高松訪問記−木型工房、および県立ミュージアムの彫刻の鑑賞会−

上に戻る


 
 9月25日、高松まで高速バスを使って日帰りのミニ旅行をしました。午前は木型工房有限会社市原(木型展示資料室)、午後は香川県立ミュージアムで楽しみました。
 朝7時過ぎ阪急梅田から高速バスに乗り、10時半ころ栗林公園に到着、そこからタクシーを利用、 5分余で木型工房市原に着きました。
 木型というのは、あの昔なつかしい落雁や生菓子など和菓子の型に使われた木型のことです。小さいころ、親が振舞い事に出かけると、鯛や海老などの形をした生菓子や落雁などを持ち帰ってくれ、そのお菓子類を形を触りながら兄姉などと分け合って少しずつ食べたものです。最近妹が昔の木型を骨董屋でいくつか見つけ、鯉や蓮の花などの木型が私の手元にもあります。この木型、今では作る職人さんがほとんどいなくなってしまったようですが、そんな状況のなか、市原さんは木型職人として、2004年厚生労働大臣より卓越技能章「現代の名工」を授与され、さらに2006年には黄綬褒章を受賞されたという方です(市原さんがこんなにも評価されている方だとは、帰ってからネットで調べて初めて知りました)。
 まず市原さんにショールームを案内してもらいました。机の上には、長さ20cmほど、幅5cmくらいの細長い上下2枚に分かれた木の板に、同じ物が3個ずつ彫られた木型がたくさん並んでいます(一般の人たちに売っているのは一つの木型に3個ずつですが、業務用は5個ずつだとのことです)。鮎、鶴、蝶、亀、葡萄、楓、菊などいろいろあります。ちょっと触っただけでは分かりにくいので、もう少し大きい物もいろいろ見せてもらいました。大きい物は実際に菓子を作るのに使うというよりも飾り・ディスプレイ用としてよく購入されるそうです。先ほどの小さな蝶や鮎、亀、菊などの形をそのまま大きくしたようなのもありましたし、いろいろな形の鯛、鯉、海老、枇杷、蓮など、これまたいろいろありました。その中に薔薇の花の形があって、これは触っても分かりやすくとてもきれいなので、つい買ってしまいました。
 その後、工房に行き、彫刻刀など工具類を見せてもらいました。数十種類のいろいろな大きさ・形の彫刻刀が一部積み重なって並んでいます。刃の部分がかなり厚いのもありました。木型の材料はすべて桜材だとのことなので、その硬い桜材を彫るためでしょうか。私がとくに良いなあと思ったのは、細く深い溝(たぶん幅1mmくらいで2、3mmの深さ)を彫れそうな丸刀です。こういうのがあると、確かに木型のあの細かい鮮明な形・模様ができそうな気がします。その他にも、電動の糸鋸やドリルなどもありました。
 そして最後に体験室に行きました。和三盆を木型に詰めて小さな菓子を作る体験です。(和三盆はサトウキビの搾り汁を煮つめてつくった砂糖で、塩・綿とともに、讃岐三白と呼ばれた特産品の一つだそうです。ほのかな香りもして好いです。)教えてくださったのは、きれいな声のとても明るい感じの方、後で聞いてみると市原さんのお嬢さんだとのことでした。まず60gの和三盆をボウルに入れます。それを霧吹きで湿らせながら指で細かく混ぜます。その細かくなった和三盆を篩に入れ裏漉しします。裏漉しはちょっと難しくて手伝ってももらいました。そしてそのふわあっとした感じになった和三盆を木型に詰めて行きます。私は、菊、葡萄、楓、栗の4種の木型に詰めました。その後、まず上の木型をはずし、さらに下の木型もひっくり返して菓子を取り出し、完成です。1種の木型につき3個ですので、計12個の小さな和三盆の菓子ができました。私はさらに、買うことにしていた薔薇の型を使って、練り切りの体験もさせてもらいました。漉し餡を求肥で包み丸くして、それを型の中央部に軽く押し当てるとかわいい薔薇の花の模様ができました。最後に抹茶を入れてもらい、今作ったばかりの練り切りをいただきました。和三盆の菓子のほうは持ち帰り、家族にもとても好評でした。形もしっかりできていて一見硬そうですが、口に入れるとゆっくり溶けるようにおいしさが口中にひろがってきます。伝統の味と技にふれることができました。
 
 12時半ころ木型工房を出て、タクシーで香川県立ミュージアムに迎いました。同ミュージアムでは、10月10日まで「語りかける彫刻 速水史朗展」が開催されており、その関連で企画された視覚障害者対象の「みる みる 手でみる 鑑賞会」に参加するためです。(香川県立ミュージアムは、2008年に香川県立文化会館と香川県立歴史博物館が統合して発足した、歴史・文化・美術の総合ミュージアムです。)
 鑑賞会には、私もふくめ視覚障害者が6人参加、それぞれにミュージアムボランティアが付き添い、学芸員のKさんの案内で行われました。作家の速水史朗さん、そして奥様も来られていて、適宜説明してくれたり声をかけたりしてくれました。速水史朗さんは香川県多度津町生まれで、地元ではかなり有名な彫刻家のようで、木型工房のお嬢さんもよく知っていました。主に石を素材とした抽象的な作品が多いようです。速水さんは80代半ば、奥様はさらに年上のようですが、とてもパワフルでそしてやさしい方、参加者みなが元気をもらっていたようです。
 まず、1階のロビー?で「川のある風景」という巨大な作品。厚さ10cmくらい、幅50cmから1mくらい、長さ20m近くもある細長く平たい石が床にうねうねと伸びています。アフリカ産の黒花崗岩だとのことです。表面はつるつるに磨かれていて、私はそれに手を付けながら最初から最後までたどってみました。たどるのはたいへんでしたが、とても心地良かったです。途中にいくつかつなぎ目があって、いくつか石をくっつけて一つの作品にしていることが分かります。それにしても、石をいくつもくっつけて、こんな風に川をイメージした作品にするとはすごいと思いました(この川は、四国三郎とも呼ばれる吉野川をイメージしているとか)。
 その後 2階に移動し、速水史朗展会場でいくつか作品に触れました。まず、「海の形」。これは、長さ1m弱、幅40cm強、厚さ20cmほどの直方体の石たちが5個ずつ4列(計20個)寝ているかのように床に配置されています。そして、いずれもその上面はつるつるで、石それぞれに内側に向っていろいろな形が彫り込まれています。にゅっと突き出していたり、膝をそろえて折ったような形だったり、互いに向い合った人が向い合せで脚を伸ばしているような形だったり、…いろいろです。中には、巻貝の形などが陰の形(雌型)に彫られたのもあって面白いです。この石たち、実は40年ほど前に多度津港に放置されていた花崗岩(堤防用に使われていたものらしい)を縦半分に切断して作った作品だとのことです。さて、この20個の石たち、全体としてはどのように見えるのでしょうか。いろいろな池のように見えるかもしれませんし、いくつも点在する海と小島のように見えるかもしれません。だれかが瀬戸内海をイメージしているのではと言っていました。
 次は、地元の瓦粘土を使って製作したという「土の形」。直径40〜50cmくらい、高さ30〜40cmほどの、丸餅を大きくしたような形の作品が十個以上は並んでいます。ちょうど座り心地が良さそうなので、座りながら触ってみます。全体にさらさらっとした手触りですが、上面のちょうど座る部分がつるつるしたのもいくつかあります。磨いたためなのか漆など塗ったためなのか触ってはよく分かりませんでしたが、なかなか面白い手触りの対照です。形は、大まかには丸なのですが、ゆるやかに窪んだ曲面やふわあっと盛り上がった曲面もそれぞれにあったりで、楽しめます。さらに、作品の横をちょっと指で軽くたたいてみると、中が空洞になっているためなのでしょう、それぞれ異なった音がします。高い音・低い音、すんだ音・くぐもった音などいろいろで、なにか楽器にもなりそうと思うほどです。
 今度は、今までの石や瓦の作品とはまったく異なった肥松の作品。肥松とは、松脂の多く出る松材のことで、表面に松脂が滲み出してきて次第に艶が出てくるものだそうです(昔は松明など灯火に使ったりもしたそうです)。まず「祈りの形」という作品。高さ180cmくらいで人の背丈くらいあり、幅40cmくらい、厚さ7、8cmほどで、すうっと立っている感じです。2枚の薄い幅広の松材が張り合わせられていて、その平べったい表面も、両横のカーブもきれいな曲面・曲線になっています。触った感じはとてもつるつるで、なかなかいいです(この作品の下から5、6cmくらいまでは、木を垂直に切ったままのようなさらさらの手触りで、その上の手触りとはまったく異なっていました)。名前ははっきりしませんが、切株を10cmくらいの厚さで切りその真ん中に四角い穴を空けたものを、二つ少しずらして合わせたような面白い作品がありました。次に、「巡礼」という作品。これは、一方の面はきれいに整えられた曲面、他方の面は縦に切り割ったままの面になっていて、そういう物がいくつか並んでいます。切り割ったままの面も松脂のためなのでしょう、普通の切り口のようにささくれ立ったりせず、とても良い手触りです。こういういくつもの松を本当に巡っているような感じになりました。
 また、「Encounter 2011」という石の作品。これは、一辺が20cmくらいの立方体(各面は少しずつ盛り上がった曲面になっている)をいくつもくっつけた作品です。黒と白の立方体が交互に並んでいて、あるものは真っ直ぐ並び、あるものはうねえっと少しカーブしています。もう一つは、「水の形」という作品。これは、高さ150cmくらい、幅1mくらいの楕円形の中ほどがちょっと窪んだような形の薄い石盤と、これより一回り小さい高さ1mくらいの石盤が互いに寄り添い支えあうように立っています。形は雫をイメージしているようですが、大きさの異なる、一つでは立っていられないような石盤が二つで支え合ってようやく立っているようで、なにか親子など人の支え合いを連想しました。
 最後に、名前は忘れましたが、130cmくらいから170cmくらいまでの薄い平べったい石が、2列に5本ずつ並んでいる作品がありました。2列の間に入ると、ちょうど両腕を外にを伸ばすと両側の作品に手が届き、触りながら順に5本をたどって触ることができます。途中で石を抱くようにしたりしながら、歩いてみました。
 
 鑑賞会は 3時過ぎに終わり、私ともう1人の参加者は常設展示の歴史部門を、原始から近代まで、ざっと案内してもらいました。実際に触れられたのは、高さ30cm余の銅鐸のレプリカ(四区袈裟襷文だったと思う)くらいで、その他白峯寺(坂出市青海町)の十三重塔や丸亀港にある太助灯籠の実物大のレプリカの下の部分にちょっと触ったりしたくらいでした。近現代の展示では「二十四のひとみ」の教室が再現されていて、中に入って小さな机や椅子、オルガンなどに触ったりできて、ちょっと懐かしさを感じました。
 
 今回の高松行きは、案内してくれた人たちやいっしょに鑑賞した人たちとの交流もあり、なにか心和む旅でした。木型工房の皆様、県立ミュージアムのスタッフやボランティアの皆様、そして速水先生と奥様、ありがとうございました。
 
(2011年10月4日)