触ってわかる点字・触図とは―ユーザーの立場から―

上に戻る


 この文章は、2006年6月18日、東京で開催された「第3回点字技能師(専門点訳者を含む)研修会」での講義のレジメに大幅に加筆したものです。


1 はじめに

 「触ってわかる点字・触図」というテーマは、実際にそれぞれのユーザーが点字をどのように触って読みまた触図をどのように触って理解しているのか、そういう触知の方法に大きく依存することである。ここでは、私の触知の仕方を中心にこのテーマについて述べる。
 私の触知の特徴: 両手を使う。
 数年前に点字使用者5、6人について、点字の読み方や図の見方・立体物のとらえ方などについて調査したことがある(「触知の方法について―インタビューに基づく考察―」 )。
 調査した人たちはみな何らかの仕方で両手を使ってはいたが、その使い方は人によってかなり違っていた。
 私の両手の使い方の特徴は、点字については行末と次行の行頭を同時に読んでいる、また図では、例えば1枚の地図を地勢図と行政図の2枚に分けて触図化しているような場合、その2枚を同時に両手で重ね合せた状態で見ている。
 (受講者の中に点字使用者が10人くらい居られ、その中で同時平行読みをしている方が2人おられました。また、ある方は左手だけで読み、行移りの所でどうしても切れてしまうとのことでした。)

1.1 点字
 仮名だけの世界。それでも、各語のおおよその意味は、前後の文脈ないし文章全体の意味から、自然に身に付いてくる。
 私の小さいころは点字書が極めて少ない時代だった(私の入った盲学校の図書室には全部合せても数百冊くらいしかなかった)が、ジャンルを問わず多読した。それが、漢字をまったく知らない状態でも、文脈から意味をある程度推測する力をつけることにつながったように思う。
 確かに仮名だけの点字には、漢字が表わせないだけでなく、平仮名・片仮名の区別さえできないなど、限界はある。私も、20代後半に漢点字を修得し、現在もとくに墨字の文書を書くのにはほとんど漢点字を使っている。しかし、ごく普通の文章については、仮名点字のほうが気楽に速く読めて便利(漢点字でも仮名点字の3分の2くらいの速さでは読める)。

*漢字や難しい言葉の説明は、できるだけ(文脈に即した)意味中心に。
 熟語や音読み・訓読みで説明する時は、実際の文中での意味と近いもので示してほしい。また、漢字そのものの形の説明はできるだけ避けてほしい。
 例: 「希少価値」、「工業」と「鉱業」、「坂」と「阪」、「性」と「生」(英語を使っても良い)

1.2 触図
 中途失明の方の中には、点字は読むことができても、触図はほとんど分からない人がいる。もちろんそういう人たちも、言葉で説明すれば(たぶん私などよりもリアルに)形をイメージできている。触図を理解するには、触刺激の変化と手の動きの変化をイメージに置き換えていく訓練が必要なようだ。

  平面的な形中心の図は、実物を触った感じと大きくは違わないので、理解しやすい。
 私が初めて点図を触ったのは小学1年か2年の算数の教科書で、三角や円など、触って問題無く分かった。(問題無く触って分かった前提として、盲学校に入る前から私は近所の子どもたちと地面に棒で三角や円などいろいろ線を描き、その窪みを指でなぞったりしていた経験などがあるかもしれない。)
 地図を初めて触ったのはたぶん小学4年の時。とても興味深く、その簡単な地図帳に載っている大陸や国の形などをよく覚え、その後の私の地理的な知識の基盤になったように思う。

 立体物の図は、実物を触った印象とまるで違う(例えばバケツの図)。実物を触った感じだけを手がかりに、平面で表現された立体物の図を理解するのは難しい。頭の中での高度な操作や想像が必要。(断面図や展開図で示していても、操作・想像力は必要。)
 小学5年か6年の時、算数の教科書でバケツのような立体を斜めから見た図を触って、とても驚いた。(台形の上に楕円形が乗ったような図。台形も楕円形も実際のバケツを触ってもどこにも無い。台形の部分については、1、2週間して立体を縦に切った時の形であることに気が付いたが、楕円形については、1、2年後、中学になってから、円を平行光線で斜めから見た時の形であることに気付いた。見え方や、それを図にする時のことを考える良いきっかけになったように思う。なお、立体の断面や投影図がどんな形になるか手軽に知るには、キュウリや大根などの野菜をいろいろな方向で切ってみると良い。)
 また、高校の化学の教科書で塩化ナトリウムの結晶の図(斜めから見た図)を触って、実際にはとても簡単な配列であるにもかかわらず、図を触ってかえって何が何だかとても分かりそうにないと感じたりもした。(このような結晶や、面心立方格子・体心立方格子などの幾何学的な空間配置については、まず言葉で十分説明し概念としてしっかり分かることのほうが大切だと思う。)

 透視図や見取図では、実際の立体とその図との変換のルールを理解することが大切。 (ただし、実感が伴わないためなかなか身につきにくい。いずれにしても、立体が少し複雑になると、透視図や見取図で理解するのは極めて困難。)
 通常校で勉強してきた見えない人の中には、見取図の表現に慣れていて、盲学校の教科書で行われているような、一つの立体を立面図と平面図に分けて示す方法にとても戸惑う者もいる。(もちろん、少し慣れれば立面図と平面図で理解はできるようになる。ごく簡単な立体については、立面図と平面図の2枚の図を触るより、1枚の見取図のほうが短い時間で必要なことを読み取れるかもしれない。)


1.3 触覚の特徴
 視覚との対比で考える

@直接接触
 1ミリでも離れていればまったく分からない。指先が実際に触れている所しか分からない、というのが基本。
 これにたいし、視覚は離れていてこそその能力が発揮できる。(眼を物に完全にくっつけてしまえば、ほとんど何も見えない。細かい部分を見るためにはある程度眼を近付けたほうが良いが、全体を見るにはより離れて見たほうが良い。)

A部分的
 触っている所しか分からない。そのため、見落としが多い。点字では、行頭が空いていて行末に数文字書かれているような場合。(例えば作者名が「子規」などのように点字で数マスの場合は、かならずしも行末合わせにしなくても良いのではないか。)図では、メインの図部分から離れて右下などに小さく描かれている場合。
 視覚では、図全体がすぐ把握できるので、全体としてうまく描かれていれば細かい部分の乱れはあまり目立たないようだが、触覚では、各部分部分を見ていくので、各点の出方や点間隔などのばらつきが目立ちやすい。この点で、エーデルで作製しプリンタで打ち出した点図は不利になる。

B継時的
 指を連続的に動かすことで各部分がつながり、全体イメージに近付く。

C分解能が低い
 触覚の2点弁別閾は、まったくの静止状態では 2ミリくらいだが、指を微妙にゆっくり動かしている状態では 1ミリくらいになる。(なお、触覚は高さの違いにはかなり敏感で、0.1ミリくらいの凹凸の差でも十分識別できる。)
 視覚の分解能はこれに比べれば極めて高く、視野の中心部では 30センチ離れた所で 0.1ミリ。

Dテクスチャや形中心
 視覚と触覚のモダリティの違い。
 視覚: 明暗、色、形、遠近感、質感など
 触覚: テクスチャ、温度、形など。
 視覚用の図で用いられている様々の表現法の中で、触覚用の図である程度生かせるのはテクスチャや形に限られる。触覚では例えば温度の違いも重要な手がかりになる(例えば熱帯から寒帯までの地域の違いを温度の違いで表すとか)が、それは技術的には極めて難しい。

【参考】視覚では本当には分からない、触覚で知り得る特性
 @表面に被われた内部の様子
 A穴の中、裏など、視覚では見えにくい所
 B暖かい・冷たい、硬い・軟らかい、重い・軽いなど
 とくに@の特徴は、見えない人たちが長年職業としてきた理療において重要な役割を果たしてきた。

1.4 触知力を高めるには
@能動的であること=触経験をできるだけ増す

A柔かくすばやい手の動き

B手の動きをコントロールする

C両手を使う

D指先だけでなく手のひらも使う
 私は触図を見るのにほとんど指先しか使わないが、両手のひらで図全体を上から下へさあっとなでるように触ることで、ごく大まかな形や図の配置を知ることができ、見落としが無くなる。

E指・手の動きの軌跡を頭でイメージする
 私は両手を同時に動かしていることが多いが、片手の指を基準点としそれとの関係で他の手の指の軌跡をイメージする方法もある。

F少ない触覚情報からその先を予想する力、あるいは部分から全体をイメージする力
 日常でも、例えばテーブルの上のコップのごく一部(つるっとした感じのゆるやかにカーブした部分など)を触って「コップ」だと分かっている。少ない触覚情報+周りの状況(今の例では食事やお茶の時テーブル上に置かれている物)で判断している。(もちろん予想がはずれることもよくあるが、周りの全体状況に照らして触覚情報を利用することが大切。)点字や触図の場合も、文脈や本文の内容も大きな手がかりになる。


2 分かりやすい点字
 点字は基本的には順番に触っていくもので、その意味では継次的で、音声情報と同様ストリング情報と言える。しかし、両手を同時に使うことで、ある程度空間的な広がりをもった面的な情報としても読むことができる。
 (注)この「面的な情報」という点で、点字は音声情報とは大きく異なっている。また、回転式や1行表示のピンディスプレイの弱点もここにある。なお、市販の回転式点字ディスプレイでは機械の回転速度に合わせて読むことになり、能動性という触知の特質が失われるという大きな欠点もある。

*両手を使うメリット
 @点字の読みスピードが増す(行末を読みながら次の行頭を同時に読むことができる。)
  (私は行の半分くらいは両手で読んでいるが、その場合左手は右手の補助・補正をしている時もある。)
 A検索が容易・スピーディになる
  検索する時は、点字パターンを思い浮かべて、その形に合わせて探す。なお、英単語のつづりや数字などの記憶の方法として点字パターンを使っても良い。
 B面的な広がりのあるイメージを得やすい
  例えば、表では、左右や上下の数字を同時に比較でき、また左右対称な図では、各手で左右を同時に触り、全体をイメージできる。

◆面的な情報としての特性を考慮した点訳
 (以下の事柄はけっして皆さんの点訳の仕方を拘束するものではありません。)

2.1 ページ替え
 ページの下が 3、4行余っていても、次の見出は次ページからで良い。また、図や表、枠囲みの文章などについても、収まりがうまく行くなら、ページ単位の編集をしたほうが良い。

2.2 行飛び
 区切り線の後の見出の前は、行飛びがあったほうが良い。(区切り線の後は行飛びが無い編集も行われている。)
 行飛びがしょっちゅうあると、かえって大きなひとまとまりの範囲が分かりにくくなることもある。例えば、行飛びを含む引用文や 4マス下げ見出を含む引用文などは、枠囲みにしたほうが分かりやすい。

2.3 行頭の書き出しの位置
 見出・項目の大きさの違いは、普通行頭からの書き出しの位置の違いによって表わされる。
 普通の文章では、見出は大きいほうから、行頭から8マス下げ、6マス下げ、4マス下げで示されるが、これだと3段階しか示せない。同じマス下げの見出でも、見出の番号表示の仕方を変えたり、「 」や( )ではさむなどすることで、見出の大きさの違いを示すことはできる。
 『点訳のてびき』では 2マス下げについては見出扱いとされていないが、見出扱いとしたほうが良い場合もある(その場合は、見出しの2行目は 4マス下げ)。
 これにたいし、表(書き流しの文章ではなく本来の表形式で点訳された表)では、項目は大きいほうから、行頭、行頭から 2マス下げ、4マス下げとなる。項目が多い場合は、行頭からの項目に星印を付けたり「 」ではさんだりして、2種以上の行頭からの項目に大きさの差をつけると良い。

 小見出、箇条書き、段落は、行頭から 2マス下げ

*小見出符の問題: 小見出符は後置の記号。小見出が短い場合はとくに問題は感じないが、小見出が長いと(2行以上になると)、それが小見出であることが分かるまでに時間がかかる。左から右へ順に読んでいくという触読の特性に合わせて、前置の見出記号に変えたほうが望ましい。

 箇条書きが原本で追い込みで書かれている場合、点字では各項ごとに段落にしたほうが読みやすいこともある。

2.4 枠囲み
 図や表、参考や資料、実験や観察などの違いをレイアウト上よりはっきりさせるために、数種類の枠囲みを使い分けても良い。

2.5 区切り線
 区切り線の種類: 大きな区切りに実線、より小さな区切りに点線。

 区切り線がページの先頭に来た時の扱い: 一般の本では省略していいと思うが、試験問題中の選択肢の後などではあったほうが良い。

2.6 語、句、意味の単位ごとのまとまり
@数学では、できるだけ大きな区切り目で行を変えるようにする(数段階の計算式では、 = から変えると分かりやすい)。分子や分母の途中、座表、( )内などで行が替わらないようにしたほうが良い。

A番号付きの箇条書きを追い込みで書く場合、番号が行末に来たときは行頭からにしたほうが良い。

Bマス空けをふくむ複合語が2行にまたがって書かれていると、意味を理解するのに支障になることがある。場合によっては、複合語の初めから次の行に移しても良いと思う。
 (複合語のマス空けについて、主に中途失明者の読み易さも考慮してのことだと思うが、意味の切れ目ごとにできるだけ細かくマス空けする傾向にある。しかし、中途失明者の中にも、細かく切ることで複合語全体の意味がかえって取りにくくなるという人もいる。)

2.7 見開きの利用
 項目の多い表の場合、2つ以上に分ける方法もあるが、見開きでうまく一つの表として書けるならば、そのほうが分かりやすい。また、いくつかの流れを同時並行的に示している年表でも、見開きを利用するとよい。
 図の場合、図の注を左ページに、図本体を右ページにすると、注と図本体の行き来が便利


3 分かりやすい触図
 触図の分かりやすさは、図そのものとともに、その図の説明文の善し悪しに大きく影響される。

参考資料: 「触図作製上の一般的注意

3.1 平面の図

【例1】同じ大きさの3つの円が大部分重なっている図
 半径6cmの3つの円を、各円の中心が1辺2cmの正3角形の頂点に位置するように描く。
 この図は、視覚では3つの円から成っていることは容易に分かるだろうが、触覚では、交差が多くその度ごとにどの方向にたどって行くか迷うため、3つの円の組み合せという図全体の構成を理解するのはなかなか難しい。3つの円の線種を相異なるものにすれば(エーデルの図では、小点の実線・小点の点線・中点の実線を用いた)、触覚による理解はかなり改善はされる。しかしそれに加えて、図の初めに注として「図は大きな3つの円から成っていて、大部分が重なっている」というような説明文を入れ、あらかじめ図の概略を示し図の見方を方向付けるほうが、触覚による理解をはるかに容易にする。

3.2 立体の図
 立体の図は触図で示すだけでは十分に理解できないことが多い。
 立体の図を言葉で説明する能力を高める: 幾何学的な説明、日常の具体物に例える

【例2】次の立体の体積をもとめなさい。 (高校の数学の問題集にあった例)
 [同じ半径の2本の円柱が直角に交差している時にできる共通部分の立体。点図だけで示そうとすれば、細長い長方形の棒が2本直角に交差している図になってしまう。]

【例3】立方体 ABCD-EFGHを、上面の辺 AB、ACの各中点を結ぶ線分をふくむ平面で切った時の切断面の形。(切る方向により、切断面の形はいろいろに変化する。)例えば正6角形になる場合 (中学の数学の教科書の見返しページに載っていた例)
 [触図では、上面 ABCD の斜め下に下面 EFGH を描き、線分 BF, DH を引く。そして AB, AC, BF, DH, FG, GH の各線分の中点を結んで6角形を描く。]

【例4】体心立方格子や面心立方格子を言葉で説明する (高校の化学の教科書)
 [原本にこれらの結晶格子についての説明が文章ではほとんど無く図で示されている時は、まず十分な説明文を書き、その後に触図(上または正面から見た図)を載せる。]

参考図: 長尾博著『パソコンで仕上げる点字の本&図形点訳』の作図例 16(「遠洋・沖合・遠岸・養殖漁業の魚の取れ高の移り変わり」)
 同じ図を、参考資料の「触図作製上の一般的注意」に忠実にしたがって作製したのが、作図例16.edl。両者にはいろいろな違いがあるので、確認してほしい。

【参考】現在私の職場のボランティアグループが、岡部昌幸『すぐわかる画家別西洋絵画の見かた』(東京美術、2002年)を点訳中。各作品には鑑賞のポイントや見方についての簡単な解説文がついているが、絵全体の構図が分かりイメージをつくれるように、点訳者の説明文を加え、さらに出来るものについてはエーデルの点図も入れている。


(2006年7月7日)