羽を広げたときの幅は 1m 20〜30cmくらいあり、全長は70cm余もあります。くちばしが前に長く伸びて下にややカーブしています。羽を広げたときは、羽の前縁や付け根当たりは分厚くもりもりした感じで、力を感じさせます。前の翼は20数枚にも分かれ、また何層にも重なっています。尾羽も5枚くらいの重なりになっていて曲線がきれいです。くちばしの先端と頭、脚は赤、くちばしは黒、羽の縁の当たりは薄い紅のような色(いわゆる鴇色)で、その他大部分は白のようです。なお、今私はこのトキを石創画で表現してみようと製作中です。
 トキのほかには、「タッチボックス」と言って、1辺30cmほどの箱の中にバードカービングの鳥があり、それを手で触って触覚だけで何の鳥か当ててみるという展示がありました。これはとても難しくて、私がなんとか正解できたのはエナガとコゲラだけでした。タッチボックスの中にあったのは、オウルリ、ヤマガラ、アオジ、カワセミ、シジュウカラ、ヒヨドリ、コゲラ、エナガ、ハシボソガラスの巣(卵もある)の9種でした。なお、各タッチボックスの鳥については、その解説と鳴声をタッチペンを使って聞くことができ、これは優れた解説法だと思いました。
 
 最後に、M. YokoyamaとY. Yokoyamaのデザインユニットによる継手アートです。継手は、釘や接着剤を用いずに木材を継ぎ合せていく伝統技法で、32本のいろいろなパーツを組み合わせて作った大きな継手縁台が展示されていました。座ってもびくともしないほど頑丈そうなベンチのようなもので、繋ぎ目をたどってどんな風に組み合わせて作っているのかを触ってたどろうとしましたが、私はすぐにあきらめてしまいました。
 
 なお、触って楽しむ以上 3種の展示に関連して、それぞれワークショップも行われ、私も石創画とバードカービングのワークショップに参加する予定です。
 
 私にとっては、ふだん当たり前に使っている点字ですが、この企画展を通して改めて点字の歴史やひろがりを体感し、また、高松塚古墳の壁画やトキのバードカービングなど、ふつうではまず接することができないものにも触れることができました。点字の世界、触る世界を十分に堪能できる企画展でした。
 
(2009年9月28日、2012年6月10日一部修正)

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