触って味わう文化展

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 4月2日と三日に岐阜で「岐阜 触って味わう文化展」が開催されました。私は、4月2日に、例のごとく経費節約のため往復とも在来線を乗り継いで行きました。片道3時間余はかかってまあたいへんでしたが、会場では大いに楽しませてもらいました。
 この文化展では、触ってただ鑑賞するだけではなく、実際に手や簡単な工具を使って作ってみる体験もいろいろすることができました。体験も通して、岐阜の伝統文化の一端にふれたような気がします。とても楽しい一日でした。
 以下に、各ブースの内容や、そこで私が体験したことについて紹介します。
 
●グリーンウッドワーク(NPO法人グリーンウッドワーク協会、森林文化アカデミー)
 「グリーンウッド」とは生木、すなわち伐採したばかりのまだ乾燥していない木のことで、その生木を手工具を使って加工し小物などを作るのが「グリーンウッドワーク」だとのことです。長細い四角の桜材を独特の鉋で削り、紙やすりで仕上げて、箸を作る体験をすることができました。私は、手元のほうは四角のままで先は円い「マイはし」を作り、家に持ち帰って早速使っています。
 また、クロモジ、タムシバ、クスノキなど、匂いに特徴のある樹木の枝葉を嗅ぎ分けてみたり、サンショウ、コナラ、リョウブ、アラカシなどの樹皮の違いを触り分けてみたりするコーナーもありました。でも私は、「これは何の木でしょうか」と担当の方に言われても、ほとんど正解はできませんでした。
 さらに、トチ・ハリギリ・ミズナラ・ミズメ・カツラなど、樹種の違う8種の木の板を並べた木琴をたたいてみたり、クリ材で作ったというカスタネットで遊んだりしました。
 
●岐阜提燈(株式会社オゼキ)
 ここでは、伝統的な提燈の枠を製作する過程を触りながら確認することができました。
 まず、提燈の縦断面をさらに縦に2等分にした形の板8枚を、中心から放射状に広がるような形でこていします。それぞれの板の外側の縁には5mmほどの間隔で切れ目が何十個も入っています。次に、この切れ目を水平に繋ぐように糸が回され、全体としては何十本もの水平の糸で包まれたような、上下がすぼまった8角柱のような形になります。この糸は紙の撚り糸のようですが、かなり丈夫で弾力もありそうです。次にこの糸の上に、8角柱の各面ごとに和紙を張ってゆきます。その和紙には絵も描かれていて、つなぎ目でそれがきっちり合うように張られているようです。最後に、固定をはずして中に入っている板を取り出すと上下にスムーズに伸縮する提燈の枠の完成です。伝統的な技法には本当に感心します。
 その後、いろいろな提燈にも手袋を付けて触りました。手袋をするとやはり材質までは分からなくなってしまいますが、現代の提燈もふくめいろいろな形のものに触れました。
 
●郡上八幡の藍染め(渡辺染物店)
 ここでも藍染めの工程を少し知ることができました。とくに私が関心をもったのは、紋様の描き方です。まず餅糊で輪郭や紋様を描きます。糊が乾燥してから、何度も藍甕に浸して染めたり、大豆の絞り汁に交ぜた顔料で染色します。その後で流水で丁寧に糊を洗い落とすと、糊の部分(輪郭や紋様の部分)が染まらない白い状態で残ります。このような方法で作った大きな鯉幟にも触りました。(藍染めの工程については、渡辺染物店 郡上本染展示館 藍 )がとても参考になりました。)
 このような方法は、例えば見えない人が絵を描いてみる方法として応用できないかなあと、私は考えたりしています。
 
●円空仏(羽島市円空顕彰会)
 私は、3年ほど前になりますが、名古屋市博物館で円空の護法神像に触れたことがあります(仏像へのあこがれ)。その印象はずうっと心に残っていて、今回の文化展で私は円空仏を一番楽しみにしていました。
 予想に違わずというか予想以上で、数十点もの円空仏のレプリカに触れることができました。これは羽島市円空顕彰会の方々が製作したもののようです。この会は多数のレプリカを作っておられ、それは羽島円空資料館に展示してあり、ガイドもしてもらえるようです。機会があればぜひ一度訪れてみたいものです。
 数十点もの円空仏に触れられたのは至極の喜びなのですが、その時は触ってみることに夢中になっていてメモも取らず、今となってはイメージがぼやけたり像の名前との対応がさだかでなくなってしまったものもかなりあります。でも、せっかくですからとにかく書いてみます。
 
 十一面観音(2点):大きな顔の上部の周りに小さな顔が9個(もう一つの像では8個)あり、さらにその上の中央に小さな顔が一つあります。顔はよく整った感じでした。左手に瓶のようなのを持っていました。
 馬頭観音(2点):普通の顔の上に馬の顔が載っています。一つの像ではなかなかそれが馬の顔だとは分かりませんでした。
 羊龍観音:普通の顔の上に、角が2本後ろにぎゅうっと曲った形の羊の顔が載っています。さらにまた、体の前で左手で大きな羊の顔を持っています。なんとも不思議な感覚を覚えました。
 聖観音(3点):やはり顔はきれいに感じました。顔の上には大きな冠があり、その形はそれぞれ異なっていました。斜めに渦を巻くような感じの冠が印象に残っています。
 護法神(3点):いずれも髪は逆立っていましたが、顔は怒っている感じのものや笑っている感じのものなど、いろいろでした。護法神といえば私は怒っている顔を想像してしまいますが、こんなに自在に顔の表情を彫っておられるのだなと思いました。
 龍頭薬師:これは私が思っている薬師如来などとはまったく違う印象でした。頭の周りになにか縄のようなのが巻いています。これが龍のようです。左肩の上当たりにその龍の口のようなのがありました。手には薬壺のようなのを持ってはいます。
 尼僧:頭から背にかけて頭巾のようなのがかかっています。顎が前にかなり突き出ていて、顔はわずかに下向き加減のようです。体の前のほうは、三角柱の前の辺が何段も切り込まれたような形になっていて何だろうと思いましたが、両手を合わせそこから衣が垂れている様子を表わしているのだろうということでした。
 宇賀神:これは初めて聞いた名前でした。体の両側にぼこぼこと出っ張っていて、何を表わしているのかよく分かりませんでしたが、蛇が体に巻き付いているのではないかとのこと、なるほどトグロヲを巻いている様子なのかと納得しました。大辞泉では宇賀神は「古来、人間に福徳をもたらすと考えられている福の神たちの総称。食物神・農業神ともされる。幸福・利益・知恵・財力の神とされている弁財天と同一視されることが多い。」となっています。これもあちこちに見られる蛇信仰の一つなのでしょうか。
 子安大明神:胸の前で赤ちゃんを抱きかかえていました。子育ての神らしいですね。全体に体がふっくらした印象でした。
 不動明王:髪を逆立て、目を吊り上げて大きく見開き、両口端もぎゅっと斜め上に広げていて、確かに憤怒の相なのだなと思いました。右手には剣のようなのを持ち、両足は直角以上に開いて踏みとどまっている感じです。
 大黒天:左手で袋を抱え、右手で木槌を持ち、二つの丸い台のようなもの(米俵だそうです)の上に立っています。大黒天も丁寧に触るのは初めてでした。
 布袋:体の左側に大きな袋を下げているようです。確かにお腹が大きく前に出ていて、右手を右横腹に当てています。
 その他、愛染明王、雨宝童子、柿本人麻呂や聖徳太子などにも触れましたが、もうはっきりしたイメージは記憶に残っていません。また、鬚の垂れている像や、細身の体で膝を少し曲げ背を反らして上を向いているような像などのイメージはありますが、その名前はもう忘れてしまいました。
 これまで紹介した像はいずれも高さ20cm余から50〜60cmくらいまでの大き目の、触って分かりやすいものでしたが、10cmくらいの小さな像もかなりありました。触っては分かりにくいので丁寧には触りませんでした。
 とにかく様々な大きさ・形の像がありました。しかしやはり、そこには、定型的な形にとらわれない自由奔放さ、荒々しさとやさしさといった、以前名古屋市博物館で円空仏を触った時に感じたのと同じような特徴を感じ取ることができました。
 
 さらに、円空仏を実際に彫ってみる体験もしました。これにはつい熱中してしまい、1時間以上はしていたと思います。職人さんが一生懸命指導してくれました。
 まず、長さ十数センチの三角柱に断ち割ったような木片が与えられます。それにはあらかじめ数箇所、手がかりとなる切れ込みが入っていて、その切れ込みに向って足や手の形を削って行きます。そして最後に顔です。これは2、3cmくらいの範囲に目、鼻、口、顎を刻んでいかなければならないので、先生にその位置にしっかり彫刻刀の刃を置いてもらってからぎゅっと力を入れて彫り込み、なんとかそれらしくなったようです。その後は、もっと細い小さな木片を使って、ちょっと雰囲気の違う像を彫ってみました。できることならば、切れ味の良い彫刻刀を買って、自宅でもしてみたいものです。それにしても、直線的な彫り方で思い通りの形にするのはかなり難しいこともよく分かりました。直線的に大きくざっくり彫ることはとても難しくて、どうしても細かく何回にも分けて彫ってしまいますし、そうするとつい曲面になってしまいがちです。曲面の滑らかなのもいいですが、直線や平面の組み合わせで思いの入った形を表現できる、そういう技術と作品にあこがれます。
 
●薬草(岐阜薬科大学)
 ここでは、植物由来のいろいろな生薬を体感しました。触ったり匂を嗅いだりするだけでなく、いくつかは噛んでみたりもしました。
 まず、香りのある生薬として、次のようなのがありました。(以下の記述は、生薬の玉手箱なども参考にしました。)
 モッコウ(木香):カシミール地方からネパール原産のキク科の植物の根で、芳香性健胃薬、薫香料として使われるそうです。原植物は、ワシントン条約で商業取引が禁止されている絶滅危惧種だそうです。
 シンイ(辛夷):コブシやタムシバなどモクレン科植物の蕾だとのことです。触ってみると、本当にしなびた蕾のような感じでした。
 ジンコウ(沈香):ジンチョウゲ科の植物で、その樹脂が沈着した材が生薬となります。触ってみると、その辺にあるような木の枝で、ちょっと滑らかな感じです。いい匂がしました。良質の物はキャラ(伽羅)と呼ばれるそうです。この植物もワシントン条約で保護されているとか。
 ケイヒ(桂皮):クスノキ科の植物の乾皮だそうです。嗅いでみると、私の好きな匂でした。シナモンと類似のようです。
 カンゾウ(甘草):砂漠に生えるマメ科植物の根およびストロン(匍匐枝)だそうです。多くの漢方薬に使われていますね。
 チョウジ(丁子):フトモモ科の植物で、その蕾を乾燥させたものだそうです。丁子は、いろいろな料理にも使われていますし、クローブとしてケーキなどにも使いますね。
 サンショウ(山椒):ミカン科の植物で、その果実は香辛料としてひろく使われています。また、実や若芽は、私の好きなちりめん山椒や山椒昆布などいろいろ使われていますね。
 カショウ(花椒):中国で使用される山椒の仲間で、日本のものより油が多く辛味がつよいそうです。
 ハッカク(八角。大茴香):シキミ科の植物で、果実は中華料理には欠かせない香辛料です。なお、インフルエンザの治療薬タミフルは、八角の成分シキミ酸を原料に作られたとのことです。ところで、「八角」という名前ですが、果実が8個の袋果からなる集合果で、八角形の星形をしているので、そう呼ばれているとのことです。
 ウイキョウ(茴香):セリ科の植物の果実です。フェンネルとして、いろいろな料理に使われているそうです。
 カミツレ:カモミールとしてもよく知られているものです。キク科の植物で、花を乾燥させたものです。カモミールのハーブティーはいいですね。リラックス効果があるとか。
 
 次に、「苦い生薬」として、オウバク(黄柏)が紹介されました。黄柏は、キハダ(黄蘗)というミカン科の植物のコルク化した部分を除いた樹皮だとのことです。実際に噛んでみると、たいして苦くはなく私はかえって甘味を感じました。苦いほうが良質だとのことですので、これはあまり良品とはいえないのかもしれません。  黄柏はまた、黄色染料としても使用され、黄柏で染めた紙には虫がつかないので、長期間保存する必要がある経典や戸籍帳など重要な書類の染色に使われてきたそうです。
 また、鉢植えで栽培される薬草として、アミガサユリ(その球根からバイモ(貝母)という生薬が得られる)、ハッカ(薄荷)、ステビア、セイヨウニンジンボク(西洋人参木。その果実が薬用やハーブティーに用いられるとのこと)、レモングラスが紹介されていました。ステビアはキク科の多年草で、その葉からは砂糖よりもずっと甘くて低カロリーの成分が取り出され、糖尿病患者の甘味料として、またダイエット食品の甘味として使われているそうです。レモングラスはイネ科の植物で、触ってみると細い稲藁のような感じで、レモンのような匂もしました。その葉からは香料が取れ、タイ料理のスープ・トムヤムクンの主材料にもなっているとのことです。
 薬草の展示・紹介だったわけですが、たんに薬用にとどまらず、料理をはじめ私たちの生活のいろいろな部面にこれらの植物が関わっているらしいことに気付かされ、けっこう面白かったです。
 
●美濃焼き(陶人工房)
 ここにはいろいろな種類の器がありましたが、私が手触りでちょっと気に入ったのは、焼き締めで作られた器です。焼き締めは、高温(1250度くらいとのことです)で焼いた、釉のかかっていない焼き物だとのことです(偶然自然釉がかかることもあるそうです)。触った感じは、かなり硬そうで緻密な感じですが、ちょっとざらついていて、所々やや大き目の粒があったりして、何か良さを感じます。たぶん私の好きな備前焼などとも共通点があるようにも思います。とくに焼き締めの大きな器はとても存在感がありました。
 ここでも、陶器製作の簡単な体験がありました。あらかじめ流水文を付けた粘土板を、底が菱形で側面の4面が台形のような形の型にきっちり押し当ててゆき、余った部分は切り落とすという、簡単な方法でしたが、面白い形の器になりました。
 
 これとは別に、岐阜盲学校の生徒たちが美術の時間に製作した陶芸作品も10点くらい展示されていました。大きな建物のようなもの、独特の動物のようなもの、音をイメージした作品など、力を感じさせる作品が多かったです。
 
●縄文土器や石器(美濃加茂市民ミュージアム)
 縄文土器の破片が多数あり、いろいろな模様に触れることができました。また、川原で拾ったような自然の石と、磨り石やたたき石、漬物の重石など、人の手の加わった石とを比べられるようになっていて、これも面白い試みだと思いました。
 私がとくに興味をもったのは、石器などの材料になっている石です。石器としては、石鏃、ナイフ形石器、石斧などが展示されていました。鏃やナイフの材料は下呂石、数点あった斧の一つは濃飛流紋岩だとのことです。どちらも初めて聞いた名前ということもあり、興味を持ちました。
 下呂石の塊を触った時は、サヌカイトかなと思いました。が、名前を聞いてもう一度よく触ってみると、サヌカイトほどすべすべの部分が少ないようですし、緻密さもすこしないように思います。また、持ってみると、気のせいかもしれませんが、サヌカイトよりちょっと軽いのではと思いました。少し調べてみると、下呂石は下呂温泉街の近くの湯ヶ峰で産するガラス質流紋岩だということです。湯ヶ峰は小さな単成火山で、12万年ほど前に噴火し、その溶岩が固まって出来た流紋岩の一種のようです。割れ口が硬く鋭いので、旧石器時代から石器の材料として使われ、下呂石の石器は飛騨地方を中心に愛知県や石川県などの遺跡からも広く見つかっているそうです。
 石斧の材料である濃飛流紋岩は、岐阜県の4分の1にも及ぶ広範囲に分布する火山岩体で、白亜紀後期から新生代初期(8千万年前から6千万年前)にかけての火山活動によって厚く大規模に積み重なった火砕流など火山噴出物から出来た溶結凝灰岩だそうです(溶結凝灰岩は、火砕流などによって多量の火山噴出物が高温を保ったまま厚く堆積すると、その粒子が互いに溶結し、堆積物自体の重さで押しつぶされて出来る岩石)。濃飛流紋岩はかなり硬そうで、そのため石器にも利用されたのでしょう。
 
 以上で、この文化展で展示されていた物についてほぼ紹介し終えたことになりますが、その他にも、落雁作りの体験、お茶と和菓子を楽しむコーナー、「楮」という地元の創作料理屋さんがもてなしてくれるコーナーなど、本当に多彩な内容でした。なお、文楽の人形も展示される予定でしたが、震災の影響で美術品の運送の手配がつかず、残念ながら取り止めになっていました。
 来年も文化展を開催するということですので、今から楽しみにしています。
 
(2011年4月13日)