立体教材の要件とその観察・鑑賞法

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 9月22日、神戸で開催中の第45回日本特殊教育学会で「触ってわかりやすい3次元教材に求められる条件」というタイトルで自主シンポジウムが行われました(企画者は、国立特別支援教育総合研究所の大内進先生です)。
  今回の自主シンポジウムは、昨年の自主シンポジウム「視覚障害教育における触図の精度について」を引き継いで行われたものです。昨年のシンポジウムでは一つの共通理解として、視覚障害児にとって三次元情報を二次元で表わした図の理解は容易なことではなく、まずは立体的なものはできるだけ立体物として観察するようにしたほうが良い、ということが確認されたとのことです。今年のシンポジウムはその共通理解を受けて企画されたようです。
  私は話題提供者の一人として報告しました。(他に、株式会社タカラトミーの高橋玲子さん、大内進先生、元筑波技術大学教授で触覚による鑑賞にも卓抜した洞察を示しておられる長尾榮一先生の報告がありました。)
  以下は、私の報告の内容です。


1 触る教材の大切さ
◆前提
  「触る教材」と関連して、次の3点をはじめに確認しておきたい。

@体験とイメージと知識(言葉)はセットで
  とくに小さい時は体験が大切。体験の基礎の上に、よりしっかりしたイメージや知識が身に着く。体験に裏打ちされたイメージをできるだけ多く蓄える。
  中学以上になると、次第に知識や言葉からだけでもイメージや感触をある程度想像できるようになる。もちろん、可能なら触って体感できることにこしたことはない。
  見えない子どもたちの体験としては、触ること、手や足などを使って物に触れ操作することが中心になる。その他、音やにおいや温度(これには直接触れて熱を感じる場合と離れた所の熱を感じる場合とがある)、味などがある。小さい時ほど、触覚的な印象と、においや味など他の感覚的な印象とが融合している。

A頭の中の作業空間を育てる
  私たちは、頭の中で言葉、文字、数や式、平面や立体の像などを思い浮かべ、いろいろに操作している。

例:
・英語の綴りを、綴りとしてではなく、英語点字の略字を使った点字パターンの形で覚えている

・数の計算を、筆算を使わず、素数に分けたり、ときには図形的に置き換えて計算する
   29×19 では、まず30×20 のマス目を想像し、それと29×19 のマス目を比べて、30×20 のマス目から上端の 1行と右端の 1列を引く。
   29×19=30×20−30−19=551
*私がこのような図形的なやり方を工夫できたのは、小学校の算数で、面積を 1cm4方くらいの点図のマス目を自分で作りながら考えた、という体験があったからだと思う。この、手を使いながら考えるという体験が大切。

・立方体などの立体を頭の中に思い浮かべ、自由に対角線を引いたり、いろいろな方向で切って断面の形を描いたりする

  そして、このように頭の中でイメージを思い浮かべ操作できるようになるためには、手で物を集中的に触り、手で操作しながら考え、考えながら操作するといった体験が極めて重要だと思う。
*集中的に触る:例えば、蓋のない箱などの直方体を、表からだけでなく、箱の中に手を入れて探り回り、また逆さにしたり、いろいろな方向に向けたりなどして触りまくる。(形だけでなく、各部の手触りの違い、どのように箱が組み立られているかなど、いろいろなことに気がつく)。

B視覚と触覚の違い
  視覚と触覚で、それぞれまずどんなことが感じ取られるのかの違いに注意。
  視覚は形や色中心。
  触覚の第一印象は、ザラザラしているとかツルツルしているとか、とがっているとか丸っこいとか、硬さや温度など。全体の形の把握には時間がかかるし、形・輪郭にだけ集中して触るようになるためにはそれなりの練習が必要。
  小さい時ほど触感のほうに重点が置かれる。
  触る教材としては、その触感・材質も考慮してほしい。

◆私の場合
●盲学校に入るまで(6歳まで)
  主に触感が中心。(形そのものにはあまり注目しない)
  手を使って物を扱う。(釘を打つ、金槌でオニグルミを割り実を釘で穿り出す、泥や砂や雪を固めて簡単な形にまとめたりなど。家の手伝いとして食器洗い)

●盲学校に入ってから
  積木、折紙、粘土など。
  形にも注意するようになる。組み立てて形を作る。
  三角形などの概念の獲得
*小さい時はまず尖った角があれば三角形だろうと思っていた。小学 3年のころ、鈍角三角形が出てきて、三角形は角度の特徴ではなく、辺の数によって決められるのだということを知った。触覚的な第一印象とは別に、三角形という普遍的な概念があることに目覚めたようだ。これは私の思考にとっては大きな飛躍だったように思う。

 地図はあったが、その他の触図は極めて少なかった。あったとしても、その図はほとんど原図と同じで、細かい所を簡略化しただけのものだったと思う。
  断面図については、あまり苦労せずに理解できた。実際に物をいろいろな方向に切った経験が生かされたと思う。
  斜めから見た図については、触覚でとらえられる形とは大きく異なっていて、とても苦労した。頭の中で光の経路を考えればそれなりに理解はできるが、理解するのに非常に時間がかかるし、今でも複雑な図はよく分からない。
  中学くらいからは、数学などでは、たとえ触図があってもそれはあまり当てにせず、文章から頭の中で想像していた。そのほうが間違いないし、混乱しなかった。
  凸レンズや凹レンズで像がどのように見えるかは、線を使って作図してみればいちおう理屈の上では理解できる。しかし、実感が無いので、苦労して作図して理解しても、とても空しい感じがしたし、なかなか身に着かなかった。像がどのように変化するかを手で触って確かめられる教材があったほうが良い。

●良いと思った教材
  算数:四角錐の容器で水を汲んで四角柱の容器に入れる。
  理科:石・鉱物の標本、地形模型、鏡を使って熱により反射の法則を実感、分子模型
  美術:粘土を採取して人形を作る、石鹸や木で彫刻、絵を描く(遠近法などについての説明)。美術の先生が制作した女の横顔の石膏像を触って、初めて「美しい」と感じた。
*その先生は非常勤で 1、2年美術を担当しただけだが、見えない人たちの教育についての当時(1960年代)の標準的な考え方にはとらわれず、様々な機会を与えてくれたように思う。

●盲学校卒業後
  美術館や博物館にしばしば行くようになったのは 6、7年前から。それまでは(そして現在も)主にデパートの陳列品が私の触る教材になった。催し物や展示会場などでは、物作りの職人はこちらが興味を示すと積極的に触らせてくれた。
  その中で、とくに仏像と鉱物の結晶の美しさに憧れるようになった。
  私がそれなりに触る機会にめぐまれたのは、私の触り方が見ている人たちにあまり危険を感じさせなかったことにもよると思う。

2 三次元教材としての条件
◆大きさ
●手に持って触察する場合
  両手の中に収まる物。 (手の中で回しながら触察したり、各部に各指を同時に当てて触察できる)
*重さに注意:重い場合は置いた状態で触察したほうが良い。 (重い物を持った状態だと、重さに注意が向い形まで十分観察しにくい。)

●置いた状態で触察する場合
  幅は肩幅ないしそれより少し広いくらいまで、高さは腹部から目の高さまでくらいの物が適している。
  手の使い方や全体イメージを作り上げることに習熟すれば、両手が届く範囲の大きさ、あるいはそれ以上でも鑑賞できる。

●半立体の場合
  レリーフや凹凸のある地図など、半立体作品の場合は、水平の台に置くか、大きい物の場合は斜めに立てかけた状態が良い。
  大きさはA4サイズくらいがもっとも適しているが、手の動かし方に習熟すればA2サイズくらいでも十分鑑賞できる。

◆触る教材としての適性
●典型的であること
  動物、植物、人物、建物など、各ジャンルについて、典型的であると思われる数種類のモデルを精選する。
  まず、この典型的なモデルについて集中的に触り、頭の中にそのイメージをしっかり描けるようにする。このイメージは、同ジャンルの他の種類を触察する時の比較の基準となる。

●特徴的であること
  その物が何であるかを特定するための特徴が、触ってはっきり分かること

●クリアであること
  立体では角や稜がはっきりしている、半立体では高さの違によりはっきり区別できる、平面では線やテクスチャの違いにより境界がはっきりしている、など

◆模型の利用
  触察するには大き過ぎる物、小さ過ぎる物は、縮小あるいは拡大した模型を利用する。
  建物、動植物や人体、機械などについては、内部の様子や構造が触って分かるように、組み立て式の模型も用意する。

3 三次元教材を観察、鑑賞する時の基本的な用件
◆手指の使い方・動かし方
  まず、やわらかく触る (その後で、堅さを確かめるためなどに強く押さえても良い)
  輪郭をなぞる
  手を水平に移動できるようにする (初めは肘を中心にした円運動のようになりやすい)
  ザラザラやツルツル、窪みになっている所など、同じような触覚的特徴の部分をたどる
  両手を使う (そのほうが、一度により広い面積を触ることができる、同時に二つの部分を比べられる、片方の手を基準にしてもう一方の手を動かすとその手の軌跡をよりはっきりとイメージしやすい)
  漏れなく触る (スキャンするような触り方。掌も使っても良い)
  対象物の凹凸などの変化に関係なく、手を水平や垂直など、ある一定の方向に動かせるようにする (こうすれば、いろいろな方向からの断面を知ることができる。紐などを使っても良い。)
  手の動きが自然に頭の中でも思い浮かぶようになると良い

●触る方向について
  ふつうは、対象物に表われている自然の流れの方向に沿って触ると、手をスムーズに動かすことができ、全体の形も把握しやすい。
*自然の流れの方向:植物では下から上(成長の方向)へ。動物では前から後ろあるいは背中側からお腹側へ、毛がある時は毛並みの方向に沿って。人体や人物像などでは上から下(重力の方向)へ。
  この自然の流れの方向に逆向して触ると、自然の方向ではあまり気が付かなかったような触覚的特徴が鮮明に感じ取れることがある。

* 1、2mm以下の細かい凹凸については、爪の先で軽くなぞってみるとよりはっきり確認できる。また、5mmくらい以下の、指先の入らないような窪みの中については、ピン先などで軽く触れながら調べると、窪みの中の様子がよく分かる。

◆対象物との位置関係など
  観察者はふつうは対象物の真正面の中央に位置する。 (観察者は対象物と自分との位置関係・方向を意識するようにする)
  対象物との距離は20cmくらい以上は離れていたほうが良い。 (胸の直ぐ前は触覚的死角になりやすい)
  両手を自由に使える状態が良い。 (鑑賞の時は手に白杖や荷物を持たないようにする)
  大き目の作品の場合は、前からだけでなく、左右や後ろからなど、いろいろな方向から触察できるようなスペースがあるのが望ましい。 (作品を回転できるような状態にしておけば、観察者は一定の場所で作品をいろいろな方向から触察できる)

◆ガイドの役割
  最初にタイトルやテーマなどについてごく簡単に話しておいてもよい。
  触り初めの手がかりとして、例えば「ここが顔です」とか「鼻です」とか、手をガイドしても良い。
*鋭く尖った所や大きく突出した部分などについては、安全のため、最初に観察者に知らせ確認してもらうようにする。
  観察者が触り始めたら、触ることに集中させる。 (最初はできるだけ説明などせず、観察者の触覚的印象・感動を大切にする。一通り触り終わるまで、話しかけたりせず、待つ)
  観察者はできれば何度も丁寧に触ったほうが良い。 (部分と部分、部分と全体との関係を確かめられる。またその度ごとに別の発見がある)
  手指の動きを見ていて、触っていないような部分が残っていれば、後からそれを教えて補っても良い。
  詳しい説明は、観察者が一通り触り終わってからしたほうが良い。
  観察者とガイドが、作品についてのそれぞれの印象について対話するようにする。 (観察者のほうからなかなか言葉が出ない時は、ガイドのほうから誘導的な言葉かけをしても良い。一方的な説明にならないようにする)
  できれば作品を時間を置いてもう一度触る機会をもうけるようにする。 (触覚的印象・イメージを想起・再確認できる)

*観察者にとって、ガイドの人に触らせてもらっているのでなく、自分で触っていると感じられるようなガイドが良い。

4 触覚による鑑賞のためのイメージトレーニング法
  触覚は継時的な部分情報。その部分情報を全体に組み上げたり、あるいは少ない触覚情報から全体をイメージする力が必要。また、様々な視覚的な表現法にもアプローチできるほうが良い。

◆イメージトレーニングの例
●空白部を補う
 視覚では容易に空白部に線や面、立体を想像する。
線: 2点を紐でつなぐ。
面: 複数の点に紐や輪ゴムをかけて、閉じた図形にする。平面の触図の上に紙を重ね、紙で覆われる面積を次第に増やしていく(隠されていく部分の図形を、隠されていない部分の図形を触りながら想像するようにする。隠された部分の図形は、重ねた紙の上から触知できる)。
  立体: 立体物をいろいろな方向に切ってみる。 (全体と一部の関係が分かる。また切る方向で断面がいろいろに変わることも確かめられる)

●部分から全体を組み立てる
  幾何学的な面や立体の組み立て: マジキャップなどの組立てキット、積木
  立体物のパーツの組み合わせ: 建物・動物など各種の立体の組み立て模型、レゴ

●物体の動きを直接あるいは間接に知覚する
  飛んでいる小鳥の鳴き声: 鳥の動きばかりでなく、空の高さ・広さも感じられる気がする
  他の人の身体の動きを触察する: 姿勢・動き・どの筋肉に力がかかっているかなどを触察する
  ボール遊び: 転がすのではなく、バウンドが良い。偶然ボールの放物運動を触れることがある。 (普通の卓球や視覚ハンディキャップテニスも良い。)
  水を強く吹き出して水の軌跡を手で触る: 放物線の形を少し確認できる。また自分で水巻をしてみると水の強さや角度と到達距離の関係も分かる 。
*動きのイメージの獲得は、視覚経験のまったくない者にとってはかなり難しい。三次元的な動き、とくに上下方向の動きのイメージの理解のためには、身体を使った上下や回転などの運動の体験も重要だと思う。

◆触覚的印象の保持
  触覚的印象は、特別の場合を除き、はっきりとしたイメージとして記憶に止めておくのはなかなか難しい。とくに複数の作品を鑑賞した場合、しばしばそれぞれの触覚印象・イメージが干渉し合いなおさら不鮮明になりやすい。
  触察のさい、その都度自分の感じた印象やイメージをできるだけ言葉に出し、それについてガイドの人などと対話したりすると、イメージがよりはっきりし、記憶に残りやすい。さらにその触察記録を文章化しておけば、後からその文章を読んでかなり触覚的印象・イメージを想起することができる。
  可能ならば、同じ作品を時間を置いて触ってみる。 (ミュージアムショップや土産物店などで売られているミニチュアの模型などが、記憶の保持や想起に役立つこともある)

終りに
  触って観察し鑑賞するということは、観察者の側からの能動的な行為であり、それだけ観察者の動機付けが重要である。
  小さい時から、自由に触ることのできる場、そしてその中で手を使って様々に試してみることのできるような場が必要である。
  とくに、各個人によって色々だろうが、触って「すばらしい」「美しい」とか感じるような体験が大切だと思う。

(2007年10月10日)