乾歴史民俗資料館

上に戻る


 6月18日、和歌山県紀の川市桃山町にある乾(いぬい)歴史民俗資料館に行ってきました。私は自宅から阪急京都線・地下鉄堺筋線で天下茶屋に出、そこから南海高野線で橋本へ、さらにJR和歌山線で打田駅に行き、そこからはタクシーを利用して10分ほどで資料館に着きました。計 3時間余の行程でしたが、とくに打田駅は時間によっては無人になるので、ちょっとひやひやものの旅になりました。
 紀の川市は、2005年に打田町・粉河町・那賀町・桃山町・貴志川町の 5町が合併してできた新しい市です。そのためなのか、市といっても、打田駅周辺もタクシーで通った周辺も、車は通りますが閑散とした感じで、周囲はだいたい山のようです。タクシーで紀ノ川を渡りましたが、運転手さんに聞くと、この当たりは海岸から約 25kmくらいで、下流は私が以前行ったことのある加太付近だとのことで、だいたい位置関係が想像できました。(紀ノ川の源流は奈良県の大台ヶ原山で、上流の奈良県内は吉野川と呼ばれる。)
 資料館に到着すると、辺りでは鳥が囀りのどかな雰囲気です。入口は細い道をずうっと奥に入った所にあって、狭そうな気がしましたが、中に入ってみると展示スペースはかなり広く、多くの展示品が所狭しと並んでいます。
 この資料館は、民間レベルによる文化財の保護と保存を目的として、25年ほど前に任意団体として発足したそうです。乾家は由緒ある名家のようで、そのため貴重な数多くの品を収集し展示できているのだと思います。資料館の代表であり、また来館者を案内し解説などしてくださっている乾さんは、私が来るということで多くの展示ケースの鍵を開けて待ってくれていました。実は乾さんは、網膜色素変性症のため、視力はたぶん0.01前後なのでしょうか、文字を読む時などは顔を物にくっつくほど近付けて見ているようでした。でも、展示ケースの配置や中の展示品の位置を完全に記憶しているのでしょう、次々に私の手を展示品に触れさせながら解説してくれました。
 
 乾歴史民俗資料館の特徴的な展示品は、奈良時代から明治期くらいまでの多くの衣装類です。実物ばかりでなく複製品も多数用意されていて、一部は実際に試着できるようです。とくに鎌倉時代から戦国時代までの甲冑は、たぶん百点くらいはあるでしょうか、見物です。私もいろいろな甲冑やその付属品を次々に触りました。これまで言葉だけは聞いたことはあっても甲冑のどの部分なのかよく分からなかった物、また初めて聞く部分についても、今回の見学でだいぶ分かるようになりました。兜では、眉庇(まびさし。額を被う部分)、鍬形(くわがた。眉庇の上に角のように立っている2本の板)、錏(しころ。首の後ろから左右にかけてを護るためのもの)、吹返し(ふきかえし。両耳辺りにある、後ろに曲がった飾りのようなもの)などです。鍬形や吹返しは、初めは大きく豪華な感じですが、戦国時代ころには実用性のためなのかかなり小さくなっています。また鎧では、大袖(おおそで。鎧の肩の部分から垂れていて、幅が広く大きい)、草摺(くさずり。胴の下部から垂れていて、下腹部から大腿部にかけてを護る)などです。衣装類では、冠や烏帽子もいろいろな種類のものを触りました。烏帽子は、初期のものは上に高く細く伸びた形ですが、後には上の部分を折りたたんだような格好のもの(風折)もありました。またその材料は、初めは袋状の布に漆を塗って固めたものですが、後には紙を漆で塗り固めたものになっています(触った感じはなんかプラスチックのようで、乾さんはこれも「乾漆」と言っていました)。冠では、奈良時代の貴族が使ったものや、明治期の皇后様が使ったというものまで触りました。衣装類としては、日本のものばかりでなく、イギリスの軍服や正装もありました。
 衣装類のほかにも、いろいろ触りました。とくに印象に残っているのは、戦争に関係した品々です。以下に紹介してみます。
鎖帷子と鎖頭巾:いずれも全面に鎖が綴じ付けられていて、自在に形が変ります。私は鎖頭巾を被ってみました。
鎖鎌:鎌の柄に長い鎖が付いていてさらにその先に鉄の重りが付いています。鉄の重りを投げて相手の武器に絡ませ、鎖を引っ張って鎌で切ったとか。
火縄銃:口径1.4cmで長さ1mくらいのものと、口径1.6cmで長さ60cmくらいのものに触りました。着火の仕組を説明してもらい「火蓋を切る」が実際にどういうことかが理解できました。
ガトリング砲のミニチュア:歯車のようなのを手でかちかちと回すと、それに応じていくつかの銃身を束ねた先の部分が回転し、連続して発射できるようになっているようです。日本でも戊辰戦争で使われたもので、私は何度も本で読んでそれなりに想像していましたが、今回初めてその構造をよく知ることができました。
機銃弾:7mmと20mmの機銃弾がありました。ともに先が円錐形に尖っていて、とくに20mm弾はずっしりと重くその破壊力のすごさを感じさせられました。
 その他、弓、矢、矢を入れて背に負う「空穂」という細長い入れ物、鉄扇(骨の部分が鉄)や軍配(これは乾漆だとのことです)、陣笠や陣太鼓、法螺貝、幕末?の車輪つきのポンド砲などにも触れました。戦争関連では召集令状などもあるようでした。
 生活関連の道具もいろいろありました。火を消すのに使われた竜吐水(手で押す小さな物と、足で踏む大きな物に触りました)、延焼を防ぐために家を壊すなどに使う鳶口(カシの木の棒の先に鉄製の鉤を付けたもの)、鞴(手で押したり引いたりするタイプ)、罪人を捕えるのに使ったという刺股や袖搦み、石臼と槌、竈、米俵用の秤、算盤、檜扇(檜の細長い薄板が20枚以上糸で繋がっている)など、いろいろな物に触りました。これらの資料は、小学3年の社会科の「むかしの暮らし」の単元関連ということで、しばしば子供たちの利用もあるということです。
 その他触れる物としては、長さ40cmくらいの朱印船の模型もありました。なお、詳しく説明はしてもらいませんでしたが、この資料館にはまた、明治から昭和までの教科書類や古銭類のコレクションもあります。
 最後に、乾さんに勧められて、駕籠に乗る体験と、甲冑の試着体験をしてみました。
 駕籠は女性用のものだとのことで、幅1m弱、高さ1mくらい、長さ1m20〜30cmくらいの大きさです。回りは茣蓙のようなもので囲まれています。駕籠の上中央には、長さ3mほどの駕籠を担うための太い四角い木の柄が通っています。真ん中の部分が開くようになっていて、そこから中に入って座ってみました。障子窓があって開閉できるようになっており、さらに簾も下がっています。中から外は見えるが、外からは見えないようになっているとのことです。
 私が着てみたのは、室町後期の甲冑で、全部合わせると40kg近くになるとのことです。甲冑の中でもかなり重いものだそうです。まず、それ用の下着を着けます。次に、膝から下に臑当(すねあて)を着け、腕から手にかけては手甲を着けます。臑当や手甲は、細長い鉄の湾曲した板をいくつも連ねたものです。そして、脇の所が開くようになっている、ずっしりと重い鎧を着け、大袖や草摺を調整します。さらに、腰から膝下までを保護する佩盾(はいだて)を、前掛けをするように着けます。頭にはまず鉢巻をしてから、豪華な鍬形や吹返しのある兜を被ります。これで甲冑姿になったわけですが、さらに腰に太刀を着け、左手に短刀を持った所を、写真に撮りました。甲冑を着けると確かに重さは感じますが、歩くのはそんなにたいへんではないですし、40kgの物を背負うことを思えばそんなに重くは感じません。重さを実感したのは、甲冑一式をすべてはずした時で、体全体がすうっと軽くなったような感じがしました。
 
 この資料館で私がまず驚いたのは、視覚障害のある方がこのような資料館の代表をされまた来館者への説明など中心的な役割を果していることです。そして、その資料の豊富さです。衣装類が中心で試着体験がメダマのようですが、「歴史民俗資料館」という名に相応しい資料館でした。
 
(2011年7月7日)