スナエに触る

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 3月1日、大阪府立盲学校(平成20年4月より「大阪府立視覚支援学校」と改称。以下、私にとって親しみのある盲学校と書きます)に行ってきました。ネットのニュースで、富山市の高橋りくさんという方(富山美術学院院長、現代美術作家)が開発した「スナエ」が大阪府立盲学校に寄贈されているということを知り、早速実際に触ってみようと思ったからです。
 砂を使って絵を描くことは、大道芸の砂絵や子どもの砂絵など、これまでにも行われてきたわけですが、高橋さんはこの手法を工夫して、見えない人たちにも絵画を鑑賞できるようにと「スナエ」という方法を開発し、特許まで申請したとのことです。そしてこのスナエを普及させようと活動を始め、その最初の試みとして今年1月初めに大阪府盲にスナエを寄贈したようです。
 
 予定の時間よりだいぶ早く学校に着き、K先生の案内でスナエに触れました。スナエは、生徒たちも自由に触れられるようにと、生徒用の玄関の壁面にかけられていました。
 大きさは、横60センチ、縦50センチ弱くらいです。ちょっと触っただけでも、面にいろいろな手触りの部分があることに気付きます。そしてすこし丁寧に触ると、5弁の花のような形がいくつもあることが分かります。花の大きさは直径15センチくらいもあるようですが、それぞれの花らしきものは完全な形のものばかりでなく、部分的に重なっているようで、一部あるいは大部分が欠けているものも多く、触って理解するのにちょっと難しいようにも思いました。先生に色をたずねてみると、背景はうすい水色で、白、黄緑(若葉色?)、濃い青、緑の花が塗り分けられているとのことです。それぞれの色は、砂粒の大きさを変えることで異なった手触りになっていて、白がつるつるした感じでもっとも分かりやすいです。さらに、さらさらした感じからざらざらした感じに向かって順に、うすい水色、黄緑、緑、濃い青になっています。そして、この色の順に、砂粒の大きさも小さいものから大きいものへと変えられているようです。
 このスナエの変わったところは、さらに各色の部分には、薄い水色はペパーミント、黄緑はレモン、濃い青はフランキンセンス(乳香)、緑はセージ、というふうに香りも付けられていることです(白は香りはない)。寄贈されてから2ヶ月ちかく経っていたので、はっきりと匂が感じられたのはペパーミントとレモンくらいでしたが。香りを付けるというアイディアは、絵に直接触らず離れた所からでも絵の存在に気付く、あるいは色の違いを感じてもらえるということからでしょうか。でも実際の展示場面を考えると、香りを手がかりに絵を知るのはかなり難しいようにも思います。
 私にとって興味深かったのは、いくつも花が重なったときに、重なりの前のほうが高く、後ろのほうが低く描かれるだろうと思うのですが、しばしば後ろのほう(花の部分がより多く欠けているほう)が高めになっていたことでした。この点について高橋さんに確認したところ、とくにそのように考えてしているのではなく、濃い色ほど大きい砂粒を使っているために、結果的にそのようになってしまったのだろうということでした。
 このスナエの良いところは、色の違いが手触りで識別できるということです。私がしている石創画では、今のところそれは難しいです。ただスナエの場合は、各色の境界ははっきりした線のようにはたどれなくて、細かい色の塗り分けになると触って識別するのは難しそうです。また、色の数が増えても触って区別するのはそれだけ難しくなりそうです。
 今回私が触れて鑑賞したスナエは、5弁の花がたくさん重なり合っているという単純なものでしたが、私としてはこの手法で風景や人物などの絵も描いてほしいと思います。そのような希望を高橋さんに伝えたところ、各作家にはそれぞれ描きたいテーマがあるということで、残念ながらあまり乗り気ではないようです。
 
 このスナエを、高橋さんは、各色と、それに対応する砂の粒子の大きさおよび香りとの関係を世界共通のルールにして普及させたいとして、特許を申請しているそうです。それはとても野心的な試みですごいとは思いますが、少なくとも色と香りの関係はそんなに一義的なものではなく、人によって、またたぶん文化によってもいろいろ変化していいと思いますので、ちょっとどうかなと私は思ってしまいます。
 
 私は色も実際には見たことがないので、色の違いが触って分かる絵というのは画期的なことだと思いますし、また絵画鑑賞の初歩としては大いに評価します。この手法でさらに、世界のいわゆる名画といわれるものまで描いてもらえたらと思うのですが、どうでしょうか。このスナエが、今後柔軟に発展・進化することを願っています。
 
 
●追記:理科室見学
 案内してくださったK先生は、中学部の理科の先生ですので、理科室の見学もお願いしました。かなり古い標本で、一部破損している物もありましたが、全長80cmくらいのタイマイ(前脚がとても大きかった)の標本、ニホンザル、子犬、猫の全身骨格、牛の頭部、馬の脚の骨格標本、サメの歯などに触れました。また、素晴らしいアンモナイトの化石や、ナウマンゾウの橈骨(前脚の外側の骨)の化石も見せてもらいました。
 その後、盲学校での理科の授業についても聞いてみました。以前の学校では実験はほとんどせず見せてすませていたが、盲学校に来てからはよく実験をするようになった、ということでした。なにしろ触って確認してもらわないと何も教えられない、ということです。今明礬の結晶を作る実験中だということで、その結晶も見せてもらいました。ただ、現在の盲学校では教科教育に付いていける生徒は極めて少ないとのことです。それでも、実験はそういう生徒たちも楽しんで参加しているそうです。実験の内容が十分理解できるかどうかは別にして、実験には自分も参加してやっているのだという実感覚が伴うからでしょう、なるほどと思いました。大阪府盲の理科教育はとても楽しそうです。
 
(2010年3月9日)