さわってびっくり!!こんなことが分かった!

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 今年も、 8月 8日の午後に、京都大学総合博物館で行われた「夏休み学習教室 体験EXPO2010'夏」のプログラムの一つ「さわってびっくり!!こんなことが分かった!」を担当させてもらいました。京都大学総合博物館の夏休み学習教室は、今年で 10年目になるということです。参考のために、プログラムのタイトルだけを紹介してみると、
・電子顕微鏡で星の砂を調べよう
・鴨川地学散歩
・まぶさび流滝づくり
・フィルムカメラで写真を撮ろう
・三葉虫を調べよう
・化石からよみがえる古代生物
・これで君もミニ水溶液博士だ!
・五感をひろげて造形あそび
・弥生はたおり探検隊−弥生時代の織りと世界の織りを比べよう−
・火山の不思議を実験でさぐろう
・トカゲとヘビはどこがちがう?
・タネデザイナーになろう!
・望遠鏡を作って星や月を観察しよう+大人のための学習教室「貝体新書」
・レプリカ・ワールド体験
・I-cubeで遊ぼう
・さわってびっくり!!こんなことが分かった!
・本物の標本を触ってみよう!
・暑さを吹き飛ばす10周年記念講演「真夏に語る雪玉地球の話」
と盛りだくさんです。火山の実験とかレプリカ作りなど、私も参加したくなるものもあります。中でも、最後の「真夏に語る雪玉地球の話」は、岐阜大学の川上紳一先生の講演で、これには心引かれていました。私は結局この講演には参加できなかったのですが、なんと川上先生が私のワークショップの前半に参加してくださいました。感激です!
 もう5、6年くらい前になるでしょうか、全地球史解読とか全球凍結等の話題で、川上先生や丸山茂徳先生たちを中心とした活動について知り、また川上先生の『生命と地球の共進化』(NHKブックス、2000年)などを読み、心踊らせたものです。その川上先生の若々しいお声を聞き、同じ場で過ごすことができたことは、望外の幸せでした。
 さらに、私のワークショップが終わってから、帰り際に、偶然通路に置いてあった、全球凍結の証拠の一つと言える、ドロップストーンがいくつも入った堆積岩に触れることができました。直径5cmくらいから10cmくらいの大きな礫が、泥が固まったような感じの大きな板状の面からいくつも浮き出しています。どうしてこのような状態になるかについて、私は大きな地滑りや洪水が原因ではと言いましたが、案内してくださった大野先生によると、これは、氷山に取り込まれていた礫が、氷山が融けることで海底に落ちていった物だとのことで、「ドロップストーン」と言うそうです。ということは、普通の堆積作用とはまったく無関係に礫が入っていることになるので、識別は簡単なのかもしれません。私が触れたのはナミビアの物だとのことですが、このようなのは世界各地から見つかっており、原生代後期の全球凍結の証拠品の一つだということです。(全球凍結の証拠として、ダイアミタイトもある。ダイアミタイトは、岩盤が氷河により削られ運ばれてできた礫・砂・泥が混じり合った堆積物で、これに含まれる礫には氷河により削られた跡が残っていると言う。)
 
 さて、私のワークショップには、小学 4年から中学 3年までの子供たちと保護者 8組(16人)が参加してくださいました。 1人は、昨年も参加してくださった方です。また、小学 6年の全盲の男子の参加もありました。これに、さらに前半には川上先生が参加してくださり、その他に、アシスタント 1人、スタッフ 2名、そして館長の大野先生も大部分みてくれていたようです。
 ワークショップの前半は、各自に触ってもらう体験をしてもらいながら、触ってどんなことが分かるか分からないか、私がこれまでどんな風に触って知ることをしてきたかなどについてお話しました。後半は、各自に貝のセットを触ってもらって、触覚による気付きを手掛かりにして、そこからどんな風に調べていくか(科学的探求の仕方)をしてみたいと思いました。
 
 初めにごく簡単な自己紹介をした後、早速参加者各自に、不透明な袋に入れた触ってもらう物を配りました。次のような物です。
・ホオノキを彫って作ったペンギン
・瑪瑙2種 (箸置きになりそうな形の小さなのと、二枚貝を連想させる形のやや大き目のもの。表面はともにツルツルだが大きいほうにはあちこちに傷のようなへこみがある。これを強く耳元で振ってみると、水のような音がする→水入り瑪瑙)
・アカガイと、アカガイに穴を開け少し磨いて作った貝輪 (アカガイの表面は毛のようなので被われている)
・アンモナイトの化石 (一つの石に小さなアンモナイトがいくつも付いている。石の部分は少しざらざら、化石の部分はつるつる。)
・蝋石3種 (1辺1cm余の立方体、その 8個の頂点が残るように削った飾りのような物、 3.5×5×1.5cmの蝋石を削り磨いて作った勾玉。)
・粘土で作った土偶のようなもの (女性が胸の前で両手で何かを支え持っているような姿)
・大鋸屑粘土で作った品 (表面には人の顔、裏には魚の形が触って分かる。大きさに比してかなり軽い感じがする)
・木製のパズル式のこま (実際に触っている時にはばらばらになっていたので、これが一番分かりにくかったかも)
 (参加していた成人の希望者にも触ってもらう物を配りました。特別参加の川上先生には、カップ面容器と、それに水深千メートルの水圧をかけて変形させたものを渡しました。水圧をかけたほうは、体積は 4分の 1くらいに縮まり、カップの表面も裏面も、中の空気が押し出されたためでしょう、ざらざらの凹凸になっています。)
 
 そして、次のような三つの触り方をしてもらいました。
@袋の上から触ってみる
A袋の中に手を入れて直接触ってみる
B袋から出して、見て、触ってみる
 @の「袋の上から触ってみる」ですが、これは、「表面が何かで被われていても、それを通り越して内部の様子を知ることができる」という触覚の重要な特徴を体験してもらうためのものです。スーパーなどで野菜がラップされていても、そのラップの上から触って中の品物が何かだいたい検討がつくこともあります。またたとえば、机の上に幾種類かの硬貨を置き、その上にハンカチを広げてその上から触っても、硬貨の種類をだいたい触り分けることができます(これは実際にやって見せました)。
 不透明な袋の上から触っただけでも、だいたいの形や大きさ、尖っているかいないかなどについて分かっていました。中には、袋の上から触っただけで、そのものずばり「これはペンギンらしい」という子がいて驚きました(それは私の手作りだったので、なおさらです)。また、「貝のような形」「人の顔のようだ」と具体的な形を言い当てている人たちもいました。
 袋の中に手を入れて直接触ると、「これは木だ」、「これは貝だ」「これは石のようだ」など、材質が分かってきます。また、つるつるとかざらざらとか、表面の細かいテクスチャも分かってきます。(今回は軟らかい物や湿った物はなかったのですが、当然そのようなことも触って分かるはずです。)
 最後に袋から出して見て触ってもらうと、「なるほど」という雰囲気にはなりますが、それ以上思考が進まないという気もしました。
 
 次に、
・触ってよく分かること
・触ってよく分かるが見ては分からないこと
・触ってもよく分からないことないし触れない物
について皆さんに例を挙げてもらいました。
 触ってよく分かることとしては、形、つるつるやざらざら。触って分かるが見ては分からないこととしては、重さ。触ってもよく分からないこととしては、大きな建物、時間(時計)などが挙げられていました。
 
 参考のために、触ってもよく分からないことないし触れない物としては、次のようになるでしょう。
・触って分からないこと・分かりにくい物
 色、明るさ、臭い、味など (これらはいずれも他の感覚器官で感じられるもので、触覚の適刺激ではない)
 大きすぎる物:建築物、樹木
 小さすぎる物(微細な構造):小さな虫、細胞、細かな模様
 熱すぎる物:炎
 冷たすぎる物
 動いている物:動物、機械
 壊れやすい物: シャボン玉
 不安定で倒れやすい物
 軟らかすぎて形の変りやすい物
 
・触ることのできない物
 遠い所にある物(星、天体など)
 手の届かない所にある物・部分
 風景
 
 その後、私がどんな風に触っているか、またこれまでどんな風に触って知ってきたかについてちょっとお話しました。
 まず、私に限らず見えない人たちがいつも丁寧によく触っているとは限らないということです。日常生活では、例えば目の前にカップが置かれている場合、カップ全体をよく触ってからカップと判断しているのではなく、カップの取っ手や縁のごく一部の丸みに触れただけで、回りの状況とも勘案しながら、これはカップだろうと思うわけです。日常ではそれくらいの触り方で十分なことが多く、全体を丁寧に繰り返し触ってその物について知るというような触り方は、ちょっと特別なやり方であり、またそれなりに洗練され訓練された方法だと言えます。視覚の使い方は、日常生活でも教育の場でも自然に鍛えられているわけですが、触覚についてそのような洗練・訓練の機会はそうは多くないです。
 私の場合、時々石を集めてみたり、いろいろな植物の葉を乾燥させて取っておいたりなどもしています。また、いろいろな物を手作りしますが、これも触覚の洗練になっているようです(料理もとても良いと思います)。
 
 次に、私の体感的な世界である触覚の世界と、見える人たちの視覚の世界の違いを強く感じた経験についてです。
 6歳ころ、妹とクレヨンを使ってお絵描きをしていた時のことです。私は木を、触った印象通りに、まず縦棒を描き、その途中から何本も枝分かれしているように斜め上や横にいくつも線を引いて描きました。それを見ていた妹は「それは木じゃない」と言い、私の手を取って木を描きはじめました。それは、縦棒の真中当たりから上にまず大きな円を描き、その中に細かくなにか描くようなものでした。触っては木のどこにもそんな大きな円はないのに……、とても不思議な、おかしなことだと思いました。
 このような触覚印象と視覚印象との違いをそれなりに受け入れられるようになったのは、それから 10年近く経った、中学の終わりころになってからです。視覚の場合、点と点の間に簡単に線を引いて全体の輪郭を直ちに〈見る〉ことができるらしい、そして、上の例では、整った形の木を遠くから見た場合、枝葉の先端を結べばほぼ円に近い形になるのだろう、と自分なりに納得できるようになりました。
 触覚では、触れた物・部分は存在するが、たとえ1ミリでも離れていて、触っていない物・所は、とりあえずは存在しないことになります。
 触りようのない例として、星や星座があります。星座の場合は、星と星の間に線を引き、さらに面的に広げていろいろな動物などに準えているわけですが、その視覚からの想像力には感心してしまいます。
 皆さんには、私の作った木の模型と、しし座の石創画をお見せしました。木の模型は、何十本もの細い針金をねじり合わせ、先を次第に細かく分けて行って、枝が次第に細かく分かれ広がって行く様子を示したものです。しし座の石創画は、浮き出した獅子の上に、大きさの異なる14個の星を浮き出させ、さらにそれらを細い線でつないだものです。
 
 最後に、触ることのできない物について、どのようにして知るのか、体感的に知るのかについて、炎(熱くて触れません)を例に話しました。
 私は小さい時からマッチを使っていましたが、マッチの先を下向きにして擦るとすぐ手元が熱くなって持っていられなくなります。その理由が長い間分かりませんでした(無意識に炎はいつもマッチの先が向いている方向に向うだろうと思っていたようです)。マッチの先の方向に関係なく、炎はいつも上に向うものだということに気が付いたのは、小学3、4年のころだったように思います。また、焚き火の近くで紙を手に持ってみると、上の方に煽られるのを感じます。紙を下のほうに移動させると、場所によっては、紙が内側に吸い込まれるような感じの所もあります。炎の回りでは空気が上に行き、下のほうでは空気が中心に向っているだろうことが分かりました。さらに、蚊取り線香にマッチで火を着けようとすると、マッチの先を当てるようにするのではどうしても火が着かず、3cmくらい離すとうまく火が着きます。実際に燃えている所よりも外側のほうが温度が高くなっているだろうことが分かりました。
 
 後半は、貝を使っての触察ワークショップです。(作業しやすいように、 8組を 3グループに分けました。)
 まず皆さんに14種の貝の入ったセットを配ります。次の 14種です。
ヒメヒオウギ、イトマキボラ、キリガイ、ギンタカハマ、クモガイ、クルマガイ、シマガンゼキボラ、トウコオロギ、ホカケソデ、ホシダカラ、アンボンクロザメ、ウズラミヤシロガイ、ダルマカンムリボラ、マレーマイマイ(右巻と左巻)
 初めのヒメヒオウギは二枚貝で、その他はすべて巻貝です。今回は巻貝について触察し、調べました。
 
 まず各自、触った感触で、一番気に入った物、および変っていると思う物を挙げてもらいました。
 気に入った物としては、タカラガイ(ホシダカラ)とキリガイが多かったです。タカラガイは、なんといっても、表面がつるつるしていて、触って心地よいですし、形や大きさもちょうど片手にすっぽり収まる感じです。キリガイは、なんといっても、その巻き方が触ってもとてもきれいです。
 タカラガイは、貝殻の表面がつるつるしているという点で、その他の貝と異なります。ふつう貝の殻は、外側よりも内側のほうがつるつるしています。また、タカラガイも巻いているらしいとは思われますが、どんな風に巻いているかは、他の巻貝ほどはっきりしません。そこで、タカラガイを横に二つに切ったものを皆さんに回して、貝殻の外側と内側の感触を比較することと、どんな風に巻いているかを確かめてもらいました。
 タカラガイの内側もけっこうすべすべしているのですが、やはり表面のほうが油で磨いたようなつるつるかんがあります。普通の貝では、どうして殻の外側よりも内側のほうがつるつるしているのかと尋ねてみると、内側に貝の肉があるからだろうという答が返ってきました。では、タカラガイではなぜ外側のほうがつるつるなのでしょう?
 タカラガイの切り口を触ると、初めは小さく強く巻き、次第にゆるく巻いていることがよく分かります。また、巻き初めは殻はとても薄いですが、次第に厚くなって一番外側の端では 7mmくらいにもなっています。
 キリガイについても、貝を縦に切れば巻いている様子などよく分かるはずですが、難しくて用意できませんでした。(代わりに、シマガンゼキボラを縦に切った物を皆さんに回しました。)
 
 触って一番変っていると思った物としては、シマガンゼキを上げている人が多かったです。とげとげがたくさん並び、全体としてもごつごつした感じだったからでしょう。(シマガンゼキのとげとげの並び方も面白いテーマですが、今回は取り上げませんでした。)
 今回は、このシマガンゼキボラとウズラミヤシロガイを触って比較することから始めました。
 
●シマガンゼキボラとウズラミヤシロガイの比較
 違っているところ:重さ。二つの重さの違いは、だれでも持ってみればウズラミヤシロのほうがとても軽いことがすぐに分かります。
 似ているところ:形。一見二つの貝は形も大きく違っているように見えるかも知れませんが、シマガンゼキのとげとげを取った状態で考えてみると、大きさは違うが、形は意外とよく似ています(巻き方も似ている)。
 
●今回のテーマ
 ・二つの貝の重さの違いはどのくらいか
 ・それだけの重さの違いをもたらす理由としては、どんなことが考えられるか
 ・それらの理由は、どの程度重さの違いを説明できるのだろうか
 
 (こんな風にして、触察に基づいて、科学的な思考・説明の仕方の練習をしてみようと思いました。)
 
●重さの比較
 二つの貝の重さの違は秤を使えば簡単に分かるわけですが、できるだけ手を使って、シマガンゼキはウズラミヤシロの何倍くらいの重さになるか、体感的に測る方法を考えてもらいました。
 まず、それぞれの貝を両手に持って比べる方法ですが、これだと、片手にウズラミヤシロを何個もうまく持つことは難しいです。次に、それぞれの貝を袋(できるだけ軽い袋で、貝の重さに比べて無視できるくらいが良い)に入れて、その袋を両手にぶら下げて重さを比較する方法です。これはうまく行くと思いましたが、実際にやってみると、ウズラミヤシロを10個近くも入れないと、シマガンゼキと同じくらいの重さには感じられず、明らかに実際の重さとは違います。これは、ウズラミヤシロを何個も袋に入れるとどうしても底面が広がってしまうためのようです。底面が狭く、ウズラミヤシロを何個もも縦に積み上げて入れることのできるような細長い袋が良いのですが、このような袋は用意しておらず、結局秤を使うことになりました。実際に測ってみると、ウズラミヤシロもシマガンゼキも、それぞれの個体でかなり重さにばらつき画あり、数個をまとめて測って平均を出すようにしました。だいたいシマガンゼキはウズラミヤシロの5倍の重さという結果になりました。
 
●この重さの違いをもたらす理由はなにか
 理由として、大きさの違いと、貝殻の厚さの違いが挙げられました。
 
 それぞれの理由がどのくらい重さの違いをもたらしているかを測定してみます。
 
・大きさの違い
 まず、それぞれの貝の長さを測ります(これも手でだいたいできるのですが、今回は物差しを使いました)。貝の同じような場所(巻き初めの位置から水管まで)で測るように注意します。シマガンゼキがウズラミヤシロの何倍かを各自計算してもらうと、1.2倍から1.5倍までばらつきがあり、平均すると約1.4倍でした。
 次に、長さと大きさの関係ですが、この場合大きさと言っているのは、貝の殻の面積ということになりますから、長さの 2乗ということになることを説明します。それで、 1.4×1.4≒2 ということで、シマガンゼキはウズラミヤシロの約 2倍の大きさ、ということになります。
 
・貝殻の厚さの違い
 貝殻の厚さは目分量でもだいたい測れるかもしれないと思ったのですが(実際に目分量で測っている人たちもいました)、私なりに手を使って測る方法を考えました。はさみと、同じ大きさに切った何枚もの紙(点字用紙を使いました)を用意します。まず、はさみで貝殻の縁を軽く挟んでから、はさみの先の開き具合を変えないようにしながら貝殻を抜き取り、その代わりに何枚の紙がその間に入るか、その枚数を調べます。時間がなかったので皆さん各自にはしてもらうことはできず、私がしました。ウズラミヤシロは 3〜4枚、シマガンゼキは 8〜9枚くらいといったところでした。大雑把ですが、シマガンゼキの厚さはウズラミヤシロの約 2.5倍くらいということにしました。
 
 大きさの違いが約 2倍、貝殻の厚さの違いが約 2.5倍なので、これら 2つの要因を合わせると、 2×2.5=5倍ということになり、重さの違の約 5倍とほぼ同じになります。
 私としては、貝の重さの違いには、貝殻の結晶構造の違いなど、いわば材質の違いもあるかもしれないと思っていましたが、これについては確かめようがなかったので、今回はまったく考慮することはできませんでした。今回は、貝の大きさと貝殻の厚さの違いで、重さの違いがほぼ説明できる、という結果になりました。
 
 時間が足りず、最後は皆さんにしてもらうことはできませんでしたが、今回は、触って気付いたことから出発して、できるだけ手の感覚を使って作業しながら、科学的な思考や説明の仕方について体験してもらおうと思いました。触察に基づいた科学的研究も出来る(かも知れない)ということを少しでも体感してもらえたら、私としては満足ですが、どうだったでしょうか。
 
(2010年8月21日)