ガレの森美術館――ガラスの美にふれる

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 私は、ガラスの作品も好きです。手触りも形も変化に富み、これまでにもたまに、現代作家の作品や、伝統的なガラス工芸品を触ったことがあります。ガレやラリックの作品にもあこがれてはいますが、古美術を扱っている店のショールームで何点か触れたことがあるくらいです。
 ガラス作品を展示している美術館はけっこうありますが、ショップで販売している物は触ることができても、展示してある作品については触れては鑑賞できないというのが実状です。そんななか、今回(5月21日、月曜日)鳴門市にあるガレの森美術館を訪れ、館長さんのはからいで一部の名品に触れ鑑賞することができました。見えない人たちについては、あらかじめ連絡して調整がつけば、館長さんの案内で私の場合と同じように触れて鑑賞してもらえるとのことです。
 大阪からは、高速バスで約2時間、高速鳴門でバスを降り、そこからタクシーで10分足らずの所でした。以下に、私が触って鑑賞することのできた作品について紹介します。これらの作品は、ガレ(Emile Galle: 1846〜1904年)自身の作品というより、ガレのデザインを基に、あるいはガレの芸術性を受け継いで、1930年ころまで生産を続けていたガレ工房の作品と言ったほうが良いようです。
 
●湖水風景文花器
 高さ40cmくらい、直径15cmくらいもある大きな物で、持ってみるとかなり重かったです。表面はいろいろ手触りの違いがあり、一部少し浮出しのようになっている部分もあります。
 「多層乗せエッチング」という技法で、5層になっているようです。空(グレー味の白)、湖(薄い水色)、山(ブルー)、木(グリーン)の形が、手触りや高さの違いで分かります。花器の手前のほうでは、山が低くてその両側に湖のつるうっとした面がはっきり分かります。そして山と湖の上にはさらあっとした空が広がっています。空の上のほうは、ごく小さなつぶつぶが並んだようなさらさらの感じになっていて、これはぐるうっと輪のように花器の上の部分を取り巻いています。この部分は、ガレに特有な黄色だとか。
 花器の向こう側のほうでは、山がどんどん高くなっていて、大きな木が花器の上縁近くまで伸びています。鬱蒼とした森のようかもしれません。なにか、絵を触っているような感じです。これも一つの「触る絵画」かもと思ったほどです。
 ガレの作品では多くエッチングの方法が使われていますが、この方法によって美妙な曲面が表されているようです。この作品の場合は5層になっている訳ですが、単純にそれぞれの形の薄いガラスが重ねられているのではありません。それぞれの層のガラスを被せた後で、形に合わせてフッ化水素酸などの薬品を付けてガラスを腐食して形を出していくので、ある所はクリアなエッジになったり、ある所は滑かな曲面になったりしているようです。
 
●オリーブ文花器
 これも大きな作品で、高さ50cm弱、直径10cm余の細長い形です。持ってみると上の花器よりもずっしりと重いです。そして何よりも、小さな卵を縦半分にしたような形の幾つものぼこぼこが目立ちます。これはいったい何だろうと想像はつきませんでしたが、オリーブの実だとのこと(私の知っているオリーブの実よりははるかに大きいです。)
 よく触ってみると、花器の上縁から枝が垂れ下がるようになっていて、その先にサラアーとした手触りの大きなオリーブの実(長さ3〜4cm、幅2〜3cm、高さも1cmくらいはある)はたくさん付いています。地は黄色で、オリーブの実はブルーだそうです。このオリーブの実ですが、スフレ技法で作られていて、中は空洞になっているとのことです。「スフレ」といえば、あのふわあーとした感じの焼き菓子のようなのを思いますが、スフレ(souffle)はフランス語の「吹く」という意味の souffler に由来する語(過去分詞)で、型吹きと同様、型に合わせてガラスを膨らませて作る方法のようです。触感としては、今回触った作品の中で一番印象深い一品です。
 
●エナメル彩
 大きさは、高さ30cm弱、直径20cm弱のちょっとずんぐりした感じのものです。あちこちにつるうっとした線や模様みたいなのがあって、その部分が赤・青・紫のエナメル彩になっているそうです。また、直径1mmくらいの浮出しの点(まるで点字のようです)を連続して連ねた線が花器の全面に大きく走っています。これは水色で、詳しいことは分かりませんが筆で1点1点付けているとのことです。さらに、花器の上の方の肩に当たる部分には、つるうっとした線で小さな同じような模様が一周するようにたくさん描かれています。これはツルだとのことです。
 表面は透明なようで、エッチングで模様のようなのが施されています。残念ながら、全体としてどんな絵になっているのかはよくは分かりませんでした。
 
●アサンカン文花器
 これはドーム作だとのことです。高さは10cmくらいで、底面は円いですが、上のほうは両横に広がった、ちょっと変った形です。
 内側の面はつるつるしていて、表面はさらさらとした手触りです。所々つるっとした感じで、エナメルで赤い花やブルーの草木や枝が描かれているようです。「アサンカン」とはどんな花なのかまったく知りませんでしたが、チュラビンカ(これも私は初めて聞きました)とよく似ていて、雰囲気としては朝顔の花が赤いものを想像してもらえばいいでしょうということでした。
 
●朝顔文花器
 これは、ガレの最初期の作品(1870年ころ?)だとのことです。大きさは上のドームの作品と同じくらいで、高さも直径も10cmくらいで、底面は円く、上縁はほぼ正6角形になっています。
 全体にさらさらないしざらざらした手触りで、内側の面もさらさらで、つるつるした面はないようです。見ても透明な部分はないようです。エッチングで朝顔の枝や花のようなのが描かれています。花は薄い紫だとのことです。
 
●ブドウ文花器
 大きさは高さ15cmくらい、直径10cmくらいです。まず触ってびっくりしたのは、あちこちに直径5mmくらいの玉のようなのが表面にくっついていることです。その玉はとてもつるつるしていて、なんかか弱そうでついそうっと触ってしまいます。そして中はちょっと空洞になっているのでしょうか、多くの玉の中には金箔が見えているそうです(一部の玉には紫が見えているとか)。このたくさんある玉は葡萄の実だとのこと、3〜6個くらいが一まとまりになってあちらこちらに分布しています。これらの玉もスフレ法で作られているようです。
 花器の下の方には、太い筋のような盛り上がりがあって、これは葡萄の太い枝のようです。そしてそこからとても細かい蔓が無数に伸びているようです。この細かい模様は、アシッドカメオ彫りだとのことです。この手法についてはよくは分かりませんが、数層色ガラスを重ね、まず上からタールで真っ黒にベースを塗り固めます。そのタールを、原画に合わせて削りながら絵を描き、それを酸に浸けると、タールの無い部分が腐食されて削られます。このような過程を何度も何度も繰り返して、立体感のある、色もグラデーションになった作品が作られるようです。
 
●銀杏文化器
 これも多層乗せ(3層)で、エッチング法だとのことです。地は乳白色で、グレーの濃淡で銀杏の枝葉が上向きに描かれています。
 
●りんご文ランプ
 ランプ類は、地震に備えて展示ケース内にワイヤーでしっかり固定されていて、ケース外に出すことはできません。 1点だけ、展示ケースを開けて、四方から固定された状態でこのランプを触らせてもらいました。
 直径30cmくらいの大きく開いた傘形です。傘の内側の面は全面つるつるしています。ガラスの厚さはたぶん3mmもないでしょうか、かなり薄いです。表面のほうは、手触りはいろいろです。中央の高まった部分から回りに向って、太く盛り上がった枝が伸び、その先に細かく葉や花が描かれています。黄色の地に枝葉がオレンジの濃淡で描かれているようです。
 
【補足】ミュージアムショップ
 1階にはショップがあって、ガレ工房の手法を受け継いでガレ風の作品を作り続けているルーマニア製の TIP Galle の作品も販売されていて、触ることもできます。
 いろいろな大きさのランプがあって、その一つに触ってみました。表面は先ほど触った林檎文ランプなどとほぼ同じ感じでしたが、裏側の面を触ってみると、つるつるの面以外に、かなり広くやや窪んださらさらの面があって、明らかにガレ工房の作品とは違っていました(内側にあるこのさらさらの面は、表面に浮出している模様の部分を重ねて作るために出来たもののようです)。ガラスの厚さも5mmくらいあるようで、ちょっと厚いように感じました。
 またショップには、プリントする手法で作られた大量生産のランプもありましたが、こちらのほうは、プリント部分のエッジが全体に鋭く、ただ形を1段高く貼り付けたという感じで、微妙な曲面などは感じられませんでした。(でも、なんといっても安いので、私は以前この手法で作られたガレ風の花瓶を買ったことはあります。)
 
 ガラス作品は一般には工芸品として扱われていますが、今回の作品たちに触ってみて、工芸品には収まりきれない芸術性を感じ取ることができます。とくに、最初の湖水風景文花器は、まるで絵を見ているような気になるほどの作品でした。日本の焼き物でもそうですが、工芸と芸術・美が一体化した作品になっていることがよく分かります。
 
(2012年5月27日)