見えない子供たちの立体認識に役立つ教材
視覚経験の無い(あるいは乏しい)見えない人たちについて、空間ないし立体の認識は難しいのではないか、あるいはどのようにして空間や立体を理解しているのだろうか、というような質問をしばしば受けます。
見えない子どもたちの立体認識のためには、とにかくまず、立方体や円柱など、典形的でシンプルな形の立体を触ることです。それらを互いに比較したり、また本やコップなど具体物とも比較し、典形的な立体の特徴を理解するようにします。また、典形的な立体を組み合わせて、家とか人形など具体物の形を表わしてみることも効果的です。そしてさらに、自分の手で実際に立体物を組み立ててみることです。このような手の動きを伴った知覚経験を繰り返すことで、頭の中で立体を想像できるようになり、さらに様々に操作できるようにもなります。
以下に、自分の手を動かして立体を組み立てることのできる教材を集めてみました。
1 展開図
エーデルで描いた11種の展開図です。主に理科系の点図を担当してもらっているNさんが描いたものです。
B5の用紙にプリンタ(ESA721)で印刷し、点線に沿って切り出してください。鋏を使わなくても、手で切り裂いてもだいたいきれいに切り出すことができます。 5mmくらいの糊代も付けてありますので、糊代に沿って切り、糊代で立体をしっかり閉じることもできます。
@正4面体
B 3角柱
Aの立方体を、上面と低面の対角線で半分に切った形。立方体の対角線を確認し理解しやすくなります。
C 4角錐
Aの立方体と低面と高さが等しい 4角錐。この 4角錐を 3個うまく組み合わせると立方体になります。すなわち、立方体の体積の 3分の1が 4角錐の体積になることが確認できます。
D正8面体
H正4角錐
I正4角錐台
Hの正4角錐の上の部分を切ったもの
J立方8面体
Aの立方体の各頂点を切り落した形。正方形 6個と正3角形 8個から成る立体で、切頂多面体の一種です。
展開図から立体を組み立てながら、どの面とどの面が平衡になるかあるいは垂直になるのか、各頂点にいくつの辺が集まっているかなどを確かめてみると良いでしょう。
●参考:オイラーの多面体定理
閉じた立体の頂点・辺・面の数については、次の公式(オイラーの多面体定理)が成り立ちます。
頂点の数 − 辺の数 + 面の数 = 2
ここで紹介した展開図は、 1つの立体につきただ 1種だけですが、次に紹介するマジキャップを使えば、 1種の立体にたいしていろいろな展開図が可能なことがよく分かります。
2 組み立てキット
最近私が実際に試してみた組み立てキットを紹介します。これらはいずれも、見えない子供たちが、自分で楽しみながら、平面や立体、空間概念を養うのにとても役立つものだと思います。
@マジキャップ
1辺が10cmの、三角形、四角形、五角形、六角形の4種の正多角形を自在に組み合せて、極めて簡単にいろいろな平面や立体を作ることができます。最近10×16cmの長方形のプレートも加わり、直方体なども作れるようになりました。(製品の紹介や注文は、http://www.magiqup.com/)
軽くて丈夫な発泡スチロール製のプレートで、各辺には協力な磁石が組み込まれていて、次々と手早く他のプレートとつなぎ合せていくことができます。手指の操作があまりうまくない子供たちでも、とにかく様々な形を作ることができます。
自分で考えた展開図が本当にうまく立体になるのかも簡単に確かめることができます。やってみると、 1つの立体にたいして多くの展開図が可能であることがよく分かります(例えば、三角柱だと展開図として 7種類は作れます)。
マジキャップでとくに優れているのは、1辺を 3個以上のプレートで共有できることです。例えば、立方体の各面に四角錐をくっつけて正八面体にしたり(立方体と正八面体の双対関係)、放射状の立体を作ることができます。
マジキャップは、もっとも手軽に、平面や立体の形、その変化を楽しむことができるものです。
Aポリドロン
マジキャップはごく簡単に平面や立体の形を作り出すことができるという非常な利点をもっていますが、プレートがやや大きめで出来上がった立体を手で把握するには大き過ぎる場合があったり、5mmくらいあるプレートの厚みのために各辺や頂点があまり鮮明でなくなるといった欠点もあります。
ポリドロンは、次の8種類の形のプラスチック製の薄い板をはめ合わせて多彩な平面や立体を作ることができます。(製品の紹介や注文は、http://www.tokyo-shoseki.co.jp/polydron/)
正三角形、正方形、正五角形、正六角形、二等辺三角形、直角二等辺三角形、正三角形(大)、長方形
各辺の長さは、基本は7cmほどで、二等辺三角形・直角二等辺三角形・長方形の長い辺と正三角形(大)の辺は10cmほどです(ちょうど1対ルート2の割合)。
はめ合わせには手の器用さと力が少し必要になりますが、慣れると見えない子供たちにとってもそんなに難しくはないでしょう。
プレートの種類が多いので、それだけ多様な立体を作ることができます。
ポリドロンで作った立体は、マジキャップの物に比べて、やや小さめで、辺や頂点も鮮明で、手による立体の認識のためにはこのほうが適しています。
なお、プレートの色には、赤、黄、青、緑の 4色がありますが、触っては区別できません。各プレートに形の異なったシールを張って、色の違いを分かるようにしようと思っています。
(注意)ポリドロンにはフレームタイプ(面の中心部は空いていて外側のフレームだけのもの)とソリッドタイプ(面全体がプレートになっているもの)があります。手を使った立体認識のためには、値段は高くなりますが、ソリッドタイプのほうが適しています。
Bゾムツール
球と棒を組み合わせて、典型的な幾何学立体だけでなく、建物や分子模型のようなものまで、多彩な立体を作ることができます。(製品の紹介や注文は、 ttp://www.ejisonnotamago.com/zoometool.html)
ゾムツールでは立体は頂点と辺だけで示されることになりますので、見えない人の場合、すでに典形的な立体の概念をかなりしっかり持っている方に適しています。
球(ノードと呼ばれる)は直径1.8cmで、表面に、正3角形の穴20個、長方形の穴30個、正5角形の穴12個の、計62個の穴が空いています。正3角形の穴20個は正12面体の各頂点の方向、長方形の穴30個は正5角形12個と正3角形20個でできる半正多面体(注1)の各頂点の方向、正5角形の穴12個は正20面体の各頂点の方向に向いています。(球全体の形は斜方20・12面体が基になっていて、その正方形の部分を長方形に置き換えた形になっています。)
棒(ストラットと呼ばれる)には、球の各穴にきっちりはまるように、断面が正3角形の黄色の棒、断面が長方形の青の棒、断面が正5角形の赤と緑の棒の、 4種があります。そして各色の棒にはさらに短・中・長の 3種の長さの物があり、それぞれの長さの比は黄金比(注2)になっています(したがって同色の棒では、短+中=長 の関係になっています)。
棒の色の違いを断面の形状の違い(緑は長さの違い)で触って知ることができるのもゾムツールの特徴です。
球の穴は5mmくらいで触って識別するのにはちょっと小さくて、穴に棒をうまく差し込むにはそれなりの習熟が必要ですが、穴の配列や方向の規則性が分かってくるとかなり楽にできるようになります。
棒の角度と長さは数学的にとてもうまく考えられているようで、実際にやってみると次々に美しい長和の取れた形を作ることができます。DNAの螺旋構造のようなねじれた形も作ることができて面白いです。
また、かなり工夫は要りますが、透視図や投影図を理解するための道具としても使うことができます(例えば、長方形を斜めにし、その各頂点に、目に向かう方向と画面に向かう方向の、光の経路を示す棒を角度と長さを調節して取り付けます)。
(注1)半正多面体は2種類以上の正多角形から作られる立体で、アルキメデス立体とも呼ばれます。半正多面体には次の13種があります。
切頂4面体(正3角形 4枚と正6角形 4枚)、切頂6面体(正3角形 8枚と正8角形 6枚)、切頂8面体(正方形 6枚と正6角形 8枚)、切頂12面体(正3角形 20枚と正10角形 12枚)、切頂20面体(正5角形 12枚と正6角形 20枚、サッカーボール型)、立方8面体(正3角形 8枚と正方形 6枚)、20・12面体(正3角形 20枚と正5角形 12枚)、斜方立方8面体(正3角形 8枚と正方形 6+12枚)、斜方20・12面体(正3角形 20枚と正方形 30枚正5角形 12枚)、斜方切頂立方8面体(正方形 12枚と正6角形 8枚正8角形 6枚)、斜方切頂20・12面体(正方形 30枚と正6角形 20枚正10角形12枚)、変形立方体(正3角形 8+24枚と正方形 6枚)、変形12面体(正3角形 20+60枚と正5角形 12枚)
(切頂n面体は正n面体の頂点を切ったもの。「切頂」の代りに「切頭」「角切」「切隅」と書かれることもある。n・m面体は正nまたはm面体の頂点を各辺の中点まで切ったもの。斜方n・m面体は正nまたはm面体の各辺と頂点を削ったもの。斜方切頂n・m面体はn・m面体の頂点を切ったもの。変形n面体は正n面体の各面をひねったもの)
(注2)古代ギリシア以来もっとも美しいとされる比で、線分を a,bの長さで2つに分割するとき、 a:b=b:(a+b) が成り立つように分割したときの比です。 aを 1とすれば、bは (1+√5)/2≒1.618 となります。幾何学や自然界ではしばしば出てくる比で、例えば、正5角形では、 1辺と対角線との比は黄金比になっており、また交わる対角線は互いに他を黄金比に分けます(もちろんこれらのこともゾムツールを使って確かめることができます)。
Cラキュー
これは、典形的な立体を作るよりも、様々な具体物を作るのに適しています。幾何学教材というよりも、形造りを楽しむものです。(製品の紹介と注文は、http://www.yoshiritsu.com/)
2種類の基本パーツと、それらをつなぐ5種類のジョイントパーツでいろいろな形を作って行きます。基本パーツは、 1辺が 2cmくらいの正方形と正三角形です。ジョイントパーツは、真っ直ぐにつなぐもの 2種、直角につなぐもの、120度につなぐもの、真っ直ぐと直角の 3方向につなぐものです。(この他に、ハマクロンパーツという名の、ホイールとシャフトがあります。)
パーツが小さいので、細かく変化する形を作りやすいですし、出来上がった全体もそんなに大きくはならないので、手指による直接的な触察には適しています。
なお、色は赤・黄・青・緑・白・黒の 6色で、触ってはまったく色の区別はできません。色別のパーツの組み合わせも売られていますので、それを使って、 1色で、あるいは具体物の各部分ごとに色を変えるなどして作ったほうが、見た目にはいいでしょう。
3 おわりに
初めの質問「見えない人たちには空間ないし立体の認識は難しいのではないか」には、私は「見える人たちと方法は異なるかもしれないが、経験を積むことでそれなりに十分認識できるようになる」というようなことを話します。実際、日本ではむかしから将棋を楽しんでいる(なかには将棋界で活躍した)見えない人たちがいますし、旧ソ連のポントリャーギンやフランスのモランのように、位相幾何学などの分野で数学史に残るような業績をあげた全盲の人たちもいます。
また、次の質問「どのようにして空間や立体を理解しているのだろうか」については、「立体をそのまま思い浮かべている。それはしばしば台や支えなしに宙に浮かんだ状態で頭の中にあり、前後左右上下どの方向にも自由に動かし、また回転などもさせることができる」などと応えています。
見える人たちは立体を多くはある方向からのみ見、またそれを平面に表わした図や写真や映像で立体を容易にイメージできているようです。投影図や透視図・遠近法などで平面に表わされた図から立体を想像することは、視覚経験のない人たちにはかなり難しいです。それは、投影図や透視図などは視覚以外の直接的な感覚体験とはほとんど符合せず、論理的な操作によってなんとか理解可能となるものだからです。
しかし平面に表わされた図から立体を想像できるかどうかは、空間や立体の認識にとってはそれほど基本的なことではありません。(もちろん、そういうことが出来るようになれば、この世の中で教育を受け生活するためにはとても便利なことはいうまでもありません。)視覚以外の感覚、触覚や聴覚、自己受容感覚、平衡感覚などから空間や立体の認識に到ることも十分できます。触覚などを中心とした立体認識では、どの方向からでも観ることができる、表と裏の両方から観ることができる、などのメリットもあります。
幾何学は見えない人たちにとって得意分野かもしれません。
(2007年4月18日)