楽しい彫刻展――「桑山賀行と土曜会 手で触れて見る彫刻展」と「日展京都展」

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 12月7日、藤沢市の市民会館で開催されていた「桑山賀行と土曜会 手で触れて見る彫刻展」に行きました。
 この「手で触れて見る彫刻展」は、藤沢市在住の彫刻(木彫)家・桑山賀行(がこう)氏が1992年から毎年開催してきた、いわば由緒ある手で触れて鑑賞する展示会のようです。私は11月末の「点字毎日」氏上でこの展示会について初めて知りました。藤沢市点字図書館が主催していて、桑山先生の作品とともに、先生が主宰する教室・土曜会の生徒さんたちの作品も展示されています。
 会場では点字のパンフレットなども用意されており、また、教室の生徒さんたちが中心になって案内や解説をしてくれます。皆さん毎年繰返し行ってきたことのようで、目の見えない人たちへの対応にも慣れておられるようでした。
 桑山先生は、現在、日展監事および日本彫刻会運営委員をされているとのこと、著名な彫刻家のようです。略歴をみると、1948年生まれ、20代初めに有名な木彫家・澤田政廣に師事・内弟子となり、20代からいろいろな賞を受賞、30代には日展や日彫展の審査員になっておられます。
 当日は桑山先生にお会いすることはできませんでしたが、後で丁寧なお手紙をいただき、また先生の作品が日展京都展でも展示されているということで案内もいただきました。そして、12月23日に、京都市美術館で開催されている日展京都展に行って、先生の作品をはじめ数点の作品も触れて鑑賞することができました。以下、両展覧会での私の鑑賞ノートです。
 

◆目次

桑山賀行と土曜会 手で触れて見る彫刻展
日展京都展

◆桑山賀行と土曜会 手で触れて見る彫刻展

  桑山賀行と土曜会の作品を、当日頂いた点字のパンフレットも参考にしながら、紹介します。(桑山先生の作品は先生の奥様に、生徒さんたちの作品は、主に、各作者に解説してもらいました。)
 まず、桑山先生の作品です。以下の3点でした。
●我が家のソクラテス
 これは、実物大のラブラドール犬です。右側を下にして横たわっています。前脚は左脚を上にして交差させて、顔は前を向いています。大きな耳が垂れています。私の家にもパピヨンがいますが、よく見かけるおだやかな姿勢です。
 今年8月、桑山家の一員だったリタイア犬・アイリスが、突然亡くなりました。アイリスを何時までも覚えていたいと、制作したとのことです。全体に黒っぽくて、少し暗い所で見ると、本当に生きているアイリスがいるのではと思ってしまうそうです。作品名の「ソクラテス」ですが、一番よく判かり考えているのがアイリスだったからとのことです。ラブラドールの木肌を触りながら、桑山家の深い愛情を感じました。
 
●窓:雨宿り
 幅・高さとも50cmほどの作品。窓が外向きに開いていて、その前に男女が仲よく立っています(男は左手を伸ばして女の左肩に手を置いている)。上には庇があって、雨宿りをしているようです。女の人は左手を前に出して、雨が止んだかどうか手で確かめている様子です。ほほえましい雰囲気が伝わってきます。
 雨宿りしている建物の壁を触ってみると、のみ跡なのでしょうか、まるで煉瓦か何かを積み上げて作った壁のような文様に感じます。また、男女が立っている前には、左から右へ、そして右から左へと、ゆるやかな下り道が続いています。どこかの落ち着いた町並が浮んでくるようです。
 
●窓:午後
 大きさは上とほぼ同じくらいです。窓が内側に開き、窓の前には、男女が中むつまじくソファーに座っています。男は左手を女の背中に回しています。2人はともに素足のようです。2人の前には、ゆるやかに弧を描いて、庭なのでしょうか?下の方に続いています。
 
 生徒さんたちの作品は多彩でした。木彫では、仏像をはじめ、家族の像、バードカービングなどがありました。また木彫ばかりでなく、陶の作品や、木を使った手芸品のようなもの、レリーフなどもありました。
 仏像で一番気に入ったのは、「無量寿如来」でした。頭に数百個ある粒々で表現されている螺髪、衣の襞、さらに数段の蓮華座まで、とても丁寧に、きれいに仕上げられています(粘土で型を作り、それを忠実に真似て作ったとのことです)。とくに、体の前で組んだ手の下あたりから結跏趺坐した脚部を覆っている衣は触ってとても好もしく感じました。同じような姿の、釈迦如来や阿弥陀如来もありました。螺髪の1個1個を別に作って貼り付けたり埋め込んだり、衣の襞などは研磨用の機械を使ったとか、それぞれ作者なりに工夫をしておられるようでした。
 次に、十一面観音もよかったです。光背付きで、高さ50cmくらい、11面のそれぞれの顔がとてもきれいに彫られていました(それぞれを別々に作り、本体の頭に差し込んでいるとのことです)。左手には、汚れを洗い流して人々を救うという、水瓶(すいびょう)を持っています。もう一点、十一面観音がありましたが、こちらは一木作りだとのことで、それぞれの顔を彫るのはなかなか難しいようでした。
 その他、薬師如来(30cmくらい。左手に薬瓶を持ち、右手は前に向けている。顔も手もかわいい感じ)、厨子入り白衣観音(大船観音をモデルにしたようです。手を合わせそこから衣が垂れ、とてもきれい)、金剛力士像(仁王像)、二人菩薩(普賢と文殊。普賢は左人差指で天を、右人差指で地をさしている。文殊には5つの髻がある。どちらにもはっきり胸があり、なんだか女神のよう)、遊行上人(旅姿なのでしょうか、素足で草履を履き、手を合せ、衣は三重ねになっている)、大黒天やその面などがありました。
 絵や写真から木彫の立体物を作っている人もいました。「祈り」(ミレーの晩鐘より。かなり下を向き、手を合せ組合せている)、「落穂拾い」(ミレー。向って右側の女性、ちょっとふっくらした感じで農民のイメージだとか)、「牛乳を注ぐ女」(フェルメール)、「笛を吹く少年」(マネ)、「童話作家」(宮沢賢治の写真より。帽子をかぶり、コートを着て、後ろで手を組んでいる)、「テノール歌手」(パバロッティの写真より)などです。出来はどうかなと思うものもありましたが、平面作品から見えていない部分まで想像して立体にするのですから、想像力豊かですね。
 子供たち、孫たち、妻など、家族の姿を作品にしたものも多かったです。中でも印象に残っているのは、「祈り」です。手を上向きに合せ、顔を真上に向けて天にひたすら祈っている姿です。妻が難病になり、治療法もなく、ただただ祈ることしかできなかった、とのことです。「高いでしょう」はほほえましい作品でした。ジャングルジムの上に、棒をつかみ、脚を広げて乗って得意になっているお孫さんの姿です。ちょっとレリーフ的で、ジャングルジムが遠近法的になっていました。また、「左利き」は、本のページを開き、その上で大きな左手で鉛筆を持っているところです。息子さんの中学生活を残すつもりで製作したとのことです。「まいU」は、ちょっと変った作品でした。手触りがさらさらした感じで木と違うと思ったら、テラコッタ(素焼きの塑像)だとのことです(脚部は、身体を支えるために木で作り、回りに石塑粘土を着けている)。女のお孫さんだそうです。顔がとても大きく(4頭身くらい?。幼児だとこれくらいらしいです)、キュロットスカートのようなのを着けています。
 バードカービングもありました。「冬の雀」は、本物の瓦の上に雀がちょんと乗っていて、その雀は体がふんわりとふくれている感じでした。「ヒレンジャク」と「キレンジャク」は、触った感じ、形はまったく同じようで、色だけが違っているようでした。
 なにか手芸を思わせるような作品もありました。「椿」「は、花瓶に椿をまるで生けているような作品です。5、6枚の花弁の1枚1枚の薄い曲面を木で作り、それを組み合せているようです。やや上向きに開いた花、下向きに開き切ったような花、そしてつぼみがありました(花の中央の、多数の雄しべ?が集まった感じもよかったです)。「ぶどうといちご」は、木の鉢の上に大きなぶどうの房といちごが数個盛られています。ぶどうの1個1個が丁寧に作られ組合されています。「文箱」は、箱のふたの表面に、幾重にも笹野はが交差するように浮出しで描かれています。一部は、竹籠の網目を思わせるような手触りの所もありました。「手ぐり鉢」は漆器で、とてもすべすべしています。器は、栗を半分にした形をイメージして作ったそうで、確かに触ってそのような形を連想しました。
 「烏天狗」(口が烏のくちばしのようで、また背には、長い、よく出来た羽があった)、「鞍馬天狗」(これにも羽があった)、「武蔵棒弁慶」(背に大きな箱のようなのを負い、手に棒を持っていた)など、私にとっては初めて触れるものもありました。その他、阿波踊りをしている男の子(足袋を履いている)と女の子(下駄を履いている)、天女が飛んでいる姿のレリーフ、石膏で作ったという靴(かかとの部分は履きつぶされていた)陶器の皿に竜を浮き彫りした作品、さらには流木を組合せただけのようなものまでありました。
 
 このように、生徒さんたちの作品は、テーマも、材料や手法も本当に多岐多彩です。教室ではもちろん基礎は教えてもらえるとのことですが、実際に何を作るかはほとんど自由なようです。先生のおだやかそうなお人柄や教室の楽しそうな雰囲気が伝わってきます。今回はまた、大部分の作品をその作者に解説してもらいましたので、作品の作り方やどんな気持ちで作ったかなどについてもお話を聞くことができました。本当に楽しい彫刻展でした。
 

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◆日展京都展

日展京都展では、実は京都府視覚障害者協会が中心になり、もう20年以上前から、毎年、視覚障害者が特別に一部の彫刻作品(10点前後)を手で触れて鑑賞する会が行われています(参加者は京都の視覚障害の方々に限られているようです)。私が行った日は、午前10時から12時までの時間その鑑賞会が行われていました。私は10時半ころ美術館に到着、彫刻のフロアに向いました。そうすると、なんと、桑山先生のはからいなのでしょう、日展京都展の彫刻部門のスタッフの方々が待ちかねていたように迎えてくれました。そしてまず桑山先生の作品を鑑賞し、さらに主にスタッフの方々の作品を中心に数点鑑賞することができました。また、同時に行われていた視覚障害者のための鑑賞会にも途中から加えてもらって、2、3点鑑賞することができました。
 まず第一に触った桑山先生の作品は、「演者Y」というものです。文楽の人形と人形遣いを題材に8、9年前から制作を続けている一連の作品の一つだということです。下のほうは直径40〜50cmくらいの楠の自然の幹です。その途中から人形の衣装になってゆきます。小さな足?もちょっと出ています。両袖からは、小さな手が出ています。右腕は上に上がっていて、右手の所に人形遣いの大きな右手があります。帯を締めていて、後ろに回ってみると帯が何重にも折りたたまれています。体を左に傾けるようにして、首(かしら)を右斜後上方に向けています。首元を円く囲む襟も、触ってとてもきれいです。顔は、とてもかわいい女の子のようです。口、鼻、目、どれもとてもきれいと言うか素晴らしいです。そしてぱっちり見開いた目は、人形遣いの大きな手を見ているようです。先生から頂いた手紙には、「昨年から、人形に命を与える人形遣いの手は、神の手のように思い、制作しています」とあります。その意味するところは私にはまだよく分かりません。今はただ、私なりに思いをめぐらせています。

 以下、私が触って鑑賞することのできた作品を紹介します。
 「遠い空」(宇治川久司)は、大理石の石彫です。私は手袋を着けて触らせてもらいました。全体は、四角い台の上に女性の顔が乗っている感じです。四角い台は上の方がゆるやかにすぼまっていて、向って右側がやや横に張り出し肩のようになっており、また台の上からはすうっと首に連なっています。女性の顔はとてもきれいな整った感じでやや斜め上を向いているようです。タイトルにあるように、空の遠くを見ている姿なのでしょうか。手袋を通してですが、髪の部分がよく分かります。また、四角の台の部分は、一部は磨かれていますが、一部は大理石の自然の断面のようで、私は好ましく感じました。
 「ボラードの風と音」(宮瀬富之)は樹脂製で、ボラードという台のようなものの上に人物が立っています(上までは届きませんでした)。ボラードというのは、船をワイヤーやロープで係留するために桟橋や埠頭などに設けた杭ないし柱のようなものだそうです。そのボラードをコンクリートなどに固定するためなのでしょう、四隅にあるねじ山のようなのも、触ってはっきり分かりました。ボラードの上の人物は、トランペットを持ち、吹いているようです。トランペットは、管の部分などがつるつるで、本物みたいに感じるほどでした。トランペットの先の広がった部分はふつうに窪んでいるのではなく、中から空気が出ているかのように、全体に平たくなっています。
 「祈り」(木代喜司(きしろよしじ))は、樹脂製のやや抽象的な作品です。全体に細長い人物像で、手を合わせ、薄い衣のようなのを着て、それを細い帯のようなので結んでいます。質素な感じを受けます。顔は長くて、仏像にあるような、冠を着けているようにも感じます。頭の上と両肩には鳥のようなのが乗っています。作者の方は、中世の西洋のお坊さんをイメージして作られたと言っておられました。
 「家路2012」(宇津孝志)は、幅80cmくらい、高さ150cm以上はある大きな木彫です。2人の男の人が、吊革を持って立っています。向って左側の人は、左手をやや前に上げて吊革を持ち、右手に四角いかばんを下げています。向って右の人は、右手を後ろに伸ばして吊革を持ち、左腕にかばんを挟んでいます。襟元など、男のきっちりした衣服の感じが木彫でよく表され、また、たくさん並んでいる大きな鑿痕からも木彫らしさを感じました。この方は、家路シリーズを多く制作しているとのことです。
 「海に耳をかたむけて」(谷口淳一)は、海に浮かぶようにしている女性の像です。下は細波をイメージしたような台になっていて、その中央がゆるやかな窪みになっています。その上に女性が右脚を真っ直ぐ伸ばし、左脚は膝を曲げた姿勢で座り、その左膝の上に顔を右向きにして乗せ、海を見つめ、波音なのでしょうか、聞き耳をたてているようです。脚と台の海の間は空洞になっていて不安定そうですが、なにか穏やかな雰囲気を感じます。
 「家族達−妹を迎えた日」(西見智之)も樹脂製で、バセットハウンドという種類の犬が3頭並んでいます。2頭は成犬で長さ60〜70cmくらい、その2頭の間に、左側の犬に顔を向けて長さ20cm余の子犬(妹)がいます。バセットハウンドは、ノウサギなどを狩る猟犬で、脚が短くて体高が低く狭い所にも入り込むことができ、大きな耳が垂れていて嗅覚に優れている犬だとのことですが、それらの体の特徴がそのまま表現されているようです。それぞれの犬の表情?もよく表わされているようで、向って左側の犬は頬の辺がちょっとふくれている感じになっていました。また、3頭とも目玉が丸く出ていて、触って分かりやすかったです。犬の家族への愛情が感じられます。
 「ケサリアの牛飼い」(植田努)は、牛の真横に少年が寄り添うように立っています(少年は右手に細長い棒を持っている)。牛も少年も、どこおとっても細部までとてもよく作られているようです。見た感じもとてもよい印象のようです。牛の顔から角や耳、ちょっと痩せ気味なのでしょうか腰の辺の出っ張り、そして大きな体を支えるにしては細いように感じる脚とその先の2つに分かれた蹄など、触ってもとてもリアルに感じました。樹脂製ということですが、触ってあまりその材質を感じさせないような出来でした。(ちなみに、この作品は今年の日展の彫刻部門の特選作品だとのことです。なお、ケサリアは、インド東北部の地名で、世界最大のストゥーパがあることで有名な所のようです。)
 「洛北の女性」(柳浦伊和夫)は、高さ170cmくらいある、ちょっと大きめの全身の裸像です。右足に重心を置いて立ち、左足はちょっと前に出してかかとを浮かせています(そのためなのでしょう、臀部を触ってみると、力の入っている右側のほうがちょっとふくらんで張りがあります)。右ては下に伸ばして掌を後ろ側に直覚に曲げています。左腕は肘を曲げて左胸を隠すようにしています。乳房はとても良い形です。顔も落ち着いた感じがします。どこかのお寺の弥勒像を参考にしていると言っておられました。
 
 その他、作者もタイトルもメモし忘れて分からないのですが、ブロンズ製で釈迦十大弟子を参考にしたという作品(下のほうしか触れなかったのですが、足から下腿部にかけてよく鍛えられたような筋肉を感じました)や、石膏像なのですがそれに混ぜている麻糸が多数露出している作品(ちょうど石膏像の裏側が表面になっているような手触り)などもありました。こうして、桑山先生の作品ばかりでなく、皆様方の配慮によって多様な作品にも触れることができました。また日展京都展では、出品作家によるギャラリートークも何回もいろいろと企画されているので、機会があればまた行ってみようと思っています。
 桑山先生の作品に一度ふれてみたいと藤沢まで出かけてみましたが、それがきっかけで私の彫刻鑑賞の世界がひろがっていくようです。山梨県北杜市の清里には、桑山先生の「彫刻ギャラリー GAKOU」もあるそうです。ここにもそのうちぜひ行ってみたいです。
 

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(2012年12月18日、2012年12月27日更新)