触知覚の諸相―触覚を通じてみる世界

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 2月16日、理化学研究所(埼玉県和光市)で「第1回『幾何学教材と視覚障害者の立体認識』シンポジウム」が開催されました。
  まず、以下にシンポジウムのプログラムを示します。



(午前の部)
「はじめに:プロジェクト趣旨」渡辺泰成(帝京平成大学)
「光造形法による立体形状の作製」山澤建二(理化学研究所)
「視覚障害者向け幾何学教材の開発」手嶋吉法(理化学研究所)
「2次元および3次元の繰返し模様(エッシャー模様)の視覚障害者用教材開発」 池上祐司(理化学研究所)
「視覚障害者用教材データベースの構築」渡辺泰成(帝京平成大学)
「投影図や射影図を作成する触読図プロジェクタの開発による視覚障害者の立体図形の認知に関する研究」 藤芳衛(大学入試センター)
「視覚障害者のための2次元画像の半立体的翻案と触覚による鑑賞法の開発」 大内進(特殊教育総合研究所)
「触覚による立体図形の認知と手指の姿勢および動き」金子健(特殊教育総合研究所)

(午後の部)
「触認識の脳メカニズム」岩村吉晃(川崎医療福祉大学)
「皮膚感覚特性の解明と触覚活用」藤本浩志(早稲田大)
「百聞は一触にしかず」桜井政太郎(岩手県立盲学校)
「触知覚の諸相−触覚を通じてみる世界−」小原二三夫(日本ライトハウス)
「造型と触察」長尾栄一(筑波大名誉教授)
「数学教育と触覚活用」高村明良(筑波大学附属盲学校)
総合討論 座長:渡辺泰成(帝京平成大学)
「終わりに:今後の展望」手嶋吉法(理化学研究所)

 以上のように、午前は、このプロジェクトに直接関わっている、理化学研究所や特殊教育総合研究所等の研究者の報告、そして午後は、外部の人たち、触知覚の基礎や応用について研究している大学の研究者、全盲で触知覚にとくに優れていると思われる人たち、盲学校の数学教師の報告でした。
  以下の文章は、当日の私の報告のレジメに加筆したものです。(私の報告時間は質議もふくめて25分で、かなり急いでしまって一部説明不足になってしまいました。そういう部分を中心に加筆しました。)

1 はじめに
  現在、日本ライトハウス盲人情報文化センター点字製作係嘱託職員
  仕事は、点訳の相談・指導、点字データの修正、校正など。とくにこの時期は、一般の学校に通っている見えない子どもたちのための各種の教科書(算数、社会、理科、美術など)の校正が増える。また最近は、触図についての相談も多い。

●成育歴
  1951年、青森県十和田市の、戸数10件の集落に生れる。
  先天性の緑内障?、視覚の記憶は明暗くらい。視覚的な色の概念、形の概念などはない(ただし、色や形、とくに形についてはかなり確実なイメージを思い浮かべることはできる)。
  6歳で盲学校に入るまでは、近所の子どもたちと遊び走り回っていた。遊びながら、とくに上下の動き、高さも感じることができた。
  見えないということは分かっていたが、身体を動かしたり触りまくったり口に入れてみたり、ごく自然に行っていた。〈触って知る〉ことは、ごく自然なスタイル。私にとっては、触って知る、体感して知ることが、世界を知るもっとも確実な方法であった。(ただし、見えない人すべてが〈触って知る〉ことに重きを置いているわけではない。中途失明の人たちでは、〈触って知る〉よりも、〈音で知る〉〈聞いて知る〉ことが中心になっている人も多い。)

●触覚を中心とした私の見方と、回りの人たちの見え方との違い
エピソード1 木の形
  6歳ころ、妹とクレヨンを使ってお絵描きをしていた時のこと(色は妹に教えてもらい、クレヨンで描いた跡は触って微かに分かったので、輪郭はそれなりに自分で描いた)。私は木を、触った印象通りに、まず縦棒を描き、その途中から何本も枝分かれしているように斜め上や横にいくつも線を引いた。それを見ていた妹は「それは木じゃない」と言い、私の手を取って木を描かせてくれた。それは、縦棒の真中当たりから上にまず大きな円を描き、その中に細かくなにか描くようなものだった。触っては木のどこにもそんな大きな円はないのに……、とても不思議に思った。
  このような触覚印象と視覚印象との違いをそれなりに受け入れられるようになったのは、それから 10年近く経った、中学の終わりころ。視覚の場合、点と点の間に簡単に線を引いて全体の輪郭を直ちに〈見る〉ことができるらしい、そして、上の例では、整った形の木を遠くから見た場合、枝葉の先端を結べばほぼ円に近い形になるのだろう、と自分なりに納得した。(そのころには、直接触って得られた部分部分の情報を結び付けて、少し時間はかかるが、頭の中で全体的な形をイメージすることができるようになっていた。)
  触覚では、触れた物は存在するが、たとえ1ミリでも離れていれば存在しない、というのが直接の感覚体験。触覚では、存在と非存在が極めて明瞭に分割される。空白部(非存在部分)に線や面、さらに立体を想像できるようになるためには、イメージトレーニングが必要。

エピソード2 バケツの図
  小学5年か6年の算数の点字の教科書に載っていたバケツの図。その図は、斜め上から見た図をそのまま点図化したようなもので、台形の上と下に楕円形がくっついたような図だった。私の第一印象は、「これはバケツではない。というのも、バケツは触ってまず円いと感じるのに、その円はこの図のどこにもないではないか」。
  この図の台形の部分については、1日くらい考えて理解できた。バケツを縦に切った時の切り口の形を想像することで、納得できた。
  しかし、楕円形の部分については、いくら考えてもなかなか分からなかった。数年後ようやく、見る方向と円との角度によって、その〈見える〉形が変化して行く、ということに気が付いた。
  触覚では、触る角度によって物の形が大きく変化して感じられるということはほとんどない。

エピソード3 塩化ナトリウムの結晶構造の図
  高校の化学の教科書に載っていた図。これも斜め上から見た図をそのまま点図化したもので、 4角形の対角が切り取られたような6角形の図だった。私は、教科書の文章による説明から、すでに各イオンが立方体の各頂点に交互に配列しているような単純な立体構造を思い浮かべていたので、このような触って複雑そうに思われる点図とのギャップに驚き、またこのような点図はかえって思考を混乱させるのではと思った。
  立体物ないし立体的な構造の理解のためには、頭の中に立体を思い浮かべそれを様々に操作できるようになることが基本であり、かつそれで十分であって、平面の図による立体的な表現を理解できるかどうかはたいして重要なことではなく、ときには立体の理解をかえって混乱させるだけになることもあると思った。

●触知覚に興味をもつきっかけ
  触知覚に特に興味をもつようになったのは 5、6年前。
エピソード4 触地図の見方
  触地図では、1つの原図を、地形図と行政図などのようにしばしば 2枚以上の図に分けて作成する。このような場合、私は例えば右手て行政図を触りながら、その上に地形図を重ねてそれを左手で触って、 2枚の地図のほぼ同じ位置を対応させている。長年点訳をしているあるボランティアが、このような私の触地図の見方をとても不思議そうな感じで見、このような見方はかなり珍しいのではと言った。
  私自身他の見えない人たちがどんな触り方をしているのかほとんど知らず、これがきっかけで、見えない人たちそれぞれの触知の仕方について調べてみる必要を感じた。まず数人の見えない人たちにインタビューをし、また「触る研究会」の活動も始めた。「触る研究会」では、見えない人たちの様々な触知の仕方について知ることができ、また、見える人たちの中に、少ない触覚情報から豊かで優れたイメージを持つ人たちがいることも分かった。

2 触知覚のための三つの基本的な要件、およびそれにたいする戦略
  触知覚のためには、@触覚による弁別能力だけでなく、A手指の動かし方、B頭の中で全体のイメージを組み立てる能力が、より重要である。
  そして、とくに見えない子供の場合、Aの手指の動かし方とBの全体イメージの組み立て方について修練が必要になる。
※見える人の場合、手指のスムーズな動かし方もふくめ、触知覚の能力は目(視覚)との協応によって育っていく。見えない子供の場合、目の助けが得られないため、手指のスムーズな動かし方(例えば手を水平に動かすとか輪郭に沿って動かすなど)や全体をイメージする力が発達しにくい。

 これら三つの基本要件にたいして、それぞれ次のような戦略が考えられる。
@触覚の弁別能力: 皮膚の状態の管理
  触覚は、実際には、対象物との接触によって皮膚が受ける様々な変化(皮膚の変形、ずれ、加わる力、熱の移動など)を刺激として受け取っており、触った物に応じて皮膚がどれだけ柔軟に変化することができるかが大切。
  私も年齢とともに皮膚の弾力などが少しずつ失われつつあるようで、皮膚の状態の管理の必要を感じるようになった。

A手指の動かし方: コミュニケーションとしての触知覚
  まったくの静止状態では、触覚情報は極めて限定される。触知覚のためには手指などを動かしてみることが必須だが、手指の動かし方は対象物の様々な特性に合わせて行う。手指の動かし方を変えれば、それに応じて、顕著に現われてくる対象物の触特性も変化する。
触運動知覚: 主体の側からの合目的的な探索行為。触図で輪郭をたどったり、立体物の形状認知などに適している。
コミュニケーションとしての触知覚: 対象物の持っている様々な特性に気付く(より発見的)。彫刻などの作品鑑賞、動植物や岩石などの触察に適している。対象物からの触情報を敏感に受け取りつつ柔軟に触り方を変化させながら、対象物をより多面的に把握しようとする試み。コミュニケーションとしての触知覚では、対象物との相互作用・コミュニケーションにより、想像力を介して、対象物についての理解が深められてゆく。

B全体のイメージを組み立てる能力: イメージトレーニング
  触覚は継時的な部分情報。その部分情報を全体に組み上げる力が必要。また、様々な視覚的な表現法にもアプローチできるほうが良い。

3 イメージトレーニングの例
●空白部を補う
  視覚では容易に空白部に線や面、立体を想像する。
線: 2点を紐でつなぐ。
面: 複数の点に紐や輪ゴムをかけて、閉じた図形にする。平面の触図の上に紙を重ね、紙で被われる面積を変えていく(隠れた部分は、重ねた紙の上から触知できる)。
立体: 立体物をいろいろな方向に切ってみる(全体と一部の関係が分かる。また切る方向で断面がいろいろに変わることも確かめられる。野菜が身近で適している。料理は、切るだけでなく、こねたり、形を作ったりなど、触知覚の向上のために適していると思う。)

●部分から全体を組み立てる
幾何学的な面や立体の組み立て: マジキャップ
*展示品としてマジキャップを用意した
  マジキャップ: 1辺が10cmの、3・4・5・6角形の、4種類の正多角形のプレートを自在に組み合せて、極めて簡単にいろいろな平面や立体を作ることができる。プレートを試行錯誤的につなげて行って出来てくる形の変化を観察しても良いし、予め出来上がりの形を想像してそれに合うようにプレートを組み合わせて行っても良い。プレートは大量にあったほうが望ましい(私の手元には 200枚くらいある)。
立体物のパーツの組み合わせ: 建物・動物など各種の立体の組み立て模型

●物体の動きを直接あるいは間接に知覚する
  飛んでいる小鳥の鳴き声: 鳥の動きばかりでなく、空の高さ・広さも感じられる気がする
  他の人の身体の動きを触察する: 姿勢・動き・どの筋肉に力がかかっているかなどを触察する
  ボール遊び: 転がすのではなく、バウンドが良い。偶然ボールの放物運動を触われることがある(普通の卓球や視覚ハンディキャップテニスも良い。)
  水を強く吹き出して水の軌跡を手で触る: 放物線の形を少し確認でき、また水の強さや角度と到達距離の関係も分かる

●透視図を理解する装置
  こうもり傘のように、中心(点光源)からいくつもの放射状に伸びた可動式の矢(光線)が開閉できるような装置。傘の内側に物体をぴったり当てると、中心からの距離や角度により、矢の先端で描かれる形や面積が変化する。(この装置はまた遠近法の理解にも役立つ)

*以下の参考資料について
  ボディイメージと触空間: とくに先天盲の人にとって、ボディイメージや触空間の概念の獲得は極めて重要だと私は考えている。私の触覚に基づくイメージ力はこれらが基礎になっている。
  「触るミュージアム」の構想: 先天盲の人たちばかりのためだけでなく中途失明の人たちのためにも、安心して自由に触り、触覚から知ることのできる世界を体験できる場が必要。そういう場で上手に触るテクニックを身に付けると、博物館にとどまらず町中でいろいろな物に容易に触ることができるようになる。

【参考1】ボディイメージと触空間
1 ボディイメージ
  ボディイメージは、四肢や胴・頭部など身体各部の位置や相互関係、および身体の姿勢や身体全体についての認識像。
  ボディイメージは、身体各部の位置や状態の変化とともに、刻々と変化している。身体各部の位置や運動については主に自己受容感覚で感知しているが、それは部分的で統一性に欠けていることが多い。身体の姿勢や全体イメージについては、平衡感覚と視覚、ことに視覚の役割が大である。幼児は鏡に映った自分の姿を見て全体としてまとまりのある身体像に気付き、さらに他者から見られまた他者との対比によって、統一性のある、特徴のよりはっきりした自己のボディイメージを形成してゆく。
  全盲の場合には、身体の姿勢や全体像について、視覚の代わりとなるような他者からの言葉や指導が必要になる。また全盲の場合、ボディイメージの形成には、身体(やその各部)を動かした時にはたらく力(重力や慣性力など)および身体と回りの物との衝突などの直接体験も重要だと思う。

●ボディイメージの拡張
  ボディイメージは物理的な身体の境界(体表)によって限られるものではない。身体に密着している物や道具などはしばしばあたかも自分の身体の一部ないし延長と感じられ、また実際そのように操作されることもある。
  例えば、身に着けている衣服や靴や眼鏡、鞄など持ち運んでいる荷物、食事の時に使う箸や作業に使う各種の道具、全盲者の白杖などは、身体の一部として意識されまた手などの延長として使われている。そして、そのような道具などで物に触れ扱う場合、我々は手ではなく道具の先端で触れているように感じる。

2 空間概念、とくに触空間について
  ボディイメージには、それが定位されるべき空間概念が伴っている。この空間概念は、いろいろな感覚器を通しての知覚・認知作用に基づくものである。知覚空間の形成にはいろいろな感覚が共に働いているが、普通は視覚の役割がかなり大きい。
  ボディイメージを中心とする知覚空間では、視空間とともに触空間のウエイトが大きくなる。触空間には、位置の概念だけでなく、前後・左右・上下などの方向の概念、近付く・遠ざかる、回る、倒れる、逆さになるなどの運動の概念もふくまれる。
  触空間は最初はボディイメージに密着したごく狭い空間に限られているが、次第に手で届く範囲、前身で移動できる範囲へと拡大してゆく。
  触空間も含め知覚空間では、前後・左右・上下は特別な意味を持っており、それに従って空間は構造化される。すなわち、知覚空間は均質・等方的ではなく、異方的に構造化されている。中でも重力の働く方向である鉛直線は、もっとも安定した構造化の基準となりやすい。

 他方、空間概念には直接的な感覚体験とは独立した論理的な面もある。幾何学的な論理空間は、知覚空間とは異なり、均質・等方的であり、無限に広がり、その中ではあらゆる操作が可能である。そして論理空間は、おそらく直接の感覚体験に依拠しなくても、人間に備わっている知的能力によって構成できるものであろう。論理空間は、見えない人の場合、確実な空間概念の獲得のためにより重要なように思う。

●触空間を中心とした空間概念の発達(私の場合)
  以下は、主に身体活動との関連で発達する空間概念の様相を私の場合について整理してみたものである。
@親密な空間
  家の中などふだん自分が生活している場では、身体の周りに手足などを自由に伸ばし使える空間が出来てくる。そういう所では、たいして注意しなくても身体をかなり自由に動かすことができる。いわば、身体で覚え込んだ空間。

A線的に伸びた空間
  親密な空間から、よく行き慣れた場所などに向かって、いわば紐のように身体で覚えた線的空間が伸びていく。
  →隣りの家までのカーブした道(水平方向)、梯子や急な坂の上り下り(垂直方向)。

B線的な空間の拡大と関連付け
  細く伸びた線的空間の周りに、初めは飛び飛びに手がかりを見つけ、次第にその数が増していって、線的な空間が周りに広がってゆく。
  また、2つ以上の別々の線的な空間(道)が、ある所ではつながっていることが偶然分かる。次第にそのつながりの数や広さが増し、またそのことを意識しはじめる。
  こうして、ある程度面的に構造化された空間へと近付いていく。

C面的・立体的な空間
  直接的な感覚・経験を越えた空間の広がりを感じ、想像できるようになる。
  →山の高い所で空間の広がり(上下の方向もふくめて)を感じる。手作業だけでなく、頭の中で幾何学的な操作ができるようになる。自分の世界とは直接関係ないような、日本や世界の地図に興味を持つ。一様に広がった幾何学的な空間を想像し、その中での回転・対称移動などの操作をするようになる。

【参考2】「触るミュージアム」の構想
@実物よりも、模型やレプリカを中心に展示する
A破損に備えて、代替品を用意し、また補修できるスタッフを置く
B大きな物は小さく、小さな物は大きく、というように触って理解しやすい大きさにする
C建築物模型などは、内部の構造も分かるように、各部分に分けたモデルも用意する
D平面作品は、半立体のレリーフに翻案した物を用意する
E各展示品について、言葉による十分な説明と触り方のポイントを示すことのできるスタッフを置く
F触感の異なるいろいろな材料、平面や立体の様々な幾何形態、組立用の各種パーツを用意する
G社会や理科等の教科教育に役立つ各種の教材を用意する
H人の顔、風景、街の様子などのイメージ化のトレーニングのための各種の道具やプログラムを用意する

(2007年3月3日)