3月4日、京都にある
樂美術館に行きました。私は茶の湯や茶道といったことにはまったく経験も知識もないのですが、この美術館では定期的に手で触れる鑑賞会や茶会をしていて、一度参加してみたいと思っていました。なかなか人気の企画のようで、私たちはようやく1ヶ月ほど前に、3月4日2時半開催の「手にふれる樂茶碗鑑賞会」を予約できました。
四条烏丸から、美術館のある油小路中立売まで、小雨のなか、途中昼食をとったりしながら歩いて行きました。私にはぜんぜん分かりませんが、いい感じの町屋風の建物のようです。(帰りに樂家のほうに回ってみると、玄関の格子戸の中に、本阿弥光悦の筆と伝えられる「樂焼おちゃわん屋」と書かれた暖簾がみえるそうです。)
鑑賞会まではだいぶ時間があったので、まず館内をざっと見て回りました。茶碗類だけでなく、いろいろな種類の香合やお皿や花器類なども展示されているようです。私は触れられませんが、それぞれに特徴があり、満足して見ているようでした。その後、樂焼の製作過程などを説明したビデオを聞きました。これは、予備知識として役立ちました。
鑑賞会は茶室で始まるのですが、そこに行くためにまず草履のようなものに履き替え、いくつも小さな庭石のようなものの上を歩き、さらに躙り口という、高さ60cmくらいの小さな入口を潜って茶室に入ります。茶室はたぶん4条くらいの広さですが、そこに鑑賞会参加者十数人と係の人が入るのですから、かなり詰め詰めの状態です。その日は雨模様ということもあって、中はかなり暗いようです。そこに正座して、学芸員の話を聞きながら床の間やお茶の道具などを見ているようです。床の間には、三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)家元合筆「雪月花」と花入れが掛かっているとのことです。その他、いくつか茶碗類や棗、茶杓などの道具類があり、また40cm四方ほどの囲炉裏が切られていて、その中に「翫土軒」という釜がすっぽり収まっていました(これにはちょっと触ってみました。蓋はつるつるしていて、その他の部分はさらさらっとした感じでした)。
その後、 6条余の広間に移って、学芸員の詳しい話を聞きながら、実際に樂茶碗の手で触れての鑑賞です。
樂茶碗の感触などについては後で書くことにして、まず樂焼について、ビデオの解説や学芸員の話をもとに、私なりに少し書いてみます。というのも、樂焼は、私がこれまで聞き知ってきた焼物とはかなり違った、独特の焼物のようだからです。
まず、樂茶碗は、轆轤を使わず、すべて手捏ね(手作り)で作られるそうです。粘土を平たくして、それを両手で包むようにして形を作ります。生乾きになってから、内側をへらで削っていって薄くして(全体の7割くらいを削るとのことです)、形を整えます。その後素焼きし、釉薬をかけ、本焼きすることになります。
黒樂の場合は、釉薬を30数回、筆で塗っては乾かし、を繰り返すそうです。赤樂の場合は、透明釉を1、2回かけるだけで、赤樂の色は、鉄分を含んだ土の色だとのことです。
焼成のための燃料は、普通は薪ですが、窯が町中の住宅街にあるため、煙が出ないように、薪ではなく炭を使うとのことです。窯も、黒樂の場合は一度に1個、赤樂の場合は一度に数個焼ける小さなもののようです。黒樂を焼くには、鞴や炭日を継続して動かしたり管理するために十数人の手伝いの人が必要で、年に2回だけ、1回20時間連続して作業が行われるそうです。鞴を代わる代わる動かして1200度以上の高温で焼くとのことです。
現在の樂焼に使う土は、90年前の物、12代が見つけた土だそうです。ということは、当代は3世代くらい先の子孫のために適当な土を探しておかなければならないことになります。しかし、釉薬のほうは1代限りということになっていて、それぞれの代で独自の物が使われるそうです。現在黒樂に使っている釉薬は、加茂川の上流のほうで見つかる黒っぽい石をハンマーで砕き臼で磨り、さらにいろいろな物と混ぜて作っているとか。
今回の鑑賞会では、ともに当代・15代樂 吉左衞門作の黒樂茶碗「浣花渓」と赤樂茶碗「花仙」の2点に触れました。学芸員の話を聞きながら、黒樂・赤樂の順で、ゆっくり触りながら、回して行きます。
黒樂茶碗は、直径も高さも10cm余の円筒形で、ほぼ垂直な側面の真ん中当たりがぐるうっと少し窪んでいます。私は高温で焼いているのでかなり硬質かなと思っていましたが、触ってみるとびっくりするほどやわらかい感じです。手触りは全体にさらあっとした感じで、よく触ってみると、中のなにか硬い物をやわらかい物でコーティングしているようにも感じられます。後で思い出したのですが、何十回も塗るという津軽塗りの感じと似ているような気がしました。ところどころ、すべーっとした部分もあって、これは幕釉と呼ばれる部分のようです。触ってはっきりとは分かりませんが、縁から流れ落ちるような感じになっているとか。黒樂茶碗を持った感じはややどっしりとした感じです。これは1990年制作ということです(襲名当時は、手伝いの人が集めにくく、主に赤樂を焼いていたとか)。
赤樂茶碗は、大きさは黒樂とだいたい同じですが、底のほうが狭く、縁のほうが広がっています。触った感じは全体につるうっとした感じです。黒樂に比べてこの赤樂は厚さがとても薄くて、たぶん5mmくらいだと思います。これだけ大きな物をこの厚さに手作りで仕上げるのはかなり難しいように思います。茶碗の内側の面には、ぐるうっとなにか盛り上がりのようなのがうねって一周しています。茶碗を置いてみると、高台がほとんど隠れてしまいます。高台の部分は、触って独特の感じがします。この赤樂は、1983年制作ということです。14代覚入が1980年に急逝し、翌年15代吉左衞門襲名、その2年後初個展に出品した作品のようです。
手で触れられたのは 2点だけですが、落着いた雰囲気の中でゆっくり触れられたのはとても良かったです。鑑賞会は毎月行われていて、その都度別の茶碗に触れられるとのことです。もう数回は行って、各代の個性と伝統を触って感じたいものです。
(2012年3月16日)