鳥取県立博物館のワークショップに参加して――総合博物館の可能性

上に戻る



 6月23日、鳥取県立博物館で「触覚で味わう立体作品」というワークショップが行われました。このワークショップに参加し、また次いでに常設展も案内・解説してもらうために、私は高速バスを使って鳥取まで日帰りで行ってきました。
 鳥取県立博物館は、自然系、歴史・民俗系、美術系を合せたいわゆる総合博物館です。12時過ぎに博物館に到着し、まず自然系と歴史・民俗系の常設展を案内してもらいました。
 
 自然系の展示で触って一番良かったのは、いろいろな種類のウミガメの剥製です。鳥取でなぜカメが、と思ったのですが、これらはいずれも日本海岸に流れ着いたものだそうです。一部は死んだ状態で、一部は弱った状態で、ウミガメばかりでなく、マンボウやダイオウイカをはじめいろんな動物が漂着しているとのことです。(マンボウの剥製は上からいくつも垂れ下がっていて、その一部分にはちょっと触れられました。また、ダイオウイカは、ホルマリン漬けになって、4mくらいのケースに入っていました。足を伸ばすと7mくらいになるそうです。)
 ウミガメは、アオウミガメ、アカウミガメ、オサガメ、ヒメウミガメ、タイマイの5種です。アオウミガメは、大きさは幅60cm弱×長さ80cm弱くらいです。体に比べて頭部がかなり小さいように感じます。背の中央には背骨に相当するように縦に隆起があり、その両側には肋骨に相当するように何枚か甲板が並んでいます。口の上顎には歯のような細かく鋭い突起がいくつもきれいに並んでいます。主に海草を食べるとのことですので、この歯のようなのは海草を噛み切るのに役立っていそうです。脚は鰭のようになっていて、後脚の先の外側には爪のようなのが触って分かります。アカウミガメは、アオウミガメより一回り大きく、とくに頭部が一抱えもあるほどの大きさです。貝類やカニなどを食べるとのことですが、口はぎゅっと前に突き出している感じですがとくに歯のようなのは触っては分かりませんでした。体の左下が、何かに襲われて噛み千切られたのでしょうか、甲羅ごと大きく欠けていました。オサガメは、幅1mくらい、長さ1.5mほどもあるとても大きなカメです。頭部は体の大きさに比べてそんなに大きくありませんでしたが、右側の目の前の辺りに1cmほどの小さな丸い何かが着いていて、それはフジツボだとのことです。背中のほうを触ってみると、直径5cmくらいのフジツボがたくさん着いています。このオサガメのとても長い旅路を感じさせられました。主にクラゲを食べているそうですが、あまり栄養のないクラゲですから、たぶん大量に食べ続けなければならないでしょう。上顎には、ずんぐりした大きな突起が2本ありました。オサガメの背面には何本もの隆起した縦線(側面の線まで入れると7本)が走っていて、背中全体にするうっとした感じで他のカメとは違った手触りです。後で調べてみると、オサガメの背は甲羅ではなく皮膚だとのことです。ヒメウミガメは、幅50cm×長さ60cmくらいで、確かに小さめのカメでした。タイマイは、長さ30cmくらいの、とても小さいかわいい感じのものでしたが、これは子供で、成長すると長さ80cmほどにもなるそうです。各甲板はつるつるした三角形で、それが一部重なっていくつも連なっていて、触ってとても心地よかったです。帰りには、ミュージアムショップで、オサガメとタイマイのフィギュアを記念に買いました。
 この博物館の展示のメダマの一つは、オオサンショウウオのようです。生きているオオサンショウウオが1匹飼育されており、また世界最大級だというオオサンショウウオの標本がケースに入っています。その大きさは140cm余、体重は45kgくらいで、見た目もかなり太っているようです。このオオサンショウウオは一般の人が57年間飼っていたもので、飼い始めた時は長さ50cmくらいで、5〜10歳だったらしいです。ということは、このオオサンショウウオの寿命は60数年ということです。オオサンショウウオの成長は人間とだいたい同じで、10代で生殖できるようになり、70年くらいが寿命だろうとのことです。飼育しているオオサンショウウオは昼間はほとんど動かず、食べ物も10日か2週間に1回15〜20cmほどの魚を1匹食べるくらいだとのこと、何とも節約型の生物のようです。とは言っても、動く物に対しては敏捷に反応するようで、たまに手を噛まれて痛い目に遭うこともあるとのことです。
 その他に、動物の剥製として、イタチ(長さ50cmほど、とてもスマートで、毛もきれい)、タヌキ(冬毛で、毛は密できれい。尾は短い)、キツネ(夏毛で、毛は少なめで短い。尾は長い)がありました。植物のレプリカもいろいろあるようで、私はノボロギクとアザミに触りました。自然に生えていた植物をそのまま型取って作ったものだとのことで、葉の枯れた所や虫食いのような所までそのまま再現されていました。
 地学系の展示では、まずいくつか化石に触りました。高い圧力のために押しつぶされたのでしょうか、平べったくなった木の化石(珪化木。高さ1m余、幅30cm前後、厚さ10cmくらい。一部ガラスのようにつるつるした部分があった)やいくつもの大きなカキが塊状になった化石がありました。また、魚類化石の産地として有名だという鳥取市国府町宮下のサッパ(ママカリ)の化石にも触りました。1700万年前ころの浅い海に堆積した泥岩層だとのことで、厚さ2cmほどの薄いさらさらとした感じの石の表面に、細かい骨の跡のようなのが触ってはっきり分かります。大きさは5cmくらいでしょうか、小魚といった感じです。もう一つ触って驚いたのは、大きな火山弾です。長さ80cmくらい、直径40cmほどもある、まるで砲弾を思わせるような火山弾です。一部に角角とした所はありますが、全体としてはラグビーボールを巨大にしたような、とても整った形です。兵庫県境にある扇ノ山が200万年くらい前に火山活動していた時の物だとのことです。こんなに大きな、たぶん数百キロはある火山弾が飛んで来るのですからすごいですね!その他、鳥取砂丘の風紋の標本もありました。4〜5mくらい続いていて、斜めに幾重もゆるやかな凹凸があります。大部分は細かな砂のようですが、一部に枯れた葉や草のようなのも混じっていました。
 
 歴史系の展示ではあまり触れられる物はありませんでしたが、大きな土器パズルは見物でした。案内の方々といっしょに組立てましたが、出来上がった物は、全体の形が、下のほうが直径50cm以上もある平べったい高坏のような形になっていて、それに大きな壺が乗ったような形です。全体の高さは70cm以上もありました。中に手を入れてみましたが、底は開いていて、何かの実用になったとはとても考えられないようなものです。これは、鳥取市の西桂見(にしかつらみ)墳丘墓から出土した大型脚付壺だということです。弥生時代中期から後期にかけて、山陰地方を中心に、四隅突出型墳丘墓(方形の墳丘の四隅がヒトデのように突き出している)と呼ばれる墓が見られ、西桂見墳丘墓はそのような形式の墓の中でもかなり大きいもののようです。そういう墓から発見されたのですから、この大きな壺はやはり祭祀用なのでしょう。
 もう一つ、ちゃんと触れてみることはできませんでしたが、「投入堂(なげいれどう)」のミニチュアがありました。投入堂は、鳥取県三朝町にある、大山と並ぶ山岳修験の場として知られる、三徳山(みとくさん)三佛寺の奥の院だそうです。この建物は、標高500メートルほどの断崖絶壁の途中にある岩の割れ目の中に作られているそうです。ちょっと触れただけですが、確かにほぼ垂直な岩の途中の穴のような所に木の建物がありました。「投入堂」という名前ですが、役行者(役小角)がこの山の麓で御堂を作って、それを法力によってこの割れ目にすっぽり投げ入れたという伝承に由来しているとのこと、まさに人間業とは思えないような物のようです。(ちなみに、役小角は奈良時代の人ですが、投入堂は実際には平安時代後期の建築のようです。)現在は、急斜面を1時間以上かけていわば命がけで登れば、この投入堂の近くには行けるそうです。
 
 さて、お目当ての「触覚で味わう立体作品」のワークショップですが、午後2時くらいから始りました。定員は10名ということで、参加者は私のほかは、親子連れが4、5組でした。中には、1歳くらいの子ども連れのお母さんもおられ、その子をしばしばあやしながら参加していました。その方は、触ってみることにも美術にもとても興味をもっているようでした。
 このワークショップの案内文では「普段は触れることの出来ない作品を触覚で味わうと新しい発見があるかもしれません」となっていて、とくに見えない人たちを対象としたものではなく、普段は見て鑑賞している一般の人たちに触って鑑賞してもらうことが目的のようです。それを徹底させるためでしょう、すべての作品には見えないように覆いがかけられており、また参加者は、私以外は、皆さん全員アイマスクを着けます。そして学芸員の案内で、1人1人順番に各作品の所まで行き、作品を触ってだけ鑑賞し、最後に覆いをとってみんなで目でも見てみるというものです。
 作品は、いずれも鳥取県ゆかりの作家の次の6点です。(5点はブロンズの像、1点は磁器。)どれも30cmくらいかそれよりも小さい物で、両手で触って分かりやすい大きさのものでした。でも、各作品を1人ずつ順番に触るのですから、最後のほうは十分に触る時間はなくなってきました。
 
吉田大象(たいぞう) 「なを」 吉田さんは鳥取大学で彫刻を指導していた先生だったということです。この作品は、教えていた女子学生をモデルにした顔の像。
石田明(あきら) 「ディレクターS」 頭の右前が禿げ上がっているようで年取った感じ。
長谷川塊記 (タイトルはよく分かりません) カモの立ち姿です。みずかきがよく分かりました。
早川巍一郎 「画家H氏」 顔の像ですが、あちこちがぼこぼこした感じ。
早川巍一郎 (これもタイトルは分かりません) 独特な姿勢の少女の全身の裸像です。右脚1本で立ち、右膝を曲げて、その上に左足を乗せその足に右手を伸ばしています。左手は腰の後ろに当て、上半身はやや斜めに傾けています。顔はとてもかわいい感じです。
前田昭博 「白瓷面取壷」 高さも直径も30cmくらいのずんぐりとした器です。触った感じはつるうっとして陶器のようですが、かるくたたいてみると金属的な音がして硬い磁器のようでした。全体的な形は丸に近いですが、確かに4面がすうっと滑らかに切り落されているようで、とても幾何学的な感じがしました。内側の面にも、外側の面の切り落しの線に対応した線がはっきりと分かります。軟らかさと硬さ、丸の曲面と真っ直ぐな線が同居しているような作品でした。
 
 私にとってはごく普通の鑑賞法でしたし、とくに難しさはありませんでしたが、アイマスクをした皆さんにとっては、ほとんど初めての体験であり、とても緊張しておられたようです。私は皆さんの発する言葉に耳を傾けていましたが、子どもたちはともかく、大人はなかなか言葉にならないようです。顔の像は多くの方々が顔だとは分かっているようでしたが、具体的にどんな顔かとなると、それぞれに異なったことを言っていました。カモは、触って鳥だと分かる人はそんなに多くはありませんでした。とくに少女の全身像は、姿勢が特異なためなのでしょう、ほとんどの方にとっては触っては何だか分からなかったようです。
 ブロンズの像では、やはり触ると凹凸のごつごつした質感が目立ったようです。これにたいして、白磁の壷は、皆さん触ってここち良いと言っていました。ただ、小学生くらいの子どもにとっては、長い時間アイマスクをしているのは苦痛のようですし、また何だかよく分からない物を触っていろいろ観察し続けるのはやはりたいへんなようです。
 今回のような、典型的な美術品を丁寧に触って鑑賞するプログラムは、高校生くらいからでないと長くは続けられないように思いました。小学生など小さい子どもたちをも含んだプログラムとしては、例えば、いろんな貝とか木の実とか、自然の物を使って、自分なりに飾りのようなのを手作りするとか、手を使った作品作りはどうでしょうか。そういう手作業をするなかで、自然に触り方も身につけてもらって、それから美術品の触察もするようにすればと思います。
 また、鳥取県立博物館は自然や歴史などもふくめた総合博物館ですので、触ってみる物としては、美術品に限らず、例えば、土器類、毛皮や骨、竹・木製品、いろいろな木の皮や実など、様々な物が用意できるでしょう。そういう物を使えば、いろいろな触感を楽しみまたいろいろな物の特徴を触って知るような、面白そうなワークショップができそうです。
 
 鳥取県立博物館は初めから総合博物館として計画されたもののようですが、最近は、経費節減のために、いくつかのミュージアムが統合・集約されてやむなく総合博物館のようなかたちになっている博物館もあります。専門に特化したミュージアムの良さももちろんありますが、総合博物館には多くの分野の資料があり、それを様々に組み合わせて使えば、専門的な博物館よりもずっと多くの人を集められるようなプログラムができそうです。今回の訪問では、そんな総合博物館の可能性を大いに感じることができました。
 
(2012年7月11日)